幕間 救援物資配達員
比べる相手が悪いかもだけど、さすがに弱すぎるよ。
痛みあげる前に終わっちゃうなんて。レオだったら、どのくらいで倒してたのかな?
はやく、会いたいな……
久々に妻に会ったというのに、再開の挨拶は一切なく、とことん焦っているらしく、慌てて概要を説明された。
どうやら俺は一人の少年の安全を守る任を受けたらしい。
その少年というのは、土と風の神子で……バカな!!二属性だと!?
今の魔王以外に二属性のやつなんて聞いたことないぞ。しかも風というのが驚きだ。
一体どんなやつなんだろうか?
なんでも、その少年というのはゼルドラの地へと向かっているらしい。
俺の妻が何故そんなに心配するのかは理解できないが、きっと……いやそんなはずはない。
無論信じきってはいる。だが、少しも不安がないかと問われれば否だ。会える頻度少ないし。
「なぁ、それって隠し子か何かか?」
「……そんなわけないでしょ!あれ?でも、子って言うところは否定できないわ」
睨めつけられ、その後に思案顔。そして出た爆弾発言。
一瞬で頭がフリーズした。
「……どどどどういうことだよ!!」
「どうもなにもそのまんまよ?もしかしたら私たちの子になるかもって」
私たちということは俺とこいつの子ということ。
思い当たる節は一切ない。娘ができてからはそんなこと一度もしてないし、話によると娘よりも年上らしい。
ということは直接的な血縁関係という意味での子ではない。なら……
「……っ!?まさか……」
「そう。そのまさかよ。子どもが成長するのって早いわよね」
うちの天使のような娘を取ろうとする狼藉者がいるだと!?
「よし。殺す」
「あはは。冗談でも言っていいことと悪いことってあるのよ?あの子に聞かれてたら、あなた二度と口聞けなくなるかもしれないんだから」
俺の妻の笑顔は怖い。圧力が凄すぎる。
それに、二度と口聞けなるかもしれないって怖すぎるだろ。脅しにしても流石に……
「マジ?」
「えぇ」
娘に会える日も全然ないし、小さい頃にあったっきりだから顔すら覚えられてないんじゃないか?それなのに、もう親離れだなんて……泣きそう。
「はいはい。悲しんでないでさっさと行ってきて。どうやら水すら持って行ってないっぽいから。とにかくそれだけは渡してきてね」
「……わかったよ」
俺の妻は俺に対して厳しい。そんなところも嫌いじゃないんだが、心が痛くなるようなことはやめて欲しいんだ。
直接言葉に出すなんて真似は絶対できないけどな。
妻の出した風魔法に後押しされる形で、俺も世界の中心へと向かうことになった。
風魔法の威力が強すぎて声が出たのは仕方ないと思うんだ。
竜都市からなるべく離れたイエレンやミドラの境界辺りを飛びながら、少年を探す。
外見の特徴を聞いてなかったせいで見つけられる気がしない。
小さいのは間違いないと思うが、逆にいえば、それだけだ。
この広大な大地の中ただ小さいということしかわかってない少年を見つけられるだろうか。いやない。
と、思ってた時期が俺にもあった。
ミドラ上空に竜と会話?してる金髪の少年を発見。
かなり遠い位置だが、そもそも人が飛んでること自体イレギュラーなのだ。それでいてあの小ささ。間違いなく神子だろう。
これって下手したら危ない状況なんじゃないか?飛んでる人を見かけたら落とすっていうのが竜種の決まりだ。ということはあの少年も……
少しだけ距離を縮めて静止。有事の際は一瞬で助けれる位置どり。
あの少年がどういったやつなのか知らんし、さほど興味もない。
だが、あの少年が娘と親しいのであれば話は変わってくる。
娘から嫌われるのはだけはなにがなんでも避けなくてはいけない。だから、もしものことは絶対に起こさない。
ある程度近づいたことにより、少年の姿はもちろんのこと、竜の姿の方もしっかりと見えてきた。
少し黄色がかった赤い竜。少しばかりの安心感を抱く。
他の決起盛んな若い連中と比べれば、彼の竜は温厚なやつだ。すぐに襲いかかるなんてことはあり得ない。
現に今も話し込んでるみたいだし、出る幕はないのかもしれないな。
やがて少年は地上へと降り立ち、すごいスピードで走っていった。
走るスピードが尋常じゃないとはいえ、飛行と比べてしまえばまさしく天地。追いつくのは容易い。
さっさと水だけ渡して帰るとしよう。娘とのことはいつか聞くことにする。
嘘っていう可能性も俺は捨ててないからな。願望以外のなにものでもないけど。
よし、とりあえず追いつくか。
あ、やばい。目があった。
少年と話してた竜と目があった。でもあいつなら大丈夫か。
と、思ってた時期が俺にもあった。
竜が目の前まで接近してきた。今更逃げるのも不可能。めんどくさいことになったな。
「貴様が何故この空を飛んでいる?忘れたか?我ら竜種の落とす対象には貴様も含まれてることを」
「ただの人探しだ。別にすぐに出てくさ」
竜の目つきが変わる。思い当たる節はもちろんあるよな。
「貴様もあの小僧になにかあるらしいな。貴様の事情など知ったことではない。興味などない。だが、貴様がここの空を飛ぶことは許すことはできん」
「わかってるわかってるって。そうかっかすんな。用事済ませたらすぐ出てくからよ」
こいつは口うるさく言うようなやつじゃないんだがな。俺に対しては別なのを忘れていた。
「いやダメだ。あいつの元へ向かうならイエレンの方から行け」
ここまで厳しいとは思ってなかったけどな。
「……あぁわかった。最近の竜種の動きはどうだ?俺らを潰したくて仕方ないんじゃないか?」
「貴様に言う必要があるか?だが、そうだな。竜王の強行を我らで止めている状況とだけ言っておこう。感謝しておけよ?」
「お前みたいな竜が他にも増えてくれることを心から願ってるよ。ありがとな」
遠回りになってはしまったが、いいことを聞いた。なんだかんだ言って、あの竜はいいやつなのだ。
遠回りになってはしまったけどな。
言葉では感謝を、内心では少しだけ悪態を吐きながらも素直に言うことに従い、イエレンの方へと向かった。
その途中でもう一体名も知らぬ竜に絡まれたが、俺のことを知らなかったので割愛させてもらう。
俺のことを知らないのに絡んでくるとはよくわからんやつだ。
イエレンへ入り、ドラドから十分距離を取りつつ、少年を探す。
すでに容姿は理解してるからか、今度もあっさりと見つかった。
ミドラの地上をものすごい勢いで爆走中。さすがに飛ぶ速さには及びもしないが、地上であの速度は神力での補強が尋常じゃないはずだ。
未だにミドラ上空には竜がいるため、入ることは叶わないが、今すぐ届ける必要もないためわざわざ自らを危険に晒すようなことはしない。まだ焦る必要はない。
あっという間に一日が終わる。少年はあれから走り続け、暗くなると土属性で簡易的な寝床を作っていた。
冗談ではなく二属性の神子であることが理解できてしまった。
少年が呑気に寝ている間、俺は上空を飛び続ける。不本意だが、娘を悲しませるわけにはいかないしな。
寝込みを襲うようなやつがいるとは思えなかったが、念のためだ。その心意気が功を奏すことがあるんだ。今回みたいにな。
いつ間にか何処かから現れていた巨体。人に比べてかなり黒い肌で闇と同化しているその巨体は魔族のもの。
闇に溶け込んでいるが、不気味に赤く輝いている目だけは闇の中でもはっきりと見えた。
直接止めに行ってもいいが、他の竜の目が気になる。
あの四体の魔族ならば別だが、普通のやつならば特に問題はないだろう。声だけで威圧することにした。
俺の声を聞き、一瞬身体を震わせた魔族はやがてこちらの存在を視認し、そそくさとイエレンの方へと逃げ出していった。
俺の視界に映ったそいつの口元が微かに歪んでいたのを見逃すほど、甘い俺ではなかった。それ故に、疑問が浮かんだが、特に気負うこともないだろう。
個人的に魔族は嫌いじゃないが、人を襲うところだけは解せない。理由もわかるし、因果応報だが、あいつのような存在が、いつか魔族にも現れると思うから。まだ、人の希望は残ってるから。
俺が言えるような立場じゃないのはわかりきってるけどな。
目を閉じて、最愛の娘の顔を思い出す。何年もあってないから、かなり幼い姿だが、今はどうなっているのだろうか?
この任務が終わったら、久しぶりに会いに行ってみるか。俺の顔覚えてるよな?流石に忘れたりなんかしてないよな。
魔族のことなどすぐに忘れ、娘のことで葛藤していると、夜が明けていた。
少年はすでに歩き始めていた。走ることは決してない。ゆっくりと、過度な運動を控えるようにゆっくりと歩いていた。
ようやく水がないことを理解した模様。かといって、まだ焦る必要もないが。
ミドラ上空には竜がまだいるわけだし、ぎりぎりまで粘ろうと思う。
少年が倒れたりしたらすぐさま向かうつもりだが、それまでは様子見に徹するとする。
断じて、娘を誑かしたやつを苦しませたいなどと思ってはいない。断腸の思いで、様子見をするのだ。
他の竜がいなかったらすぐに届けている。これは間違いない。だから断じて違う。
少年が不意にこちらに気づき、視線が交錯する。
未だに距離はあるのだが、何故気付けたのだろうか?
少し不思議に思いつつも、特に気負うことなく、飛んでおく。俺に気づいたならこっちにきてくれればいいのだが。
とはいえ、向こうは俺のことなど知るよしもない。ただ空飛んでるやつがいるくらいの感覚だろう。
……おい。今あいつ笑ったよな?哀れみの表情しながら笑ったよな?
なんだなんだ?やんのか?受けて立つぞ?
あんなやつに娘は渡さないぞ。絶対に。それこそ娘がお願いでもしてくれない限り、絶対渡さんからな。
というか、あいつ俺のこと知ってんのか?知ってて笑ったんだよな?
挑発と受け取っておこう。俺の方が優位だと気づいてなおそのようなことをしてるのであれば、侮れないな。
ただ、俺が握っているのはいわば命の手綱だ。それを無下にはできないはずだ。たとえいかに二属性の神子だろうと。
少年は唐突に興味を失ったように、こちらから視線を外し、歩みを再開していた。
俺が少年を見る目が変わったことは言うまでもない。
数時間ほど歩き続けていたが、特に変わった様子はなかった。強いてあげるなら少しだけ表情に焦りが浮かんでいたくらいか。
そんな少年のもとに一体の魔族が今、襲いかかろうとしていた。
俺はあくまで危なくなったら助ける。それまでは静観する。
魔族の容姿を確認して、情報と照らし合わせて少しだけ驚愕。とはいえ、昨日の夜の事のせいで、ほとんど動じることはなかったが。
昨日のやつの方がここにおいては強いわけだし、さほど危険視する必要はない。だが、それはあくまで俺にとってだ。
少年にとっては少なくとも敵う相手ではない。どの程度の実力を持っているのかは知らんが、まだ成長しきってすらいない小さな戦士では太刀打ちできないだろう。
と、思っていた俺の意見が180度変わった話をする必要はないだろう。
結果だけ言えば、少年の圧勝だった。誰がどう見ても圧勝だった。
一撃ももらうことなく、仕留めるまでにたった二発。力の差は歴然だった。
しかも、少年は魔族を殺しことなく気絶させ、あげく一瞬で傷を治癒していた。
あの魔族にそんな能力がないことは知っている。ということは傷が治ったのは少年の技。
あの歳でまさかあれが使えるなんて。どこまでも意味のわからない少年だ。冗談抜きで、強すぎる。
殺さなかった理由など簡単に想像がつく。何せ相手は水系魔族なのだ。
今後の展開次第だが、俺の出番はないのかもしれない。あいつに出会った事を運がいいと称すか悪いと称すかは人それぞれだが、間違いなく少年にとっては運がいい事だっただろう。
やがて、魔族が目を覚まし、少年に対して魔法を使ったのを確認して自身の必要性のなさを理解した。
まさか魔族を利用するとは思わなかった。しかも、よりにもよってあいつを。
力量も計れたし、水の方も解決したから、もう俺の任務は終わりだ。なんもやっていないが。
しかし、この眼下の光景だけは早急に伝えるべきだと思う。というか間違いない。
昨日のことも踏まえると、何かミドラで起きていると言わざるを得ないな。
急いで戻るか。
少年に対しての心配はその力量故か、一切なくなり、帰ることに集中する。
本気の飛行であれば、竜に目視されようとも追いつかれることはない。見た目で悪名が立つ可能性もあるが、そもそも俺を知らないやつの方が少ない。
なんの問題もなかった。
飛行という一点に全神経を注いでいると、すでに辺りは暗く染まっていた。しかし、もう飛ぶ必要はない。
目の前で佇む赤い妻の姿を見据えながら、少年の行末を説明した。
一通り俺の話を聞き終え、妻は思案顔。たっぷりと時間を浪費し、紡がれた言葉。それは心からの労いだった。
「とりあえず、ご苦労様。ありがとね急なお願い聞いてもらっちゃって」
「お前と、あの子のためだったらなんでもするよ。それこそ、命をかけてでもな」
嘘偽りの一切ない本心。つい口から出てしまったが、これはやらかしたな。
間違いなく、パズ◯とやらかシ◯タ。
「なんでも、ねぇ……あなた、あの子に会う覚悟はある?」
どういうことだ?覚悟もなにも、そもそも心から会いたかったのだが、覚悟が必要なものなのか?それも、なんでもを行使するほどの。
「会えるのなら今すぐにでも会いたいが、何かあるのか?」
「別に。ただ、会うとなるとイエレンまで行かないといけないんだけど」
イエレンだと?……イエレンだと!?
「どどどどういうことだよ!?なんでイエレンに……って、今お前ここにいるってことは……」
「信頼できる人のもとに預けてきただけよ?家族同然のね〜」
「よし。今すぐ行くぞ!」
間違いない。少年の両親のもとにいる。安心感は確かにすごいが、それほどまでに娘が心を開いていて、なおかつ家族ぐるみの関係になっているとは。
俺の会っていない間にどこまでも変わっていってしまうのか。子どもの成長の早さが憎いぞ。
「あ、これ、国王さんから。会うのはそれが終わってからにしてね〜」
妻がすごく楽しんでいるのがわかる。笑顔が美しいなまったく。
仕事を抜け出して妻からのお願いに準じたため、そのツケが回ってきたみたいだ。
「じゃあ頑張ってね〜。私はあの子のとこに行ってくるから」
娘のいる場所だけ教えられ、妻は飛んでいってしまった。
娘に久々に会いたい一心でできうる限りの最高の速度でやるべき事を終わらせた。
そしてちょうど一週間が過ぎ、イエレンへとたどり着いた。
災害でも起きたのかと見紛うほど凹凸の激しい荒野で、一人の真紅の髪をした少女がつまらなそうに低い位置で飛行をしていた。
その下に転がっているのは、以前見た魔族。
頭の中が疑問で埋め尽くされたが、そんなものは娘との再会によって全てかき消された。
名前を呼びながら近づいていき、かなり近くにきたところで、目の前の少女は首を傾げた。
「……だれ?」
泣いてなんかいません。
個人的にアリアの話も書きたいんだけど、幕間2になるのかな?本編に直接関わってるわけじゃないから完全に趣味だし、書かなくてもいいか。個人的には書きたいけど




