執事の休日
命が持ってきてくれた服を着て落ち着いた舞がユウに桜花を連れてくるように命令し、ユウもそれに従い桜花を担いで屋敷の中に入る。しかし、そこで時計を確認した舞が焦った様子でユウに自室に駆け込んで行く。そこから一、二分程経ってから学生服に着替えた舞が髪を結びながら自室から出てくる。口にはヘアゴムが咥えられており、舞のその様子からユウは今日が月曜日であることを思い出し。舞の自室に置いてきた朝食を急いで取りに行く。その間に命は舞が髪を結ぶのを手伝う。命の協力もあり、舞が髪を結び終えるまでに数分もかからなかった。そして舞が髪を結び終わるのと同時にユウが朝食を運んでくる。それを五分で食べ終え、舞が眼鏡を制服の胸ポケットから取り出しかける。そのまま流れるように荷物を持つと
「行ってきま〜す」
と明るく挨拶をして屋敷を出ていく。舞の姿が見えなくなると、口を開く。
「なんで舞様はいつもメガネをかけて学校に行かれるのでしょうか?確かに眼鏡をかけているのも可愛いのですが…そのままの方が舞様らしくて私は好きなのですが。そのためにわざわざあんな伊達眼鏡まで買われて。ユウさんはどう思います?」
「本人が言っていたでしょう?目立ちたくないと。であれば私達はそれをサポートすることが仕事です。彼女は、この屋敷に誰かがたどり着いて仕舞うのを避けたいのでしょう。ここは法律の外側の領域。ここでは基本全てのことが許されます。しかし警察はここで起こったことには関与しない。つまり極限の自己責任。ゆえに誰かが何かの手違いでここに踏み入ってこないように、まず月神 舞という存在がほとんど認識されないことにしたのでしょう」
そういった後に付け足すように、
「まあ、能力に耐性のある人間でないとまず視認さえ難しんですけどね」
と呟きユウは自室へと歩き始め、そこで思い出したように命に声を掛ける。
「そういえば、あなたは学校に行かなくて良いのですか?」
そのユウの言葉に命は顔を真っ青にしてユウの方を振り向く。その反応だけでユウは察して言葉をかける。
「送迎しますから。あなたは準備をして来てください。まだ間に合いますから」
その時のユウの姿は、命の目には天使のように映ったという。命のことを学校に送って、そのついでに桜花を警察に引き渡し、屋敷に帰ってくる。桜花から聞き出した情報はユウが既に調べていたことばかりでほとんど役に立たないものだったが一つだけ予測が確信へと変わったことがあった。それは、桜花は舞の能力の調査に来たというものだった。まだ能力が割れていないのは舞だけだったということとあの場に1人で来るには流石に弱すぎたということでそうかとは踏んでいたものの、問い詰めてみれば本当にその通りだったのだ。ユウがチラと時計を見る。時計の針はまだ九時半を指している。
「どうしましょうか。流石に暇なのですが」
そんなことをぼやきながら自室へと向かう。ユウが自室の扉を開く。その部屋は最早、人が住む場所ではなくなっていた。部屋に入ってすぐ左手の角の位置に申し訳程度に置かれたベットも酷くシンプルで、お世辞にも高級感があるとは言い難い。他に置いてある家具と呼べるものはその部屋には存在せず、代わりに、工作代に小さな溶鉱炉、加治台や作業台が所狭しと置かれている。そんな部屋に家具なんてものが置ける訳がなかったのだった。そして部屋の壁には教会という組織の幹部クラスのメンバーとそのトップと思われる人間の写真が貼られており、写真の下にはその人間が関わったと思しき事件の情報や一人一人の能力と思われるものが書き込まれている。しかし、ユウが見たのはその横に貼ってある設計図であった。これは、と小さく呟くユウその顔は新しい遊びを発見した子供のような顔をしていた。ユウは早速それの作成に取り掛かる。それから小一時間程経った頃にユウの手がぴたりと止まる。そして自室を飛び出し門へと走って行く。門の前に立って助けを叫ぶ女性の姿を視認すると、急いで門を開き女性を庭へと入れる。しかしユウが門を閉めるより早く、五体の人形が侵入して来る。人形はそれぞれがナイフや小口径のハンドガンなど小型の武器を所持しており、フワフワと飛行しながら、それらの武器で女性に襲いかかってくる。しかし人形達は理解していなかった。その場所がどんな場所でそこに誰がいるのかを。そう、ここは月神邸。つまりユウが全力を出せる場所。そしてそこにユウがいるということが。ユウは炎の属性を両の手に宿し、そのまま人形を一体残らず焼き尽くす。焼かれた人形は全て灰になり風に煽られて空へと舞っていく。そして、ユウは振り返り女性の膝裏と背中に手を回し抱き上げる。その瞬間女性は衝撃を受ける。女性が衝撃を受けたのはユウの容姿であった。当人はそう思っていない様だが、誰が見てもユウの容姿は真面目で硬派な印象を受ける美青年なのだ。その白髪はサラリとして、顔も目鼻立ちが整っており、キリッとしているが優しさを感じる。そして少しだけ露出している肌も白く綺麗で、触ってみたくなる程すべすべとしている。そのあまりの美しさに女性は衝撃を受けたのだ。ユウはその女性を屋敷に運び込むと、客間へと通し、お茶を淹れて女性の前に運んできて女性と対面する席の横に立つ。その動きに女性が首を傾げたことでユウは思い出した。今日は舞がいないこと。そして気付く彼女をここに招き入れた以上、彼女の助けを聞き入れたということ。つまり彼女の依頼を自分一人の時に受けてしまったことに。そこまで考え、ユウは腹を決め、女性の対面の席に座り言葉を紡ぎ出した。
「あなたは何という名前なのですか?」
その質問に女性は落ち着いた様子で答える。
「わたしは、神薙 明希葉といいます」
「では、襲われた心当たりなどは?あればいつの事なのかもお聞きしたいのですが」
そう問うユウ。どこか思い当たることがあったらしい明希葉は、ゆっくり口を開く。
「一週間ほど前のことなんですけど。夜中に少し夜食を買いにコンビニに行ってその時に空を飛ぶ人形を見たんです。その時は、徹夜が続いてて疲れてたのかな、なんて思っていたんですけど、翌日ぐらいから、自分の後を誰かが付けてきてるみたいで、その正体を暴こうと思って昨日、付けてきてる人の方に自分から向かって行ったんです。そしたらそれが人形だったんです。そして今日、家から出てきたらあの人形に襲われて」
その話を聞き終わるとユウはゆったりと明希葉の顔を見つめ、最終確認を始める。
「あなたは私のことを信用できますか?」
「します!できます!だから」
返答を遮るようにユウが続ける。
「では、あなたは私と共に戦場に立つ覚悟はありますか?」
「ある。覚悟はある!」
そう強く答える明希葉を見て、よかった、と優しく笑うユウ。そして席から立ち上がり、明希葉の下に歩み寄って、手を掴み、自室へと連れ込んでベットに押し倒す。あまりのことに唖然としていた明希葉も押し倒されたことで、「ちょっ、ちょっと!」と声を上げ、目を瞑り、胸の前で手を交差させる。しかし、ユウはまるで、何を止められているのか分からない、と言う様に「大丈夫ですよ。すぐ終わりますから」と、素っ気なく返す。その言葉に、「代価を要求してこないからおかしいと思ってたんだ。これが代価なら安いもんだね。ほら、好きにしなよ」と、覚悟を決める明希葉。だが、ユウが何もしてこないことで、「焦らしプレイというヤツか。君はそう言うのが好きなんだ」と明希葉が呟くと、ギシリとベットが音を立てる。その音の後にくる感触に備え、明希葉がさらに強く目を瞑ると、「すいません待たせてしまって。今、金庫が開きましたので、ここから武器を選んでください。ところで、何か言っていた様ですが何と言っていたのですか?きちんと聞いていなかったのですが」というユウの声がベットの横から明希葉の耳に聞こえてくる。その声に明希葉が目を開き、ベットから降りて壁を見る。ベットの枕側の壁が開き、中に入っていた武器が顔を覗かせていた。その光景を見た瞬間、明希葉は自分の顔が火をあげる程熱くなっていくのを感じ、話しを変える為に話し出す。
「そう言えば、お代はいつ頃にどれだけ払えばいいの?」
「お代はこの事件が解決してからでいいですよ。うちはお代は全て成功報酬ということに決めているのです。今回の場合、値段の方は32~35万円程になりますね。これでも安い方だということは理解していただけるとありがたいのですが」
「流石の私でもそれぐらい分かるわよ。命懸けの仕事でこの値段が安いってことはね」
話しながら金庫の中の得物を片っ端から手に持って、しっくりくる物を探す明希葉。ようやく、得物を決めたらしい明希葉が一丁の小さなサブマシンガンと、ナイフを持ち、一緒においてあった、ナイフホルダー付きのガンホルダーベルトに得物を仕舞いユウへと歩いて行く。ユウは明希葉が自分に追いつくのを待って、歩き出す。しかし、明希葉は、この時ユウに何処に行くのか聞かなかったことをとても後悔した。