死の双六《すごろく》 賽子《サイコロ》次第でハラキリ候
猪井直彦は妻を迎えるために、古田家の屋敷へ来ていた。
屋敷の門は開かれ、提灯が灯されている。
月が雲に隠れているので妙に明るく思えた。
やけに静かだな。
屋敷の中は静まり返っており、人の気配がしない。
座敷で一人座っていると、屋敷の主である古田伊左衛門が姿を現した。
古田は何も言わずに直彦の前に巻物を広げる。
それは双六だった。
白い紙の上には空白のマス。
「あがり」と「ふりだし」だけが書き込まれている。
「どういうおつもりか、古田どの」
「なぁに、ちょっとした余興をと思ってな。
今からこのマスを交互に埋めていき、
駒が止まったら書かれている命令を実行に移すのだ」
そう言いながら、古田は筆を執って空白のマスにこう書きこむ。
切腹……と。
「ふっ……ふざけるなっ!」
「ふざけてなどいない。
己の運命を信じて賽子を転がせ。
そう簡単に止まったりはしない」
さすがに躊躇する直彦。
しかし、逃げたら男が廃る。
勝負を受けることにした。
それからマスを埋めて順番を決め、賽子を振った。
切腹は無事に通過したものの、その先にも試練が待ち受けている。
『辻斬り』『謀反』『直訴』
一発で人生が詰むようなマスが沢山。
しかし、直彦はその全てをクリアした。
「大した男だ。しかし……寒くないのか」
「古田どのこそ」
二人はふんどし一丁の姿。
直彦は脱衣と書き込んだのだ。
「お互いに運がいい証拠だろう。
しかし……次は分からんぞ」
「…………」
上がりの手前にも、やはり『切腹』の文字。
ここを越えて行かねば勝利はつかめない。
直彦は最後の一投に力を籠める。
そして出た目は……。
「がっ……切腹ぅ!」
最後の最後で切腹のマスを踏んでしまった。
「くぅ……最後の最後で!
しかし、約束は約束。
今すぐに切腹を……」
そう言って自分の腹に刃を当てた瞬間。
「みごとっ!」
ふんどしを脱ぎ捨てて全裸になった古田が立ち上がって言う。
「直彦殿のお覚悟、確かに見届けたぁ!」
「……え?」
「貴殿こそ、娘の婿にふさわしい!」
そうか、つまり自分は試されていたのか。
ようやく義父の意図が分かり、ホッとする。
すると……。
「お父さん! 直彦さんに何をするつも……あっ」
妻が障子を開いた。
彼女の眼には、全裸で向かい合う二人の男の姿。
「失礼しました……どうぞ、ごゆっくり」
「「ちがうっ」」
なんとか誤解を解いたが、変なしこりが残ってしまった。
その後も何度か双六に誘われたが、直彦は一度も応じなかったという。