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(3)「弟子にしてください!」

 ローズブレイド王国、第一の姫、ヴィクトリア・ローズブレイド。

 布告書には、攫われる直前の最後に描かれた彼女の絵が印刷されている。とても美しい少女だった。

「トリア姫、かあ……」

 ヴィクトリア姫は、美しく、賢く、活発な姫であることで王国内どころか他国までも有名だった。武芸と魔術に秀で、十三になる頃には王族お抱えの剣士も魔術師もほとんど敵わなくなって王様が慌てて指南役の勇者を募るほどだったそうだ。

 田舎の一国民でしかなかった子ども時代の僕にも、姫の名声が届くほどだった。健在だった当時のトリア姫の噂には、薄らと覚えがある。

 飾らない性格で国民の前にも気軽に姿を見せた姫は、国の人気者だった。

 突然、魔物に攫われて姿を消すまでは。

 噂では、それまでも頻繁に魔物たちから襲撃に遭っていたらしい。美しさに惹かれたのか、魔力に惹かれたのか、名声に惹かれたのか――。

 いずれにせよそれまでは何とか凌いでいたものが、十四歳になったときに突然あっさりと攫われて、以来行方知れずとか。

「十四歳――ええとそれから四年、だから……」

 今は十八歳か。僕とは一つ違いだ。

 四年、王様や王宮の方々は、様々な軍隊や勇者たちを投じてお姫様を探した。けれど結局助け出すことはできず、今の今まで――

「ん、」

 じゃあなんで今回大々的に勇者を募ったんだ? 勇者ならば、王宮のお抱え勇者たちほど優秀なひとたちはなかなかいないはずだ。

 疑問を感じて布告書をよくよく読み込めば、今回のお触れはお抱え占い師の託宣によるものらしい。今こそ、姫を救う勇者が現れる――とかなんとか。

「はは……」

 そんなご大層な勇者が本当にいるのだろうか。いたとしてもそれは、きっと僕じゃあないのだろうけれど――。

「――と、いけないいけない」

 気づいたら弱気になっている自分に、慌てて首を振った。弱気になるのは、後からいくらでもできるのだ。

 お姫様を探して、助け出す。魔法の宝箱を受け取って、呪いを解く。

 そうすればきっと、今よりは強い勇者になれるはずだ。



 ふと、前世の知り合いの姿を思い浮かべた。憧れはいつも、彼の姿をしている。

 僕が高校一年生のときに相手は高校三年生だったから、二つ違いか。

 入学したばかりの頃、二年生にカツアゲされそうになったところを助けてくれたのだ。縁はそれきりで、親しくなれないままだったけれど――。

 間に入ってくれた大きな背中を、覚えている。振り返った瞬間に見せた、悪戯好きの子どもみたいな笑顔も。

 僕も、誰かにとっての彼みたいになれれば良い。

「……よしっ」

 自分に気合いを入れて、招集場所である王宮への一歩を勢いよく踏み出した。



 僕たち、お姫様の救出に立候補した勇者たちは、占い師の託宣に従って全国に散らばった。占い師によれば、生きていることだけは判っても居場所が転々としすぎて掴めないのだそうだ。

 僕は実績も実力もない勇者だから、まわされたのは候補地の中でも特に可能性の低い辺境の村。王都からは、馬を使ったって一週間もかかる。

 辿り着いて早々、村の人びとから歓待を受けた。王都みたいに勇者が珍しくない場所以外では、勇者というだけで特別扱いをされるのだ。


 一晩休んで、一緒に村に来た勇者たちと森に向かおうとして。

「お、置いて行かれた……!」

 全員がバラバラに森に入ったのか、僕だけ置いて行ったのかは判らない。

 いずれにせよ、ライバルは少ない方が良いという考えだろう。森にはどんな魔物がいるか知れないのに――。

 起きしな現実に叩きのめされて、僕が自分を鼓舞してようやく森に入ったのは昼の真ん中を過ぎようかという頃だった。うぅ、村人たちの『大丈夫かこいつ』という視線が痛い……。

 目指すは森の奥、巨大な魔物が眠るという洞窟だ。

 姫が囚われていれば戦うか、何らかの方法で助け出す。姫がいないようなら、ちょろっと洞窟の様子を見て戻ってくるだけ。

 どちらになるかは行ってみるまで判らないけれど、前者の可能性は他の重要な候補地に向かった勇者たちよりずっと低いのだろう。

 森の中は随分と平和で、生命の営みに満ちていた。鳥や虫の鳴き声がひっきりなしに聞こえてくるし、どこからか花の良い香りが漂ってくる。

 魔物の気配の一つもない、とても穏やかなな森だった。下手をすれば、洞窟に巨大な魔物がいるという話すら事実ではないかも知れない。

 それでも警戒は忘れないように、慎重に進む。

 先に行った勇者たちはどうしたのだろう。この調子なら、すぐに洞窟に辿り着いてもう帰路を歩いていてもおかしくはない気がするのだけれど――。

 しゅる、とすぐ近くで気配が動いた気がした。びくりとして剣の柄に手をかける。

 音を辿って、頭上の枝を這う姿に肩の力を抜いた。

「なんだ、蛇か――」

 真夏の青空みたいな、綺麗な水色の蛇だった。

 ちょっと変わった色をしているけれど毒は持っていないし、人間からちょっかいをかけなければ襲いかかってこない大人しい蛇だ。頭から尻尾までが腕の長さほどの細い蛇から視線を逸らし、けれどなんとなく気になってもう一度視線を上げて、

「ひいっ!?」

 ほんの小さな頭だったはずの蛇が《《ばっくり》》と、ひとを丸呑みできそうなほど口を開けた姿に、僕は情けなく叫んだ。

 ――ただの蛇じゃない、魔物だ!

 普通の蛇が、一瞬で何倍もの大きさに変態するわけがない。擬態していたのだ。

 咄嗟に剣を抜いて斬りかかるけれど、あっさりと口で奪われて遠くに放り投げられてしまった。

「――ぁ、」

 お父さんとお母さんに、貰った剣なのに――。

 思わず視線が剣の行方を追う。はっとして蛇に視線を戻したときには、手遅れだった。

 近い。反射的に眼をきつく閉じる。


 ――食われる!


「イグニース!」

 鋭い声が、僕と蛇の魔物の間を切り裂いた。

 ごおっ、という音と、熱風。何かの断末魔と、ものがぱちぱちと爆ぜる音。血と肉が灼ける匂い。

「……ぇ?」

 そろそろと瞼を上げた僕が見たのは、炎に包まれた蛇がのたうち回る光景だった。

「そこのあなた、しゃがみなさい!」

 また、同じ声がした。有無を言わさず、周囲を従える声だ。

 何も考えずにしゃがみ込んだ僕の背中を、衝撃が襲う。堪えきれずに体勢を崩した僕の眼の前で、ふわりと、


 少女の肢体が舞った。


 恐らく僕の背中を踏み台に飛び上がった少女が、腰から剣を抜き放つ。叩きつけるように剣を振るう。

 悶え苦しむ蛇の頭が、冗談のようにあっさりと両断される。鋭い剣筋だった。

「……ぁ、――」

 何かを言おうとして、言葉を忘れた。


 畏ろしいほどの、強さだった。


 蛇の頭がずしゃりと落ちるのに遅れて、少女が着地する。剣の血を拭って、鞘に収める。振り返る。

 そして少女は――、


 いつか見たことがあるような、悪戯めいた顔で笑った。


「大丈夫かしら、お間抜け勇者様?」

 台詞のわりに邪気のない表情で問うてくる相手に、ぱくぱくと口を動かす。言葉は出てこない。

「――ぁ、で、」

 ひどく、眩しかった。

 雲を切り裂いて広がる日の光みたいな、僕なんかではどうやったって手の届かない、太陽めいた圧倒的な強さに、

「『で』、何?」

 誰かを思わせる、憧れの体現みたいな少女に、

 僕は気づけば、がばりと土下座していた。


「弟子にしてください!」


「……は?」

 唖然としたような相手の声も、無理からぬことだった。南無三。

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