4話 父親しばいてきます
シャルナ先生に教えてもらったおかげでだいぶ神力制御ができます。先生はやっぱすごいです。自分が神子なのも納得です。
先生から直々に一年ほど教えてもらったのです。リュウガなんてほんの一捻りです。よゆーです。小指一本で勝てます。
「リュウガ、僕とたたかってください」
「相変わらずレオニスは俺に対してなんか素っ気なくないか?まだ四歳だろ?呼び捨てはおかしいんじゃ……」
「もう一度言います。リュウガ、僕とたたかってください」
リュウガは渋った顔をしつつ両手を上げて降参ポーズ。レオニスの願いを聞き入れた。
「わかったわかった。最近シャルナとなんかやってたもんな。いいぜ、父親の強さを見せてやるよ」
「ありがとうございます。じゃあ行きましょう」
「え?行くってどこへ?」
リュウガの質問には答えず、レオニスが向かったのは二つの小さな穴と、一つの大きな穴が空いてる場所。
まるで隠れ◯ッキーのようなその場所は以前、レオニスが覚醒した場所。そしてリュウガが息子に屈する場所だった。
先生から教えてもらったことを試すときがようやく来たと、レオニスのテンションは上がっていく。
対して、リュウガは頭に手を当てていた。どうしてこうなった。と。
生まれたばかりのときから、レオニスはシャルナに懐いていた。リュウガが抱っこすればすぐに泣くし、まだ小さいのに呼び捨てにされるし、完全に舐められていた。
それは別に良かったのだが、いや本当は良くないが一旦置いておくとして、レオニスがなぜ戦いを望んできたのかが問題だった。
ここ一年ほど、レオニスとシャルナが二人で何かをしていたのは知ってる。多分だが、魔法を教えていたのだと思う。
ここにある穴は前にも見たことがある。シャルナを本気で怒らせたときの魔法。上級魔法の痕跡。それが三つ。
シャルナがレオニスの前で使って見せただけだとは思うが、万が一、いや億が一にもレオニスが上級を使えた場合、レオニスはリュウガよりも神力量が上ということになる。
シャルナが愛想尽かして、レオニスにしばいてくるように言ったのか、或いは不甲斐ない父親に呆れしばかれるのか。
前者はないと言い切れるが、後者は可能性がある。
もしあっていた場合、ここでレオニスに負けるのは父親としての尊厳を失うことになる。そして、レオニスは間違いなく強い。
上級が使えなかったとしても、中級は余裕で使ってくるだろう。何せ神子なのだから。言霊を使う必要がない分、隙も生じない。
リュウガは覚悟を決めて、目の前のどことなくご機嫌そうな小さな息子と向き合うのだった。
リュウガの雰囲気が一瞬にして変わる。腰に刺していた赤く揺らめく剣を抜き、片手で構える。もう片方の手を前にかざし、そこで動きが止まる。
リュウガをじっと見ていたレオニスも臨戦態勢に入る。手に持っているのは申し訳程度の短剣。家の物置で埃をかぶっていたものだった。
短剣を右手で持ち、左手をリュウガの方へと向ける。
双方の手が前に出た瞬間、レオニスは目を閉じ、リュウガは言葉を告げる。
『炎弾』
少量の爆風が巻き起こり、二人を包む。言霊が必要のないレオニスの方が、速度は上回っていたため、リュウガ付近で爆風は巻き起こった。
必然、レオニスよりもリュウガの方が強い衝撃に襲われる。しかし、所詮は様子見の一撃。お互いに傷はなかった。
衝撃がまだ残ってる状況で、レオニスは再度動き出す。
頭の中で描き出すのは、リュウガに向かって襲いかかる岩石の群れ。それはすでに顕現していた。
リュウガは自身を囲う岩石を一瞥し、右手で握った剣に力を込めた。その場で一回り、全てを斬り伏せた。
そのまま攻撃に転じ、全身に力を込める。一瞬のうちにレオニスへと肉薄し、横薙ぎ一閃。胴体を浅く切り裂いた。
レオニスは驚愕に目を見開きつつも、すぐさま距離をとり、次なる一手をとる。
リュウガの速さは想像より遥かに上。故に、真っ向勝負は愚策。
レオニスは思い描く、それは自身を守る防壁。自身を捕らえる箱。そして、辺りに降り注ぐ岩の雨。
防壁に何度か衝撃が走り、辺りに振動が響いてから数瞬後、音は完全に消え去った。
レオニスが神法を止めたわけではない、全ての岩が破壊されたのだった。
リュウガはレオニスが閉じこもったのを見て、辺りに視線を這わせる。
極限まで集中したリュウガは、上からの気配を感じ、考えるより早く口を動かした。
『全部吹き飛びやがれ!!』
上から降ってきた岩に対して、下から炎の柱があがる。熱量に耐えきれなくなった岩はその場で消滅した。
柱はその場に残り、際限なく出現する岩を消滅させていく。
リュウガはその隙に、剣を構え、レオニスの城壁を斬りつけた。
一撃で以って破壊されたちっぽけな城の中からこちらに手を向けたレオニスが姿を現す。
リュウガはその場で即座に横飛びした。先ほどまでいた場所には幾千という針が地面から飛び出していた。
ほっとするのも束の間。回避した地点の上からありえない大きさの隕石のような物体が降り注いできた。
リュウガは上から落ちてくる災厄を見て言葉を漏らす。
「……さすがにこれはシャレになんねぇぜ。シャルナさんよぉ!!」
それは過去一度だけ見た、愛しき妻の最強の一撃。放ったのは、年端も行かぬ最愛の息子。
リュウガは剣を両手で持ち、ぐらつく地面にしっかりと二本足で立ち、災厄へと向かった。
自身の防壁が破られるのは時間の問題だった。案の定、岩の衝撃よりもさらに重い衝撃が入り、亀裂が走る。
少しだけ見えた剣先がさらに深くまで入ってきて、レオニスは右手を向ける。
完全に糸の切れた壁は粉々に砕け散り、炎柱の立った大地と、レオニスの防壁を破壊した張本人を視界にとらえる。
レオニスはあらかじめ描いていた理想を実現させた。
地面から幾本も連なる無数の刃。一つ一つに破滅の意思が宿り、地上にいる生物へと襲いかかる。
しかし、リュウガに届くことはなかった。
リュウガが真横に跳躍したのを確認し、レオニスは描いていた災厄を顕現させた。
大地が脈動し、並のものでは立つことすら困難になる中、レオニスは空を見上げるリュウガを見ていた。
一切の言霊を使わずに、上級魔法を顕現させる。それがレオニスの神子としての力。
空から迫る災厄へと真正面から向かっていく父の姿に、レオニスは落胆する。
確かにリュウガは想定以上に速かった。しかし、動きは想定したものとほぼほぼ変わらない。
真っ直ぐすぎる背中を見て、レオニスは思う。
愚か。
レオニスが上級を顕現させた時点で諦めていたならば、全てが終わっていた。
神法をとき、レオニスの勝ちで終わるはずだった。
しかし、リュウガは諦めなかった。不満を漏らしつつも、迫る災厄へと向かっていった。
レオニスは父の姿を見守る。巨大にすぎる隕石が直撃すればただじゃすまない。
最悪の場合、リュウガは死ぬ。
それでもレオニスは神法をとかない。リュウガの信念を守るために。愚かな父を看取るために。
シャルナの最強の一撃でもって、自身の成長を父に知ってもらうために。
一瞬の静寂の後、辺りに轟音が響き渡った。
大地を揺らした隕石は消滅した。
災厄の跡地には、人の姿などどこにもなかった。
五つの穴のどこにも。
レオニスは意味がわからなかった。
確かに、リュウガの力を見誤って焦る気持ちはあった。
故に防御を固めたつもりだった。その防御が破られるなどと思ってもいなかった。
しかし、リュウガはレオニスの城を突破してきた。
レオニスはなにもできなかった。なにもするつもりはなかった。
素直に敗北を認めていた。
だから意味がわからなかった。
普通であれば、今倒れているのは自分で、リュウガが立っているはず。だが、ここにリュウガの姿はなく、ただ一人レオニスが立っているだけ。
意味がわからなかった。
幾千の針を出したり、災厄を顕現させた覚えなどない。
証拠にレオニスの神力は微塵も減少していなかった。
目の前に起こっている光景が夢だと言われた方がしっくりくる。それほどにわけがわからなかった。
どこにも見当たらないリュウガの影を探して、レオニスは自身がもたらしたであろう災厄の跡を見下ろす。
新たに増えた穴は二つ。一度の神法で二つの穴ができていた。
不可解な現象にレオニスは少し疑問に思うが、より不可解なことが起こったあとだったため、すぐに頭から消えた。
今はそんなことよりリュウガだ。
リュウガはレオニスの現時点での最強の技に真っ直ぐ向かっていったのだ。無事であるわけがない。
レオニスが諦めることは許されない。自分の意思とはまるで関係なかったとはいえ、手を下したのはレオニス自身だったから。
穴の中にリュウガの姿がなかった時点で、半ば想像はついている。それでも、レオニスは父を探した。
レオニスは悔いる。何故なのか。何故自分はあの技を使ったのか。
不可抗力とはいえ、やったことに変わりはなかった。
これはレオニスが背負う罪。リュウガはもういない。
レオニスは膝をつき、あふれる感情に突き動かされるままに俯いた。瞬間、
「……よそ見してんじゃねえよ!!戦いはまだ終わってねぇぜ!!レオニス!!」
レオニスの求めていた声が響き渡った。
そして同時に、剣閃が中空に描かれた。縦に一振りされたその光は、寸分違わずレオニスを穿った。
あまりの衝撃に吹き飛ばされ、着ていた服が千切れていく。
圧倒的な熱量に皮膚が焼かれ、レオニスが紅く染まっていった。
熱波が収まり、全身を火傷し倒れ伏すレオニスは、別種の熱を感じとる。
それはどこまでも暖かい、神力の熱だった。
目の前の災厄に、リュウガは息を飲む。
以前シャルナにぶっ放されたときは本当に死にかけた。冗談抜きで死にかけたんだ。
規模はそれと同程度、本気のシャルナの威力と同じくらいの力を言霊を一切使わずにレオニスはやってのけた。
己の息子の力に戦慄しつつも、剣を持つ手に力を込める。
やることは単純。ただ切るだけ。
俺ならできる。今までも幾度となくやってきたはずだ。
己を鼓舞し、全身に力を込める。
目を閉じて、全身に神力を巡らせる。そして発する。
『燃えたぎれ!!』
言霊により、リュウガは神の技を顕現させる。
それは、ゼルドラの定めた魔法ではない。リュウガのオリジナルだった。
オリジナル『炎舞』
全身にめぐった神力が発熱し、細胞を増強する。
炎による己の強化。それが炎舞。
リュウガの身体能力は神力が持つ限り、常識から外れる。
ミドラにいる竜種と互角ほどの強さを得ることができる。
それがリュウガの秘奥。
大量の神力で以って炎舞を唱えたリュウガは、迫りくる災厄へと跳躍する。
ほんのひと蹴りで上空を我がものにし、握る剣に力を込める。
ただの力ではなく、それは神の力。リュウガから込められた神力に呼応して、リュウガの剣は光り輝く。
炎舞で強化された力で、神力を纏った剣を災厄へと振り抜いた。
神力同士がぶつかり、空気が揺れた。
巨大にすぎる隕石に、リュウガは次第に地面へと押し戻された。
ジリジリと迫る地面を流し見て、力を抜く。
腕の振り抜きだけでは一刀両断することは不可能だと悟ったのだ。
地面へと押し戻され、足がついた瞬間、リュウガは地を蹴った。
全力の踏み込みに地面が少し割れるが、リュウガは気にせずに己の両腕を振り抜いた。
剣が触れた瞬間、災厄は音を立てて二つに割れた。
二つになった隕石が地面へと突き刺さり、二つの穴を形成した。
リュウガはその光景を見て……いなかった。
「やっべ、力加減間違えたじゃねぇか!!」
全力で踏み込みすぎたせいで、炎舞の力で規格外に強化されたリュウガは飛んでいった。
帰ってくるまでに幾ばくかの時間を有して。
リュウガが戻ってきたとき、レオニスは膝をついていた。
俺のことをやったとでも考えてんのか?だとしたら腹が立つ。
確かにレオニスの一撃は規格外だ。全力のシャルナに匹敵するほどの威力だった。
だが、まだあいつはこどもだ。そして俺は親だ。
だから負けるわけないんだよ。
「……よそ見してんじゃねえよ!!戦いはまだ終わってねぇぜ!!レオニス!!」
リュウガは放つ。それは彼にとっての最上最強の一撃。
レオニスを真っ向から呑み込まんとする圧倒的にすぎる光の奔流を一閃。続けざまに一閃。
一瞬のうちに振り切った二つの剣閃は強大なる一つの破滅へと昇華する。
『神剣・ドラグレン!!』
神力を剣に込めて放つ。たったそれだけのシンプルな、それ故に絶対的な技。
その剣の名を所有者が呼ぶだけで自動的に言霊として機能する、その人だけの剣。
神力を込めて作られた剣、神剣は、神力機構に応じて様々な機能がある。
神力機構は作成者によって効果が変わる。リュウガの神剣は神力の濃縮と解放だった。
神剣に神力を濃縮するため、解放した時の一撃はどの神法や魔法よりも密度が高い。それ故に最上最強なのだ。
剣のの作成に長けているのは火を操ることの出来るアカーシャの人である。
リュウガの持つ赤い剣も、アカーシャで生まれた人が作ったものであった。
光の奔流が地面を抉り、神力の跡をありありと表現していた。
傷ついた地面の上を見て、リュウガは驚愕せざるをえなかった。
リュウガは本気で神力を放った。炎舞で消耗していたとはいえ、今ある全ての神力を用いた最上最強の一撃を放ったはずだった。
怪我一つしないなんてありえない。
「……さすがに面子を保てる気がしねぇぞ。ずるだろ、そんなの」
躊躇ったつもりは毛頭ない。
レオニスならありえないと理解していたが、そこらへんの人ならば最悪死ぬ可能性だってあった。
その一撃をレオニスは耐えたのだ。全くの無傷で。
着ていた服は弾けとんでいたが、それだけである。神力の塊という名の圧倒的な熱を浴びて、火傷の一つもしていなかった。
リュウガは倒れ伏すレオニスの元へ近づき、意識がないことを確認し、抱き抱えた。
息子の強さに誇らしさと、多少の悔しさ、そして恐怖を覚えながらリュウガはレオニスと家へと帰った。
家に着く頃にはレオニスの意識はとっくに回復しており、リュウガは根底にある疑問を投げかけていた。
「なぁレオニス。なんで俺と戦おうとしたんだ?俺がちゃんとしてねぇから嫌になったのか?」
「いいえ、ただの力だめしです。シャルナ先生にまなんだことをつかってみたかっただけです」
リュウガはレオニスの言葉に頬を緩ませかけるが、まだ嘘という可能性もある。
小さい息子の一体なにを疑っているのかと、自分の疑心に少し呆れつつも、芽生えてしまったものは仕方がなかった。
「本当か?俺が父親っぽくないから戦ってぼこしてやろうとか思ったんじゃないのか?」
「たしかにリュウガはちちおやっぽくはないですが、それは昔からわかりきってることです」
何気ない息子の右ストレートに、リュウガの心が砕かれる。
「しかし、シャルナ先生はリュウガにならかてると言ってくれたのですが、まけちゃいました。ちょっとはらだたしいです」
「シ、シャルナがそんなこと言ってたのか?」
「はい。リュウガは私よりよわいから、私よりしんりょくりょうが多いレオニスならよゆーよ!って」
嫁の追い討ちをくらい、リュウガはよろめいた。
確かにシャルナより神力量は低いが、体術や剣術は絶対に負けないというのに。
「次やるときはぜったい僕がかちますよ。やるつもりがなかったとはいえ、あれを切るだなんておもいもしませんでした」
レオニスが目覚めてからの道すがら、二人は戦いを振り返っていた。
神法の誤発に、炎舞や神力解放のこと。そしてリュウガの奇襲による勝利についても。
「あの魔法をもう一度間近で見ることになるとは思わなかったぜ。あと、俺が死んだと思い込んでたんだから、そっちの油断をついただけの攻撃で勝ちとか誇れねぇよ。傷もついてなかったしな」
確かにレオニスは気を失ったため、リュウガの勝利なのだろうが、肝心のレオニスは傷一つついていなかったのだ。
レオニス曰く、皮膚が焼けて痛かったらしいのだが、火傷のあとなどは見受けられず、リュウガはさらに頭を抱えた。
レオニスは密かに理解していた。
倒れ伏したときに感じた熱。あれは大地の神力。
レオニスは神力によってすぐさま回復しただけにすぎなかった。言うつもりはさらさらないが。
「僕もなんできずがなかったのかわかんないです。でもふくはなくなっちゃいましたね」
「……ごめんな。ついちょっとだけ本気出しちまって」
リュウガはここぞとばかりにそっと嘘をつく。
ちょっとしか実力を出していない体でいけばまだ父親としての尊厳が守られる気がした。
「おたがいさまです。僕もむいしきだったとはいえ、アレをつかっちゃいましたし。ほんきだったら少なくとも三回はいっきにうってましたけど」
幼いながらもすでに話を盛るという技術を身につけていたレオニスだった。
「あっはっはっは」
「あははは」
どこか少し乾いた笑いが二人の間を駆け巡ったとき、ようやく家へと辿り着いたのだった。
ドアを開け、どちらからともなくただいまの声をあげると家の奥からぱたぱたと音を立てながらシャルナがやってきた。
シャルナの視線は二人の親子を行き来し、やがて親の方で止まった。
上半身が裸になった息子の隣にたたずむ父親に、母親は怒鳴っていた。
心が荒んでいたリュウガは、シャルナという楽園にたどり着くことはできなかった。
ユートピアに見せかけたディストピアに絶望する父親を見て、レオニスはそっと微笑んだ。
己の師匠と、これから二人目の師匠になるであろう人に視線を向けて。
ただ酔狂のために戦ったわけじゃない。目的はなかろうとも、強くなるのに理由はいらない。
仮初の目標はそびえる父の背。今はそこを目指すために、強くなりたい。
「リュウガ、僕に剣を教えてください」




