25話 吐き気がしました
エルティアの協力を無事に得られたみたいだな。あいつが協力しないわけがないが、こうも綺麗にハマると気持ちがいいな。
これで、この国は終わりだ。
レオニスもエルティアもレイドルも、全ては手のひらの上。盤上は支配した。あとは時が来るのを待つだけ。
あぁ面白い。笑えてきた。そうだよな。そりゃそうだよな。お前なら気付くと思ってた。だが、わかるか?
今更気付いたところで、お前はもうエルティアを悲しませる結果でしかこの状況は脱せない。
お前にそれはできないだろう?だから、チェックメイトだ。
今回の件から俺が得るべき教訓は、ティアの鋭さを考慮しろ。だ。
「それでレオニス様はなんのために、人と魔族の争いを止めるんですか?」
ティアの家から対魔組織のアカーシャ本部に向かっている途中で突然投げかけられた問いだった。
風属性は魔族に見せたくないため使えなかったので、ティアをおぶって走っていたら、耳元で囁かれた。ぞくっとしました。
「ティアはなんでだと思う?」
予想していたとはいえ、状況が状況だけにパッと答えは出ず、質問で投げ返す。
正直に答えてもいいが、まだ待とう。
「レオニス様は優しい人です。よく知りもしない私のことを助けてくれましたし」
問いの答えは返ってこない。しかも、そもそもそれは……
「当然のこと。ではないですよ。レオニス様は自分のせいで私が襲われたと考えてるのかもしれませんが、私はそうは思いません。レオニス様は、最初からこの国にいたわけではなかったんでしょう?」
なんの根拠があってその言葉を口にしているか、理解できないが、間違いはない。
俺がこの国にたどり着いたときにはもう、ティアは襲われる寸前だったはずだ。
「その様子からすると、どうやら当たってるみたいですね。適当なことも言ってみるものですね。ということは、レオニス様は私が襲われたことには関係がないということです」
「結局、何が言いたいの?」
勿体ぶった物言いに、ついつい言葉でせかしてしまう。続きを気になってしまった時点で、今この場での立場はティアが上になる。
状態的にも俺よりも上にいるティアから落とされた言葉は、少し足が止まってしまうくらいには、核心に迫る言葉だった。
「レオニス様は抱え込んでしまう方なんだと思います。目的も、それに伴いてできる罪や功績も。すごく失礼なことを尋ねてしまい申し訳ありません。と、先に謝っておきます。レオニス様は争いを止めたいと、本心から思っていますか?」
「どうして、そう思った?」
おぶっていたティアを一旦下ろして、しっかりと顔を向き合わせて問う。
本当に助けたいのならばこんなことをするわけがない。けれども俺は足を止め、ティアを下ろした。その行動が何よりも雄弁に語っていた。Yesの3文字を。
「今ここにいる理由がなんなのかはわかりません。ですが、レオニス様は他の誰かのために頑張っているのでしょう?話しててなんとなくわかりました。自分自身のために行動しているなら、わざわざ理由を意図的に隠す必要はないですから。ただの自己満足ではなく、それこそ誰かに頼まれたから。というのが一番しっくりきます」
こちらの目をしっかりと見つめ返しながら、ティアは答えてくる。
今の言葉を聞いた後だと、どうにも見透かされているようで目を背けたくなるが、ティアの目に映るのは純粋な興味だけだった。
話す必要はないし、今はまだ話さないが、虚像は砕かなければならない。
「いや、今俺がここにいるのは俺のためだよ。他の誰のためでもない。俺のためだ」
ティアの赤い目が見開かれ、すぐに元に戻る。
一瞬の驚愕。しかし、すぐに納得。嫌な予感しかしません。
「大切な人なんですね。羨ましいです。自分のためと言い切れるほどに大切な人なんて、私にはいませんから」
一体どこをどう見ればそう捉えられるのかと思えるほどに深くまで踏み込んでくるティア。
恐怖を感じかけるもそれも一瞬で吹き飛ぶ。こんな儚い笑顔を見せられたら、誰だって守りたくなってしまう。
意図的なら恐怖を感じない他ないが、そうでないことくらい信じれる。それだけ、ティアは踏み込ませてくれたのだ。
ティアになら、全部話してもいいかもしれない。隠してもバレそうだし。
「すごいな。完全に正解。誰よりも大切な人から頼まれたんだ。だから俺は今ここにいる。大切な人のためじゃなくて、俺のために」
話は終わりとばかりに、ティアをおぶるべく背を向ける。ことは、目の前の少女が伸ばした二本の細い腕によって阻止されました。
がっちりと両頬をホールド。力尽くで抜け出そうと思えば簡単に抜け出せそうなか弱い手を振り解くことはせずに静観。
間近に迫ったティアの綺麗な顔に目を逸らしたくなるが、ホールドは継続中。至近距離で見つめ合い、ティアは微笑んだ。
「私は、レオニス様を信じていますよ。あなたになら、私の全部を知られても構いませんから」
それだけ言って満足したのか、ホールドから解放。笑顔はかわいいが、言ってることはかなり怖かった。いや、この感情を抱いた時点でティアの言葉に背いてる気がしなくもないが。まだ大丈夫のはず。
強制させるほどの圧力というものをかけられた気がするが、もともとそうするつもりだったのだから何も実害はない。
ただ、ティアのその行動は矛盾だと自分で気づいているのか気になるところです。
のちのち言ったところで何か有利になるわけでもないし、わざわざ今揚げ足を取る必要もないので、この矛盾とはさよなら。この思考は矛盾の分で打ち消しにさせてね。
心にない。いや、むしろ本心からの言葉で返す。
「俺もティアのことは信じてるよ。ティアから聞かれたならなんだって素直に答えるよ」
ティアをしっかりおぶり直し、止まってしまった遅れを取り戻すべく、バレないように風神法でスピードアップ。
お礼を言いかけていたティアの言葉が悲鳴に書き換わる。心苦しいけど、この声は結構好きなのでまぁいいでしょう。ティアなら大丈夫ですね。だってティアだもん。
ヴェスに襲われて泣いていた小さな女の子。そんなかわいいティアは虚像。それは流石に失礼ですね。謝ります。かわいいティアも本物です。
さっきまでのティアの印象が強すぎたんです。
速度に慣れてきたのか、ティアの女の子モードは終わる。信じるという言葉に嘘はないし、許されない。
答えると言ったから、もう約束したから。だからこの質問にも素直に答える。
「レオニス様はイエレンとミドラの貴族の血筋なんですか?」
「半分は正解。イエレンはあってるけど、あとはアカーシャの血だよ」
当然疑問は生まれる。誰であろうとも疑問に思うはずだ。例外なんてありはしない。
何せ自分自身ですら疑問に思うのだから。
「レオニス様は、風属性を使っていませんでしたか?それも、魔法ではなく神法で」
「何言ってるか分からないと思うけど、俺もなんでなのか理解してないんだよね。でも、事実として、俺は風神法を使える」
後ろにいるため表情は見えないが、恐らくは困惑、あるいは驚愕しているはずだ。
ティアのことだからきっと自分でたどり着いちゃうんでしょうね。だからこそ、隠すのが無駄だと割り切れるんですが。
「レオニス様のことですから、土属性も神法だったりするんですよね?」
疑問というよりは、ある種確信を持った確認。
ティアの前で一切使っていないため、推測の域を出ることはないのだが、この確信は信頼の証。信用で返します。
「うん」
「二属性の神子ってことなんですね。それも後天的な。やっぱりレオニス様はすごいです」
賞賛。それも心からの賞賛。
その言葉に一切の嘘はない。そもそも、疑うことすらしない。してはいけない。だからこそ、感謝で以って返す。
重要なことは訂正させてもらうが。
「ありがとう。でも、二属性が使えるのは俺がすごいからじゃない。たまたまだよ。本当に偶然」
「偶然だとしても、その偶然がレオニス様を選んだのですからすごいことだと思いますよ」
「なら、むしろすごいのは偶然そのものなんじゃない?」
「偶然が起きたこと自体が偶然であるならばそうかもしれませんが、レオニス様がいなければ起き得なかった偶然なら、もうすでに偶然というより必然だと思いますが」
仮に必然と考えていいならば、アリアとの出会いが必然。出会うべくして出会った運命の二人ということですか?なにそれ素敵。
偶然の呼び方を変えて運命にすれば必然になるって、以前自分自身で言ってましたね。ということはやっぱり、僕とアリアって運命で結ばれてるってことですね。間違いないです。
定められた運命という言葉を偶然と言うのは間違っていると思われそうだし、実際真逆の位置にあるようなものだが、真逆というよりは並行していると、俺は思う。
絶対的な何か、それこそわかりやすく神様が、起こった事象に介入しているかどうか。捉え方を変えてさえしまえば、偶然は運命になり、運命もまた偶然になる。
なら偶然なんてものは、はなから世界に存在していないのかもしれない。人や魔族がそれを偶然と思わなければ、何もかもが必然。運命になる。
話が逸れました。ティアの言葉だけを切り取って考えるなら、因果がはっきりしているから偶然たり得ないということ。
因が俺という存在自体と捉えているため、レオニスという存在によって起きた事象、或いはレオニスという存在そのものに起きた事象、そのどちらもが偶然ではなくなる。
偶然が俺を選ぶという言葉からも、そもそもの中心に俺の存在を置いているのだろう。なら、たしかに事象の方に重きを置いている俺とは食い違うわけだ。
わざわざティアに対して抵抗する意味もさほどないし、自分が折れればいいだけなので、ここは引いておきます。
ですが、すごいのは偶然の中に隠れているアリアという存在ですから、それだけはわかってもらいます。
というか、ティアなら少し話せばわかりそうですけどね。見方の違いくらい。
「必然だって考えれば、すごい美しいというか素敵だし、なによりも嬉しいけど、仮に必然だったとしても俺はすごくないよ。俺が二属性使えるのは、大切な人のおかげだから」
「偶然ってそういうことだったんですね。勘違いしてました。確かにそれなら、偶然でも必然でもさほど変わらないですね。それにしても、本当にその方のことを大切に想っているんですね。レオニス様からこんなにも想われている、その方が少し羨ましいです」
ティアの家庭事情はわからないし、知られていいようなものでもないと思うので深く詮索はしない。ティアの関わっている人が少ないのか多いのかもわからない。
一つだけ確かなのは、ティアは兄のことを自分よりも大切とは想っていないということ。
触れるべきじゃない。生半可な気持ちで踏み込んでいいものじゃない。
おくびにも出されないティアの寂しさを拭える覚悟、或いはティアの大切になる覚悟。そんなものは持っていないし持つ気もない。
でも、信頼は出来るから。しなきゃいけないから、疑念の解消に覚悟は与しない。
ただの一つの質問に幾多の疑問は乗せれない。たった一つだけわかれば、自ずと疑問は消えていく。
深くは考えず、今度はこっちの番です。
「ティアはお兄さんのことは大事じゃないの?」
「……レオニス様は、私の家名を覚えていますか?」
ティアが質問にナチュラルに答えるとは思っていなかったが、またもや質問返し。ただ、今回はわかりやすい。この後に続く内容もあらかた理解した。
ティアは逆だ。俺やアリアとは真逆なんだ。
「もちろん覚えてる。アカーシャ。王族だよね」
「はい。私は王族です。アカーシャ様の名を冠し生まれることができたんです。それなのに、私は、私は……」
「神子じゃなかった」
ティアの表情は見えない。息を呑む音は聞こえないし、あながち予想通りなのかもしれない。むしろ俺がわからない方が予想外だったのかもしれない。
おかしいとは思っていた。ただの魔族に一国の王女様が何もできずに泣いてるなんて。ヴェスには悪いが、神子なら彼に負けることはない。
「はい。王族なのに神子じゃなかった私は、同年代の貴族たちにある種いじめを受けていました。レイも助けてくれることはなく、神子じゃないという理由で仲良くはしてくれませんでした。今は違いますが、それでも昔の私はお兄ちゃんに助けて欲しかったんです」
だから、大切だけど大切じゃない。
ティアとは正反対ながらも、ほぼ変わらない過去を持ってるからこそわかる。誰かが理解してくれることのありがたさ。
直接話したわけではないし、お互い言いたいようなことではなかったけど、決して言葉に出さなくても、そこにいてくれるだけで救われた気がした。
そんな存在が、ティアにはいなかった。
だからこそ、そこで終わらなかった。
「言いたくないなら言わなくていいし、勘違いならそれが一番いいんだけど、ティアはどうして魔法まで使えないの?」
今度ははっきりと聞こえた。その音が意味するのは肯定。勘違いじゃ終わらなかったみたい。
踏み込んでいる。踏み込んでしまっている。覚悟はないけれど、超えることもできないけれど、きっと同情してしまったから。
シャルナやリュウガ、そしてなによりアリアがいなかったら。考えられないけれど、その一つの可能性の結果が、今のティアなのかもしれない。
「自覚したのはいじめられていた頃だったと思います。私の身体には、神力がないんです。もしかしたら少しはあるかもしれませんが、魔法を使えるほどの神力はないんです。笑っちゃいますよね。王族なのに神子じゃないどころか、神力すらないだなんて」
背負っているティアから感じる温もりはわずか。アリアは例外中の例外だから比較はしない。というかできない。
いやだって、アリアに触れたらすごい熱いし、あとはなんていうか、恥ずかしい?気もしなくもないかなーって。
思い出したくはないけど、おじさん辺りと比べてみましょう。そんな変わらない気がするんですが。
本当に神力がないのだろうか?仮にあったとしても、アリアだったらきっとしてるはず。彼女は優しいですから。だから、僕もやってみます。
アリア以外の人にやりすぎかもしれないですが、今回は悲観することはないです。助ける理由に損得勘定が一切ないですから。
ないなら、渡してしまえばいい。
「ティア、言ってくれてありがとう。だから、今からすることはお礼。気負わなくていいし、嫌だったら止めてくれてもいい。少し熱いかもだけど、それが神力の熱だから」
「……ふえっ!?なにっ、これっ!!」
触れ合っている場所から、ゆっくりと神力を渡していく。比率は受け取る側の方が多いので慎重に、溢れないように渡していく。 触れ合っている場所が徐々に熱を帯びていき、ティアの吐息にも熱がこもり始めていた。
未知の感覚にさっきまでのティアはどこかへいき、年相応?の反応を浮かべるティアに、少しだけ笑みがこぼれる。
事前に分けておいた神力を全て渡し終えた時には、ティアの呼吸は荒く、俺にしがみつく形で背中に乗っていた。しっかり支えてますけどね。
「大丈夫だった?」
我ながらこの確認は反感を買いそうですね。こんなへなへなのティアは滅多に見られないですからね。言外に堪能しましょう。
「きゅ、急に、なに、したの?」
未だに理解が追いついていないのか、言葉からは敬いが消失。その方がこちらとしてはありがたかったりするのだが、これは今だけの予感。
当たり前の疑問に、ティアのやり方で返す。話は逸らさずに、質問に別の答えで回答する。
「ティア、魔法使ってみて」
「私、魔法は使えないって……いえ、わかりました」
幾分か落ち着きを取り戻し、こちらの声の示すところも理解できたらしく、出来ないは理由にしなかった。
ティア自身も身体の中に渦巻く熱の正体に気付いているのだろう。そして、俺が言ったことで可能性が生まれてしまった。ならば、これを掴まない手はない。
背中に乗った状態で、ティアは言霊を発する。属性は火。階級は初級。
伸ばされたティアの手に黄色い、そして赤い神力が集まっていき、発された言霊によって形を変えていく。
前方へと放たれた、他の人に比べれば弱々しい火の玉は、それでも立派な一つの魔法だった。
「どうして……」
予想はしていただろうが、簡単にそうですかと呑み込めるようなことではない。
今までずっと使えなかった魔法が、何故か使えたのだから、わかっていても理解は追いつかないだろう。
自然に漏れ出た言葉に、返す必要性はない。けれどもそこに疑問が含まれているから、返さなければいけない。
そう言ってしまったから。
「ティアに俺の神力をあげた。ただそれだけだよ」
「ただそれだけって、そんなこと……」
「できる。俺にならできる」
「……本当にレオニス様はすごいですね。一度でいいから使ってみたかったんですよ。昔から神力が原因でいじめられていたので、嫌になったこともありました。でも、一度でいいからみんなと同じ力を使ってみたかったんです。ありがとうございます。レオニス様からもらった、この暖かさを私は忘れません」
ただの優しさと言ってしまってもいいが、気まぐれにティアに与えたわけではない。
ティアだから。理由を当てはめるならば、きっとこれが一番正しい。
ティアの境遇を聞いてしまったから。一瞬重ねてしまったから。
結局ティアのためっていうのすら照れ隠しかもしれない。考えちゃダメです。今はティアのためだけでいいです。
「レオニス様の優しさは理解してるつもりです。だからこそ思います。どうして、どうして私にここまでしてくれたんですか?」
「……ティアは、どうしてだと思う?」
ティアならどうせ理解しているでしょうから、答える必要なんてないと思うんです。隠れてる意志が垣間見えるのを恐れてるわけじゃないんです。
ティアにならバレてもいいとは思うけどね。でもやっぱバレたくないので、ティアの回答が正解なんです。
「私の育ったところは、神子であることが当たり前だったから、神子じゃない私は他人から疎まれました。レオニス様は、逆なんじゃないですか?だから、同じような境遇の私によくしてくれた。というのが一番可能性としては高いと思います」
何も言わなくても全部わかってくれるこの子本当にすごい。
もちろんそんなことははなからわかっていたので、驚きもしませんが。
「本当にティアはすごいね。完全にせ……」
「ですが、私とレオニス様で決定的に違うのが、大切な人の存在です。私にはいないその人をレオニス様は持っている。いえ、すみません。憶測でものを語るのはダメですね」
「……あ、はい」
ですよね。ティアですもんね。そりゃそうですよね。まったく、恐ろしい子です。
全てを見透かされているような気がして、気恥ずかしくなったのでスピードアップ。
少し速度が増しただけじゃ、ティアはもう動じず、こちらの意図を理解したうえで、意趣返しと言わんばかりに爆弾を耳元で投下した。
「もし私が、本当にお願いしたら、レオニス様は私の大切な人に、なってくれますか?」
……
「俺がティアを助けたのは、ティアのためじゃない。俺のためだ。女の子一人守れずに、大切な人の前に立てないから。だから俺はティアを助けた。恩義を感じて大切だなんて言葉を使ってるなら、その問いには応えられないよ」
「命は一つしかないんですよ。私があのとき、レオニス様に救っていただけなければ、私の人生はそこまででした。ですが、私は今ここにいます。それもこれも、全てあなたのおかげなんですよ。恩を感じない方がおかしい話だと思います」
「ティアにとっての大切が、どういった意味合いを持つのかは俺にはわからない。でも、少なくとも俺は大切な人と、ずっと一緒に生きていきたいって、そう思う。その人を誰にも渡したくないし、その人の頼みならなんでも聞き届けたい。だから今俺はここにいることができる。たった一人で、右も左も分からない広大な世界に水もなしに旅経ってしまうくらいには、その人のことが好きだ」
「私はみんなから置いていかれるばかりでした。今でこそ違うといえど、お兄ちゃんだって私のことは置いていきました。生まれたときから世界に置き去りにされ、同年代の子やお兄ちゃんに置いていかれ、お母さんやお父さんも、私を置いてどこかに逝ってしまいました。私の声は届かなかったんです。今まで誰にも。だからこそ、レオニス様が応えてくださったとき色々な意味で救われたんです。レオニス様と出会ってからまだ一日も経っていないですが、私は十分にあなたからいろんなものをもらいました。それこそずっと一緒に生きていきたいくらいには」
「……早計だ。俺は俺のために、ただの自己満足で助けただけだから、特別に感じる必要はないし、ましてや大切だなんて言葉はもったいない。ティアはこの国の王女様なんだから、これから先いろんな人と出会うはずだ。それに、王女だからこそ、俺なんかに大切という言葉を使っていいはずがない」
「レオニス様の大切な人が、もしも違う立場で、相手が王女様だったら、その人はレオニス様にとって、大切ではなくなるということですか?立場では言い逃れできないですよ。私は王女ですが、王位は継承しません。それに、神法も満足に使えない王女として、会食などには出席させてもらえないんです。男の人に以前はまったく興味がなかったので、私としてはありがたかったですけどね。今は少しだけ興味がありますよ。たった一人の方に対して、ですが」
「わかった。理解した。ティアが俺のことを大切だって少なからず想ってくれてることは、素直に嬉しいし誇らしいことだと思う。だけど、ティアが俺のことをどう思おうと、俺はティアの想いには応えられないし、答えるつもりはない。だから……」
「ごめんなさい。困らせてしまいましたね。別に私はレオニス様に大切に想って欲しいだなんて思ってないですよ。私じゃ絶対にその人には勝てないってわかってますから。私の方が先にレオニス様と出会っていたとしても、私よりもその人を選ぶでしょうから。私は私自身よりも大切だと思える、そんな存在が欲しいだけなんです。あわよくばそんな人と添い遂げたいとは思いますが、そんな儚い希望を持つほど子どもじゃないですから」
「ティアが過去味わった寂しさは、俺にはなかったものだから、理解できないし、したくない。だけど想像はできる。もしも俺の大切な人が、俺のことを見もせずにいなくなったりしたら、なんかもう全てがどうでもよくなりそう。想像しただけでこんなに辛いんだから、実際に体験したティアはもっと辛かったと思うし、寂しかったはずだ。それでも今ティアはここにいる。自分の足でしっかりと踏みしめてここまで歩いてきた。過去を乗り越えてる。ティアは強いよ。俺なんかよりよっぽど、ティアの方が強いよ。だから、きっと俺がいなくたって乗り越えるって信じてるから。酷いことだって自覚してる。俺のことを嫌ってくれても構わない。それでも、俺はティアを……」
「置いていか……ないでください……」
俺が言わんとすることを察したティアの零したティアの小さな願い。ティアにとってはどこまで大きなたった一つの願いが、世界へと放たれた。
大きすぎる願いは俺の耳に拾われ、やがて心へと届いた。
ティアに神力はない。そのはずなのに、抗うことができない。心という器の中にティアの何かが満たされていく。
器はティアで満たされた。
「ごめん。俺はティアに対してとんでもないことをしようとしてた。ティアに昔と同じ苦しみを味合わせてしまうところだった。ティアはもう悲しむべきじゃない。ティアをもう一人にはさせない。俺がティアと一緒にいる」
「……何を、言ってるんですか?」
「聞こえなかった?俺はティアのことが大切だよ。それこそ、ずっと一緒に生きていきたいくらいには」
聡明な二人の会話だからこそ、何よりも強いのは素直な想いですね。エルティアは自分も結構好きですが、先に言っておきましょう。この作品のヒロインはアリアだけです。




