第5話 国境シュテンヘルムへ。4(シュテンヘルム辺境伯 )
ヴェルターはアデルモから一通りの、彼方式の歓迎を受けると、メインディッシュばかりの夕食を取り、この日は早々に休むことにした。手入れの行き届いた屋敷にアデルモがヴェルターの訪問を心から楽しみにしていてくれたのがわかる。明日は隣国の女王に会わなければならない。その憂虞を、アデルモの大歓迎が癒してくれた。
自分の事を“お兄ちゃん”と呼んだアデルモを思い出すと、おかしくなって寝具に顔を埋めて笑った。清潔なシーツは太陽の香りがした。この日、ヴェルターは王国を出て初めてぐっすりと眠れたのだった。
――――翌朝
ヴェルターは朝食にしては重すぎる食事を前に、サラダやフルーツに手を付けるとアデルモは片眉を上げた。
「好き嫌いするんじゃない」
彼が切り分けた肉の塊、削いだ方ではなく塊の方を皿に入れられそうになってぎょっとした。
「叔父上、お気持ちだけ」
むっと口を結んだアデルモに、
「私よりマルティンの方が細い」
とヴェルターが呟くと、マルティンはサッと顔色を青くして侍女に自分の皿とナイフを急いで下げさせた。
「私は、食事が終わったところでございます」
マルティンはさも残念そうに眉を下げた。アデルモは料理が多く残っていることに不満そうだったが、固まり肉を誰かに押し付けるのは諦めた。
「ああ、ヴェルター、午後からラゥルウント国王がわが領土へと訪問される。が、少人数での非公式なものだ。お前も肩の力を抜いて対応してくれたらいい」
驚くほどあっさりと予定を告げられ、ヴェルターは目をパチパチした。
「叔父上、そういうわけには……」
「いや、いいんだ。兄上が来ると仰々しくていかん。真面目で、融通がきかなくて、あ。これは褒めてるからな。だからお前に来てもらったんだ。若い王だ。君も学ぶことが多いだろう。だから私も、今日は気兼ねなくヴェルター、君を甥として扱う」
お兄ちゃんとして対応する、とにやけて小さく溢したのをヴェルター、及び広間の全員が聞き逃さなかったが聞き逃した振りをした。もっとも、ここへ来て王太子として扱われたのはほんの数秒で、それは構わないのだが、とヴェルターは眉間に皺を寄せ、きゅっと口を結んだ。
叔父上はそう言うが、油断はせずにいよう。
「うーん、ヴェヴェ、君はほんっとに兄上に似ているな。考えすぎる所がある。私は君をここへ呼んだのは息抜きしろって意味でもあるぞ」
ヴェルターはアデルモが部下たちの前で幼少期のあだ名で呼んだことを目で諫めながらもアデルモの言葉にはありがたく思っていた。ただ、隣国の王女と会う今日が息抜きの場になるはずはないと反論する。
「叔父上、お気持ちは有難いのですが」
うん、とアデルモは頷く。
「では、聞こう。ヴェルター、君は隣国のアン=ソフィ・ラゥルウント陛下について知っていることは? 」
ヴェルターの頭の中を彼女の良くない噂が巡る。ヴェルターは噂の域を出ない事柄をすぐに口に出すほど浅はかではなかった。熟考し、答える。
「若き女王であること。それ以外は知りません」
「うん。そうだな。王政が変わったところだ。前々国王の時世まで鎖国状態だったし、未だ至極保守的な国だからな。さて、俺の可愛い甥っ子よ。彼女はどんな人物だと聞いている? 」
アデルモは屈託ない叔父の笑顔をヴェルターに向けた。ヴェルターは、アデルモには敵わないなとただの甥っ子になることにした。
「暴力的で、感情的な暴君だと。王城ではいつも怒声や悲鳴が絶えず、王家が人身売買を斡旋していると。あと、これは……」
甥に戻っても言いづらいほどバカげた噂も正直に付け加えた。
「魔法、魔術の類のものを使う……と」
ヴェルターはこれを聞いて実際にアン=ソフィ・ラゥルウントに会ったことがあるアデルモはどう思うかと心配になったが、アデルモは笑ったりはしなかった。代わりに(貫録を出すためにわざと伸ばしているのだろうがあまり生えていない)あごひげを撫でるとふんと頷く。
「まんざら、事実とかけ離れているわけでもなさそうだな」
アデルモの言葉にヴェルターは静止した。そうなのか、と血の気が引く。
「まぁ、慌てるな。ここで説明するより会った方が早い。さて、時間までここの宮殿を案内しよう」
山の上に建つシュテンヘルム城はかつての戦争後は廃墟となっていた城砦をアデルモの統制時に増改築して宮殿へと変えた城である。アデルモはこの新旧入り混じった宮殿を大層気に入ってる様子だった。
広間には前国王と王妃の肖像画だけでなく、ヴェルターの父である現国王、王妃、ヴェルターの肖像画までが飾られ、忠誠と溺愛が見て取れた。ヴェルターの肖像画は成長に合わせて、
「一、二、三、四……全部で一八枚ですね」
ご丁寧にマルティンが数えてくれた。
「いや、特に気に入ったものは私の執務室、寝室にもあるから、これの倍はあるだろう」
アデルモは王族に仕える者たちはみんな無口だと感心していたが、全員が絶句していただけだった。ヴェルターは自分の姿を客観視させられ奇妙な気分だった。




