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一話

ぬあー、小説って難しい……。

 目の前に、女が立っていた。

 赤いドレスを身に纏い、長く美しい金の髪。こちらを見る釣りあがった目は意志の強さを感じさせる凛々しさで。

 元来、周りの友人たちのようにアイドルの写真でわいわいと盛り上がれないほどには女性に興味のなかった直太郎だが、目の前の女は彼の目から見ても十分に絶世と言えるほどの美しさだと思えた。

 だが、今のところそんなことはどうでもいい。

 女の現実離れした容姿に目を奪われること一瞬、ふと我に返るとあたりを見渡す。


「どこだ、ここは……?」

「あら、言葉が通じますのね」


 ふと呟いた言葉に、ドレスの女は嬉しさの混じった声で答えた。


「さすがは我が王国に伝わる秘術。異世界からの召喚ということでまず言葉が通ずるのかどうか、少し不安でしたが……」


 そこは、見渡す限りの鎧の群れと、平らな草原。そして遠くに見える山脈や森に囲まれた、鎧さえなければあまりに爽やかな景色だった。

 これが夢ではないのなら、日本ではない。日本にこんな場所はありえない。

 ならば海外かと言われれば、日本語がしっかりと通じたわけで……そもそも、何で鎧の軍団がいるんだという話になる。

 ……頬に当たる風は本物。足の裏を突く草の感触も、なにやら子供時代を思い出して懐かしい。

 夢と気づいていない夢なのか……それとも現実……。


「わたくしの名は、アルタラ・ミレ・ガルナ。ここガルナ王国の王女ですわ。差し支えなければ、あなたのお名前を教えてくださらないかしら」

「ガルナ王国……?」


 この非現実じみた情景からすれば、聞いたことのない国名が出てきても半ば予想通りではあった。

 しかし、それはそれで疑問は浮かぶ。

 ならば、ここはどこなのだ。

 そのとき、直太郎の頭に浮かんできたのは、さっきまで読んでいた小説の表紙だった。


「異世界……」


 そういえば、ドレスの女が呟いた言葉の中にも、そんな単語が聞き取れた。

 しかし、まさか本当に……。


「あの、聞いておりますの?」

「え?」


 鋭い視線が、直太郎の目を覗き込んでいた。

 思考の渦から引き摺り上げられ、そういえば名前を聞かれていたな、となんだか他人事のように思い出す。


「俺の名前は……」


 女の名前からすれば、直太郎の名前はここだと異常なのではないか。などと一瞬頭によぎり、直太郎は素直に答えることを躊躇ったが、結局、そのまま答えることにした。偽名を使っても仕方ないし、意味がない。


「山瀬直太郎だ」

「ヤマセ、ナオタロウ様ですわね」

「ああ、そうだ。……えーとな、それで、あー……」

「アルタラ、ですわ。アルで結構です」

「……アルタラさん、ここはどこだ? 俺は何でこんなとこに?」

「ここはどこ、と言われれば、先ほど言いましたとおりガルナ王国の領内ですわ。正確には、”巨人の寝床”と呼ばれる世界有数の広さを誇る平原ですわね。そして、なぜここに、という問いの答えは……」


 アルタラはそこで言葉を切り、指で、直太郎から見て左の方向を指し、


「あれを、あなた様に駆逐していただくためですわ、わたくしの勇者様」


 最後にハートマークでもつきそうな笑顔で、そう言った。


「……は?」


 直太郎が、アルタラの指差すほうへ目を凝らせば、地平線を埋めつく黒い影。

 そういえば混乱していたために気づかなかったが、地面が絶えず鳴動しているように感じる。


「彼奴らは魔物と呼ばれる、魔王の尖兵。人であれ物であれ、すべてを食らい尽くそうとする悪魔ですわ」


 ……魔物に魔王、なんというレトロゲーム。


「あの影が、全部魔物ってやつなのか?」

「ええ、そうですわ。偵察の言によれば、その数は五万から七万……対してこちらの兵は一万八千」

「完全に劣勢じゃないか」

「まともに戦えば、一刻ともたずに壊滅しますわね」


 こともなげに、アルタラは頷いた。


「それを、俺にどうにかしろって言うのか」

「その通りですわ」


 あまりの展開に、直太郎は大きく溜息をついた。


「ふざけんな、意味が分からん。こっちはただの大学生だぞ? そっちの兵士一人にだって勝てる気がしない」

「あら、過ぎた謙遜は嫌味ですわよ? 勇者様の中にある途方もなく強大な魔力。それさえあれば、あの程度の数を殲滅することなど容易いのではなくて?」


 魔力とは、またありきたりな単語だ。

 その魔力があるというならば、直太郎には魔法が使える、ということなのだろうか。

 それはさすがに信じられない。ついさっきまで魔法にあこがれる側の人間だったのだ、信じられるわけがなかった。


「アルタラ様っ、魔物が……っ!」

「分かっていますわ! ……さあ、勇者様。お急ぎになってくださいまし、早くしなければ彼奴らの攻撃が……くっ!」


 何かに反応したようにアルタラが腕を上げた瞬間、何かが弾けるような音と同時に光が走る。

 見れば、黒い影たちの方向から幾筋もの雷の線が迸っていた。

 それらは一瞬で空を奔るが、アルタラの目の前で何かにぶつかったように四散する。


「な……っ!」

「勇者様! 早く、そのお力を――」

「うああっ!」


 アルタラの言葉が終わる前に、直太郎の後ろで何かが爆発する。

 咄嗟に振り向けば、目に入ったのは立ち昇る黒煙と、クレーターのように抉られた地面。

 そして、


「あ……あ……」


 砕けた鎧、流れる血。

 苦しそうに喘ぐ声。

 そして、人の焼ける匂い。


「ひっ……!」


 日本という平和な国に暮らしていた直太郎にとって、あまりの惨状。

 直太郎は思わず後ろに倒れこんだ。


「くそっ、アルタラ様!」

「全軍、剣を抜け! 迎撃準備! 勇者様っ、何をなさってますの! そんなところに座っている場合ではありませんわ!」


 もはや、そこは直太郎の憧れていたような情景ではなかった。

 遠くから、次々と飛来する魔法。

 それは火に雷、氷や水。

 それを食らい、次々と倒れる兵士たち。

 後方に布陣する弓兵たちが矢を放つが、そもそもの絶対数が違いすぎる上に、相手側に魔法を使える固体が多すぎる。そのせいで、剣士はなかなか近づくことができずに、ただ数を減らしていく。

 それはさながら、地獄のようだった。

 手足が吹き飛び、腹を貫かれ倒れる兵士たち。

 そこかしこから上がる悲鳴、そして断末魔の叫び。

 アルタラが見えない壁のようなもので防御はしてるのだが、一人で防ぐにはあまりに範囲が広すぎる。


「なんだ……なんなんだよこれは……っ!」


 目の前でたくさんの人間が、いとも簡単に死んでいく。

 何も考えられない。

 ありえないほどの恐怖から、涙が流れる。

 血の気が引き、体中が震えだす。

 歯はカチカチと音を鳴らし、息ができない。


「勇者様っ!」


 悲痛な声で、アルタラが叫んだ。


「ゆうしゃ……?」


 その瞬間、直太郎の中で何かが爆発した。


「な、なんなんだよお前さっきから! 勇者勇者わけわかんねえこと言いやがって、お前が俺をこんなとこに連れてきたのか! ふざけんな! 俺を、俺を帰してくれっ、元の場所にっ、早く!」


 もはや理性も何もない、混乱の極みで直太郎は喚いた。年甲斐もなく、涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだ。


「こんな、こんなっ……!」


 そして、直太郎がさらに言葉を続けようと、立ち上がるために地面に手をついた瞬間、


「うわっ!」


 身体が大きく横に吹き飛んだ。


「な、何を遊んでおられるのですか!」

「い、いや、違っ……うあ!」


 今度は反対側に、数メートル吹き飛んで地面に落ちた。

 別に魔法を食らったわけではない。それなのに、直太郎は立ち上がろうとする度に何度も地面を転がった。


「勇者様……?」

「な、なんだこれ……俺の力が、強くなってるのか……?」


 試しに、思いっきり力を抜いてゆっくりと慎重に立ち上がろうと試みれば、ふらふらと不安定になりながらもなんとか立ち上がることができた。


「お、お前、俺に何をしたっ……ぐ!」


 アルタラに詰め寄ろうとして、直太郎はまた数メートル吹き飛んだ。

 まるで地面の下から突き上げられたかのように、まったく自分の動きが制御できない。


「く、痛っ――」

「勇者様っ!」

「え」


 アルタラの声に反応して顔を上げた、そのとき。

 目の前を何かが通り過ぎた。

 刹那。


「があっ!」


 直太郎が吹き飛んだ先にいた兵士の一人に、身長ほどもある氷の柱が突き立った。


「う……」


 血飛沫が、頬に飛ぶ。

 無意識に手をやれば、べたりと手の平が濡れた。


「あ……あ、あああ」


 それが、とどめになった。






「うああああああああああああ――っ!」





 

 感情の堰が切れ、溢れ出す。

 同時に、周囲の魔力が直太郎に呼応するかのように密度を増していく。


「こ、これが、人の魔力……?」


 アルタラが、呆けたように呟いた。

 魔物たちが放ってきた魔法など児戯にも思える、圧倒的な魔力が充満していく。


「まずいですわ、魔力が暴走して……くっ、せめて方向だけでも――!」



 ――音が消えた。



 全てを飲み込む光の塊が、草原に巨大な穴を穿つ。

 荒れ狂う魔力は一陣の豪風となって、あらゆるものを吹き飛ばす。



 ――そしてほんの一瞬の後、それらは唐突に消え去った。



 何もなかったかのように、ただ隕石でも落ちたかのような跡を残して、さわやかな風が平原を抜ける。


「ぐ、くっ……」


 アルタラは、魔力の奔流を受け流すために、全ての力を使い切って地面にひざを落とした。

 さぞ高価なのだろう赤のドレスは焼け焦げたようにボロボロで、光のような金の髪も見る影もなく煤けている。

 彼女の背後に並ぶ兵士たちのほとんどは、巨大な魔力に当てられて意識を失っていたが、今の一瞬による死傷者はいないようだった。代わりに、受け流された魔力の全てを受けた魔物の軍勢は、すでに壊滅状態。


「さすがは……勇者様ですわね……」


 意図的ではないにしろ、勇者は彼女の望むことをやってのけた。

 その事実だけで、アルタラは誇らしげに微笑んだ。

 だがしかし、もう一つ、危惧すべきことがある。


「あの魔力の中に感じたのは、おそらく転移の術式……」


 きっと、あの巨大な穴の中をいくら探しても、勇者は見つかるまい。

 アルタラはそこに思い至ると大きく嘆息し、兵士を纏めてさっさと城に帰ろうと、ゆっくり腰を上げるのだった。

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