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第2話 悪女様、こちらの準備は整っておりますよ。4

 マダム・シュナイダーのドレスがすぐに仕上がれば、月に一度の王太子ヴェルターの訪問時に着たらいいのでは?という名案に気がついたリティアがだったが、急ぎではないオーダードレスがそんなに早く出来るわけもなかった。


 ヴェルターの次の訪問でもいつも通り季節の事や天気のこと当たり障りのない会話を探し、最後にヴェルターはいつもの社交辞令を言って去って行った。


「王宮に来た際には、僕のところにも寄るといい」

「ええ、そうするわね」

 リティアの返事もいつも通りだが、いつもと違うのは本当に寄らなければならないことだ。それ用にドレスをオーダーしたのだから。


「まだなの? 」

 ヴェルターをもてなしたティーセットを片づけにミリーが部屋から出て行くと、リティアは何度となく同じ言葉を溢した。正直、結婚することのない婚約者との時間は気持ちをどこに持って行っていいかわからなかった。恋人ではなく婚約者であるので二人の間には何もなかった。厳密な決まりはないが、結婚するまでは清い関係というのが暗黙の了解でもある。そもそもが、紳士の鏡、ヴェルターである。昔からの付き合いであるリティアにさえ失礼のないように一定の距離を置いて接するのだ。


 あのヴェルターが恋に落ちたら本当に婚約破棄などやってのけるのだろうか。恋というものはそこまで盲目的になるものなのだろうか。今はこう思っている私も、いざとなれば嫉妬に狂うのだろうか。いいえ、嫉妬に狂うのはヴェルターに想いを寄せてる場合だ。私は嫉妬に狂う予定は無い。だけど、恋ってどんなものなのだろう。


 リティアは恋というものに漠然とした憧れはあった。だが、貴族令嬢に生まれた以上、恋や愛で結婚相手は決められないことは分かっていた。だが、婚約破棄された後ならば……? そうなれば相手を選べる可能性も出て来る。成人した途端に結婚しなければならない理由もなくなる。恋はヴェルター以外の恋人も婚約者もいない殿方にすれば問題ない。


 リティアは前世の記憶が蘇る前は、当然王太子妃になるという未来を疑ったことは無かった。幼いころからの徹底した王太子妃教育は、今やリティアにしっかり染み付いていて完璧なる淑女の姿に仕上がっていた。それはそうだ。あとわずかな期間で王太子妃になるのだ。そのために教育を受けたのだから。……ならない、だなんて夢にも思わなかったけれど。


 だが、リティアはこれまでの努力を無駄だとは思わなかった。リティアには王国の最も高貴な女性に匹敵する教養が身についているのだ。マナーや所作、知識。無知で眉をひそめられることはあっても、極上のマナーで後ろ指をさされることはないのだ。例えそれらを披露する場がなくても、持っていて損する知識ではないということだ。


 ……芸は身を助けると言うし。また、ここの表現ではない言い回しがすらすらと出てきた。リティアはこの感覚にもなれつつあり、一人なのをいいことに苦笑いした。そうよ、教育された淑女が必要な人だっているかもしれない。


「ひょっとしたら他国の王妃になる可能性だってないわけじゃないわ」

 それも一つの政治的な役割かもしれない。その場合、重荷から解放はされないけど仕方がない……。リティアはそんな風に思った。


 恋、かぁ。相手は自分で決められるかもしれない。リティアはそのことに気が付くと少しばかり宮廷に参上するのが楽しみになった。宮廷には、出仕している貴族が多く、出入りの許された貴族たちには恰好の社交の場でもあった。それなら、新しいドレスも少しは意味があるのではないか。と、僅かな期待を胸に抱いた。



 ◇ ◇ ◇ ◇


 届いたドレスは、暮れかけた空のように青みを残したグラファイト。初めて選ぶ色だった。襟ぐりを開け、腕を隠すデザインで、胸の編み上げを最後にゆったりとした生地がストンと足元に落ち、リティアが動くたび裾に施した銀糸の刺繍が夜空の星のようにキラキラと輝いた。


 いつもは淡い色のドレスが多いリティアはどうも落ち着かない。

「少し大人びた感じではないかしら」

 何度もミリーに確認したが

「いいえ、もう十分大人でいらっしゃいますよ」

 ミリーは満足そうに微笑むばかりだった。言われればそうなのだが、いつもより軽く動きやすい分このドレスは体のラインを拾っている気がして落ち着かなかった。実際はとりたてて露出部が多いドレスでは無かった。


「髪も結い上げましょう。濃い色にお嬢様の髪色は映えますから、後ろはほんの少し垂らして……」

 ミリーは手際よく身支度を仕上げていった。

 

 不意に記憶が現れるようになって直ぐ、リティアはいつもにも増して令嬢たちのお茶会に足を運んだ。今までの顔見知りの令嬢たちに目ぼしい人はいなかったが、もしかしたら新たに出会う人の中に悪女がいるかもしれないと思ったからだ。


 結論から言うといなかった。どころか、王太子の婚約者であるリティアに友好的な令嬢ばかりだった。みんな、礼儀あるわきまえた人達ばかりだったのだ。このルートに悪女がいないとわかると、リティアは令嬢たちのお茶会から足が遠のいてしまっていた。


 ……だけど、今日は宮廷で友人に会えるかもしれないわね。リティアは最近社交界に出ていない言い訳を二三考え、宮廷へと向かった。

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