(9)「それでも君を、迎えに行く」
攫われていく少女を、僕は若干の諦観とともに見送った。正直なところ、元から予感があったのだ。
ヴィクトリアの呪いはまだ解けていないのではないか、と。
正確な定義を訊いたことはない。でもヴィクトリアは、自分の呪いの定義を見誤っていたのではないか。
多分だけれど少女は、攫われて、遠くに連れて行かれるまでが呪いだと考えていた。実際には、一瞬でも引きずられたり持ち上げられたりすれば『攫われた』ことになるのだとしたら。
タコの件で、彼女はいったん水の中に引き込まれている。恐らく、あのタイミングで攫われたとカウントされたのだ。
呪いは解けたのだと、少女はすっかりと油断していたようだけれど――。
「トリア――」
僕は自分の手を見下ろした。剣だこだらけ、傷だらけの手。
才能がないのは判っていたから、誰よりも努力した。努力はいつだって、僕の期待に応えてはくれなかった。
再び第一の姫が攫われてしまったから、宝箱を下賜される話も流れるだろう。自分の呪いともまだ付き合っていくことになる。
ヴィクトリアとは比べられないくらい、僕は弱い。
きっと彼女は、また自分で抜け出すのだろうけれど。もしかしたら少女には、僕の助けなんて必要ないのかも知れないけれど。
僕が行ったって、次は君に出会えるかも判らないけれど。役に立てるかなんて、もっと判らないけれど。
「それでも君を、迎えに行く」
頼りない手を、ぐっと握りしめる。
ヴィクトリアのために、何かしないではいられなかった。いつからか僕は、どうしようもなく彼女に惹かれていた。
どこか懐かしい、とびきり強くて気高い少女に。
僕の、憧れに。
厄介な呪いを持つヴィクトリアに、再び巡り会えるかは判らない。けれど、出会える可能性がどれほど僅かだとしても、彼女を助けに行こう。
もしもまた会うことができたら、そのときこそ、想いを伝えるのだ。
「トリア。君が、好きだよ」