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(4)勝利を確信して、私は微笑んだ。

 勇者様は愉快な人柄だった。さしもの私も、いきなり弟子入りを志願されるとは思わなかった。

 あっさりと身分を明かしたのは、そんな彼が気に入ったからかも知れない。



 落ち着いて話すため、手近な木の根元に二人で腰かける。直前、勇者様は自分の上着を私が座ろうとしていた場所に敷いてくれた。

「あら、ありがと」

 少年の服の上に腰を下ろして、改めて相手を観察する。なんと言うか、随分と弱々しい勇者様だった。

 彼が勇者だというのは、一目で判った。

 この国で武器の携帯が許可されているのは一部の職業だけだ。その中で制服が存在しないのは、勇者しかない。

 許可を不要とするならず者、つまり山賊の可能性もなくはなかったけれど、彼の反応からして山賊ではないようだ。

 良いことだった。彼にとっても、もちろん私にとっても。

 なんとなくお互い居住まいを正す。先に切り出したのは勇者様だった。

「えぇと、いきなりごめんね。僕はウィリアム・ウィリアムズ。助けてくれてありがとう」

「たまたまよ。でも、お礼の言葉は受け取っておくわ。私はヴィクトリア・ローズブレイド。トリアって呼んでね、リアム」

「うん、よろしく、トリア」

 言い終わってから、はたとウィリアムの動きが止まった。何かを思い出すように右を見て、左を見て、私に向き直る。

「……ごめん、もう一回名前を訊いて良い?」

「ヴィクトリア・ローズブレイドよ。トリアって呼んで」

 ウィリアムは頭を抱えていたようだった。ぶつぶつと何ごとかを呟いて、小声で。

「ごめん、間違ってたらごめんね。その、」

 何度か迷ったように、それから意を決したように。

「……お姫様?」

「ええ」

「……え、お姫様!?」

「ええ、そうよ」

 私を助けた――ではなく私《《が》》助けた勇者様を前に、

 私はにっこりと微笑んだ。



 ウィリアムはしばらく、現実を受け止めきれないように呆然としていた。ややあって頭を振り、掠れた声で。

「……僕は、あなたを助けにきたんです。トリア姫。結果的に、助けられてしまったけれど――。一緒に王都に帰りましょう」

「トリアって呼んで。敬語も要らないわ。堅苦しいのは嫌いなの」

 返しながら、私は内心で首を傾げた。

 言い方は悪いけれど、こんなに頼りない勇者をお父様が救出に寄越すだろうか。王宮にはもっと、頼りになる勇者や近衛兵がたくさんいるはずだ。

 私の疑問を感じ取ったのか、ウィリアムは肩身が狭そうに身を竦める。

「その、嘘じゃないんだ。つい先日、お触れが出て――。お姫様を救い出した勇者には、魔法の宝箱をくれるって、王様が」

 布告書を見せてくれる。なるほど紋章も見覚えのあるものだし、本物のようだ。

「……そうなの」

 ――《《魔法の宝箱》》!

 私は表情を変えないように意識しながら、努めて何でもないように頷いた。

 魔法の宝箱は王国の最も重要な宝の一つで、第一の姫である私だってどこに隠されているか知らないのだ。まさか、褒賞に持ち出すなんて。

 酷いわ、お父様――。私が王位を継承したら、もしくは誰かの元に嫁いだら、私に頂けるって仰ってくださっていたのに――。

 《《このままでは》》、《《私の目的が叶わなくなってしまう》》。

「あぁ、そうだわ」

 ふと、思いつく。

 宝箱が私を助けた勇者の元に渡るなら、その宝箱を奪ってしまえば良いのだ。私を助けた時点で勇者は大きな名声を得られるのだろうから、《《この》》勇者様にはそれで我慢して貰おう。

 ――それで良いわよね、リアム?

「さすが私ね」

 自分の考えに満足して、私は思わず笑った。ウィリアムがびくりとして、恐る恐る問うてくる。

「あの、どうしたの?」

「いいえ。魔法の宝箱は国の宝よ。宝箱と引き替えにしても構わないと思われるほど、お父様に大切にされているのが嬉しくて」

 肩の力を抜いた勇者様が、納得したように頷いた。どうやら誤魔化せたらしいけれど、この程度で誤魔化せてしまう彼のお人好し加減が心配になってしまう。

 今は私にとって、都合が良いのだけれど。

「じゃあひとまず、他の勇者たちと合流しよう。守りは多い方が安全でしょう」

 提案されて、私は首を傾げた。眼の前のいかにも騙しやすくてどうとでもなりそうな勇者を利用して王都に戻るか、他の勇者とも合流するか。

 彼の言うとおり、他の勇者たちもいた方が安全なのは確かだろうけれど――。

 宝箱を奪うとき、余計な手間が増えるのはごめんだった。私はあっさりと後者の選択肢を捨てた。

「そんな、ダメよ。私はあなたが気に入ったのだから、宝箱を受け取るのはあなたにしたいわ。あなたにだって、叶えたい願いがあるのでしょう?」

「それは――」

 ウィリアムの視線が泳いだ。

 ほら、図星だ。舌なめずりでもしたい気分だった。

「ね、決まり! 大丈夫よ、私は強いわ。二人いれば王都に辿り着ける」

「うん……、そうだね」

 迷いながらも、ウィリアムは顎を引いた。

 小躍りしたい気持ちを抑えて勇者様の手を取る。少しばかり躊躇いの色を見せながら、それでも少年が私の手を握り返した。

 契約成立だ。


「エスコートはよろしくね、勇者様」

「頑張ります、お姫様」


 勝利を確信して、私は微笑んだ。

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