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28話 戦いました

間開いちゃったけど、今回は個人的にやりたかったやつです。気づいたらすごく長くなってました。

 意識が戻ると、焼け焦げた地面の上だった。

 焼かれてから幾分か時間は経っていたようで、熱さは感じなかったが、そんなことよりも問題なのは、ここが一体この国のどこにあたる場所なのか分からないこと。いわば迷子である。

 神剣を詰め込んだ袋が無事なのを確認して、安堵のため息。これがなければ彼が自分に見出してくれた価値に報いることができなくなってしまうから。

 袋の中を確認して、全てが入っていることを理解。

 やるべきことのために、よくも知らない国を駆ける。

 この神剣を彼らの元に届けるべく。

 鳴り響いた爆音を標に、息が上がるのもお構いなしにただひたすらに駆けていった。


「あっしの神剣なんて役に立たないかもしれません。でも、とてつもなく嫌な予感がするんです。大将。どうか無事で」





「ティアのお兄さん、えーっとレイドルさん。とりあえずティアを連れてこの場を離れましょう。僕のことはレオニスって呼んでください」

「おう。なんとなくやべぇのは伝わってきた。あぁそれと、今は聞かねぇが、あとでティアとの関係性は聞かせてもらうからな?」


 あの魔王が守れだなんてわざわざ言ってきた以上、やばいことをするのは確かです。

 この対魔組織内にどれだけ敵がいるかは未知数だが、少なくともさっきからこの場にいる、この子らを殺したであろうやつらの数は3。

 僕の力量で考えると、あの人の話を聞く限り、ぎりぎりいけるとレベルかな。

 まぁ、魔王様ならなんかずるいあれ使えるし、きっと余裕でしょうね。しかもあの人火属性の加護あるし。

 あっちを心配するよりも今はティアです。全力で回れ右して、ティアを風で包んで対魔組織を後にする。

 魔族たちの数名には見られたかもしれませんが、そんなことを気にしてる場合じゃないですから。魔王にさえ見られなきゃいいです。今だけは後方不注意でいきましょう。

 レイドルさんの驚いた声を聞きつつ、振り返ることなく全力疾走。神法を使わないのはお兄さんへの配慮です。

 ある程度離れたところで、後ろから付いてきていたレイドルさんから声をかけられました。


「あいつが一番強いって言うのも納得した。風の神子ってことはミドラのとこだとは思うが、その髪と目でミドラは珍しいな。ミドラとイエレンのハーフってことか?」

「ハーフっていうのはあってますが、ミドラじゃなくてアカーシャですよ。アカーシャとイエレンのハーフです」


 これを言って驚かれなかった試しがないですよね。毎度の如くみんな驚きます。レイドルさんも例外でなく。


「はぁ!?さっき使ってたのは紛れもなく神法だろうが。ミドラの血が流れてないのに風の神法を使えるわけがねぇ」

「これも愛のなせる技です。原因はなんとなくわかってますが、理由は僕も知りません」

「……まぁいい。レオニスだっけか?なんでてめぇはやつの元についてやがる」

「なんで?そんなのアリアのために決まってるじゃないですか。そんなわかりきったこと聞かれても……」


 あれ?そういえばレイドルさんってアリアのこと知らない?これ前も以前どこかでミスったような気がしますが、まぁいいでしょう。


「えーっと、アリアは僕の一番大切な人です」

「なるほどな。大切な人か……」


 レイドルさんの声が途切れる。思案によるものなのか、或いは別の要因かはわからないが、後方不注意はすでに終わっている。

 後ろを振り返っても見えるのは白髪赤眼の少年。

 急に歩みが止まったのを不思議に思ったのか、レイドルさんも足を止めてこっちを見てくる。


「レイドルさん。横にずれてくれますか?」


 理由のはっきりしないお願い渋々といった感じで受け入れてくれる。


「これでいいか?」


 ティアをずっと風で囲ってるため、延々と神力を持っていかれていたが、基本的に常時吸収しているので神力的に問題はない。

 膝を折り右手を地面につける。そして頭で描く。

 今守らなきゃいけないのは自分自身だけじゃない。ティアをティアのお兄さんを、そしてティアの守ろうとしたこの国を。

 神力が大地を伝い、俺らの前に巨大にすぎる壁が具現する。

 保険も何もかける必要はない。目の前の壁は絶対に突破できない。何せ彼女を想ったのだから。

 突如として現れた土神法にレイドルさんが驚愕をあらわにしたが、その後巻き起こった衝撃にさらなる驚愕が上乗せ。

 とてつもない衝撃が壁にぶつかった瞬間にそれは壁としての役目を終え、相手の神法を飲み込むべく動く。

 相手の属性がなんであろうと、ただ壁を張っただけで周りへの被害は尋常じゃない。だからこそ、封じ込めなきゃ意味がない。

 壁が球体へと変化し、相手の神法を完全に飲み込んだのを確認して、感覚を集中させる。

 慣れ親しんだ風属性の感覚。球体の中で荒れ狂う暴風に多少の安堵。

 集中を解き、空へと視線を向けるとそこには白銀の美しい長髪に髪と同じ透き通るような白銀の相貌。中性的な顔立ちをした男か女かもわからないやつがいた。

 あの人の言うことだときっとあれは……


「ほう。私の技を無力化するとはなかなかですね。おやあなたはあの時の?大きくなりましたね」

「いきなり攻撃してくるなんて随分と野蛮ですね。目的はティアですか?」


 上空に気を配りつつも、ティアの位置を確認。風で覆っているが、その程度では安心できないので、レイドルさんの近くへ。


「やはり君は、いや君らは気づいているようだね。そこの娘の力はかなりのものだ。ある一点だけで見れば、魔王なんかよりも遥かに強い」

「ティアには……絶対に手は出させねぇ!!」


 レイドルさんの声音が怒りで完全に染まる。水を差すようなことはしたくないけど、これだけはしておかないと。


「レイドルさん。あいつはかなりやばいですよ」

「あぁ。わかってる。ティアのことは頼んだぞ。ぜってぇ守りきれ」

「わかってますよ。ティアの安全は保証します。それよりもレイドルさんはさっき魔王と戦っていたはずです。神力はもう多くは残ってないはずです」

「それはてめぇも変わらないだろ。あんなでかい神法を使ったんだ。俺の心配じゃなくててめぇの心配をしろ。ティアを守るのがてめぇの仕事だからな」

「僕なら大丈夫ですよ。なにも心配いりません。本当は隠しておきたかったんですけど、さすがにこんな事態ですからね。レイドルさん。手、貸してくれませんか?」

「あ?別にいいが、いったい何……っ!」


 約半分ほどの神力を譲渡。レイドルさんぼ方へ行ったときにどれほどの倍率がかかるかは未だ分かりませんが、あの様子ならまだ容量的に大丈夫なはずです。

 睨まれていた目が次第に変わっていき、レイドルさん自身も、何が起きたのかを理解したご様子。


「……いったいなにもんだよ、てめぇ」

「ただのアルラトス家の一人息子です」


 レイドルさん一人で挑んだところで、言っちゃ悪いが敵うわけない。俺が全力を出したとしても勝てる気がしない。ただ……


「レイドルさん。はっきり言って、二人がかりで戦っても勝てるかどうかわかんないです。倒すことは目標にしないでください」

「じゃあ、どうしろっていうんだよ」

「最上最強の一撃で以って戦闘続行不可能にします。それまで神力をためなきゃなので……」

「なるほどな。俺が時間稼ぎっていうわけか。いいぜ、てめぇのために時間を稼いでやる。だが、しっかりティアも守れよ」

「当たり前です。レイドルさんも、僕の一撃を守れる神法を残しといてくださいね」

「任せろ」


 作戦会議は終わりとばかりに、レイドルさんは上空を見上げる。

 俺は左手に神剣を持ち、右手を地面に当てる。吸収した神力をそのまま神剣に注いでいく。

 ティアの近くで油断なく神力をため続ける。今のままでも普通の人ならば十分に致命傷レベルだが、それじゃあまだ足りない。

 時間はまだまだかかる。だがさほど心配はしていない。何せ目の前にいるのは、この国の王なのだから。


「なるほど。これは面白いですね。てっきり二人で来るのかと思いましたが、一人は彼女を守ることに徹する。というわけですか。それにしても、お久しぶりですね。あのときは魔王のせいで命拾いをしたようですが、今度はそうはいきませんよ?」

「てめぇが何者なのかさっぱりわからねぇし、何言ってるかもわからねぇが、ティアを傷つけるなら俺はてめぇを許さない。全力でぶっ潰す!!」

「たかだか人一人で私に敵うとでも?そうですね。流石にステージは統一しましょうか」


 ゆったりと空中から降りてくる白銀の男。その足が地面に触れた瞬間、吸収している神力が少しだけ揺らいだ気がしたが、すぐに違和感は消えた。


「空中にいた方がてめぇにとっちゃ有利だと思うが、ハンデのつもりか?」

「えぇ。二人で来たとしても勝てないのに、たった一人で私に挑むのですから、その愚行を称えて私からのハンデです。蹂躙するのは嫌いではないですが、いかんせん面白みにかけてしまいますからね」


 ゆっくりと大地を踏みしめながら、こちらへと近づいてくる白銀の男。

 その都度微かに揺れた神力。ティアの周りを囲う神法に集中し続けなかればいけない状況になった。

 流石にこれは想定外。あまりにも神力がでかすぎる。魔王ですら敵わないレベルの相手だった。


「そちらの方は、彼女を守るための神法でいっぱいいっぱいでしょうし、もう一つおまけをつけましょう」


 男が笑顔で、嘲笑の笑みで言った瞬間、周辺に壁ができた。

 岩石でできたあまりにも巨大な、俺が作ったものより更に大きい壁が、俺らを囲うようにできていた。

 これで目に見えて二つ。底知れない男の力に、冷や汗が出てきた。


「これなら、いくら本気で戦ってもこの国への被害は出ません。さぁ、本気で来てください。私を楽しませてくださいね」


 だが、ただ一点だけティアに遥か劣っている部分がある。それだけで十分だ。

 最悪の事態は回避できた。


「言われなくても本気でやってやるよ!!」


 レイドルさんは両手を前に出し、目を閉じる。

 瞬きをした後にはレイドルさんの手の中に炎で出来た、蒼く揺らめく剣があった。

 剣を一旦左手で持ち、右手を前に向け再び目を閉じる。

 右手から放たれたのはたった1発の炎の弾。しかし、その炎は黒く濁っていた。


「なるほど。火属性で剣をかたどりましたか。しかし火というものは固形ではないですよ?剣としてはいささか役不足なのでは?ですが、その蒼い色だけはさすがと言いましょう。そして……」

「べらべらうっせぇんだよ。てめぇの解説なんぞ誰も望んでねぇよ。戦闘に言葉はいらねぇ。喋る意味なんてありやしねぇ」


 その会話の最中にさらに放たれた黒い炎。どちらも男には掠りもせず、視界から消えていった。


「喋る意味がない?なかなか面白いですね。喋ることも戦闘の一部だと私は思いますが?」

「喋るだけ無駄だ。戦うってことは命がかかってんだ。今から死ぬかもしれねぇっていうのに、呑気に会話をできるわけがねぇだろ」

「その理論なら、やはり私は喋ることが無駄とは思いませんが」


 口では無駄と言いつつも喋ることをやめようとしないレイドルさん。外面にはまるで出ていないが、明らかに時間を稼ごうという意思のもとだ。


「逆だな」

「やはりあなたは面白いですね。まぁいいでしょう。敵に情報を与えないためにはそれが最善です。対話拒否というのは確実に引き分け以上の選択ですから」


 男はレイドルさんに笑顔を向ける。その瞬間に、レイドルさんの目の前へと移動していた。

 早い。風の神子である俺のアリアにも匹敵するほどに早かった。

 俺のアリア……すっごいいい響きですね。なんでだろ、なんか涙出そう。

 いやわかってますよ。アリアのこと思い浮かべたからすごい会いたくなっただけです。

 アリアのことでいっぱいいっぱいになっていると右手に違和感。さっきよりも熱い。それに、吸収量が上がってる。はぁ。そんなことよりアリアに会いたい。


「どうしました?風属性の相手は初めてですか?速度で勝てないのは当たり前のことなのでどうしようもありませんが、少しくらいは反応してくれないと面白くないのですが」

「……ふっ!!」


 一旦アリアのことは忘れて、いや忘れるわけないですけどね。とりあえず、ティアへの神法へ意識を向けながら目の前で繰り広げられる戦いへ目を向ける。

 一瞬で距離を詰められたレイドルさんは顔色一つ変えずに蒼炎の剣を一息に振るう。

 熱で揺れた世界の中に男はすでにおらず、空を斬る。

 剣を下まで振りきり、その勢いのままに回し蹴りに転じる。

 足が男の前髪を掠め、一瞬男が仰反る。その隙を見逃すわけもなく、右手を男の方に向け、黒い炎弾を放つ。

 男は横に飛び、炎弾をかわす。そして予備動作もなく、風の刃を放った。

 吹き荒ぶ風を剣の熱で以って歪ませ、無力化する。はたから見れば、ただ風を斬っているようにしか見えなかった。


「先の発言は撤回しましょう。どうやら風属性は初めてではないようですね。なかなかいい動きです。属性の相性というものをよくご存知で」

「一般常識だ」

「えぇ確かにそうですね。火は風に、風は水に、水は土に、土は火に強い。これは誰でも知っているでしょう。では、小休止は終わりにしましょう」


 言い終わると同時に、男が肉薄。

 レイドルさんは一旦距離を取り、上へと黒い炎弾を放つ。

 その間に懐に入り込んだ男に、赤い炎が纏わりつく。

 飛んで火に入る夏の虫の如く全身が焼けていく男に、追い討ちの蒼い揺めき。

 しかし、それが男に届くことはなかった。

 ギリギリのタイミングで風属性によりお互いの距離を離した男は、再びレイドルさんへと距離を詰める。

 一瞬口元が動き、何かが紡がれた。その瞬間、視界が白く染まった。

 ティアの周りの神法へと送る神力量を激増させ、絶対の守りを築く。

 アリアのあれと同じくらいの硬度は誇っているはずだ。これでひとまずティアは安全。

 爆風で吹き飛ばされそうになるが、後ろに風を具現し耐え凌ぐ。

 視界が戻ったときには地面は抉れ、レイドルさんはボロボロになって倒れていた。

 いつ離れたのか、遠い場所に男は立っていた。

 クレーターへと優雅に近づいてきながら、男は口を開く。


「これもまた常識じゃないですか?強力な火属性と水属性がぶつかれば、一瞬で蒸発し爆発することくらい」


 これで3つ目。ただ、発動前に何かを唱えたところを見るに、神法ではない。

 しかし、魔法かと問われれば魔法というわけではない。厳密には魔法と変わらないが、魔法ならばあれだけの属性を使うのは不可能だ。

 小さくだが、移動の際も何かをつぶやいているため、やはり魔法ではない。ではなんなのか。

 クレーターの中央に横たわるレイドルさんが、ゆっくりと立ち上がる。来ていた服は黒く焦げ、上半身が丸出しだが、その肉体はどこへ出しても恥ずかしくないほどに鍛え抜かれていた。


「なぜ私が水属性を使えるのか疑問ですか?」

「興味ねぇよ」

「そうですか。とことん喋る気がないようですね。それに、さすがです。私が水属性を使う瞬間に炎の剣を消滅させ、威力を抑えるとは。もしそうしなければこの程度では済まなかったでしょうからね」


 男が会話に興じ、まだ動き出しそうにないのを確認し、ティアの周りの神法に送る神力量を落とす。その瞬間に違和感。

 何事かと思ってティアの方を見ると、ティアが上体を起こしていた。


「ティア。話は後でする。今はその神法の中で俺に守られててくれ」

「レオニス様、ですか?本当にレオニス様ですか?」

「あぁ。少なくとも今はもう誰にも束縛されてる気はしないよ」

「よかった……本当に、よかったです……」


 罪悪感から解放された、というよりは、ただただ俺の無事を喜んでくれているティアを少しでも安心させるべく、目の前の惨状を見せないために、神法の中に手を突っ込んでティアの手を握る。

 ティアは俺の手を両手で握り返し、俯く。そしてすぐに顔が上がり、返ってきたのは笑顔だった。

 魔王によってティアに見せられたものが、ティアにどんな影響を与えたかなんて考えるまでもない。あの魔王のことだ。間違いなく、いい方に決まってる。

 ティア自身にもするべきことができた。やらなきゃいけないことが、絶対にやらなきゃいけないことができた。だから笑顔のまま、一粒の雫が溢れるのだ。

 まだ何もできていない。アカーシャはまだ何も救えていない。


「レオニス様。本当に無事でよかったです。そして、ありがとうございます」

「お礼を言うのはまだ早いよ。この国を完全に守ったとき、そのときに改めて言ってくれ、ティアお嬢様」


 ティアはお嬢様という呼称に照れたのか、視線をずらした先で捉えた。ボロボロで上半身が剥き出しになった彼女の兄を。


「レオニス様……レイはどうして。それにあの人は?」

「それについては後で話す。とりあえず先に、この戦いを終わらせる」


 ティアが疑念を抱きつつも頷いてくれたのを確認し、ティアの神法へ今残ってるほとんどの神力を回し、絶対の盾を構築する。

 長いことレイドルさんに時間を稼いでもらったおかげで、ドラガリアに十分神力が溜まった。

 クレーターの方へと己の存在を知らしめるべくゆっくりと歩いていく。

 神力の輝きを抑えるためにドラガリアは鞘に突っ込んでいる状態のため、男からすれば剣を持っているのに、抜かずに接近する愚者にしか見えないだろう。或いは逆だが、あれほどの強者であればその可能性も皆無だ。


「次はあなたですか。いいんですか?剣を抜か……」

「レイドルさん」

「わかってるよ!!」


『神剣・ドラガリア』


 レイドルさんが退いたのを確認する前に神力で強化し、なおかつ風属性も乗せた腕でドラガリアを抜き放つ。

 神速の抜剣と同時に放った最上最強の一撃。

 一切手加減を加えていない正真正銘の最上最強の一撃は、完璧に男を捉えていた。

 自ら放った衝撃に耐えれずに、後方に吹き飛び、男の作った壁に激突し、ちょっと吐血。

 視界は全て白く染まり、あまりの轟音で音も消える。


「——————」


 誰かの叫び声が聞こえた気がするが、声という音がぎりぎり届いただけで、何を誰が言ったのかは全くわからなかった。

 五感のうち二つが奪われ、何秒、何分経ったのか、ようやく視界が戻った。

 まず初めにティアの安全を確認し、安堵。

 レイドルさんがどこにいるのかと探すこと数秒、奥の壁に打ち付けられたレイドルさんがいた。あらかわいそう。

 俺がドラガリアを放った先は壁が崩壊していた。もう一度言う。壁が崩壊していた。

 あれほどの神力の塊が正面からぶつかれば流石に耐えれなかったご様子。

 壁が壊れたということは、つまりそういうことなのだが、それについては事前に対策済み。

 振り下ろすのではなく、抜剣にしたのは角度を上へと上げるため。そのままの角度であれば、間違いなく俺の手でこの国が終わっていた。

 剣跡に男の姿はなく、ごっそりと抉れた地面と粉々に砕けた壁。そしてほぼほぼ無傷な国が見えるだけだった。

 なんかかわいそうなレイドルさんの方へ近づこうと思った瞬間、空から声がした。


「オレにここまで傷を負わせるとはな。名を聞いといてやるよ。お前は誰だ?」


 常に絶えなかった笑みが消え、取り繕われた口調も消え、本性が露わになる。

 肩で息をしながらも、失われていない戦意に一歩後ずさる。


「人に名を尋ねるときは、まず自分から名乗るのが常識なのでは?」

「お前もなかなか面白いじゃねぇか。いいだろう。オレの名を教えてやる。オレは竜王ゼノギルアだ」


 予想はできていたとはいえ、最悪の予想が当たってしまったことに、もう一歩後退。

 レイドルさんは未だ立ち上がっておらず、まだ戦える状況ではない。すごくまずいことになった。


「驚かないってことは想像はついてたか。だが、わかってても恐怖心は拭えねぇみたいだな」

「今日のところは一旦ここで退いてくれたりしませんか?加護の問題でここだと全力が出せないんですよ。だからその、あなたとは是非全力で戦ってみたいので、ここは見逃してくださるとありがたいんですが……」

「別に俺はお前と戦ったわけじゃねぇ。だが、さっきの一撃はかなりのもんだった。はっきり言って一歩間違えばやられてた。確かに、お前が全力なら俺を倒せるかもしれねぇ。でも、どうやってあそこまで神力をためるんだ?お前一人でそれができるのか?」

「誰も一人でなんて言ってません。大切な人と一緒に戦います」

「誰かはわからんが、その大切なやつというのはどれくらい強い」

「僕と同等、或いはそれ以上です」

「なるほど。お前の神剣は理解したが、それ以外は未知数だ。例えとしては不成立だな。まぁいい。どうせこれから成立する」


 交渉に失敗したんですが。どう責任とってくれるんですか全く。

 こうなった以上、受け入れるしかないですね。神力は問題ないですし、あれが異端であれば勝てる可能性も少しはあるんですけどね。


「さぁ構えろ。簡単に死ぬんじゃねぇぞ。お前が生き抜いたら、いつかの日まで待っててやるよ」

「会話も戦闘のうちって言ってましたよね?少しでいいので、質問させてくれませんか?」


 竜王の勢いが止まる。しかし、その立ち姿に油断は一切ない。隙を作ろうと思ったわけじゃないですが、ここまで油断も隙もないと笑みが溢れそうになります。

 この会話の意図は可能性の模索。それが実れば戦いが意味を持つのだから。


「いいだろう。一つだけ答えてやる。それで変えてみせろ」

「お言葉に甘えて一つだけ。対魔組織で、子どもの死体から神力を吸ってるように見えましたが、あれはなんですか?」

「いい目をしている。あれは斬った者の神力を吸う神剣。問答は終わりだ」


 不確定要素の塊とはいえど、いつだってそんなものだ。今更どうこう言うつもりはない。

 少なくとも、何かを介していることがわかっただけでもよしとしよう。それがこいつに当てはまるかはさておき。

 竜王が勢いを取り返す前に、一度後ろを振り返る。不安そうにこちらを見つめる瞳に対して、口の動きで任せると伝える。

 不安は少し和らぎ、瞳に何かが宿った気がした。赤が薄れて。

 もう大丈夫だろうと視線を前に戻す。竜王は依然として空中に停滞していた。


「さっきはハンデとして降りてやったが、あれほどの一撃を放つお前に、ハンデなどいらないだろ。空の覇者に挑むがいい。小さき者よ」

「じゃあもっと高くへ行きましょう。衝撃で国が吹き飛んだら本末転倒ですから」

「なるほど。そのなりで風属性の使い手か。愚かにも空を目指した矮小な者どもの力を、俺に見せてみろ」


 神法を具現し、身体を風に委ね、遥か上空へと飛翔する。

 竜王の跡を追いかける形で蒼い世界へと辿り着き、そこで改めて相対する。

 下を見下ろせば小さく、こちらを見上げる二人の影が見えた。地上ならレイドルさんの助け借りれたかもですが、ここは空なのであの人は役に立ちません。

 下から視線を外し、目の前の男へと意識を向ける。

 ティアにもう神法はかけていないため、飛行を除けば戦闘以外に神力を消費せずに戦うことができる。

 欲張る必要はない。持久戦なら多分いける。


「早速行くぞ」


『——————』


 何かわからない。まるで何を言ったのか理解できなかった。だが、それが何かの魔法、いやあれであることはわかる。

 この世界に顕現したのは、何度も目にしてきた災厄。

 持久戦だとしても、これはめんどくさいです。あぁ最悪。

 巨大より巨大な隕石が俺めがけて降ってくる。仮に神剣で真っ二つにしようと、この災厄が地面に落ちるのはゲームエンド。

 レイドルさんが炎で焼いたとしても、マグマへと成り果て、国を焼くため意味がない。

 土属性が火に強いのはそのせいだ。熱だけじゃ止まらない。むしろ加速する。

 災厄には災厄で。とはいえ、同じ土属性をぶつけたところで、粉々に砕け散るだけだ。俺の神法は意図的に消すことができるが、竜王が消すとは思えない。なら取れる行動は一つだけ。

 アリアには及ばないかもしれないが、風属性の上級をぶつけるしかない。

 しかし、質量の問題で風圧だけで持ち上げるのは絶対に不可能。ただの一つの大きいものよりも、小さいものの方が相性がいい。風に数は関係ないのだから。

 そうと決まれば早速動く。

 放った後もずっと握っていた神剣に力を込める。

 神力の解放をせずに、災厄へと斬りかかり、剣身が触れる。

 腕にとてつもない負担がかかるが、無理矢理神力で誤魔化し、剣と災厄が触れ合ってる状態で、その名を呼んだ。


『神剣・ドラガリア』


 溜まっていた神力量は言うほど多くはない、むしろ少なかったが、濃密な神力の波動が災厄を飲み込んでいく。

 真っ二つになると思いながら振った神剣により、災厄は粉々に砕け散った。さすがにびっくり。

 目を閉じて、落ちていく残骸を全て風で拾い上げ、遠くへと飛ばす。

 ついでに風刃を具現し竜王の方へと飛ばしてみたが、竜王はかわすことすらしなかった。

 かわす必要もないとかそういう意味合いではなく、普通に直撃した。さすがにびっくりわんすあげいん。


「ぐっ……先の一撃で神力はほぼほぼ使ったものだと思っていたが、飛行のための風を使いながら、神剣であれを破壊するか。そしてカウンターまでいれてくるとは。面白い。最高に面白いな」

「あの一撃に加え、今も風属性をもろにくらったのに平気な顔でいるあなたの方が全然面白いですよ。もちろん悪い意味で」

「いやなに、俺にここまで傷をつけれた挙句、あまつさえ勝てるとまで思っていたのだろう?その心意気が面白いと言ってるんだよ。それで、さっきは聞きそびれたが、お前の名前はなんだ?」

「名前を教えたら、退いてくれますか?」

「まだまだ小せぇっつーのに、本当に面白いやつだ」


 竜王からの評価は面白いの一つだけみたいです。ギャグでも言った方が良いんでしょうか?アリア大好き。

 いや別に今のはギャグとか関係なしに、頭が勝手にそう思っただけです。何も関係ないです。

 竜王はゆっくりと息を吸った。そして……


『——————』『——————』


 ふざけないで欲しいです。火の上級魔法は見たことないですが、おそらく威力的にあれがそうなのでしょう。

 一見するとさほど大きくもない火球のように見える。だが、蒼く揺らめくその火球によって距離としては結構離れてるのにも関わらず、肌が焼けるように暑かった。

 しかも、具現したのはそれだけじゃない。

 空は蒼いが、一面の蒼というわけではない。先ほどまでも、白いもくもくが浮かんでいた。

 しかし、今空を見渡せば、一面の蒼。荒れ狂う暴風に、何もかも吹き飛ばされていた。


「火属性においての威力、すなわち火力は大きさじゃない。熱量だ。熱ければ熱いほど、寒ければ寒いほど、上でも下でも大きくなればなるほど火力になる。下にいるあいつの創造した剣はなかなかの火力だった。だが、これには及ばない」

「わざわざ説明ありがとうございます。火属性は間近でみることがなかったので」

「言っておくが、これはハンデじゃない。勝利宣言だ。ただでさえ火力の高いこいつに、餌を与えたらどうなると思う?想像するだけ無駄だ。体験してみろ」


 火球は吹き荒ぶ暴風を飲み込んでいく。

 その火球に意思はないと分かっているのに、あるのではないかと錯覚してしまうほどに、それは生物の捕食に似た光景だった。

 風が止んでいく。その代わりに皮膚が焼けていく。

 火球は先ほどとは比べられないほどに大きく、熱くなっていた。


「この世界に、火属性を止めれる属性は存在しない。水属性じゃ一瞬で蒸発する。土属性で岩石か何かを作ったところで、火属性自体は止まらない。溶けた岩石はそっちの武器になるかもしれねぇが、盾にはならん。お前にこれが止めれるか?」

「武器になるならそれで十分です」


 目を閉じて、災厄を世界に具現する。先生の血を引いてる俺が、俺の神法が、たかだか火属性如きに屈するわけがない。

 確かに俺自身を守りすべはないかもしれない。でも、そんなのはどうでもいい。あいにくと、言ったことは守るって決めてるから。

 徐々に近づいてくる極大の熱に皮膚が焼かれながらも、災厄を竜王へと放つ。

 火球と正面から衝突し、圧倒的な熱量で以って溶かされていく。

 しかし、それでも進むことをやめずに、溶けた岩石が竜王へと向かっていった。

 火球によって前は見えないが、俺の神法が竜王に届いた手応えはあった。

 だが、俺が火球に呑まれるのも時間の問題。それこそあと5秒もすれば俺はこの国ごと溶けて消えるかもしれなかった。

 風属性で逃げようにも、風は火球によって消える。故に、本来であれば飛行のための神法ですら火球で消され、俺は落下していた。そして火球もこの国へと落ちていった。

 そう、本来であれば。

 火球はもう、何かを焼こうと移動することはできない。

 何故なら、彼女がいるから。

 火球の動きが完全に止まってから数秒、溶岩に身体を焼かれた満身創痍の竜王の姿が現れた。火球が消えたのだ。


「何故だ……っ!!あれを止めれるものなど、この世界にはっ!!」

「目的すら忘れるくらいなんだし、さっさと退いてくれませんか?」

『黙れっ!』


 急に込められた言霊に対処が遅れる。まさか魔法を使うとは思わなかった。

 口を出た言葉とともに迫る風。一瞬の遅れにより、ドラガリアを握っていた左手に直撃し、ドラガリアが吹き飛ぶ。

 後方へと吹き飛んだドラガリアはそのまま風に揺蕩い、いつの間に後ろに回ったのか、竜王の手に収まっていた。


「魔法は使わないとでも思ったか?威力は落ちるが、魔法なぞ使おうと思えばいくらでも使える。それにしても、あれを止めたとはいえ、貴様の神法では俺を倒すことはできないだろう。この剣がなければ、貴様は俺に勝てない。どうだ?違うか?」

「えーっと、その神剣返してくれませんか?」

「あぁいいぞ。俺に勝てたらな」


 あー。ちょっと予想外かも。

 いや、むしろ想定内?一番は取られたことが予想外かな。


「この場は退いてもらうことだけを考えてたんですが、もういいです。その神剣は、その神剣だけは、殺してでも返してもらいます」


 流石に見過ごせるわけないので、本気で取りに行く。とはいえ、あいつの言った通り、神法だけじゃ倒せる気がしない。

 何かないか?


「大将ーーっ!!!」


 完璧なタイミングで下から声が聞こえた。

 そういえば忘れてたなんてもう言えない。この状況において、彼のこの声で俺の勝ち筋が生まれたのだから。


「ソアム!あの神剣を投げてくれ!!」

「わかりやした!いきますよ、大将!!」


 下から無理矢理神力で強化して投擲された何の変哲もなさそうな剣。

 ただ神剣において重要なのは外装ではなく、内包された神力機構。この神剣の神力機構は、神力の強化。

 どこぞのリュウガが使っていた炎舞と同等の、或いはそれ以上の効果をもたらしてくれる。その名も


『神剣・ゼカース』


 ソアムとアカーシャを目指している最中に神剣の名前は聞いていた。

 ゼカースというのは、彼を助けた魔族の名前だそうだ。魔族の名前を使っているから、魔族に対して負の感情を抱かないものにしか神力機構がわからないらしい。

 ソアムの家名もカースだった気がしますが、何か関係あるんでしょうか?まぁいいです。


 その名を口にした途端、剣身に火が纏い、柄を握る手が熱く発熱した。

 熱は手だけにとどまらず、腕を通り胴体、そして足先へと伝播していった。

 ありふれた言葉だが、力があふれてきた。そうとしか表現できなかった。

 飛行で移動するよりも、踏み込んだ方が速いとなんとなく理解して、空中に足場を作る。

 土属性で出した足場を風属性で浮かせるというめんどくさいやり方だが、思考もどことなく早くなってる気がして、神法が一瞬で具現する。

 自らの足場に足をつき、軽く竜王目掛けて跳躍。すると、凄まじい速度で視界が移動し、瞬きの後には、ゼカースとドラガリアが衝突しかけていた。

 驚きながらも俺のドラガリアを構えている竜王。この速度で激突すれば、少しとはいえドラガリアに傷がつく気がした。故に激突の寸前に全力の風神法で勢いを殺し、そのままガラ空きの足元を足払いの要領で蹴っておいた。

 ゼカースの能力によって身体能力やらなんやらが格段に上昇していたのは理解していたつもりだったが、流石にこれは想定外だった。

 ただ足を払っただけのつもりだったが、竜王は吹き飛んでいた。


「くっ……何故だ。何故その剣を持っただけで、これほどまでの力がうまれるのだ!……神剣のはずがない。見た目はただの剣。神力機構もまるで見えない。どういうことだ」


 竜王も魔族に対して悪感情を持っているということがわかった。どこぞの魔王がここにいれば円満解決だったのに。

 とはいえ、竜王の身体はぼろぼろ。進捗も残り少ない。対して、こっちは神力は問題ない。それにゼカースがある。

 何か隠しダネがないのであれば、この勝負に敗北はない。

 いける。


「一応確認なんですけど、神剣返してくれませんか?」

「なるほどな。オレもこの神剣を使うとするか。確か名前は……」


『神剣・ドラガリア』


「……身の程を弁えたほうがいい。お前如きの想いじゃ俺には届かない。いや、アリアには届かない」


 たかだか竜王が、竜王如きが、アリアへの想いで俺に上回ることなど不可能。

 つまり、俺を傷つけることも不可能。ドラガリアはそういう風にできてるんだから。

 ただ神力を濃縮して解放するだけじゃない。それだけじゃあの威力は出ない。

 神力機構を作ったのはリュウガじゃなくて先生なんです。神力、というより想いに重きを置いた構造になってるため、神力を込めるだけじゃ大した威力は出ない。

 神力に想いを乗せることで、威力が大幅に増すというわけだ。

 その想いも先生の計らいで、限定的なものになっている。それがアリア。アリア・ララモーラただ一人に対しての想い。

 ドラガリアは真の意味で俺にしか使えない。俺よりも強く使えるやつは存在しない。

 ただでさえ尽きかけてる竜王の神力で、神力が浸透してすらいない他者の神剣を使ったところで意味はない。ただ神力をちょっと濃縮して放つだけだ。


「なんだこのゴミのような威力は……お前が使ったときはもっと……」

「いい加減返せ。その剣は俺にしか使えない。俺専用の神剣だ。お前如きが使っていいもんじゃない」


 ゼカースの力を最大限まで引き出し、足場を蹴り一瞬のうちに竜王に肉薄。

 案の定構えられたドラガリアに、風神法で無理矢理角度をずらし、身を捻ることで回避し、竜王の後方に回る。

 あらかじめ展開しておいた足場を蹴り、振り向き掛けの竜王に対して、横に回転しながら剣を振るう。

 竜王の胸へと一閃。鮮血が飛び、身体が傾いた。

 手応えは確かにあったが、まだ浅い。意識を持っていきたかったが、そこまでには至らなかった。

 振り向いてる最中に振るわれていたドラガリアが俺の腕へと当たっていたが、骨で止まってくれたため大事にはならなかった。

 肉で挟まっているドラガリアを抜き、ちょっと顔を歪めつつも神力の吸収。

 結構深いため時間はかかるが、痛みさえ耐えれば放っておいても問題ないだろう。

 ドラガリアが戻ってきたのでもう満足です。


「僕としてはドラガリアが戻ってきたので満足なのですが、まだ続けますか?やる意味ありますか?」

「いいだろう今日のところはここで終わりだ。次会ったときは、全力で戦ってやる。お前の大切なやつというのも一緒にぶっ潰してやる」

「これで気兼ねなくやれる。その言葉だけで、俺はお前を倒さなきゃいけない理由ができた。次会ったときは、もう返さない」


 竜王が遠い空へと消えていくのを確認してから地上に戻る。

 はっきり言って、あれ以上続くのはこちらとしてはきつかった。

 神力についてはどうにかなるかもしれないが、頭が限界だった。

 断続的な神法に、神剣の使用。吸収の永続的な使用に神力による治癒。これを全て長時間同時に行居続けるのは限界があった。

 集中し続けていたからか、気が抜けた瞬間に、力も一気に消えていった。

 ティアの叫び声が聞こえたが、応えてやれそうにない。ちょっと眠りまーす。




『ボクの力を使ってるとはいえ、今の段階でここまでの力があるなんて。あぁなるほど。彼女もキミを信じることにしたんだね。あの子がそんなことをするなんて、少し意外かな。やっぱりキミはすごいよ』

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