壊れた紳士
「………。」
「や……やめてっ………こ、来ないでェェェエエエえええエアァア!!!?」
19世紀半ば、ロンドンの時計台の下
晴れる事のない霧の中に二人の人影がある。
「なん…でっ!?なんで私なの!!?何もしてないわ!!他にいるでしょう!!?
移民どもが、、、生きる価値のナィアグゥゥウウゥゥ…ッ」
深く被った帽子のせいで顔の見えないスーツを着た者は、もう一人の女性の首根を片手でつかむ。
「……勘違いさせたのならば……謝ろう」
子供のような…老人のような、相手が男だという情報しか与えられないその声が、
「私は…正義の名の下に、人を殺めてるわけではないのだよ」
いつの間にか、男の空いていた手には、銀色に光る一本のメスが握られている。
「━━━━━━温もりを、感じていたいだけなのだ」
「━━━カヒュ」
男は無造作に、撫でるように…そして何かを待ちわびるかのように、メスを横に薙いだ。
女のヘソの上あたりから、赤い一線が浮き上がり、血の濁流が男を襲う。
「ーアハ」
ボトボトと、切り口から臓物が落ちていく中、、私は彼女の血を一心に浴び続ける。
彼女の血と涙と死の臭いが辺りを充満させていく。
それらが私の鼻をツンと刺激するが、気にしない、できない、なるはずがないっ!!!
「あぁ…なんて」
なんて……暖かいのだろう。
少し経ち、彼女の中の愛が底をついたことに嘆きながら、濃い霧の中、彼女以外で私を見つめる満点の月を見上げる。
愛を頭から被ってから周りが赤く見えるせいか、白く、純白のように、処女のように輝く満月は、
赤黒く穢れていた。