執事と植物
ユウが向かったのは明希葉が最初に人形を見たと言う場所だった。そこまでは明希葉に案内してもらっていたユウだが、そこに着いた途端辺りを見渡し、ある一軒家に足を運ぶ。その家は鍵が閉まっておらず入るのに苦労はしなかった。ユウは躊躇いなく足を踏み入れる。家の中は異臭で満たされていた。その異臭の正体にユウは既に見当がついていた。そしてそれを確信に変えるため異臭の発生源。つまり、居間に存在する死体の元に足を運んだ。死体はもはや元の形を保っておらず腐敗が進んでいる。それを見た明希葉はあまりのことに口元を手で押さえて、込み上げる嗚咽を我慢する。そんな、明希葉を気にせず、部屋の探索を進める。部屋の中をいきなり風が横切る。ユウがその方向を向くと、そこには、開け放たれた窓と植物に身体を貫かれ、口から花を咲かせた、死体があった。ユウは、それと同時に窓の外に見えるおあつらえ向きのビルを見た。そこに、犯人がいると、そしてそれが罠であると気付く。そこからのユウの行動は、早かった。明希葉の膝裏に自分の腕を回し、抱き上げる。あまりのことに目を白黒させる明希葉を無視して、ユウは飛び出したのだ。目指すビルは、高さ100メートル程の少し大きめのビル。ビルの前まで来るとユウは流石にこの高さは、跳んでも仕方ないと判断、近くのマンションに向かって跳躍し、そこからビルの屋上へと飛び移った。そこから俯瞰する風景は美しく、こんな状況にも関わらず、不覚にも明希葉はその光景に見惚れてしまった。100万ドルの夜景といった様な大層なものではなく、ただそこに誰かがいて、生きて、笑っている。そう考えるととても温かな気持ちになったのだ。しかし、ユウの声で明希葉は自分が危ういことを思い出し、そんな感嘆を頭から押し出した。ユウは、屋上の出入り口へと歩み寄り、足を止める。直後ユウの前から先の尖った植物の茎の様なものが突き上げる。その様子に息を呑む明希葉。しかし、当の本人であるユウはあまり驚いていない。それどころか、ここから降りれば時短になりますね、などと呑気なことを言い出す。その姿に明希葉は、感嘆と共に恐怖さえ抱くのだった。だが、そんなことを思ってはあまりにユウが可哀想だと考え直し、ユウの背中を追う。ユウは、明希葉が自分に追いつくとほぼ同時、明希葉をいきなり抱えると、先程できた穴へと飛び込んでいく。すると、ユウを貫かんと穴の底から植物が伸びてくる。だが、それさえもユウの予想の範囲内であった。槍に炎の性質を与え全力で底に向かって投げる。二つに引き裂かれながら炎を上げる植物を意にも介さずユウはそのまま着地。明希葉を下ろすと槍を抜き、正面から押し寄せる植物を全て、引き裂き、燃やし、貫く。その光景は炎を纏った竜巻でも発生した様であった。さらに勢いを増す植物をさらに激しさを増した竜巻が迎え撃つ。その状態が10秒程続き、唐突に終わりを迎えた。ユウが切ろうとした植物が切れず、燃えなかったのだ。そのほんの一瞬のうちにユウの足が絡め取られ、逆さ吊りになる。その状態でもユウは、押し寄せる植物を今度はより力を込めて斬り払う。しかし、一度崩れてしまった形勢は立て直せず段々と、捌ききれなくなってくる。そして、ユウの槍を植物が打ち払い、そのガラ空きになった胸を貫かんと迫る。それによりユウは命を落とす。…はずだった。しかし、迫りくる植物はユウの心臓を貫くことはなく虚空を引き裂いた。ユウが背筋の要領で背中を曲げ上体を反らしたことが原因のようだった。そして、その勢いでユウの足に絡みついていた植物がちぎれる。ユウはそのまま壁に向かって走りだす。植物がその後を着いて行き、あと数センチでユウに触れるという瞬間、またも植物は空を突いた。それもそうだ。ユウは壁を1メートル程走ったのだから。そして、そのまま壁を蹴り、体を捻り、着地する。着地すると、ユウは全力で植物の発生源、つまり、この事件の犯人である少女へと踏み込む。
「あなたが一度に出せる植物の量には限度がある。そうでなければ最初の時点で物量に押され、とっくに私の体は貫かれていますから」
そう言って犯人の手を掴み、引き寄せる。そのままユウはポケットから取り出した、長めの結束バンドで犯人の両手首を繋ぎ拘束。そのまま相手の手の平を天井に向けさせ、明希葉の元にゆっくり歩み寄る。あまりの事に腰の抜けてしまった彼女を立たせる。一時の沈黙の後、明希葉から出た言葉はユウにとって意外なものであった。
「何故、彼女が植物を操っているの?犯人は人形を使うはずでしょ!?なのに何故、何故…」
明希葉は得体の知れない何かに怯えるように、ユウにそう問うたのであった。