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08話 私はあなたを救いたかった

「ちょっとま、……っ!」

 エマに迫ろうと、思わず氷の壁に触れる。すぐさま手に鋭い痛みが走り、指先は黒ずんでいた。

 氷の冷たさはサラマンデルにダメージを与える。彼女を隔てるこの壁に、僕は指を離すことしかできなかった。


 どうして、エマが魔術を使えるんだ。僕をどうして氷で閉じ込めた。――いや違う。

 坑道につながる経路がのこっているから、……閉じ込められている(・・・・・・・・・)のはエマのほうだ。


 冷気が漂う壁のおくで彼女は化け物に背をむけ、物悲しげに僕を見つめている。ここから逃げるつもりはないと、すぐにわかった。

 僕のなかで孤立感と寂しさが渦巻く。でも言えたのは、たまり続けた疑問、その言葉だけ。


「どうして……。教えてくれよ。きみに、何があったんだ!」




「もう隠す、必要もないね」

 短くも長くも感じた沈黙あとに、エマは口をひらいた。

「フラム、私はあなたを救いたかった。……世界を、終わらせないためにも」


 ……救いたかった? 何を言っているんだ。それに、世界が終わる(・・・・・・)



 エマは「これだけじゃ意味わからないよね」と苦笑いして、言葉を続けた。

「私は、いいえ……正確には私の、この身体を動かしている『意識』はね、――『未来のもの』なの」



「……みらい?」


「そう未来。……あした、あさって。それを気が遠くなるほど繰り返した、この世界の延長線上にある世界。私は、『一八年後の未来』から『意識移送』――つまり意識を過去に飛ばしたの。この時代の、私の意識を上塗りするかたちで」


 ――意識を飛ばす。それは僕だってドラークさんと話すときに使うものだ。けれどもこの能力は四精霊か魔の一部にしか使えない。そして時の流れを越えることだって……。正直信じられない気持ちだ。けれど僕は、はっとした。


 小鬼(ゴブリン)と戦ったあたりから、エマは様子がおかしかったんだ。街に向かうときは「結局行くことになるから」と言うし、廃坑調査の依頼をいとも簡単にみつけた。もし、あれすべてが『起こるはずの出来事』ならば、未来のエマは知っている。

 ……未来。エマの意識は、どうやって、なぜそんなことを。


 化け物が、うめくように喉を鳴らした。あの白く濁った目は物が見えないのか。エマを襲わないでいる。耳も聞こえないのかもしれない。


 エマが化け物を一瞥し、僕に言う。


「こいつが世界を終わらせようとしたの。名前は『神の仇敵(きゅうてき)』――神が深い眠りについた元凶、──いにしえの時代、神が憎み、世界の主導権を争い、しかし深手を負わせた、神と同列の存在。その生き残りの『一柱』。私たちが古の碑文と壁画から正体を見出したころには、力を取り戻したこいつに世界の半分が壊されていた。そして私たちの世界をつくり変え、自分が神として君臨できる空間、環境にしていったの。――きょう、『はじまりの日』からね」


「……この化け物が、これから暴れまわるっていうのか」


「すこし違う。……暴れまわったのはね、神の仇敵に身体を乗っ取られた――フラム(・・・)、あなただから」



「えっ……」

 思い出す。僕が幻覚(・・)で見た、魔王城を破壊したあの化け物。赤黒い瞳だった。城を壊し、たくさんの命を、人魔を奪ったあの化け物は――

 あれは、……僕なのか。


「そんな、」


「事実よ。あなたはここで神の仇敵に乗っ取られるはずだった。こいつの習性は新生のために四精霊の身体を奪うの。……精霊がもつアニマの火を吹き飛ばし、自らの火の大部分を精霊のコアに灯させる……。私は一八年前に見た。あなたが巨大な化け物になるところを……」


 エマは目をつむる。

「私はいちど意識を失って、気がついたときには瓦礫の隙間にいた。そうして『神の仇敵』になったあなたは世界を破壊しはじめた。それが『はじまりの日』。世界が壊れる一日目。……怖かったし、見ていて胸が張り裂けそうだった。あのとき、フラム、あなたを助けられなかったから」



「神と渡りあえる力を持った存在には人間も魔も関係ない。誰も皆等しく殺され、住処を奪われていったの。『神の仇敵』は襲った場所を自らに適した環境につくり変え、眷属を生み出していった」淡々とエマは語った。

「……眠りについていた『神』を殺したところを見た人魔は、従来の立場でいがみ合いつつどうにか共同体をつくった。魔王は人間の王たちに提案したの。――魔王城にある水晶器を使い、過去を改変しよう、『はじまりの日』の当事者である私を送り込もう――って。フラム、私たち有名な冒険者になったの。……すごく悪い意味で、ね。……この水晶器は各王の権力闘争の火種になった。人間の王が私欲のために乱用したり、魔王に反発して、私をいちど『暗殺』した王もいた。そのたびに魔王は水晶器を起動して過去を繕ったり、時間軸をさかのぼり私の死を無かったことにした。問題を起こした王の民から命を、アニマの火を奪い、水晶器を動かす魔力に変換しながら……」


「じゃぁ、あの幻覚は……」


「私の記憶。あなたが修正者(・・・)に消されかけたときに意識が混線したのね。話を聞いたときはひやひやしたわ」彼女は続ける。

「フラム。あの闇――修正者は世界の(ことわり)なの。過去を変え、あらたな世界を創りだすことは時の流れに、世界の(ことわり)に反する。だからあるはずのかたちから外れようとするほど、修正者が多く現れる。そしていまの世界を消して復元を図ろうとする。史実──本当の歴史なら、私とフラムはゴブリンを倒したあとは街にすぐ向かわなくて、辿り着いたころには祭りは終わっていたの。街へさきに行った理由は、あの街でわざと修正者を湧かせるため。

この作戦が、(ことわり)を変える力があるかを測るため……」エマの口もとがゆるんだ。

「あの街で暴れた四体、一気に現れたことで私は確信した。……死んでいった何十万、何百万のひとたちが救われる世界。それが存在するという証明がいま目の前で繰り広げられている。……嬉しかった。魔王が見い出した、そして、私が望んだこの作戦は正しかったんだって」



 僕はただ、その表情を見つめることしかできない。彼女が生きた一八年間の『未来』はきっと、……いや。僕の想像すら及ばない世界だろう。

 歪んだ氷のおくで微笑むエマ。街で見た彼女の笑みと、それは同じだった。


「……この任務は世界の希望なの。移送者は私を含む七人。修正者と戦ったあの魔術師六人がそう。『一八年前』』は、どこにでもいる市民だったけど。彼らの使命は、私の援護と監視。……逃げ出さないようにね」



 世界が終わる……僕にとって、時というものは永遠だと思っていた。平穏はずっと続くものと思っていた。そんな根拠の無い考えは、すべてを語るエマに崩されていく。


「――時間軸に沿いつつ『決定的な箇所』を改変する。『はじまりの日』――いまここが決定的な箇所。『神の仇敵』の生き残りはおそらくこいつが最後で、しかも弱っている。隠れ地近くに偶然坑道が掘られ棄てられて、その壁に穴があいた。もし私が逃げたらいつか別の誰かと、あなた以外の四精霊が『神の仇敵』と遭遇する。そうなったら同じ悲劇が起きて、今度こそ改変のチャンスは無くなる」



 僕は決めたんだ。エマに想いを伝えられない精霊の僕は、彼女を守るんだって。なのに――


 壁の向こうで、エマは床に薄青色の炎を灯した。

「サラマンデルの炎そっくりでしょ? いまからこいつに、私がサラマンデルだと誤認させる。生き残った魔術師でこれができるのは私だけ。フラム、私は『はじまりの日』のあと魔術師になったの。いっぱい頑張ったんだ」彼女の背後で、化け物の鼻息が荒く噴きはじめた。

「神の仇敵は精霊の身体を乗っ取れるけど、人間の身体には失敗する。こいつが私にアニマの火を放っても、私のアニマの火を吹き飛ばしたあと、コアには燃え広がらない。そしてこいつの行為は、たった一回きり。怖がらないでフラム、これは運命なの。……作戦が成功したら私たち移送者がいた未来は消えて、新たな未来がつくられる。私と仲間の意識はその時点で消滅する、つまり私たち七人はどっちみち『死ぬ』……だから」


「……エマ! だめだ!」

 氷の壁に身体をぶつけた。拳を振り下ろして何度も割ろうとした。

 だけど氷は厚くて固くて、その凍てつく冷たさに僕の肌はどす黒く変色していく。



「聞いてフラム。じつはね、私はあなたが好きだったの」


「……え」


「あなたに出会ってすぐだった。一緒に笑って、困って、そしてあなたの優しさを受け止めて、私はあなたに恋をした。初めてだったの、こんなに優しかったひと……。でも言えなかったんだ。あなたはサラマンデルで、私は人間で、あなたはきっと人間の私なんか受け入れてくれない。そう思ったから……。一八年以上かかったかな、私にとってはね。さいごに、言わせて――」


 歯の根が、合わなくなる。振り上げた拳から、肩から、力が抜けていく。



 化け物が大きく叫ぶ。胸部から夕暮れ色をした閃光が広がる。まるで不気味な後光のように。


 エマが目を細めて笑っている。満面の笑みで、

「フラム。だいすき!」


 閃光が彼女に直撃し、氷壁は真っ白にひび割れた。


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