23話 小国征服完了です
更新遅すぎ問題。読んでる人はいないと思いますがごめんなさいです。そういえば4話の途中をしれっと変えてます。神剣っていう設定はもともとなかったからー
『あいつらには興味ないんだけどさ、あいつを踊らせるためには、あいつらに協力するしかないんだよね。あいつが選んだやつがどんなやつなのかわかんないけど、どうやら本当にすごいの見つけちゃったみたい。ねぇ、あなたはどう踊るの?私と踊れるのはいつになるのかな。癪だけど、信じてるから。いつかきっと、私と彼に踊らせてね』
氷に捕らわれてしまった。めんどくさいことこの上ない。自然とため息が漏れた。
直前で防御神法を具現させていたから捕らわれている感覚はほとんどないのだが、身動きが取れる気配はない。
外の王の言葉は氷に阻まれ、途切れ途切れにしか聞こえなかったが、火属性がどうのこうの言っていた気がする。
恐らくだが、火属性の魔法、或いは神法を使えば、この氷は簡単に溶かせるのだろう。だが、そんなものは使ったことないし、使えるわけがない。
困った。
この状況で外から攻撃されたとしても、周りの氷が弾いてくれるだろうが、流石にこの状況を作り出した本人ならば、氷を無視して攻撃できるだろう。仮にそうだったとしても、俺に届くことは絶対にないのだが。
しかし、当たり前だが神力は無限じゃない。つまりこの神法もやがて途切れるということだ。そうなれば攻撃は当たる。敗北だ。
神力が切れる前にこの氷から出なければ、もう二度とアリアに会えないかもしれない。
なら、出ればいい。
本当に火属性でしか出られないかは、やってみなきゃわからない。儚く散るであろう小さな期待だが、もしもがあった場合最も早いのだから抱くことは間違いじゃない。
防御神法へ割く神力を増やし、範囲を拡大しようと試みるが、まるで手応えはない。内側からできることはこれくらいしかないので、予想通り期待は消えていった。
風の神法を一旦消せば他にも色々なことができるが、外にいる存在への防御をやめると、最悪死ぬ可能性すら出てくるので神法は絶対に解けない。
現状できることだけではここを抜け出すことはできないと、改めて理解する。
神法を外に展開しようとしたがそれも叶わず、やはりどうしようもないというのが今の状況だった。
俺自身が何かをして出るということが不可能ならば、外部から何かをしてもらうという判断になるのは必然だろう。
しかし、現時点では外部に干渉することは不可能。はっきり言って詰んでいる。
油断を呪うことしかできなかった。自身の力を過信するがあまりに、慢心したのは否めない。現に、もっと警戒しておけばこのような事態にはならなかった。
こんな簡単に脱出させることにはならなかった。
外側からではなく内側から、徐々に氷が溶け始め、拘束から解放される。
自由になった手足を軽く動かしながら、視線を目の前にいる男へと向ければ、男は目を見開きながら疑問を口にした。
「どうやった……どうやってあそこから抜け出したんだ、風の神子っ!!」
疑問は戸惑いや怒り、そして明確な畏怖を生み出していた。
未だに冷気を漂わせている銀髪とは似つかわしくない表情で、こちらを凝視する。
その瞳に反射して映っている自身の顔を見て、感謝せざるを得なかった。アカーシャで生まれ育った父の存在に。
「あれ?言わなかったっけ?俺はイエレンの貴族の血とアカーシャの血を受け継いでるって」
「今更そんな戯言には興味がない。質問に答えろ。風の神子」
微かに芽生えた恐怖を一切感じさせない鋭い眼光で睨んでくる王にため息を吐く。確かにそちらに誘導したのは自分自身だし自業自得と言えばそれまでだが、この状況を覆すのはその幻想の中の俺では不可能だということを理解できない、いや、理解しようとしない時点でもう前には進めない。
前に行っても凶しかないのだから正解なのかもしれないが、停滞、むしろ後退するなら止める必要はない。どこへ行っても未来は変わらないのだから。
「はぁ……どうやってもなにも、火属性の魔法を使っただけなんだけど」
「馬鹿を言うな。貴様に火属性が使えるわけがないだろう」
驚愕からか、苛立ちからか呼称から敬いが消えていた。
王の言うことは間違っていない。現実逃避の妄言というわけではない。閉じ込められる前までは火属性なんて使えなかった。使える気が全くしなかった。
だが、閉じ込められてできることも少なくなってきたときに、ふと感じたのだ。今なら火属性が使えると。
考えられる理由はリュウガという存在だけだが、土の神子や髪や目など、シャルナ先生の血を強く引き継いでるため、アカーシャの加護も少しはあれど魔法が使えるほどではなかったのだが。まぁいいや。楽に出れたわけだし。
「納得できないならそのままでいいよ。それで?神剣の能力はさすがにそれだけだよね?それだけでも規格外に強いのに、さらに何かあるんだとしたら作った技師を紹介して欲しいレベルだけど。いやもう現時点で紹介して欲しいけどさ。でも、それだけなら俺には通用しないよ?」
「何をしたのか知らんが、まぐれで調子に乗るなよ。奇跡は二度は起きない」
決めつけの刃じゃ強くなれる理由を知ることはできない。
この戦いの勝負はついた。すでに止まってしまった目の前の王では俺を連れて進むことは不可能だ。
王は先と同じように、目を閉じて神剣を前に突き出し、右手で剣身をなぞった。右手が少し震えていたのは見間違いではないだろう。
薄々気づいているはずだ。ただそれを認めないようにしているだけで、深いところでは理解しているはずなのだ。気づいているが故に、勝手に震えているのだろう。或いは、掴みたいものがあるのか。ごめん嘘。
無意識に震えていた手に力がこもり、震えが止まる。そのとき初めて自信が震えていることに気づいたのだろう。少しだけ歯噛みし、そのまま目を開く。
もともと下がっていた温度に追い討ちをかけるがごとく、更に温度が下がる。氷点下はとうの昔に切っており、空気中の水分が少しずつ凍てつき始めていた。
「……はぁ。奇跡もただの一回でも起こしちゃえば、勝負は終わりなんだよ」
「今度は全力でいくぞ。永久に凍れ!」
不満を漏らしていると、体の自由が利かなくなっていた。神剣の能力を発動させるまでの時間でもちろんの如く防御神法を具現していたため、特に不便はないが。
さっきは出るのに少しだけ手間取ってしまったが、同じ轍は踏まない。この技はすでに、なんの脅威でもない。
周りの風と氷のせいで触れることは叶わないが、大気へと意識を寄せていく。自身の周りに微かに感じる熱を無理矢理に吸収し、右手の先へと移動させる。
全ての熱が集まったのを理解して、俺は文言を唱えた。
『炎弾』
指先の熱が徐々に形を帯びていき、赤い揺らめきがそこに具現した。
それは自由を奪っていた氷の壁を内部から溶かしていく。床へと滴り落ちた水は一瞬にして蒸発し、大気へと還元されていった。
氷が完全に溶け去り、視界も戻る。目の前の銀髪の男を見やれば、一歩後ろへと引いていた。
頼りにしていた神剣を真っ向から攻略され、余裕という強者たる所以は残さず剥がれ落ち、そこにいるのはただの一人の男だった。
それでもなお、恐怖を押し留め、こちらに対して鋭い視線を送っているのは王としての矜恃なのだろう。
まだ負けを認めるには早計だから。たかだか神剣の能力が使い物にならなかっただけだ。諦める必要はない。
「これでわかった?もうその神剣は意味ないよ。だからさ……お前でこいよ」
右手を前に出し、指を曲げてかかってこいと言外に挑発する。
挑発に対して、現れた感情は怒気。少しだけ笑みが溢れそうになった。もう、とっくに勝負は終わってるのに。諦めないのはいい判断だ。
「……この部屋には、熱気と冷気が存在している。風属性は軌道を逸らされるはずだ。火属性の魔法が使えたとしても、神法には勝てない。それに、あれだけ強固な風をずっと展開しているのだ。そろそろ神力が尽きてもおかしくない。近接の戦闘に持ち込んでしまえば、剣技で圧倒することだって可能のはずだ。いけるぞ。たかだか神剣が破られたごときで何をそこまでびびる必要がある。俺なら、俺ならいける」
思案の末に、顔を上げた王の表情は、例えるなら猛々しい獣だった。
全ての呟きを拾い上げ、ため息を吐きそうになるが、目の前の獣を前にすれば、その気も薄れた。
今まで頑なに自分のことを称さずに着飾っていた男が、その仮面をとり、自身を俺と称したのだ。
ここからが、本当の彼との戦いになる。不思議とそう確信できたから、落胆を塗り替える期待が生まれていた。
もし絶望しなかったら、そのときは認めざるを得ない。本物の強者だと。
「確かに、ここにある二つの温度の空気が邪魔で、風属性は正常に機能しない。火属性の魔法を使おうにも、アカーシャの純粋な火の神子相手に敵うわけもない。神力もなくなりかけてるのは否定できないし、剣技だけなら勝ち目はない。でもさ、言ったよね?俺はイエレン生まれの土の神子だって。それに、俺はまだ神剣を使ってない」
「……貴様の余裕からするに、本当なのだろうな。だが、俺の神剣は防御にも使える。楽に負けてやるわけにはいかん。神剣勝負といこうか」
余計な心配。むしろ低く見すぎてたことを恥じるべきだ。俺の神剣の能力は未知数であるとはいえ、たったそれだけなのだから。
風属性を封じただけでも、相手の神剣は十二分に働いたといってもいい。決して腐ってなどいない。
条件は情報アドバンテージさえ除けば五分。諦める方がおかしい。
神力の吸収という、この戦況を一瞬で潰せる情報を、ドラガリアの威力という、覚悟さえも打ち砕く情報を、王は知らないのだから。
「後悔するんじゃねぇぞ……」
この部屋に入ってから、特に使うこともなくずっと左手に構えていた神剣を前に突き出し、剣身をなぞる。金と赤が混ざったような色の光が淡く輝く。
神剣から伝わる微かな神力の奔流を感じ、言霊で以ってその力を解放した。
『神剣・ドラガリア』
ずっと持っていた。つまりはドラガリアにはすでにありったけの神力が濃縮されているということ。
全てを解放してしまえば、この戦いは決着がつく。絶対的な力で持って、俺の勝ちという結果に終結する。
見えた希望が潰えたとき、人は絶望する。この期待に意味はない。だが、ただ見てみたかった。越えられない壁に愚直に挑む人の姿を。
決して笑いはしない。それどころか賞賛に値する。愚者は翅をもがれようが、立ち上がり、やがて賢者へと昇華するって、誰かが言ってたから。純粋に見てみたい。
それが不可能なことくらい、わかっているつもりではいるんだけど。
「かかってくるがいい。貴様の神剣と俺の神剣、どちらが上か試してみるとしよう」
強敵との対峙による高揚が、先ほどまでの怒りや恐怖を全て押し留めている。その目は純粋に戦いを楽しんでいるようだった。
認めざるを得ない。この期に及んで、笑顔という選択ができるその器量。伊達に人魔の戦いに繰り出されていたわけではないということだ。
この男本人の力は未だに未知数と言えなくもないが、十分に強者だった。少なくとも、神剣とその心意気は。
だからこそ残念に思う。その心は、奪わなきゃいけないのだから。
「全力で防いでみせろ。これがアルラトスの力だ」
両の手で頭上へと掲げていたドラガリアを神速で振り下ろす。
濃縮されていた神力が一気に解放され、濃密な光が部屋全体だけでは飽き足らず、小国そのものを包み込んでいた。
あまりの衝撃に、後方へ吹き飛んだのを土神法で抑え、自身の振り撒いた絶望を見やる。
ここが王の間であったと言われれば、おそらく全ての人が訝しげな視線を向けてくるだろう。
有り体に言ってしまえば、そこには何もなかった。極大の光の奔流に呑まれ、全てが無へと還元されていた。
神力の熱で焼け爛れ、かろうじて原型をとどめている生き死体のような王ただ一人を除いて。
全力で放った。と言えば嘘になる。自分の中での最上最強の一撃を放っていたのだとしたら、この男はまず間違いなく死んでいた。今なお、ギリギリとはいえ息を繋いでるのは手加減があってこそなのだ。
放置していれば、神力も回復して自動的に外傷も消えていくとは思うが、わざわざ回復を待てるほど暇を持て余してるというわけではない。
王にそっと触れ、神力を譲渡する。またアリア以外の、しかも今回は明確に人に対して使ってしまったことによる悲しみが湧き上がってくるが、なんとか堪える。嫌悪感で泣きそう。
別にこの人に触れるのが嫌なわけじゃないんです。ただ、譲渡っていうある種アリアとの特別を、こんなどこの誰かもわからない死にかけのおじさんに使うのが嫌なんです。
嫌々ながらも神力を譲渡していると死にかけおじさんが目を覚ましました。早速本題に入ることにします。
「目を覚ましたみたいなので改めて聞きますけど、降伏してくれますか?」
ゆったりと開かれた双眸が僕の姿を捉えた瞬間におじさんの意識が覚醒したのか、飛び起き、恐怖を滲ませた表情で後ずさってしまいました。
小動物感。いやただのおじさんなので、全くこれっぽっちも可愛くはないですけど。アリアだったら可愛かったですね。というかアリアが可愛いんです。
それにしても、そんな怖がられるようなことしましたっけ?死なないようにしっかり調節しましたし、外傷も塞いだんですが。
「わ、わかった。降参だ。降参する」
「わかってくれて何よりです。あぁ、そういえば土の神法を使ってなかったので、疑わしく思ってるでしょうから、一応使っておきますね」
これは重要なことです。先生の血をしっかりと引いてることを示さなきゃいけませんから。それに、これを見せた方が抵抗する気も失せるでしょうし。
中級相当ですが、針ずばばばばのやつでいいでしょう。あれならちょっと描くだけでできますからね。
目を閉じ、描く。時間にして一秒には決して届かないほど一瞬。
瞬きとほぼ変わらない速度で目を開き、その神法は具現した。
自身の周りの全方位に、岩石でできた針が地面からずばばばばっと出てきて、流石のおじさんも驚愕の表情。これで問題ないです。多分。
「……少年。名は何という?」
「すいません、自己紹介がまだでしたね。レオニス・アルラトスです。母はイエレンの貴族で、父はアカーシャの人です」
「ミドラの親族はいないのか?」
「はい。風の神法が使えるのは、話すと長くなるので割愛しますが、端的にいうと、愛ですね!」
愛です!これはアリアの前では絶対言えませんね。いや、言ったら恥じらうアリアが見れそうですが、僕も恥ずかしいですしね。
実際問題、未だにはっきりとなぜ使えるのかわからない風属性ですが、やっぱり、あの日のあれが原因だと思うんですよ。言い方変えれば実質愛ですよね!
「……そうか。あー、お前の目的はなんなんだ?何故このようなことをした?」
「いきなり戦闘という形での邂逅になってしまって本当申し訳なかったんですけど、こっちにも時間がなかったんです。目的に関しては最初に言った通り征服です。別に皆殺しだーとかじゃなくて、ただ魔族とも仲良くしてほしいなっていうだけなんです」
実際征服と揶揄しているだけで、やることはただ降伏してもらいたいだけなんですね。魔族との和平に確約が欲しいだけですから。本当にそれだけですよ?別についでに……とか考えてないですよ?
あとは、まぁ、それに託けてとある人員の確保ですが、あの人の立場がどのくらいかわかんないですからね。保険です。
「つまりは、魔族との戦いをやめろと?そう言うのか?」
「はい。そうですそうです。物分かりが良くて助かりますよ」
「そこに至るまでの過程は何なんだ?魔族に与する理由は?」
当然と言えば当然の疑問ですよね。そしてそれに対しての答えもまた当然のことです。
「好きな子のためです」
「……なるほど。若いな。まったく、羨ましいもんだ。いいだろう。そもそも俺は負けてる。断る権利なんてはなからない」
納得の意思。一切アリアのことを聞かずに納得しました。確信です。この人はいい人ですね。
でもそれでも必要なことはしてもらいます。決して信じてないわけではなくて、体裁を保つためというか、あとほんのちょっぴり別の目的が含まれてないこともないですが。
「ありがとうございます。えーっと、口約束じゃあ心許ないので、契約してください」
言って懐にある小さな箱から中にある球体を慎重に取り出す。
赤と青の混ざったような、でも少し白っぽい文様を浮かばせたその球体は聖属性の神力構成機器、神器。その恐るべき効果は、見てればわかると思います。
見たことのないような色と文様を示す球体に、驚愕からか呆けているおじさんを置いて、話を進めておきます。
「内容としては、そうですね。一応こっちが勝ったわけですからちょっとくらいおまけしてください。まず、魔族との和平。これは絶対条件です。実際これさえ守ってくれるなら、他は大丈夫です。なので、人質もらいますね?」
未だにあやふやなおじさんの手を球体に重ねておきます。
流石にそろそろ帰ってきて欲しいので、風で頬をひとぺち。
「あとは、そうですね。とりあえず、僕の言うことは絶対です。なんてったって、僕は勝者ですから。それでいいですか?」
前半の部分を聞いていたかは定かではないが、条件を吟味中のおじさん。かといって呑まないわけにもいかないはずです。
特に厳しい条件を出したつもりはない。人質をもらうのなんて普通ですからね。多分。普通じゃなかったとしても、この人質が今回のメインなので、外すわけにはいけませんが。
「今更つべこべ言うつもりはない。俺は負けて、お前が勝った。ただそれだけだ。不可解なことは何個かあるが、いいだろう。賛同しよう」
おじさんの口からyesが紡がれた瞬間、球体は白い輝きを放ち、数瞬後に何事もなかったかのようにそこに佇んでいた。
変化があったのはおじさんの表情くらいでしょう。特に興味もないのでスルーです。ただ束縛が成功しただけですから。
「えっと、人質なんですけど、僕の方で決めちゃっても問題ないですよね?」
「……あぁ。問題ない。だが、女子供は控えてくれると助かる」
「そんなの聞き入れると思ってるんですか?」
あ、おじさんの顔が歪みました。なんかちょっと面白いですね。いや別にいじめてるわけではないですよ?ただ言ってみたかっただけです。他意はないです。
「冗談ですよ。そんな悲痛そうな面持ちをしないでください。一応こっちで人質として欲しい人材を見てたんですけど、それこそ、すごい技師をもらうのは申し訳ないじゃないですか。なので、僕が要求するのは、ソアム・カースという人です。あの人のお店には人がいませんでしたからね」
名前を聞いた瞬間に薄く微笑んだ気がします。表情がコロコロ変わってなんか面白いですね。
今の表情が一瞬でも見えただけで、この国のありようがわかった気がします。少なくとも、あれだけ優秀な人材を取られることに、一切悲観していない。つまりは取られても問題ないほどに技師が充実しているのか、或いは、価値に気付いていないのか。十中八九後者ですね。
気付いてないというか、あの人の神剣は並大抵の人じゃ神剣であることすらわからないですから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれませんが。こちらにとって不利益はないので別にいいです。
「お前がそれを望むなら受け入れる他ない。ソアムには俺から話を通しておく」
「あぁ、いえいえ、別にそんなことしなくていいですよ?時間もないですし、少しだけお話しさせてもらったので大丈夫です。こっちで勝手にやっときますね」
おじさんは数秒思案した末に頷く。
否定する理由も特にないでしょうし、なにを考えることがあったのかはよくわかりませんが、賛同を得られたなら別になんでもいいです。
「わかってもらえて何よりです。さっきも言った通り、時間がないのでこの辺で失礼しますね。魔族とのことはお願いします。人から手を出したりしちゃダメですよ?」
「あぁ。襲われたら抵抗はさせてもらうが、こちらから手出ししたりはしない。そういう契約なんだもんな」
おじさんの言葉を聞き、満足して笑みを浮かべる。別れを惜しむような相手でもないので表情だけで別れの挨拶。
後ろを向いて入ってきた窓から出ようとして、視界に映る横たわった五つの人影。
「あ……」
思わず声が漏れました。えーっと、神力ぶっ放したときにこの人たちもこの部屋にいたわけで、その、なんというか、泣きたい……
頭の中に全力でアリアをイメージ。アリアのことだけを考えてる間に譲渡を終わらせちゃおう作戦です。
元はと言えば、なにも考えずに馬鹿みたいにドラガリアをぶっ放すからダメなんです。自業自得です。なにも言えません。
余裕なんていっぱいあったのに、後ろの人を守るための神法すら使わないなんて。前方に意識を削ぎすぎです。要反省。今後は後方不注意はなくします。
アリアをイメージしてたはずが、途中から一人で反省会になってしまいました。でも、譲渡は五人全員にし終わったので問題ないです。ほんと全然問題ないです。泣いてないです。
「……今、なにをした?」
言ったばかりですよね?さっき言いましたよね?後方不注意なくすんじゃないんですかぁ?
反省を活かす気ゼロでした。今後は!絶対!後ろを!見ます!!
猛省しました。
さて、言いようはいくらでもありますが、どうしましょうか。相手からすれば未知の領域のことですから、何を言っても悪魔の証明です。違うと言うことはできません。
めんどくさいですし、特に何も言わなくていいや。
「さっき自分もされたことくらい覚えておいてくださいよ。きっと感覚が残ってるはずですから自分で考えてみてください。じゃあ、改めて失礼させてもらいます」
首だけ動かしてそう告げ、今度こそ窓から飛び立つ。
最後まで釈然としない表情を浮かべてましたが、すぐに無くなる薄っぺらい関係なので、特に気にかけることもないですね。
人気のない路地裏みたいな場所に着地して、中央の広場へと歩みを進める。
あいも変わらず盛況なご様子の即売会に、たった一つだけ人気のない寂しいお店。
つい先ほど会ったばかりのふっくらとした茶髪の店主。その瞳に映ってるのは驚きと、ほんの少しの畏怖。
「さっきぶりですね、ソアムさん」
「え、えぇ。そうですね」
こちらが何を言い出すのか、動揺を隠しながらも少しだけ視線で促してくる。
要点だけ伝えようと思います。
「さっき言ったこと覚えてますか?」
「も、もちろんです。こちらの神剣を受け取ってくださるんですね?」
頷いてみせると、満足そうな微笑み。未だに畏怖が残っているのはどうしてなんでしょう?
神剣を受け取り、礼を言う。要点とは逸脱してしまいますが、問おうかと悩んでいると、ソアムさんの方から話してくれました。
「さっき、空が真っ白に染まったんですが、れ、レオニスさんは平気でしたか?」
なるほど。僕が犯人と、いや、ドラガリアによるものだと確信しながらも、直接聞くのは憚られると言った感じですね。
「平気もなにも、この神剣の効果ですから」
「……やはり、やはりそうでしたか!あんな馬鹿みたいに大きい神力なんて、あっしは初めて見ました!あ……す、すみません。急に大声出しちまって」
はしゃいだことを反省しつつ、声のトーンを落とし、ついでに目も少し伏せ、さらなる問いを投げかけてくる。
それは根本的な問題で、気になるのは当然のことで、だからこそ、聞いてくれてありがとうと、思わざるを得なかった。
「王城の方から聞こえたんですが、なにやってたんですか?」
「ここの王と戦ってた」
「……は?い、今なんて」
「ここの王と戦ってた」
「そりゃまたなんで……」
「征服するためです。この国を」
信じられない。そんな顔です。当たり前ですね。あまりにも突拍子のないことですもん。
信じられる必要はないですけどね。どちらにせよ、ソアムさん本人の意思は不必要ですから。
「本気、ですか?」
「本気も本気です。というかすでに倒し終わって、今は人質の回収に来たんです」
人質という言葉でようやくとある可能性に思い至ったのか、こちらに掴みかかってきました。
僕を倒すため?いや、そんなんじゃない。彼は技師なのだ。自分の作品に込められた想いは僕の想像よりも遥かに強いのだろう。
「返せ!その剣を返せ!!」
「返せもなにも渡してくれたのはあなたじゃないですか?そんなこと言うならはなからあげない方が良かったのでは?」
「……っ」
やがて手は止まる。ソアムさん自身に戦闘能力はさほどないらしく、数十秒のもみ合いで息が上がっていた。こっちはほぼ動いてもいないからもみ合いですらなかったが。
提示される選択肢は二つ。一つは事実を言うか、もう一つは事実を隠すか。
わざわざ偽る必要性はない。全くと言っていいほどにない。なら正直に話すか?それは普通すぎます。
情報の開示っていうのは、八割の真実で二割の嘘を隠すものなんです。
「僕があなたを人質にしたいと王に言ったら、彼は微かに笑いました。本人は隠せてるつもりでしょうが、バレバレです。はっきり言ってソアムさんは侮られています。今日のこのお店を見てもそうです。お客さんは僕一人だけ。この国はあなたに価値を見出していないんです」
「……そんなことはわかってます」
「でも、僕はあなたに価値を感じています。この神剣を持った瞬間から、あなたの技術が必要だって感じました。ソアムさんがいかに自分を卑下しようと、僕にはソアムさんの技術が必要です。他の誰でもない、ソアム・カースさんの技術が」
「……」
「拒否しますか?僕とくることを拒否しますか?この国にいる誰よりも、あなたの凄さに気づいている僕についてくるのは、嫌ですか?」
……ん?おかしい。本当はもっと悪者っぽく、「てめぇに拒否権はねぇ。いいから俺の背中だけ見てろ」とか言うつもりだったのに。流石にこれは嘘だけど。
相手の劣等感につけ込むような言い方になってしまいました。しかも、僕についてくることが正解だと言ってるみたいで烏滸がましいです。我ながら。
嘘もついていないですし、まさかの正直に訴えかけるという。相手が善人じゃなかったら一番の愚行ですね。
ですが、今回は正解だったのかもしれません。
ソアムさんの目尻に溜まった少しの水滴。そこまでなるに至った過去を、少しも理解することはできないし、同情する気なんてさらさらないが、それでも、これを見れた瞬間に悟った。
答えを求める僕の視線を浴びて、ゆっくりと、ふるふると首を振った。
「ありがとうございます。まだ僕らの目的すら言っていないのに。忘れないうちに伝えておきます。僕らの目的は、世界の征服です。今更もう嫌だなんて言わないでくださいね。魔族も普通に暮らせる世界を作りたい人に僕はついていくって決めたんですから。その僕についてきてもらいますよ」
「魔族が普通に暮らせる世界。ですか……」
元々は反感を買って無理矢理連れて行こうとしてたんですが、どこで外れてしまったんでしょう。好印象を持たれるのはお互いのためにもならないのに。
引き合いに魔族を出せば傾くことを理解しながらも言った自分の自業自得ですが。
僕の言ったことを繰り返し呟いたソアムさん。こちらをじっと見つめている双眸は真意を探っているようで、明確な答えを持つために問いをかけてきた。
「レオニスさんは、善人ですか?それとも悪人ですか?」
「善悪なんてそれぞれの主観の数だけあるものですよ。魔族を悪と謳う人もいれば、人を悪だと言う人もいる。それは魔族も同じで、人を殺したいくらい憎んでいる、絶対悪と信じて疑わない魔族もいれば、人には極力手を出さないようにと他の魔族に言い聞かせ、共生を望んだ魔族の王だっている。だから、その質問は自分自身に聞いてください。ソアムさんにとって、僕は悪人ですか?」
疑問の答えは存在していない。確かめることはできない。だから、今できることは、信じることだけ。真実だと受け止めるか、虚言と切り捨てるか。どちらを取ろうとも想像の域を出ることはない。お互いの距離感が変わるだけだ。
ここでソアムさんが僕を信じるかどうか。信じるとは思っていないから安心はしているが、もし信じられてしまえばめんどくさくなる。
理想は掻き消えた時に深い喪失感を生んでしまうから。今の魔王は、僕目線からしても、十分に悪なのだから。
最初から何も期待せず、希望も理想も抱かない方がいい。魔につくことは自身の意思より強要された方が楽だから。後の言い訳が効くんだから。
「あっしは、レオニスさんが悪人だとは思いません」
「そうですか。なら、よかったです」
善人の域には届かない。届いちゃいけない。最悪の結果じゃないだけで満足です。
手を差し出して、握られるのをじっと待つ。
ソアムさんは、躊躇うことなくしっかりと僕の手を握ってくれました。ゴツゴツで全然触り心地は良くないですが、暖かみのある手でした。
「じゃあ、早速行きますか。今ある神剣は全部貰います。もちろん払うものはきっちり払いますから安心してください」
「い、行くってどこへ?それに今ある神剣全部って」
「言葉通りの意味です。行く場所はもちろん、アカーシャ国です」
「……わかりました。神剣とってきます」
未だに人っ子一人いない寂れたお店の中から、神剣の詰め込まれた袋を持ったソアムさんが出てきました。
理由は外回りしか話していないのに、ここまで理解が早いのはなんというかさすがですね。ありがたいです。
「ありがとうございます。今更ですが、理由は、言った方がいいですか?」
「いえ、大丈夫です。きっと魔族のため、なんでしょう?あっしは、それだけで十分ですよ。受けた恩は返したいですから」
ソアムさんの言葉に微笑みで返し、ソアムさんを連れて小国を出る。
本人を連れて行く意味はそんなにないとはいえ、ソアムさんにはしっかりと見届けて欲しい。魔王という存在を。
決してソアムさんが魔王を善人だと思わないように。
「ソアムさん。一つ選択肢をあげますね」
彼の速度に合わせようものなら時がみるみるうちに過ぎていく。そんなことは許されないので、もちろん彼に合わせてもらう。
誰だって人は夢見るはずだ。一度は空を飛んでみたいと。
「僕に捕まるか、風に揺られるか。どっちがいいですか?」
質問の意味がわからないらしく、?が浮かんだ表情でこちらを見てくるソアムさん。
説明したら気乗りしなくなっちゃいますよね。
「勢いに任せてドーンと決めちゃってください」
「じゃあ、風に揺られる方で」
呆気にとられながらも答えてくれたので満足して笑顔。
他人にやるのは初めてですが、多分できるはずです。
ソアムさんを風にのっけて、その風を操作するだけですから。きっと楽勝です。
「安全なのは間違いないので、安心してくださいね。快適とまではいかないですが、愉快な空の旅といきましょう」
「れ、レオニスさん。なんて……っ!?」
ソアムさんの足元に神法を具現し、空中へと吹っ飛ばす。威力は抑えたため人一人分くらい。
空中に神法で断続的な風を起こし、方向を制御して終了。
他人にするのは初めてだったから省くことはできなかったが、上々の出来です。
何が起こったのかわからず、目を回してるソアムさんは無視して、同じように自身も神法で空へ舞う。
二つの断続的な風を同時に操りながら空を駆けることで、神力の消費量が比じゃないくらいに上がっているが、吸収のゴリ押しで進むことにしました。
あまりの速度にソアムさんは常に悲鳴をあげていて、挙げ句の果てに振り落とされていました。それ以降は球体の風で囲うようになりました。
トラウマが刻み込まれたのか、落ちてからは目を開けることを頑なに拒み、風の上で横になっていました。
そんなこんなで約一週間の飛行の末に、アカーシャ国へとたどり着きました。
「や、やっとっすよ。長かったっすね、大将」
「うん。長かったね」
そりゃ一週間も一緒にいたわけですし、少しくらい呼び方は変わりますよね。上下関係もはっきりしちゃいましたし。
丁寧な言葉遣いってみんな嫌いなんですか?大体のやつが変えろって言ってくるんですが。せっかくの敬意なのに。
「それで、魔王様はどこにいるんすか?」
ソアムが問いかけてきた瞬間、国の中央の遠いところで炎柱があがった。
「とりあえず、あそこを目指そう。ここからは飛べないから走るよ」
「いや、大将のスピードについていけるわけないっすよ」
「よいしょっと。よし、行くぞ。ソアム」
ソアムを担いでアカーシャ国の真ん中へと全力で駆ける。
絶対に人は殺させない。これは平和のための征服なんだから。そう思ってるのが俺だけな気がしてならないが。
だからこそ、俺が止めてみせる。
それにしても、このソアムとかいうやつ呑気に寝るなんて肝が据わってるなって、そう思っちゃうのは普通ですよね。
次でまさかの新ヒロイン登場!?いいえ、アリアしか愛せない!!仮にどんだけ女の子が出てこようと、アリア以外負けヒロインです。……本当に?




