第8話 建国祭(前半)7
「そう。責めてるわけじゃないのよ。私も似たような立場だからよくわかる。それに、今からだってしようと思えば出来るわ。あなたの夫になる人はあなたが剣術を始めたって反対しないと思うわ」
アンはにっこりと微笑んだ。
「ええ、そうね」
リティアも微笑みを返した。“夫になる人”はそうだといいなと思った。どんな人と自分が結婚するのかまでは考えたくなかった。リティアは何とか話を逸らせたくて話題を探した。幸いにもタイミングよく休憩の時間になり、運ばれてきたお茶やお菓子に子供たちが歓声をあげた。リティアはほっとしたことを誰にも悟られないように努めた。
「まぁ、私たちもいただきましょう」
そう言ってアンとともに輪の中に向かった。ヴェルターが二人にも飲み物をすすめる。
「……楽しいものだね」
「そうね、あなたは教えるのも上手だわ」
アンがヴェルターを褒めるとヴェルターは返事をせずに数秒アンを見つめ、二人は見つめ合うことになった。
「……ありがとう、君よりはね」
アンがカッと顔を赤くした。ヴェルターの肩が小刻みに揺れ、笑い出してしまった。
「ひどいわ、ヴェルター! 」
「だって、君の様子だとかなりの腕前のように期待するじゃないか。まさか、剣もまともに持ち上げられないだなんて、見掛け倒しもいいとこで……君の顔ったら」
アンはヴェルターを睨んでいたが、ついには吹き出し、二人は顔を見合わせて、子供のように笑った。このまま笑い転げるのではないかと思うほどだった。
落ち着いた頃、ヴェルターは笑い過ぎて出た涙を拭いながら、リティアに賞賛の言葉を掛けた。
「リティ。君はアンとは違う意味でみんな驚いたと思うよ」
「あ、ええ。ありがとう。もう腕が痛いのだけどね」
「……大丈夫かい。もし、酷く痛むのなら……」
リティアはヴェルターの心配して伸ばした腕をすっと避けた。ヴェルターの顔がわずかにひきつる。
「違うの、触ると痛いのよ。ただの筋肉痛。随分早くきたみたいで」
リティアは言い訳すると、ヴェルターはうん、と頷き今度は躊躇わずにリティアの腕に触れた。リティアは驚きでビクリと肩を震わせた。それが、痛むと思われたのか、ヴェルターは眉間に皺を寄せた。
「痛むの? 」
「あ、思ったより平気。きっと明日の方がもっと痛くなるんじゃないかしら」
ヴェルターのリティアの腕に触れる力は弱かったが、リティアは痛がったふりをするしかなかった。なぜ、無意識にヴェルターを避けてしまったのか。いたたまれないような気持ちがヴェルターを前に何度もやって来る。放っておいてほしいような気分だった。
「リティア、平気? もう少し子供たちに稽古をつけて欲しいのだけど、あなたは休んでいても構わないわ。ごめんなさい、慣れないことをさせてしまったわね」
アンまでが心配そうにリティアを見つめる。ヴェルターにも見つめられて、リティアはますますいたたまれない気持ちになった。
「もう、運動不足で情けないことが子供たちにも悟られてしまうわ。平気よ。恥ずかしいからやめて」
リティアは二人の綺麗な顔に迫られて逃げる思いで顔を覆った。リティアの憔悴した様子にアンがふっと笑った。
「ごめんなさい。大袈裟にしてしまったわね。では少し休んで」
アンはそう言ってペールや子供たちの方へと歩いて行った。残されたのはまだ気まずい思いをしているリティアと、本当に大丈夫なのかリティアを気遣うヴェルターだけだった。
「リティ、様子が変だけど、やっぱり、」
「大丈夫! 恥ずかしいのよ、ヴェル。わかってちょうだい」
リティアがそう言うと、ヴェルターもふっと笑った。
「わかったよ、リティア。無理はしないで。なんせ建国祭は始まったばかりで長い日程になるからね。僕たちの自由時間は二日ほど。後は公務になる」
「ええ、わかってる」
じっと至近距離で見つめて来るヴェルターに更にいたたまれなくなる。ヴェルターの視線から逃れようと何度も視線を外す姿がヴェルターの目には不審に映ったのだろう。ため息を吐かれてしまった。
「僕にくらい弱音を吐いても構わないんだよ、リティア」
「ええ、わかってる」
じっと見つめて来るヴェルターの目が綺麗で、リティアはなぜだか泣きたくなってしまった。
「ヴェル、少しお腹がすいたわ。クッキーでも頂かない? 」
「ああ、そうだね。取って来る」
ヴェルターはすっと立ち上がり、戻って来た時にはいくつかのお菓子を乗せた皿を持っていた。その様子に、リティアは微笑んだ。全てリティアの好みに添ったものだったからだ。ごく自然にリティアの好みを把握している。ヴェルターのこういう気遣いがなによりヴェルターらしい。
「どうしたの? 」
「ふふ、この国の王太子にお菓子を取りに行かせるだなんて、とんだ不敬だわ」
「あー……、今日は無礼講。いや、僕に給仕をさせるなんて君が特別ってことかな」
ヴェルターはパチンとリティアにウインクしてみせた。その王子らしからぬ軽薄な動作にリティアは信じられないものでも見た気分だった。
驚くリティアを気にすることなくヴェルターはリティアにクッキーをすすめた。
「ありがとう」
リティアは無礼講ということにしておこうと軽薄な態度を呑み込んだ。動揺してはいけない、と自らを律しながら。




