22話 小国なら一人でも余裕です
目が覚め、辺りを見渡すとそこに広がっていたのは無。大地という大地は存在しておらず、そもそも自分がどこに立っているのかすらも理解ができない。
下を見下ろしても目につくものは何一つとして無く、ただ白いだけだった。
上を見上げるとこの何もない世界に唯一そぐわない異質な存在が浮かんでいた。
それは人と同じ形をしていて、金色の髪を逆立たせていた。それだけ見れば人と同じ。しかし、ただ一点人と一線を画すもの。
瞳が黒く染まっていた。
真っ白な世界と相反する、それでいてどこか似ている真っ黒な瞳。
決して何も見えていないだろうその人のような何かは、こちらの存在をどう認知したのか、真っ黒な瞳で、正確にこちらを射抜いてきた。
たった一瞬だが、目が合ってしまった。
その一瞬で、全てを察した。
「あなたは……」
無意識のうちに漏れ出た声に、帰ってきた言葉は一切なく、なんの抵抗もできないまま、意識が消えていった。
消えていく意識の中、少しだけ空気が揺れていた。それが誰かの発した声だと気づくことは決してなかった。
『踊れ。キミの世界が壊れないように。ボクらの世界が壊されないように。ボクと彼女に踊らせてくれ。あいつを踊らせるために』
ふかふかのベッドで目が覚め、多幸感にあふれた朝。というには程遠く、襲いかかる痛みの嵐。
間違いなくさっきの夢?みたいなのが関係してるんですが、一体なんだったんでしょうか?
夢というにはあまりにも鮮明に覚えている。
あの瞳を見たときの恐怖も、目が合ったときの衝撃も、何もかも覚えている。
恐怖はあれど、不快感は全く感じなかった。あれの正体はきっと……
「……っ!!」
痛みがさらに強くなり、強制的に思考が遮断される。
踏み込んではいけないことみたいです。その証明に、思考から外したと同時に痛みが引いていきました。
あれのことも確かに気になりますが、今日はそれよりも重要なことがあります。
机の上に置いておいた小さな箱を手にとり、その隣の水の入った容器も手にして部屋を出る。
ゼラファルムとばったり出会しました。なんてことはなく、広々とした空間を一人で歩いていく。
一階へと降り立ち、少しだけ目を細める。金ピカすぎて目がいかれるんです。
竜の紋章の描かれた扉を内側へと引き開け、外の世界を視界にとらえる。
今日は晴れていない。日の光は全て空に浮かぶ白いもくもくに遮られていた。
普段よりは幾分か暗い世界を見廻し、少しだけ感情も空のように陰鬱になっていく。
単独行動に不安があるわけじゃない。自分の力を過信するわけではないが、少なくともアカーシャならここよりは強いはずだ。
神剣も持っているわけだし、そう易々と負けることはないだろう。
問題なのはフォグナさんの方。あの人を完全に信じることはできるわけがない。もしかしたら、アカーシャ国王が殺されるという可能性もある。
そのために邪魔な僕を単独行動させていると考える方が正しい気がする。
勘違いなら失礼極まりないが、むしろそうであってほしい。
そしてもう一つは先の夢のような何か。
おおよその正体は付いているが、考えすぎると痛みが走るためそっとしておく。
僕が意識を失う最中に何か言っていたような気がするが、内容までは聞き取れなかった。
魔王への不信感と、不気味な夢への恐怖。それが今の僕を彩る二つの感情だった。
もう一つ挙げるとするならば、アリアと長い間会えてない寂しさがすごいです。心の底からアリアに会いたい。会って抱きしめたいです。
無事に終わった後なら、アリアもきっと抱きしめてくれるよね。はぁ。好き。
アリアのことを考えてるうちに、足はゆっくりとしっかりと大地を踏みしめて、アカーシャの方へと進んでいます。
神力を使うこともなく、己の足のみで歩みを進めていきました。
思考の中がアリア一色に染まり、暗く沈んでいた気持ちもアリアへの愛情へと塗り替えられ、表情が一気に明るくなったことに気づくことはないまま、目的地へと到着しました。
目の前に腕を組んで立っている白髪の美青年に声をかけようとして、先を越されました。
「相変わらず早いな。一人でも問題ないか?」
「それをフォグナさんが聞くのはおかしいと思いますけど」
「確かにそうだな。お前が負けるわけないもんな。お前の力はよくわかってる。信じるに値するっていうこともな」
力だけなのか、或いは人としての信頼なのか。間違いなく前者ですね。
僕も信頼してないですから。信頼されてない相手を信頼するのはあり得ないでしょうから。
「人は殺さないでくれるんですよね?改めてありがとうございます。信じてますよ」
虚言。戯言。どちらにせよ嘘偽りで塗り固められた感謝。
あの竜の言葉を信じる意味は僕にはない。それであれば同じ人である目の前の魔王のことを信じるべきである。
だが、僕になくともあの人ならきっとそうだから。それが信じない理由。
魔王よりはあの人を信じる。だって、あの人を信じないのは、彼女に対して失礼だから。だから信じる。
「任せとけ。魔族のバカどもは俺がしっかり統率してやるよ」
牽制の意味での心ない感謝を受け、目の前の魔王は笑顔で応えてくれる。
こっちの言葉と違って、この笑顔に偽りがなければいいんですが。信じることしかできません。
信じることはできないけれど、信じない選択肢もない。自分の力だけではどうやったって変えることができない。
せめて一緒にいれれば、それだけでなによりも強い牽制になるんですが。
「はい。あ、そうだ。僕だけ別行動なわけですし、先行ってもいいですか?」
なら、自分のやることをさっさと終わらせてしまえばいい。
「ん?あぁいいぞ。場所は……」
言って、指を指す。
指の先から放たれた赤の奔流が、大地を焦がし、一条の道へと変化する。
「真っ直ぐ行けば着くはずだ。優秀なやつ見つけてこいよ。こいつで」
フォグナさんから渡された袋の中には、沢山の金貨が入っていました。
買収ですか。
重みを感じながらも、しっかりと頷いて見せる。
許可さえ得てしまえば、後は簡単だと思う。
ただの小国一つなら僕一人いれば問題ないです。多分。
「じゃあ行ってきますね。征服してきます」
手を上げて別れの合図。呼応してもう一つ上がる。
再会はなるべく早くできるように、努力はします。それこそ最大限の。
早くこなすことに悪いことなんてないんですよ。合流するのも早まりますし、なによりもアリアと会うのも早まりますから。
だから、本気出します。
フォグナさんの方から視線を外し、焦げた大地の先を見据える。
足に神力を込めて、ゼルドラの地を後にしました。
振り返ると、どこまでも小さい金色の塔。
ここまで来れば大丈夫です。
もう、描く必要すらない。ただ願うだけ。飛びたい。
地面から足が離れていき、数瞬後には、身体が宙に浮かんでいた。
地面を走るよりも圧倒的に速い。その差は言葉通り天地。
単純に二倍どころの騒ぎじゃない。三倍、或いは四倍にまで届くかもしれない。というのは、流石に盛ったが。
とりあえず、単独行動の利点である風神法は活かさなくてはならない。むしろ使わない選択肢を選んだら尊敬に値するまである。
頭がおかしいと言わざるを得ない。その状況における最善を尽くさずして、アリアに早く会いたいだなんて言える権利はない。
そんなの俺じゃない。
だから空を駆けている。いつもよりもずっと速く。
ゼルドラの地では吸収は一切使えなかったが、アカーシャではミドラやイエレンほどではないが、使えるには使える。それは単にリュウガのおかげ。
神子という存在自体が立証しているようなものだが、加護というものは親から子へと受け継がれることになっているらしい。故に、アカーシャの加護を持つリュウガの子である俺も、加護を持っているというわけだ。
吸収する量は確かに少ないが、ずっと発動していればなんの苦でもない。飛行に割く神力量が今はえげつないせいで、供給が間に合ってないが、そこは素の神力容量でカバーする。
尽きる前にレストに着けばいいのだが、そんな願いは儚く散っていった。と、なるほど俺の神力容量は小さくはない。
少しだけ赤い大地の上に、赤を基調とした小さな国があった。
周りには壁が設置されていて、丸く囲われている。
中央に広場があり、広場の上には小さな城がある。他の場所は工房や住宅が立ち並んでいた。というか交互に並んでいる。一家に一工房ということなのだろう。
上から入るのは流石にどうかと思うので、近場に降り立ち、壁の中の門へと歩いてきた。
門の前には一人の男が検問として立っていたが、観光という言葉で呆気なく入ることができた。
小さい子どもが一人で観光ということに疑問を覚えないのでしょうか?あの男は役立たずですね。
逆に言えば、小さい子どもだから危険視されなかったのかもしれませんが。どちらにせよ、何もなくてよかったです。
中に入ると、上空からの景色とは打って変わって、至る所に人が溢れかえってました。
見渡す限りの人混みです。なんで上から見えなかったんでしょうか?
周りにいる人の殆どが、屈強な男たちです。全員がどこかへ向かっているようで、波に呑まれるようについていく。
視界が少しだけ開け、広い場所に出たのだと理解。上からの情報と比較して、中央の広場であると分かった。
そこで行われていたのは武器や装備の売買だった。
広場の周りを囲うように沢山のお店が並んでいる。周りにいた男たちも目的のお店へと一目散で入っていきました。
すごい賑わいを見せている広場の一角で、誰一人として、お客さんのいないお店がたった一つだけあり、少しだけ興味が湧きました。
他のお店はほぼほぼ等しく人で溢れ返しているというのに、たった一つだけ誰もいないお店。興味が湧かないわけないじゃないですか。
近づくにつれ、はっきりと見えるようになった店主はふっくらとした茶髪の男だった。飾られている剣は他のお店と比べて装飾が少なく、はっきり言って地味だった。
しかし、装飾に凝るだけ凝って、性能が悪い剣に比べれば、シンプルに強い剣の方が断然売れる。
地味だからと言う理由なはずがない。ただ、粗悪品だからお客さんがいないのだ。
とはいえ、実際に触って使用感を確かめないことにはわからない。
僕が来たことで少しだけ店主の目が輝いた気がしたが、それもすぐに消えていきました。僕はまだ子どもですから。
「そこの剣、触らせてもらってもいいですか?」
「本当にうちの剣でいいんですか?」
「触って確かめないことには、どれも等しく無価値ですよ。性能も分からないものに価値はないですからね」
店主の目に光がついた気がしました。
おずおずと剣を取り、こちらに渡してくれました。
「他の店と比べたら文句なしの粗悪品です。何せ、あっしには神力機構は作れませんから」
持った感覚はかなり良好。しっかりと重みが伝わってきて、熱も感じる。
神力機構は作れないっていう話だからてっきり神剣ではないと思ったんだけど、そういうわけでもないっぽいです。
「他のお店では神剣を売ってるんですか?」
「うちの店を除けば、全部の店が神剣くらい売ってますよ」
自身を卑下するような言い草は好きじゃないんですよね。それも、あえて隠すような言い方で。
バレないとでも思ってるんでしょうか?しっかりと組み込まれてる神力機構に。
「売りたくないんですか?お店を構えておきながら、売る気はないんですか?」
「どういうことですか?あっしは売るためにここにいるんです。まぁ売れ行きは全くよくないですがね」
売る気はあるというのなら、何故この剣が残っているというのだろうか?他のお店を見ていないからわからないが、少なくとも粗悪品とは口が裂けても言えない。
装飾など剣には必要ない。あるだけ邪魔なだけだ。それを捨て、機能性だけに特化したこの神剣が売れないわけがない。
「どうしてですか?どうして、この剣が売れてないんですか?」
「そ、そんなの神剣じゃないからに決まってるじゃないですか」
「……隠す理由はなんですか?」
店主の目の色が完全に変わった。お客さんが来て、喜んでいた目が表面上だけだったのがよくわかる。
今目の前で見せつけられてるこの目こそが、彼の本当の喜びを表しているのだろう。
「まだ小さいのにわかるんですね。お買い上げありがとうございます。その剣は無料ですので、代金は結構です。返品は受け付けてません」
「待ってください。僕はすでに神剣を持ってます。神剣を買うつもりはありません」
そもそもまだ決めたわけじゃない。確かに、持っただけであの神剣が良品なのは理解できた。
だが、何よりも重要なのは、その内包された神力機構の効力なのだ。僕の剣でさえも超える力があるならいいのだけれど。超えて欲しくはないですけど。
「神剣をお持ちで?差し支えなければ、あっしにも見せてくれませんか?」
「……まぁ、いいですよ」
断る意味も特にない。触れて欲しくないっていうのは流石に失礼ですし。
腰から神剣を抜き、先ほどから目を輝かせ続けている店主へと差し出した。
「……っ。これは、誰に作ってもらったんですか?」
「僕の両親です」
持った瞬間から衝撃を受けていた。持っただけで、あそこまで驚くものなのだろうか?息を飲む音まで聞こえた気がした。
「お名前を聞いても?」
「聞いてもわかんないと思いますよ。僕はレオニス・アルラトスです。父はリュウガ、母はシャルナです」
「聞いたことないなんて……」
やっぱり知らないみたいですね。
僕ら家族の情報を素知らぬ人に言うのはどうかと思いますけど、必要経費です。今後必要になると思ったから言ったんです。
「母はイエレンの貴族で、父はよくわかんないです」
「……そう、ですか」
貴族という言葉に少しだけ反応しつつも、深呼吸の末、ようやく落ち着いたらしく、声の調子も戻っていた。
「ところで、その神剣の神力機構はどういった機能なんですか?ちなみに、僕のは神力の濃縮と解放です」
「あぁすいません。あっしとしたことが言ってなかっただなんて。あっしの神剣の機構は、神力の強化です」
ドラガリアは神力を機構内に蓄え、濃縮し、密度が上がり威力の上昇した神力を放つことができる。それが濃縮と解放。
神力の強化とは一体なんなのだろうか?文字通りに捉えることもできるが、もしかしたら……
「具体的には?」
「神力の強化というのは、その名の通りです。神剣から熱を送り、神力を発熱させて、細胞を増強させるんです」
予想的中ですね。まさか神剣で以て炎舞を使用可能にするだなんて。
「どうやって作ったんですか?」
「あっしが作ったのは外装だけですよ。神力機構はとある神器を改良したんです」
「神器を改良?」
「ここだけの話ですが、あっしは昔魔族に救われたんです。その魔族から身を守るためにともらったのが、その中にある神器です。その剣のと、あともう二つあります」
魔族に救われた。なるほど。この店主は問題ない。神器の改良という技術まで持っているのだから、何も文句はない。
目的は達成した。
「そんな大事なものをなんで無料で売ろうとしたんですか?」
「魔族に対して少しでも悪感情を持っていると、神器は使えないんです。あなたが神剣とわかっただけで、あっしは満足です。あっしを救ってくれた魔族もきっとそうでしょうから」
自身の手で作り出した神剣じゃないから。というよりは、恩に報いるため。殊勝な心がけです。
「なるほど。お名前を聞いてもいいですか?」
「申し遅れました。あっしはソアム・カースです」
「ソアムさん。あなたは、どうして技師になろうと思ったんですか?」
最後にこれだけは聞いておきたかった。この人、ソアムさんは絶対に必要になる。だから、これは聞いておかなきゃならない。
「家名で分かる通り、あっしは貴族なんです。それで、神力容量も他人よりは多かったから戦場に立ってたんですが、味方の魔法が暴発してあっしを巻き込んだんです。心の底から死ぬかと思いました。そのときに魔族に助けてもらって、魔族と戦うことの意味のなさに気づいたんです。それに、もうあんな思いは嫌ですから。だからあっしはこうして、才能は一切ないですけど、技師をやってるんです」
思ってたよりも簡単っぽい。もともと問題も障壁も少なかったとはいえ、予想以上になかった。
でも、ここはあえて本人の意志は無視するべきなのかもしれない。
「そうですか。いろいろ聞いちゃってすみませんでした。また会ったときは、その神剣をもらってもいいですか?」
「はい。是非」
「では。また後で」
「……?はい。またどこかで」
候補は決まったわけだし、たまたまとはいえ、即売会みたいなのがやっててよかったです。
他のお店は人で溢れかえっていますし、ソアムさんの神剣の方が強いでしょうから、特に見る必要はないでしょう。
ここからが本題です。なるべく被害は出さないように、王だけ潰さないと。
人混みに押し流されそうになりつつも、広場を歩いて抜けていき、城の方へと目指す。
金色塔と比べると大きさも派手さも見劣りするものの、小国という割には豪華なお城だった。
入り口の扉の前へと辿り着くが、当然ただの子どもが入れるわけもなく、護衛によって阻まれた。
そもそも真正面から行く気などさらさらない。いや、真正面から行くことにはなるのだけど、それは最終的な話であって、初期段階から真正面から行くだなんてそんなことはしないです。
というわけで、お城から少し離れて周囲を確認。誰もいない。
一瞬のうちに地面から足が離れていく。
違和感ともとれぬ違和感を感じながら、城頂上の辺りに大きく設置されているガラスの前に停滞する。
中を覗き込むと赤く輝いてるドアが見えた。恐らくだが、この先が王の間のはずだ。
わざわざ警戒を招くようなことはしたくないが、時間を無駄にするわけにもいかないので、割り切ってしまいましょう。割って入ることにします。
こんなとき火属性を使えたら便利なんですけどね。さすがに三属性はありえないでしょうし、風属性に関してはアリアがいたからできたわけだし。無い物ねだりですね。
神力の熱で溶かすことも考えてはみたが、ガラスを溶かすのは流石に無理だ。そんなことしようものなら僕自身が溶ける。
できないことに考えを割いて無駄な時間を使うなら、さっさと大胆にぶっ放した方がいいでしょう。
大胆と言いつつ、描いたのは繊細な風の神法なんですけどね。
風刃で窓を切り、中へと入る。さすがに無音というわけにはいかなかったが、少なくとも大きな音はたっていない。
廊下を見回しても人は一人もおらず、喧騒は一切聞こえてこない。完全なる静寂状態。
自身の足音がやけに大きく感じながら、ドアの前に立ち、両の手でしっかりとドアを開け放った。
視界に広がったのは、完全に武装した九人の兵士たちだった。
その先の玉座に座す、煌びやかな装飾品を身につけている茶髪の男を見て、予想が合っていたことを理解。目標達成。
どうやら直属の兵士達が待ち構えていたらしいが、所詮はただの小国の兵士。敵ではない。
とりあえず全員眠っていてもらおう。
一通り相手の武装を流し見る。中央の三人は神剣を持っている。他の奴らはただの真剣。神器を持っている様子もない。
一見硬そうな鎧を全員が身につけているが、完全に神法を防ぎ切ることは不可能のはず。何も問題はない。
兵士達はただの子どもにすぐに手をあげるわけでもなく、未だ静観している。こちらも動かないでいると、奥にいる王と思しき人物が声を上げた。
「小さき少年よ。如何なる用でここに来た。窓を突き破ってまで」
目を閉じて、いつかのアリアの技を描く。描いてる間に口を開き、問いに答えた。
これを描いた時点で、もう誤魔化す必要はない。
「えーっと、征服だね。端的に言えば」
俺の回答を聞き、兵士達が一斉に襲いかかってきた。だがもう遅い。俺の身にはもう何も届きはしない。
王は、征服という単語に少しだけ反応を示すも、「そうか」と呟くだけにとどめて、静観を続けていた。
余裕のある態度は兵士達への信頼なのか、或いは自分への信頼なのか。どちらにせよ、俺の想いの前には意味をなさない。
この部屋にあなたがいた時点で、俺のやるべきことは終わったも同然なのだ。
「だから、降伏してくれるとありがたいんだけど」
向かってきた兵士達を全て返り討ちにしながら説得を試みる。残りは五人。その内三人が神剣を持っている。
なるべく無駄な戦闘はしたくないんだけど、どうやら説得は失敗。残りの五人が襲いかかってきた。
神剣を持った三人は何かを唱えながら突っ込んでくる。他の二人は魔法に徹するようだ。
神力機構がわからないのが少しだけ不安だが、あくまで少しだけ。たとえどれだけ優秀な機能が備わっていたとしても、その強さは結局、神力量に依存する。
後ろの二人は魔法を唱えていることから除外されるが、この三人の中に神子がいるという可能性もある。神子であるということは、吸収を使える可能性もあるということだ。
はっきり言って警戒せざるを得ない。だが、どれだけ強い力を秘めていようと、この風壁は絶対に打ち破ることはできない。
それこそ、神法自体を打ち消さなかぎりは。
三本の神剣がそれぞれ赤く輝く。瞬間、三人の姿が消えた。
少し驚きつつも、目を閉じて自身の後方あたりに神法を具現。
初級相当の軽い風のカーテンを少しだけ想いを込めて。
後ろからの狼狽を聞き、戦力を把握した。
神剣の神力機構は恐らく全て同じ。そのどれもが、自身の能力の強化。しかし、炎舞には程遠い。
予想が外れていたとしても特に慌てることはない。この戦力差を覆すような機能を持った神剣など想像もつかない。
後ろの三人がまだ動ける状態なのは好ましくないが、わざわざ意識を刈り取る必要性はないと判断。
飛んできた火属性の中級魔法をすでに自身の周りで展開してある防壁で防ぎ、術者には目もくれず、ゆっくりと王の方へと歩き始めた。
「最終通告だけしとく。降伏する気はある?」
兵士がいくらやられようと顔色一つ変えてなかった王の顔が歪む。椅子から立ち上がり、こちらへと歩いてくる。
じゃらじゃらと身動きの取りづらそうな装飾品は全て外し、身軽になった身で、腰元の剣を引き抜いた。
「風の神子が何故だ?ミドラがアカーシャと敵対する意味がどこにある」
的外れな王の発言に、笑みがこぼれそうになるのを何とか我慢する。
「俺はミドラとは何も関係ないよ。そもそも俺はイエレン生まれだ」
やはりというか、風だけ使っていてよかった。この情報が一番衝撃を受けるのは当たり前だ。二属性という可能性が出てくるのだから。
目の前の茶髪の男の表情が驚愕に染まっている。この隙を逃す必要があるか。いやない。
証明はまだ早い。持っている剣は間違いなく神剣。万が一の可能性を考えると切り札は取っておくべきだ。
神力の浪費を避けるために、張り巡らせていた風壁を今更ながらに解除し、そちらに回していた神力で以って小さな風刃を幾つか具現する。
避けるという選択肢を消すために全方位から風の刃を王へと放った。
「しまっ……!!」
驚愕による一瞬の隙をつかれたことにより更なる驚愕。
ブラフというわけではないが、ただの言葉一つで隙を晒すような男など敵ではなかった。
風の刃が王へと触れる直前、突如として出現した炎の柱が全ての風を焼き尽くした。
後ろの方から、王に対して謝罪をする兵士の声。どうやら、最後の力で王を守ったらしい。一応振り返るが、すでに全員意識を失っていた。
意識を完全に奪ってなかったのが仇となったようだ。だけど、そんなものは最初から想定済みだ。この国のトップの力を正確に測るためにも、一瞬で終わらすわけにはいかなかったから。
それに、相手の切り札を残したまま勝ったとしても、それは真の意味での勝ちではない。見せかけだけの勝利などでは完全な降伏を得ることはできない。
一筋の希望すら持たせない。
王は俺の後ろで倒れている兵士の名を一人一人呼びながら感謝をしていた。とりあえず終わるまで待ってあげたが、敵と相対している状況でのうのうと感謝など告げているのはいかがなものかと。
顔を上げた王の目には、明確な怒りが灯っていた。神剣を握る手に力を込めて、声に出すことで最悪の状況を受け入れないようにしていた。
「不覚にも驚いてしまったが、この世界に二属性の神子などそういるものではない。もう次は騙されんぞ」
必死の自己暗示。とはいえ、普通に世界のことを知っているのであれば、俺が土属性まで使えるなどとは考えることはない。一度根付いた可能性も、片鱗一つ見えなければ脅威になることはない。
今はまだ、信じ続けるが吉。でもそれは、未来の自分にとっては間違いなく凶。歩んでくれてありがとう。その道に俺も混ざるとする。
「バレちゃったか。さっきの奇襲で倒せると思ったんだけど、優秀な部下だね。でもまぁ、奇襲なんかしなくても俺が負けるわけないんだけど」
少しだけだが、安堵が見えたのは見間違いでもなんでもない。決定的な事実。もう、未来は凶しかなくなった。
「たいそうな自信だな。この神剣の力を見て同じことが果たして言えるか?」
神剣も己の力に入るってゼラファルムが言ってたが、神剣に頼りきるのはいかがなものかと。ただ、その忠告ができるほどに神剣に秘められた機能がすごいというのも事実。
警戒を怠っていたわけではないし、そんなことをするほど甘くはないが、より強くなることに損はない。むしろ、神剣の存在を強調して、他の何かへの意識を削ぐのが目的なのかもしれないが、俺も同じことをしておこう。
これで真の意味で同じ道。切り札の数と威力が同じとはどんなに頑張っても思うことはできないが、それこそ慢心だろう。
一切強者感が出ていないことこそが、目の前の男の強者たる所以なのかもしれない。或いは、ただの弱者か。
前者であることを願うばかりだ。
「その神剣ってどんな機能なの?悪いけど並大抵なものじゃ、そう簡単には負けないよ?」
少し見えていた安堵が余裕に変わる。どこまでも信頼を寄せているのだろう。
神剣は道具じゃなく、相棒だと誰かが言っていた気がするが、頼りすぎていては何も為せない。
それを理解できているからこそ、この表情が演技であるという可能性にしかたどり着かないのだが、果たして本当にそうなのだろうか。考えても詮無い話か。
「いいだろう少年。貴公の強さに敬意を表し、この神剣の名を教えてやろう」
言って、目を閉じ、神剣を前方へと突き出し、右手で剣身をなぞりながら、その名を口にした。
『神剣・ドルヒニ』
瞬間、茶色かった髪が一瞬にして銀色に染まっていき、肌寒さを感じた。
それもほんの一瞬。目の前の王の目が開き、部屋が完全に凍りついた。
それはもちろん、その中にいた人も例外ではなかった。
神剣の力を見た俺は、文字通り何も言うことができなかった。
納得。この神剣を持っていれば、あの余裕も当然だ。
そう思うことさえ今の俺にはできなかった。
「火属性が使えなければ、その氷の牢獄から出ることはできぬ。忠告はしたからな。お別れだ。小さな風の神子よ」
凍てついた部屋の中に、一つのため息が木霊した。
間開いちゃったのは忙しかったからからです。もっと忙しくなりそうだなんて言えない




