イリナ決意する
それからイリナは、自分が見聞きしたことを父親に聞かせた。
アルマンはそれを聞き終えるとため息をつく。
「ニゼル殿下にも困ったものだねぇ」
そう言って呆れた顔を浮かべるばかりのアルマンに、イリナは不思議そうだった。普通は縁談を令嬢が勝手に断ることなど言語道断である。
しかし、アルマンは呆れるばかりでこちらを叱るようすもない。
「まぁ後悔するのは殿下自身だしね。殿下が王にならずにすんでみんなほっとしているだろうね」
この国の王位継承権は少々特殊である。
王族の血を引くものは宝石をもって産まれてくることがある。それは神による王の選定を意味するのだが、これが厄介ものだった。なぜなら王族の血を持つものは、誰もが王になれる可能性があるが、反対に宝石を持たねば王の子どもだからといって無条件に王位継承権を与えられるわけではないのだ。
また、序列も厳格に決められており、継承権は第1位の「神の石」ルビーを筆頭に、第2位が「忠誠の石」サファイア、そして第3位に「勝利の石」ガーネットが続く。
そして、今宝石をもつのはただの2人。
現王、『サファイア』のサフィロスと『ガーネット』のイリナだけだった。
「殿下はイリナと結婚するしか王になる方法がない。まぁ、正確には王配になるわけだけど王妃様はそれを嫌がっていたからね。結婚の宣誓書には、その辺りも条件にいれて殿下を王にすると記載するつもりだったんだろうね」
この後どうなるのか楽しみでしょうがないという顔で続ける。
「でもイリナと結婚しないならそうもいかない。王族を離脱することになるだろうね。しかもウチを袖にしたわけだから他の貴族も相手にはしないだろう」
アルマンはそこまでいいきると机にあった紅茶を飲む。
イリナはごくりと唾を飲み込んだ次は自分の番だ。
「お父様、先程のマリア王妃様からのお手紙にはなんと書かれていたのですか」
「君を説得して婚約破棄の破棄をしてほしいと書かれていたよ。でも、それでは長続きもしないし娘をそんな目に合わせたくないからね。イリナの意見を聞こうと思ってね」
「私は、女王になります」
即答であった。
一瞬でも迷いを見せれば、父に言いくるめれるとイリナは感じていたのだ。
しかし、それすらも想定していたのであろうアルマンは笑みを絶やさずに言葉を紡ぐ。
「なってどうする。理想もなく、ただ殿下を見返したいというだけならやめておきなさい。幸いまだ王は健在だ。無理して女王にならずとも他の家から宝石持ちが産まれるのを待てばいい」
「いいえ、お父様。私は、この年になるまでニゼル殿下の妻となるために、王妃となるための教育を受けて参りました。そして、そのために国費が使われたことも知っております。だから私はここで、たかが失恋したからといってそれを無駄にすることはできません」
最初はなんのために教わっていたのかわからなかった経済学も、王妃様に教わる国の伝統も、ニゼルと共に受けた帝王学もすべてタダで行われたわけではない。
すべてこの国の国民の税金で賄われたものだ、それを無駄にすることなどイリナには考えもつかなかった。
「よろしい、ならこれを渡しておこう」
そう言ってアルマンは、机の一番下の引き出しから茶色い箱を取り出した。