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6話 真剣勝負に剣いりますか?

 ねだるな、勝ち取れ!さすれば与えられん……


 まだだ、まだ与えるわけにはいかない。剣術とは剣の性能に頼っていたらダメなのだ。

 確かに、内包された神力機構や当たり前だが切れ味などはいいに越したことはない。

 ただ一番重要なのは、それを覆して余りある技量なのだ。ただ振るだけが剣術じゃない。

 力の込め方や受け流し方。振り下ろしの速度や角度。込めるべき神力の量。エトセトラエトセトラ。

 まずはそこをマスターしなければ神剣を手にすることは許されないのだ。

 ましてやまだ剣も持ったことのない子供に神剣を扱えるわけがないのだ。

 どうしても欲しいのならば……


 レオニスは剣を握る。神剣ではないただの真剣。

 神力を流すことは不可能故に剣の腕のみが試される真剣同士の打ち合い。

 基礎の体力や力や神力容量、そして剣捌き。

 レオニスは一年間のことを思い出しながら、目の前に立つ白髪をたなびかせている認めたくはないが師匠然とした男に視線をやる。

 初めの頃は剣さえ握ることはできなかった。

 基礎の体力づくりを万全に行い、ようやく剣を持つに至ったそれが約三ヶ月。

 剣を持ったとはいえ最初の二ヶ月は延々と素振りの繰り返し。

 一日一万回は正気の沙汰とは思えなかった。数えきれないほどの文句を垂れるほどにはハードだった。

 素振りを終え、ようやく打ち合いに入った。師匠(笑)の指導は聞けたものではなく、ただ感覚を話してるだけで理解するのが難しいとかいうレベルじゃなかった。根本的に人に教えるのが向いていないのだ。

 時間が経つにつれ、徐々にレベルが上がっていく打ち合い。果ては神力まで使い出していた。

 というかほとんど神力による打ち合いと言っても過言ではなかった。

 神力によって腕力を補ったり、神力を放つ衝撃で剣を振り切る速度を上げたり、突発的な移動をしていた。

 剣の技術よりも神力制御を学んでいるようだった。しかもシャルナ先生より拙い。

 神力だけなら確かに勝てるのだが、リュウガとかいう輩は炎舞という自己強化の技を持っているせいで、ほぼ勝てない。

 ぶっちゃけせこい。同じ条件で戦えば間違いなく勝てるのだ。

 剣術は神力の使い方。それがレオニスが一年間で学んだことだった。

 一年という歳月をかけて、ようやくレオニスはリュウガの前に立った。

 一年前に見た赤い輝きは今も鮮明に思い出せる。

 あのリュウガがシャルナ先生に勝つというイレギュラーを可能にした逸品。

 是非とも自分も使ってみたいと思った。

 だから勝ち取る。そのためにここにいる。


 剣を抜け!そこにある頂を、己の力で勝ち取って見せろ!


 剣で戦うと言ったな、あれは嘘だ。

 忘れていないか?我は神子ぞ?神法を用いて戦うなど当たり前であろう?

 普通の人とは違うのだ。言霊などいらぬ。ただ描くだけなのだ。

 剣を打ち合いながら念じるなど児戯にも等しい。勝ちは揺るがぬ。

 たかだかリュウガごとき、片手で相手して余りあるほどだ。負けるはずがない。

 さて、一年の刻をぶつけよう。

 ……キャラを間違えました。


 目の前に立つ小さな剣士が何を考えているかを想像する。

 一年前に本気でやりあったとき、レオニスはこちらの動きを完全に把握していた。

 本人は自覚していないと言い切っていたが、多分だが嘘だ。見ればわかる。緊迫した状況において笑みを浮かべる人などそういない。

 読まれていた。完全に動きを読まれていた。

 故に負けかけた。というか実際敗北したと言っても過言ではない。

 きっと今、レオニスは全てを構成しているはずだ。

 負けるのは親としての矜恃が許さない。一度負けてるから尚更だ。

 炎舞のことを話してしまった以上、こちらにアドバンテージは全くない。

 とはいえ、剣術において炎舞という自己強化を突破するのはたとえ神子であろうが不可能のはずだ。

 慢心するわけではないが、炎舞という技は近接戦においては最強レベルのオリジナルなのだ。

 レオニスがなにを考え、なにを隠しているのかはわからないが、剣術なら勝てる。剣術だけなら間違いなく勝てる。

 あいつはどう動く?剣で勝てるのか?

 考えても仕方がない。剣で語り合おう。

 レオニスの目が変わったな。

 さて、刃を交えようか。


 目の前にはリュウガとレオニス。目の前っていってもそんな近くはないんだけどね。

 剣を持って構えてる二人。一年間レオニスが剣を頑張ったから、今日リュウガと戦うらしい。

 レオニスが勝ったら、リュウガに剣を作ってもらえるらしいんだけどどうかしら?リュウガは負けず嫌いだし、大人気なく本気出しちゃいそう。

 レオニスにはちょっと悪いけど、リュウガの剣技はかっこいいから本気を出してほしいわ。

 でも、レオニスが頑張ってたのも知ってるからレオニスに勝ってほしいのよね。

 リュウガの炎舞が多分すごく厄介だけど、どうするのかしら?

 多分だけどレオニスは神法を使うと思うわ。剣術のことを聞いたら神力の操作ばっかでしたって文句垂れてたから、ただ剣だけで戦うわけないはずよ。

 リュウガは根っからの剣士だから魔法とか神法とかは想定してないから、すごく驚きそうね。驚いた顔楽しみかも。炎舞は魔法だけどね。

 まだまだレオニスは小さいけど、本当に強いわ。不意打ちの神法で勝てるかしら?

 あ、二人が動き出したわ。

 さて、どう転ぶのかしら。


 両手で剣を握りしめ振り上げる。神力で以って脚力と腕力を強化し、一瞬のうちに肉薄そして振り下ろす。

 下からの衝撃で剣が跳ね上げられ、胴体が無防備となる。そこに一閃。

 腕を持ち替えて剣の角度を変え、真下へと急降下。地面に突き刺さり横薙ぎの一撃を弾く。

 弾かれた剣はすかさず突きへと進路を変え、急所へと腕を伸ばす。

 伸ばされた剣先を地面に刺した剣を軸に回転しながら避け、剣を抜きうなじ部分へと振り抜く。

 しかし、数瞬前に頭があったところにはなにもなく切ったのは空。

 股下から振り上げられた逆袈裟を一歩後ろに下がり回避。戦いが始まって初めての後退だった。

 先に攻めたが陥すことは容易ではなかった。

 戦いが長期戦になるのは確定事項だったとはいえ、一撃で陥せなかったのはやはりめんどくさかった。

 次の手を考えながら、リュウガは歯噛みした。

 技量ではまず間違いなく勝っているのだが、単調な動きでは捉えられて反撃をくらってしまう。だから複雑な動き、もしくは捉えられないほどの速さが必要だ。

 神力の差的に速さで上回るのは不可能。炎舞を使えば余裕なのだが、まだ様子見の段階だ。使うには早すぎる。

 なら複雑の動きをすればいいのか。わかりやすいフェイントとかは意味があるとは思えない。なら、囮がやっぱ一番隙につけこめるはずだ。

 そうと決まれば実行あるのみ。

 リュウガが思考から戻ってきた瞬間、剣を上に振り上げた状態で止まっていたレオニスが動き出す。

 リュウガが下がった分の一歩を踏み込み、全力で剣をリュウガへと振り下ろす。いや、叩きつけるといった方が正しいかもしれない。

 リュウガはもう一歩下がらざるを得なかった。さすがにあの一撃は重すぎる。

 レオニスの剣はリュウガに触れることはなく、大地へと突き刺さる。あまりの衝撃に少しだけ大地が割れた。

 そのまままた一歩踏み込み横薙ぎ。

 リュウガはもう一歩さらに下がる。

 薙ぎの勢いを殺さず、自身も回りながら二歩分距離を縮め、もう一度振り抜く。

 リュウガはたまらず地面に剣を刺した。

 剣が弾かれた瞬間に手を持ち替え、勢いそのまま逆回転。そして言葉をもらした。


「……どうしたんですか?リュウガ、炎舞を使ったらどうですか?」


 先ほどと同じように剣を軸に回転。レオニスの後ろへと着地し、勢いが止まらないレオニスへと剣を突き出す。

 レオニスへと剣が刺さる。しかし、手応えは皆無。振り返ると、そこには笑みを携えたレオニスの姿。

 リュウガが刺したのは残像。神子の神力をフルで使った圧倒的にすぎる速度で以ってリュウガを超越する。


「炎舞がなきゃその程度ですか。それじゃ僕には勝てないですよ?」


 使わないのは意地。親としての、師匠としての矜恃。それが無意味であったことはもうすでに理解していた。

 使う使わない以前に勝たなきゃいけない。敗北は絶対に許されない。親としての威厳が消える。それだけは避けなければ。

 腹を括る。もう覚悟はできた。

 背後を取ったのにもかかわらずなにもしないのがレオニスの余裕の現れ。つまりはなめられているということに他ならない。

 振り返りレオニスを見やる。そして微笑。


「今攻撃しなかったことを後悔しやがれ。これがお前の父の本気だ!!」


 レオニスの笑みが濃くなる。


「ようやくですか。まったく……本気じゃないリュウガを倒したって意味ないんですから」


 リュウガもレオニスの真意を知り、笑みを深めた。そして解き放つ。


『燃えたぎれ!』


 リュウガの全身にめぐった神力が発熱し、細胞を増強させる。

 神力による筋肉の補強などとは一線を画す強化量。リュウガは人の常識から外れる。

 竜種と同等の力を得て、レオニスと対峙する。

 一瞬のうちに肉薄し、振り上げる動作すら見えないほどの速度で掲げた剣を振り下ろす。

 下からの衝撃などものともせず、さらに深く剣を下ろしていく。

 レオニスは手が痺れるのを感じた。ただの一撃の交差で手の感覚が失われるほどの衝撃をもらった。

 これが炎舞を発動させたリュウガの力。先ほどとは比べ物にならないほどに膂力が増していた。

 リュウガは剣を振り切り、体勢の崩れたレオニスにもう一度剣を振り下ろす。

 レオニスはすかさず飛び退き、リュウガへと言葉を投げかける。そこには純粋に戦いを楽しんでいる笑みがあった。


「炎舞は確か魔法でしたよね?なら僕も神法使いますね?」


 リュウガはレオニスの狙いを知り、さらに熱が高まった気がした。

 もう剣だけの勝負ではない。全てを使った戦いだった。

 リュウガは一瞬で間合いを詰め、剣を振り下ろす。それは絶対の一撃。

 構えられたレオニスの剣を叩き折る勢いで振り下ろされた一撃は全てを貫いた。

 レオニスは手が一時的に使い物にならなくなり、剣を取り落とす。しかし、剣などはっきり言って不要。

 崩れた体勢をものともせず、レオニスは描く。それは一年前にも使った技。

 リュウガの下から突き出た幾千という針が、身体能力を高めたリュウガでさえも捉える。

 足に突き刺さる寸前でリュウガは横に飛ぶ。その状況は奇しくも一年前と同じだった。その後の展開でさえも。

 リュウガは鳴り止まない警鐘に理解せざるを得ない。上から落ちてくる災厄の存在を魂が知らせてきていた。

 リュウガは繰り返さない。わざわざ災厄に挑むような愚行はもうしない。だからその場を離れることを選んだ。

 レオニスの方へと目を向けると、そこには驚愕に目を見開く……なんてことはない、どこか余裕に溢れた表情をしていた。

 悪寒がした。間違いなく読まれている。なら……

 直後、リュウガに神速の岩石が全方位から迫った。その数はざっと120。全てを防ぐのは不可能以外のなにものでもなかった。それが普通の人ならば。

 熱くたぎったリュウガの身体は音を置き去りにするほどの速度で岩石を一つ一つ切っていった。

 全てを切った。リュウガは全てを切り捨てた。上に迫る最後の一つを除いて。

 不意に起こった地面の揺れに、リュウガは気付いてしまった。

 土上級魔法は災厄とともに大地が揺れるのだ。そして、激突とともにもう一度大地が揺れる。

 先の揺れは一度目の揺れ。激突ではない、それは出現した時の揺れ。ならさっき見たのはなんだったのか。揺れを伴わない上級魔法があるというのか。

 リュウガは思い至る。重要なことを忘れていた。レオニスが使うのは魔法ではなかった。何故ならレオニスは神子なのだ。

 神法を魔法に当てはめようとしたのがリュウガの過ち。

 岩石を切り落としたリュウガの元へ落ちた災厄は、リュウガを呑み込む。


「チェックメイトね」


 終わりを告げる第三者の声。

 戦いは幕を閉じた。


 リュウガは倒れ伏していた。高まった身体の熱は跡形もなく消え去り、冷えた身体が敗北を示していた。

 レオニスはリュウガへと近づき笑いかける。


「僕の勝ちです。一年越しのリベンジです」


 シャルナも近づいてきて、リュウガを励ます。


「リュウガもかっこよかったわよ。相変わらず炎舞使った後の動きは反則ね。レオニスはもっと凄かったけど」


 家族からの言葉を受けてリュウガはおぼつかないながらも立ち上がる。


「あぁ、完敗だ。強くなったなレオニス。全然剣関係なかったけどな」

「先に魔法を使ったのはリュウガです」

「ははっ。確かにそうだな。とにかく、俺の負けだ。お前の剣、こしらえてやるよ」

「はい。楽しみにしときますね」


 一年とちょっとだけだが、かなりのクレーターが増えたその場所を家族三人で後にする。

 シャルナはリュウガに肩を貸し、レオニスはそのすぐ後ろを歩いている。

 目指していた大きな背中は今は少し傾いていて、それがリュウガの普段のだらしなさのようで、レオニスはそっと笑みを浮かべる。

 神剣の存在が尾を引いているからか、素直に喜ぼうとは思えない。一種の騙し討ちのような勝利だったのだ。

 次戦うときは神剣同士の真剣勝負で、本当に雌雄を決しようと深く心に刻み、前を歩く二人の師匠の背中を追うのだった。


「そういえば、最近出かけてないし、みんなでミドラの方行かない?」


 シャルナが急に言い出して、レオニスは歩みを止める。見据えたのは風の神が宿る大地。


「ミドラに行くなら、あそこに行きたいです」


 その指が差した先にはそびえ立つ大樹が悠然と佇んでいた。

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