騎士と姫が往く馬車の旅
町へと続く山道を、とある豪華な馬車が進んでいた。
澄み渡った青い空、新鮮でおいしい空気、生い茂った緑の草花…
「ヒャッハーッ、いいカモだぜぇ!」
そして響く盗賊の声。
「姫、避難を」
「わかったわ(死んだ目)」
つかさず応戦体勢に入る護衛らしい騎士。中にいた姫は馬車から出てきた。
「馬鹿がいるぜぇ!」
盗賊は馬車から出てきた姫を見て舌なめずりした。きっと、頭の中の姫はすごいことになっているに違いない。
「姫には指一本触れさせないぞ、盗賊め」
その様子を見て、騎士の目が鋭くなる。
「やれるものならやってみなぁ!」
戦闘が始まった。
数分後
「見逃してください!」
盗賊はあっさりやられて、縄で縛られていた。
「これでとどめだ!」
騎士は盗賊を馬車の中に押し込んだ。
「な、何を…」
意味の分からない騎士の行動に困惑する盗賊。
「はっ。この馬車、鉄製…っ」
騎士は馬車の下に薪を並べている。
「やめろぉっ」
「くらえ!」
騎士は火をつけた。
「ぎゃぁぁああ!」
あたりにバーベキューの香りが漂い始めた。
肉が十分に焼けた匂いがしてきたころ
「姫、不埒な盗賊を退治しました」
「そう…(死んだ目)」
姫は遠くを見ている。騎士が人の形をした何かを馬車から出していることなんて知らないとでもいうのか、そっぽを向いている。
「ささ、姫、お乗りになってください。帰りましょう!」
「またこの馬車で往くのかー(死んだ目)」
姫は馬車に乗り込んだ。
馬車は防壁の手前で止まった。
「身分証明書はあるかね?」
防御力の高そうな鎧を身に着けた男が聞いてくる。
「ええ、もちろん。どうぞ」
騎士は懐から巻かれた紙を取り出し、男に見せた。
「なっ!? 王族の方でしたか、これは失礼を」
男は驚いて馬車を見た。そして、さらに驚いた。
なんか、少し開いた扉の隙間から覗く姫の目、めっちゃ死んでる…。もう、死期を悟った眼を超えた目だよ、あれぇ…。
「あの、中にいらっしゃる姫様、その、…大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですよ」
「ウン、ワタシ、ダイジョウブ(死んだ目)」
姫、片言になりながら答える。
どこが? が正直な心だった。
「ああ、どうして声が聞こえるのか不思議に思っているのですね」
騎士が突然無言になった男の行動を不思議に思い、一人納得した。
確かに、この馬車には開いた窓が見当たらない。見当たらないけど…扉が少し開いたにしては声が聞こえるけど…
「あれは魔法ですよ。姫は今までにいないくらい優秀な魔法使いなんですよ」
「そうなんですかー」
男の目はちげぇよと言いたげだ。騎士は気づかなかったが。
「では、もういきますね」
「うん、いっていいよー」
馬車は防壁の中に入って行った。
「えっと、姫様、大丈夫なのかな? ほんとに?」
「おっ、新入りか」
いかにもベテランそうな男(陰で情報を集めている暗部)が、男のほうへ向かってきた。
「いいこと教えてやるよ。…慣れろ」
「何を!?」
ベテランの目は、優しかった。
防壁の中の町並みは整っていてきれいだ。多分中央にあるだろう城の見た目も圧倒的だ。さらに、人々の営みは活発で明るい。初めて来た田舎者なら、見ているだけでわくわくするだろう。
「姫、この街並み…懐かしいですね」
「ソウネ(死んだ目)」
馬車が向かっている先は、中央に見える王城だ。
「久しぶりの王都ですよ。懐かしい街並みです。…焼きたいなぁ」
「……やめてね? 本当にやめてね!?」
騎士は市場で買い物をしている人々を懐かしそうに見ていた。
「姫、ちょっと買い物をしませんか?」
「早くおうちに帰りたいなー!」
騎士はしぶしぶ王城へ向かった。
馬車が王城に近づいてきた。
「姫様がようやく帰ってきますよ、王様」
王城の執務室で、宰相っぽい雰囲気の青年(40代)が書類をにらんでいる自分の主に声をかける。
「おお、そうか。娘は無事か?」
「ええ、無事ですよ」
書類をにらんでいた男、王は柔らかい顔になった。
「まあ、姫様は優秀な魔法使いですし、当たり前ですが」
「親なら誰だって心配じゃよ」
「そうですね」
二人の笑顔は優しい。ここだけ温かい空間のようだ。
「それに、今国で最も優秀な騎士がついているのなら鬼に金棒ですし」
「確かに」
王を宰相は書類を片付け、謁見の間に向かった。
姫と騎士は謁見の間に向かっていた。
見麗しい見た目の二人のため、メイドや文官と言った人々はチラ見していた。そして、嗅いだことがあるけど思い出せない良い匂いが姫からして、胸を高鳴らすのだ。
「ただいま戻りました」
目的の場所についたと分かると、騎士は扉を開けた。
「我が娘よ、よく戻った」
謁見の間に入ってきた二人を威厳のある声が迎える。
「はい、王様」
声の正体はこの国の最高権力者、王だ。
「それでは聞かせてもらおう…そなたたちがしてきた冒険を」
王は問いかけた。
王族である姫が王都を、ひいては国を出ていた理由。それは…魔王討伐。
王族であるとともに優秀な魔法使いである姫は、各国の推薦した者たちとともに世界の災厄である魔王を倒しに行っていたのだ。
「もう、疲れました…お部屋のベッドに根を張りたいです…(死んだ目)」
「いきなりどうした!?」
姫の目がさらに死んだ。そこでようやく、王は姫の目が死んでいたことに気づく。
「無礼ながら、私から説明をします」
「おお、そうか」
会話にならない姫を見て、話を進めるために騎士が進言した。
「わかった、話せ」
「まず…苦渋の決断の末、仲間たちを焼きました」
「話がぶっとんだ!?」
え、狂っちゃったの? 的な目を姫に向ける王。
「姫は仕方が無かったのです。まさか仲間たちに襲われるとは思っておらず、ああするしか…」
「殺ったのはてめぇだろ! 何で私に罪を擦り付けた!? というか苦渋の決断の末って、嬉々として焼いてただろ!?」
あまりの濡れ衣を着せられそうになった姫が叫んだ。
「仕方が無かったのです…『ぐへへ、俺らは世界を救うんだからいただいてもいいよな?』『じゃあ、俺は後ろのほうを使わせてもらうぜ』『僕は前の方を』『私には口しか残っていないではありませんか』と姫に襲い掛かる彼らをみて…姫を守る者として、ひいては騎士道精神を持つ者としていてもたってもいられず…」
「てめぇにあるのは外道精神だろ!」
「娘よ、事実か?」
王の言葉で、姫は落ち着き、頷いた。
「はい、事実です。襲われました。もう、この世にいません」
「そうか…」
各国への謝罪とか賠償とかは置いといて、王は姫が無事だったことに安堵した。
「ちゃんと証拠として録音・録画していたので、各国から賠償を搾り取ってやりましょう」
騎士は魔道具を掲げた。
「そうか、そうしよう。王ではなく父親として、そなたに礼を言おう」
「いえ、当たり前のことをしたまでです」
「そうだねー(死んだ目)」
王が騎士に感謝をした後
「では、魔王は倒せなかったのか?」
「いえ、魔王は倒しました。姫の活躍は素晴らしいものでしたよ。敵を笑いながら火で焼き殺していました」
「してねぇよ! それをやったのもてめぇだろ!?」
また濡れ衣を着せられそうな姫は叫んだ。
「そもそも、私は無属性しか魔法を使えねぇよ! 火を放つなんて論外! 情報を集めたり身体能力を高めたり未来を予測したり傷を治すことはできますが、基本攻撃はメイスで殴ることしかできません!」
「そういえばそうであったな」
王はようやく思い出したようだ。
姫は今までにないくらい優秀な魔法使いだが…無属性しか使えない。真価を発揮するのは暗躍パート。攻撃してもせいぜい山が跡形もなくメイスで吹っ飛ぶくらい…
「では、お前が…?」
王は信じられないと思いながらも、そうとしか考えられなかった。
騎士が魔王を倒したのだと。
「はい、私は魔王を屠りました。魔王って、世界を滅ぼすという概念が具現化した存在で、生物ではなかったんですね。よかったですが」
「そうだったの!?」
騎士によって知らされる衝撃の事実。魔王は概念だった…!?
「では、周期的に復活してたのも…」
「ええ、倒されても平気だからですね」
「なら、もう打つ手なしではないか…」
王は絶望した。もう、人類に未来は無いのかと嘆く。
「あ、もう復活しませんよ。姫が撲殺しましたから」
「本当にごめんなさい許して」
姫は土下座した。その場にいる誰かにするわけでもなくきれいに土下座した。
「いったい、どういう…?」
「まさか、まさか動くとは思わなかったんです…見た目はもうこんがり焼けていましたし…いきなり動いたから驚いてついメイスで…」
今でもその感触が忘れられないと手をワナワナさせている。
「実は…姫のメイスは神の祝福を受けていたのです」
「いや、もうあれ邪神だろ。すっごい笑顔だったもん」
その某神は、いつの間にかいて、間近で、馬車で人(各国が推薦した姫を襲ったやつら)が焼かれるのを笑顔で見ていた。そして、気分がいいからと姫のメイスに祝福(絶対殺してやらぁ)をかけたのだ。
「魔王が復活しないのなら、よいのでは?」
「今でも目に浮かぶんです。魔王のえっ? という顔が、さらに絶望に染まった顔が。私はなんてむごい仕打ちを…っ」
姫は顔を覆ってしまった。
そんな姫の肩を騎士は軽くたたき
「素晴らしかったです。さすが姫。略して、さす姫」
「ほんとうにごめんなさいぃぃいい!」
許して! というかのごとく姫は乱心した。
王は顔を片手で覆って
「話が進まないから、私がする質問に答えよ」
「わかりました」
騎士は恭しく頭を下げた。
ついに泣き出してしまった姫はほっとかれた。
王の質問が始まった。
「各村を襲っていた四天王の一人、ゴブリンのサイジャークは?」
「焼きました」
「各町を襲っていた四天王の一人、オークのエロドウジンダイスキは?」
「焼きました」
「隣国の一つ、ヴィクテムを壊滅させた四天王の一人、オーガのノウキンは?」
「焼きました」
「富の集まる国と言われるラスーベガスのカジノを荒らした四天王の一人、アンデットのゴウウンは?」
「焼きました」
「甚大な被害をもたらしていた魔物たちは?」
「焼きました」
「では魔王は?」
「焼きました」
騎士の答えが一貫している…
「そうか、焼いたのか…」
王はしばらく考えた後
「よくぞやってくれた。お前こそ世界を救った勇者だ」
騎士を褒めた。
「いえ、当然のことをしたまでです。それに、姫の命でしたので」
「少なくともあんな殺し方をしろとは言ってねぇよ。というか、帰ろうと言ったのに、命令までしたのに、ガン無視して進まれたときは絶望しかなかったわ」
姫の言葉はスルーされた。再度涙目になる姫。
「して勇者よ、娘よ。褒美は何がよいか?」
報奨の話に入った。彼らは世界を救ったのだ、何でも望みをかなえてやろうという心構えだ。
「では、街の人々を焼いても…」
「言わせねぇよ!?」
姫が放った魔力弾は、騎士の言葉を中断することに成功した。
「何もありません」
騎士の頬が少し膨らんでいる。拗ねたようだ。
「ん? なんて?」
「何もありません」
騎士の答えは変わらない。
「そうか。では、娘は?」
「今すぐこいつから騎士の資格を剥奪してください」
即答だった。ぎょっとする王たち。
「……理由は?」
王の目は険しい。生半可な答えを言うならば首がとぶかもしれないと思わせる目だ。
「こいつ、どうして今まで気づかれなかったのか不思議なくらいやべぇサイコですよ!? 嬉々として敵を馬車で焼くんですよ!? しかも、馬車もそれを引く馬も特注品! こいつ、初めて会った時なんて言ったと思います!? 『焼いてもいいですか?』ですよ!?」
「え?」
「だって、肉の焼ける匂いが大好きでして…騎士なら好きなだけ肉が焼けるかな、と」
「だったら焼肉店でも経営していろよ!? というか、何で肉として人を焼くの!? 焼いているときのてめぇの顔小さい子が見たら泣くぐらい狂気を感じるわ!」
「なんて?」
「それは盲点でした。ですが、初めて自分の手で焼いたのが人でして。それまでは母が料理で肉を焼くにおいで満足していたのですが、あまりにもよくて…」
「前科持ち! 衛兵―! ここにやべぇ奴がいますぅ―!」
「ワッツ?」
「ちょうど目の前に焼いてもよさそうな強盗がいたら…焼きますよね? たとえ家が燃えたとしても、帰ってきた家族が跡地を見て呆然とすることとなっても」
「衛兵に助けを求めるわ普通!」
「怖くて」
「嘘つけ―!」
「なんて言っているのだろう…?」
王、難聴になる。主人公か。
「とにかく! こいつはもっとも騎士に反する男ですよ!」
「まあ、よく聞こえなかったし却下で」
「お父様―!」
姫の心の叫びは虚しく消えた。
謁見の間でいろいろあって、姫は自室のベッドに潜っていた。
「はぁ、帰ってきたよ愛しのベッドちゃん…」
「はたから見たらやばい人ですね」
「てめぇほどじゃねぇよ」
結局、騎士は姫の専属の護衛になるということで話は落ち着いた。
「でも、そんなに私のことが嫌いならどうしてそばに置くのですか?」
「監視するためだよ」
姫は騎士が罪を犯さないよう監視することにしたらしい。
「いやさ、てめぇを放置したら…世界焼くだろ?」
「うん」
「否定しろよ、わかってたけどさ…」
やっぱり報奨でこいつを専属にしてよかったと思う姫。
「私は姫のこと嫌いではありませんよ」
「あっそ。ちなみに、私への敬意は?」
「あります。ですから親しみを込めて『姫』と呼んでいるのですよ」
「間違ってるだろ…」
じゃあ、様つけろよと思ったけど言わない。だって、何度言っても無駄だったし。
「何はともあれ、これからよろしくお願いします、姫。焼いていいですか?」
「駄目(死んだ目)」
全く出会った時から変わらない騎士を見て、姫は専属の薬師が欲しいなと思うのであった。