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05話 死ぬのではなく、『消える』のです。微塵も無く


「フラム、絶対にあいつらの身体には触れないで。遠距離攻撃だけにして」


「それって、エマは戦えないの?」


「……剣じゃ無理ね」

 となりを走るエマは答えた。考えが及ばなかった。エマが『戦えない』のなら彼女を危険に晒してしまう。でも、決心が揺れかけた僕に、エマはニヤリとする。


「だからもしもの時はフラムが私を守って。あなたを信じる」



 街角は少しのあいだに、ひどく様変わりしていた。様相が悪化していた。建ち並んでいた露店の多くが跡形も無く消えている。耳に届く悲鳴も薄い。闇から逃げられた人はいるはずだけど、確実に何人かは……。


 そして、僕は街の人間たちのなかに『ある人たち』をみつけた。



「……信じられない。魔術師だ」


 避難もせず、闇と戦う六人の人間がいた。あきらかに捨て身の覚悟で、彼らは深紫色を帯びた光弾を撃ち、闇の塊四体へ攻撃を続けている。


「攻撃を続けろ! 我われに与えられた使命を忘れるな!」



 世界には、魔術を会得した人間はいる。魔に対抗する手段として、国や組織の戦力のため志願者から選び抜かれたひと握りのエリート。ただそれでも、魔に比べればほとんどが低級にとどまるとか。


 なのに彼らの能力は低級の域をゆうに超えていた。しかも六人……こんな偏狭の地に精鋭中の精鋭が集まっていたなんて。不自然な気もしたが、いまは彼らが心強いかぎりだ。しかし彼らも素早く動き回る闇には人数が足らず、苦戦しているのは明らかだった。


 魔術師のひとりが僕たちに気づく。六人のなかで一番背が高い彼はひどく驚いたように目を見開く。僕とエマを交互に見て、なぜか視線をエマに固めた。


 エマが声を張る。

「あなたたち、加勢するわ。フラム、はじめるよ!」


「もちろん!」

 僕は息を深く吸う。足は地面から浮き、エーテルの身体は煌き、灼熱の(ほむら)が激しくゆらめきだす。魔力を(たぎ)らせ、素肌から火の粉が舞い飛ぶ。


 左(てのひら)から、迫る闇に炎の塊を撃ち込んだ。

 闇の左側に大穴があき、そのまわりも炎によりチリチリと音をたてて灰に変わっていく、麻綿が儚く燃え広がるように。

 身体の約四分の一を失った闇は、うしろに飛びのき、短く叫ぶ。


「よし、これなら!」

 ほかの闇らも僕に気づいたようだ。脅威と認めたらしい。

 ――やってやる!



 地面から浮いた僕は敏捷だ。襲ってくる闇を風のように(かわ)し、隙をついて熱の塊を叩きつける。腕を伸ばしてく奴をジャンプで回避する。翻った空中から狙いをさだめ、次弾を浴びせた。

 エマのほうも避けるのが上手い。攻撃を受けないぎりぎりを見極めつつ、闇らが僕に近寄りすぎないように絶妙な距離で立ち回っていた。


 魔術師のひとりの光弾がついに一体の闇を崩壊させた。跡形もなく消え、残るは三体。

 ……彼らの助けになれるだろうか。そんな思考もよぎったけど、いまは全力を出すだけだ。


「フラム!!」

 前方にいたエマがこっちに走ってくる。背後には追う闇が。彼女の表情を、僕は読む(・・)


 走る姿勢を崩してスライディングする彼女。僕は彼女を跳び越える。眼前にはエマに誘導された敵がひとつ。


 左腕に右手を添えた。魔力の出力を最大に、左手にすべて溜め込み、一気に解き放つ。激しい火炎放射が、闇を包み込んだ。


 火炎のあいまから、断末魔を発する闇が見える。最後は塵へと消えていった。



「やった! 倒せたね」

 エマがうしろから駆けよってきた。

 さんざん暴れたせいで、街の地面はあちこちが焦げている。だけど家屋に被害はなく魔術師たちも無事。魔力もコントロールも調子が良い。


 エマに頷きかえす。

 残す闇は二体。……いける、このまま奴らを倒せる!



 そのとき、


 ――視界の端にまっくらな闇がいた。


「……エマっ!」

 エマの死角から彼女に飛びかかろうとする、無の塊。とっさに動いた。あと先を考えず、ただ救いたいばかりに。

 僕はエマを押して、僕も地面に倒れて――

 世界は闇に覆われた。






 ……悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。

 胸を渦巻くものが、僕を支配していく。心を引き裂こうとする。


 悲しくて、怖ろしくて、焦りばかりが募る。

 なのに、

 それはとても懐かしい――絶望(・・)だった。




 足音が聞こえる。見通せない闇が溶け落ち、視界が晴れていく。


 歩いていた。足音の主は、僕自身か。

 ……いや、これは僕じゃない。見える景色がいつもより高い。この視界は、なに?


 黒い大理石でできた廊下。壁も柱も黒色で、夜だろうか灯りとりの赤紫色の火がいくつも燃えている。

 僕じゃない自分(・・)は早足で歩く。眉間をひどく強張らせて。


 口をひらいた。声色を覚えられない。

「状況は?」


「進行速度があがっています。やつは予測より早く城に到達しそうです」

 となりを『鎧姿の男』が歩いていた。


「防衛部隊のひとたちにはどうか耐えてほしい。広間に急ごう」


 早足から駆け足になった自分たちは。幾つもの階段をあがる。

 大きな扉の前にきて、番の衛兵が敬礼。両開きの扉があけられた。



 そこは黒紫を基調にした広間だった。赤い絨毯が中央に伸び、奥に背丈を超えるほどの巨大な水晶玉が鎮座している。広間の中心には高貴な装束の、しかし意匠がばらばらな人間が七人と、そして青灰色の肌をもつ黒いマント姿の男がひとり、計八人が集っていた。彼らの各背後に従者らしき者もいて、広間の壁際にも忙しなく作業(・・)をする人物が見える。重苦しい空気がその場に漂っている。



 自分は鎧の男とともに広間へと踏み入り、八人に告げた。

陛下方(・・・)、ただいま戻りました」


 真先に気づいたマントの人物が言った。

「帰還ご苦労。準備は進んでおる。こちらに」


「君とはお別れだな。ありがとう」

「……最後までお達者で」

 自分は鎧の男に別れを言い、絨毯を進む。八人に近づくなか、壁際にある器械の音や、作業をする人たちの声が耳に届く。



「水晶器に異常なし。アニマの火変換器、魔力供給回路に異常なし。アイドル状態を維持」

「移送者の円配置、六名まで完了」

「防衛部隊、対象(・・)の射程圏内到達を報告、攻撃開始。アニマの火監視器は各部隊員分が正常に動作中。全バイタル異常なし……」


 八人――陛下方の前に立った自分は敬礼をおこなう。するとひとりが、こちらを恨めしそうに睨んだ。

「やはりこの、――に任せるとは、甚だ正気ではない。まだ時はあるかもしれん。みな知っているだろう。こいつの――がすべての始まりなのだ!」


「エル王国陛下、ご意見は無効ですぞ」マントの男が割り入った。ぎょろりとした目と、小さな牙が目立つ。こちらを一瞥したあとに続けた。

「あなたがこの者を暗殺(・・)した、それを正すための犠牲をお忘れか。世の(ことわり)を修正するために、あなたの国民が幾人も生贄に捧げられた。水晶器を動かす魔力源として……それをまた繰りかえすお考えか。そのような顔をされても困る。あれは魔王(・・)である余ではなく、エギミア王国陛下やシメイル国陛下……人間の陛下方が先んじて決めたこと」



 ――魔王? 魔が支配する地の王……?

 この男がそうなのか。だとすればなぜ魔の彼がなぜ対立する人間の諸国の王たちと一緒に話しているんだ。こんな光景はありえないはず。それに、暗殺……?


 マントの人物が魔王と知ったすぐ、僕はいままで認知する力が鈍っていたことに気づいた。まわりの状況に、はっとする。

 作業――機器を操作をする人たちは、その大半が人間ではなかったのだ。獣人や竜人などの魔物たちだ。そういえば廊下を一緒に歩いていた鎧の男も――


「では()に向かってくれ。余らも配置につく。この魔王城に籠もる人魔、誰もが貴隊の健闘を祈っておるぞ」


「はい」

 僕の意志に関わらず、自分は一礼し、王たちから離れる。向かったさきは大きな水晶玉の手前だ。

 そこは床に『巨大な紋様』が描かれていた。魔方円――円形陣の内部には、すでに六人の人間の男が立っていた。


 彼らとおなじく、自分も円形陣に入った。



「移送者の配置、および全準備を完了。回路に魔力供給を開始します。供給者、はじめてください」

 とたんに水晶は鋭い光に覆われ、続いて魔法円が妖しい燐光に輝きはじめた。自分たちの前方、水晶をかこむように立つ魔物と人間が、両腕を上げて魔力を送っている。そこには移動してきた諸国の王と、魔王、従者たちの姿もあった。


「水晶器の魔力充填率、六プロセント。回路は正常」


 ――突如、地響きがおきた。

「なんだ」


 魔王の問いかけに技術者らしき人間が答える。

対象(・・)が防衛部隊に対し攻撃をはじめました。部隊は現在、戦闘を継続し――」


 ――二度目の地響きに床が大きく揺れる。轟音がとどろき、広間の窓が一瞬、夕焼けのように光った。


「報告しろっ!」


「……魔王城の防衛にあたった部隊員三〇六名、すべてのアニマの火の消失を確認。人魔共同防衛部隊、全滅です……」


 報告に、魔王がうめくように開口した。

「さすがは、神に並びし存在……『仇敵』というわけか」


「魔王城までの距離、のこり五〇〇。対象(・・)はなおも接近中!」


「ここは人魔が生きる最後の地だ、……終焉にするな、絶対に移送を間にあわせよ!」



 広間の外――魔王城城外から、一定の間隔で重い音が聞こえ始める。まるで巨大な足音のような。


「水晶器の魔力充填率、二四プロセントを突破――」

 だが、魔力を送っていた人間のひとりが口から鮮血を噴き、うしろへ倒れた。続いて魔のひとりも血を吐いて力尽きる。


「……人員を、供給にまわせ! もはや余の力でも埋め合わせできぬ」


 水晶のまわりに人間や魔がやってくる。だが力尽きる者も次々に増える。人間に魔、王や従者……誰もが、みな等しく亡骸になっていく。


 ……僕には、まるで意味がわからなかった。

 いま起きていることも、目のまえで彼らが話すことも、死んでいくことも――

 誰か、だれか教えてくれ――それでも僕が叫びたい言葉を、自分(・・)は口にしない。ただ無言に、広がる地獄を見つめているだけ。



「魔力充填率、七五プロセントに到達。対象、二八〇まで接近」


 魔王が、そばでうずくまる人間を発見する。その背中は震えていた。エル国王だった。

「……陛下。あなたはまだ力があるはずです」


「なにが、力があるだ。力が無くなれば死ぬだけだろう……!」憤りが声に混じる。床に額を擦りつけたまま彼は言う。

「まだ死にたくない、助かりたいんだ。魔王どうだ……我われはここで死ぬと言うのか。……っ!?」


 顔をあげたエル国王は、絶句した。水晶に力を送り続ける魔王、彼は右腕を失っていたのだ。床に転がる腕は見るに耐えないほど腐敗していた。


 魔王は苦痛に歪む表情で、しかし落ち着き払った口ぶりで国王に語った。

「陛下。余らは死ぬのではなく、『消える』のです。微塵も無く……。それが勝利の証」視線が水晶から国王に向く。

「魔と人間、余らがふたたびいがみ合える世、それを楽しみにしましょうぞ!」


 エル国王は、魔王の言葉に拳を固めていた。



「魔力充填率、八七プロセントに、」

 広間の空気が震えるほどの咆哮が響きわたり――閃光が窓を走る。激しい横揺れがおきた。


「魔王城の城壁が損壊! 対象(・・)が城域内に侵入。制御塔――こちらに向かってきます!」


「……くそうっ!」

 うずくまっていたエル国王が立ち上がり、水晶に魔力を送り始めた。技術員が告げる充填率が上昇していく。



「魔力充填率、九六プロセントに到達!」


 巨大な足音が、迫ってくる。窓に影が差す。


「水晶器の魔力充填、一〇〇プロセント……!! 移送を開始しま――」

 衝撃が広間を襲い、崩れた天井が技術員の頭を潰した。

 瓦礫の粉塵が漂うなかエル国王が血を噴き、魔王の肉体は崩れ落ちていった。



 悲しい。悲しい。悲しい――

 みな死んでいく。失われていく。

 あの日。すべての、『はじまりの日』から。

 だから、わたし(・・・)は――



 水晶玉は輝きを増す。魔法円の光は拡散をはじめる。

 駆動音と瓦礫の音――無機質な音だけが残る広間で、自分は、穴があいた天井を見あげていた。


 粉塵の雲が去ると、そこには『化け物』がいた。

 広間の穴を埋めてしまうほど巨大な頭部。犬か(わに)のように前へ突き出た顎と、腐肉のような色合いをした、ぼろぼろな皮膚と触手。


 化け物はゆっくりと顎を開ける。櫛状の歯を生やし、唾液が糸を引いた口のおくで、夕焼け色をした光の塊が溜まっていく。そして赤黒い双眸が、自分を見据えている。


 ……僕が抱いた感情は、恐怖よりも疑問だった。

 こいつは、――なんだ。


 自分(・・)は、口を動かす。



『あなたを、かならず助ける』




 ――フラム!


 彼女の声に、僕は引き戻された。惨劇に陥った、あの街へと。


「エマ、……っ!?」

 身体が地面に倒れていく。

 僕の頭上を、薄青の光弾が過ぎ去った。


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