執事のビル
執事のビルの家柄をたどるとガートルード家に嫁入りをしてきたコランダム国の王女付きだった侍女に行き当たる。
彼女は、若くして公爵夫人となった王女を支え、この屋敷の使用人たちをまとめ上げたという伝説の人であった。
それから代々血をつなぎ、この公爵家に仕えてきた。
そしてそれは、今この時もそうであった。
「恐れ入ります、ニゼル様。本日は主人もイリナ様もいらっしゃいませんし、お帰りもいつになることか分かりかねますので、どうかお引き取りを」
ビルは、屋敷の入り口を守るようにして突然の客人であるニゼルを追い返そうとしていた。
どの方も主人のお客様であれば、求められる以上の応対をおこなうことが使用人には求められる。
それが留守の間を任される者たちの責務ではあるが、不急な来客者は帰らせるようにとビルはアルマンから直々に指令を受けていた。
それに相手は、イリナを振ってどこの馬の骨かもわからないような女を選んだ、見る目のない男である。
「早くここを開けないとお前が後悔することになるんだぞ」
余裕のあるビルとは違い、憎々しげに睨み付けてくるニゼルは低い声で脅しをかける。
その気になれば、公爵に言ってやめさせることもできると暗に告げているのだがなんの効果もなかった。
そして、それも分かりきっているからだろう。
ビルは口許にある髭をひょいとあげて笑みを作った。
「ニゼル様に心配をしていただく必要はございませんので、ご安心くださいませ」
ビルの返答に、期限を悪くしたニゼルは、実力行使にでようと右手を振り上げた。
「あら、こんなところで誰かと思えば、あなたですか」