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09話 この身が滅び、永久《とわ》の時へと過ぎるまで――

「エマ――っ!!」

 僕の叫びに、応える声はない。衝撃でひび割れた氷の壁は濁って見通せず、僕をいっそう拒絶するようにそびえ立っていた。

 わめく息はかすれて、苦しいまま詰まって、僕の膝は崩れ落ちた。


 ――救えなかった。エマを、助けられなかった。守ると心に決めたのに。……はずだったのに。僕は何もできなかった。大切な彼女の想いに、気づくことさえ――

 うなだれ、床についた手の甲に、エーテルの雫が落ちていった。


 壁越しから化け物の雄たけびが聞こえている。断続的に、終わることなく、この耳をつんざいてくる。



 うるさい……。やめろ。お前さえいなければ。お前の声なんか聞きたくない。

 おまえ、なんか……!



 床につく手がこぶし(・・・)になり、固く締まる。呼吸は乱れ喉が震えて、もはや抑えがきかない。怒り――いいやこれは、憎しみだ。

 からだが熱い。体表の焔が荒れ狂っている。

 感情すべてを溜め込み見上げる。水滴が垂れ始めた氷壁に向かって、僕は叫ぶ。


「おまえを、ぜったいにゆるさないっ!!」

 痛みを考えず壁にぶつかった。一度目で欠片がはじけ、二度目で穴があき、ついに三度目で氷の壁は砕け飛んだ。



 壁のさきにいた化け物は、泣いていた(・・・・・)。アニマの火を撃つ相手を間違え一度きりの新生に失敗した無念か、悲痛な声を吐き、涙を流し、腐った巨体を情けなく揺らしている。

 エマはさっきの場所に倒れていない。あたりを探すうち、暗い部屋の遠く左側に、……横たわった彼女の足がうっすらと見えた。衝撃であそこまで飛ばされたのか。


 ――と、化け物の牙が僕に迫った。

気づいたときには、僕の左腕は巨大な両顎に噛み付かれ、身体ごと宙に飛ばされた。腕に痛みがはしって、その腕が、僕から離れていくのが視野に入った。

 石の床に叩きつけられた僕に耳に、遅れて落ちた僕の腕の音が聞こえた。

 耐えがたい痛みが押し寄せる。意識が遠くに消えそうになる。ぼろぼろの断面から、エーテルの血肉が、魔力が流れ出ていく……。



「……ぐ、ああっ!」

 それでも、僕は立ちあがる。蝕む恐怖に、脈動する激痛に、がたがたと膝が震えても。


 僕を見下ろす化け物。乱れた牙をむき、もたげた触手をゆらし、憎悪を渦巻かせたような荒い鼻息。明確な殺意だ。自らが死ぬ道しか残されていないから、僕を道連れにしたいんだ


 こいつを無視してエマに近寄れそうもない。……エマは氷の壁を坑道側だけ塞がずにいた、つまり僕を逃がすためだ。

 彼女を見捨てて逃げる――きっとそれが正しいんだろう。エマが望んだ、確実に僕が生き残れる、ただひとつの『未来』。



 でも、だとしても――

 僕はもういちどエマの顔をみたい。弔いたい。たとえどんな姿になっていても。

 彼女は未来を変えた。けれどその新たな未来をつむぐのは、切り開くのは、生き残った僕自身だ。


 僕はこの化け物を殺す。神の仇敵だとか関係ない……!

 減り続ける魔力をかき集め、全身の炎を巻きあげた。


 立ちふさがる敵に、僕は叫ぶ。

「望みどおり戦ってやる! 覚悟しろ『化け物』!!」




 咆哮した化け物が持ちあげた触手を振りおろす。無数の腐肉の鞭を避けながら僕は、右手から炎の塊をばら撒いた。

 幾本もの触手が燃えて炭になる。だが生き残った一本が僕の腹を殴った。

 勢いは受け流したが痛みと吐き気が襲う。左腕からは血が噴きだした。


「うっ……!」

 炎を纏った血と、魔力が、命が漏れ落ちていく。意識が頭の中をかき混ぜられたようにぐらつく。


 いやまだだ、まだ終わらせない。戦える。絶対に勝つ。

 化け物の触手一本が僕を狙う。横方向から斜め上へと振る動き――その先端を宙返りで回避し、腐肉に足をつけ、大きく跳躍する。


 相手の薙ぐ勢いを利用した跳び。はるか上にあった化け物の顔が、大きな口が目の前にくる。

 化け物は噛み付こうと顎を開けて襲いかかった。僕はそれを見計らい、短くなった左腕をやつに差しだした――



「だあぁぁぁ――っ!!」

 左腕にふたたび噛みついた化け物の口に、僕は火炎放射を放つ。ありったけの魔力を、なにもかも燃やし尽くすただの炎に変え、化け物の喉から体内へ、とめどなく流し込んでいく。

 悶え苦しむ化け物に振り回される。自由が利く右手と両足で下顎にしがみつく。命を削っても、壁に身体を叩きつけられても、僕はこいつから手を離さない。攻撃を緩めない。諦めてたまるか。

 かならず、こいつを潰す――


 力の限りの絶叫。ありったけの火炎を注ぎ込む。つぎの瞬間に化け物の背中は破裂して、僕の炎が外に迸る。腐った肉の塊は断末魔を発しながら、崩れ、燃え屑になっていった。




 ――

――


 おぼつかない足で、燃え尽きそうになる意識で、一歩また一歩と彼女のほうに近づく。

 左腕はさっきよりもぼろぼろになった。痛みをこらえ、垂れ続ける血肉の線が床に灯りながら、その光にエマの姿がはっきりと見えてくる。



「エマ……きたよ」

 仰向けに倒れているエマは、瞳を閉じたまま動かない。しゃがんだ僕は、彼女の頬についた汚れを、できる限りそっと拭った。


「遅れて、ごめん」

 こんな言葉しか出せない、勝ったはずなのに。腕の痛みよりも心が痛くて、だんだん目が潤んでくる。右手で滲む視界。僕の唇は震えていた。


 わかっている。後悔しか残らない。エマは言ったんだ、『自分はどっちみち死ぬって』。化け物が奪ったアニマの火は魂の火、命の火だ。それがコアに燃えていないから、彼女は……。



「……。コア」


 不意に、思うことがあった。

 ……幾度かためらったけど、僕はエマの右胸に手をおいた。サラマンデルは精霊の特性上、手からアニマの火とコアの様子を透視できる。


 まぶたを閉じ、彼女の胸のなかを透視する。見えたのはむき出しになったコアだ。輪郭がゆれていた。まだ熱いままなのか。

 まるで火種(・・)でもあれば、すぐ燃えだしそうに――



 火種……。

 ああ、そうか。



 脳裏をよぎる、僕の宿命。

 それはいま、僕の希望になった。



 息を吸う。眠る彼女に、言葉をつむぐ。

 それは契り。僕とエマ、お互いが叶えられなかった、ただひとつの想い(・・)のかたち。



永久(とわ)に続く時のなか、(ちぎ)る我が身は(はかな)けれど、我が決意はただ一途に、あなたの魂を想い果てる――」



 右腕を自分の胸にあてて、アニマの火を引き寄せ、それを僕は、ふたつに分ける。

 半分は胸のなかへもどり、そしてもう半分は僕の手のうえで、ゆらゆら燃えている。


 嫌な慣習だった。逃れることのできない未来を、僕の運命を意味するしきたりだった。

 これが成功する確証だってない。意味がない行為かもしれない。


 だけど、もし、きみが目を覚ましてくれるなら、僕は――



「我が魂の欠片(かけら)をあなたに(たく)す。ともに生きよう。この身が滅び、永久(とわ)の時へと過ぎるまで――」



 右手に灯る僕の火を、彼女の胸にあてがう。アニマの火を失っていたコアは、まるで巻き取るように魂の火を吸い寄せて、その身に纏わせた。


 火は、何事もなく燃えている。



 そして、

 咳き込む声が聞こえた。


「けほっ、けほっ……。フラ、ム? ここはどこ……?」


 開くことの無かったまぶたが急にひらいて、青く澄んだ双眸が僕を見上げていた。


「え……。――っ!?」


 エマは時間差で、僕の右手の位置に気づくとサラマンデル以上に顔を赤くして、でも僕の左腕を見ておどろいたりで、とても忙しい。


 左腕の痛みさえ吹き飛ぶような、鮮烈な時がそこにあった。

 彼女から右手を離して、僕は目いっぱいの笑顔をおくる。


「あのさエマ、驚かないで聞いてね」



 僕は、きみが好きだ――



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