愚鈍な男の悔いの詩
デビュタントで一目惚れして、爵位にも問題の無かった事から押して押して押しまくって。
漸く自分という存在を彼女に認識してもらって、婚約へと漕ぎつけた。
嬉しくて、弾むような気持ちで観劇や買い物、地方の湖や森へと誘い、想いを深め合い無事に結婚して一年。
今俺は、その幸せの絶頂から不幸のどん底へと突き落とされた。
余命、半年。
何の不調も無かったのに、それは本当に突然。
少し頭が痛いかな、くらいの。
風邪だと言われるだろうくらいの気持ちで受けた診察で、俺は残りの時間を宣告された。
どうして俺が。
思わずにはいられない。
最愛で、一等大切な彼女をひとりにしてしまう。
一年の結婚期間とはいえ、未亡人となる彼女は若くして人生の末路を見るような道を歩むことになるかもしれない。
そんなことはさせられない。
けれど、良策など思いつかない。
愚鈍に悩む俺の前に現れたのは、出戻りの王女殿下。
その我儘さゆえ嫁ぎ先から戻された彼女が、何の因果か俺を見初めたという。
「貴方の病の事は知っています。でも大丈夫。わたくし達は運命の恋人なの。医療費は全面わたくしが払います。もちろん、奥様への慰謝料も充分に弾みますわ」
それは、まるで悪魔の囁きだった。
死にゆく俺の医療費などどうでもいい。
ただ妻に。
最愛の彼女に、充分な金を残したかった。
「だから、最期までわたくしと居てくださる?」
そう言った王女殿下に、俺は迷うことなく頷いた。
これで、俺が死んでも妻が困ることは無い。
そう安堵さえした。
『王女殿下と結婚したい。申し訳ないが、別れてほしい』
だからなのか。
そう心からの笑みで言った俺に、最愛の妻もまた、笑顔で答えた。
『了承しました』
ただ一人。
俺の人生最愛のひと。
俺は、君以外を愛することは無い。
永遠に。
その想いは、ただ胸に留めて。
彼女の、哀し気な瞳にも気づかないふりで。
その別れの時も、俺はひたすらに笑顔だった。
愛する彼女には俺の最高の笑顔を覚えていて欲しい。
けれど、そんな願いは俺の自己満足だった。
「え?慰謝料を払わない?」
「違うわよ。人聞きの悪い。あの女が受け取らないの。『おふたりを祝福します』ですって。だから慰謝料も要らないそうよ。聖女気取りね」
王女殿下が憎々し気に言う。
その言葉を俺は呆然と聞いた。
残り半年の命。
だからこそ、俺は望みもしない婚姻をして、最愛の彼女に最後にして最高の贈り物を残した、筈なのに。
「ねえ、そんなことより、」
甘えた仕草で俺にしな垂れかかり、何かを言い続ける王女殿下。
けれど、俺の心は最愛の妻、今となっては元妻となってしまった最愛の彼女のことで埋め尽くされる。
俺からの離縁の申し出に笑顔で答えた彼女。
あの、覚悟の笑みが蘇る。
そうか。
君は、王女殿下を俺が愛している、と思っているということか。
離縁を申し出たあの時には、もう、そう誤解していて。
否。
誤解、ではないのか。
俺は、確かにその道を選んだのだから。
だが。
俺はただ、最愛の妻に、残してやれる最良の道を選択した、つもりだった。
高額の慰謝料、という、その財産。
それなのに。
最愛の妻は、その贈りものを不要だと切り捨てた。
思えば、当然のこと。
彼女は、凛と潔いひと、だから。
重い身体がベッドに沈み、その上に王女殿下が乗りあがる。
ああ、こんなことになるのなら。
最愛の妻の傍で、幸せに生を終わりたかった。