20話 魔王様にずるされました
あいつよりも使い勝手は悪いが、その復讐心は悪くない。
力を貸そう、全てを思い通りに操る力を。
未だに白く染まった視界の中で、神法を描く。
一瞬のうちに具現した幾百の弾丸。放つことはせずにその場で停滞させる。
無闇矢鱈と放ったところで神力の無駄遣いでしかない。だからまずは相手の位置から特定する。
泥の弾を具現させ、右方向へと放つ。
そこに誰もいないのはわかっている。重要なのは音。
聞き分けろ。今の泥弾の音を聞いて動き始めた音を。
前、そこから徐々に左の方へと移動していく音。
速い。今更放っても当たることは絶対にないとわかる。
一度の地面への着地に対しての移動距離が大きすぎる。当てれるわけがない。
今はまだ視界がはっきりとしていない。この状況なら、使ってもバレないだろ。
弾丸を具現したまま新たな神法を描いていく。
属性は、風。
俺の周りの全方位に対して、暴風を撒き散らす。
どんなに速かろうと、空間に限界がある部屋の中では、この風は逃れることはできない。
素直に当たってくれるか、或いは何か行動を仕掛けてくるか、どちらにしても、居場所は把握できる。
広がっていく暴風域に、何かが吹き飛ばされた音がした。方向は真後ろ。
具現させておいた弾丸を余すことなく全て後方に射出しようとして、思い直す。
少しだけ聞こえた苦悶の声、そして今まさにあげられた抗議の声。
「完全にオレがこの部屋いたこと忘れてんだろ!!しかも今のなんなんだよ!!」
「ゼラファルム。邪魔だからどっかいって」
「辛辣すぎんだろうが!!ってか出口どこだよ!!」
「あっちにある」
「あっちってどっちだよ!!」
そういえばゼラファルムもいたな。危うくゼラファルムに手駒を切る羽目になるとこだった。そんなの神力の無駄以外の何者でもない。
未だに掴めない魔王の位置を探ろうと、もう一度風の神法に意識を集中させようとしたとき、新たに別の声が聞こえた。
「出口はこっちだぞ、ゼラファルム」
「いやだからどっちだっつーの!!」
興醒めなんですけど。
なんですか?あのゼラファルムとかいうやつ。しばき倒してやろうかしら。
「一旦中断にしましょう。まずはゼラファルムを出すのが先だと思います」
「あぁ、そうするか。おいゼラファルム。さっさと出ろ」
「お前らがオレいる状況で始めたんだろうが!!ったく、わあったよ。レオニス、本気でいけよ」
「わかってるよ。出し惜しみはしない」
「ならいい。……それで、出口どこだよ」
結局視界が晴れるまで待つことになりました。
数秒と経たないうちに視界は晴れ、僕の周りに浮く弾丸にゼラファルムは驚きを見せ、魔王は関心を示していました。
ゼラファルムは部屋から消え、改めて右手を出し合う。
僕の周りにはまだ弾丸が浮いたままです。神力は無限じゃないですから。ゼラファルムのせいで無駄な神力使ったとかアンフェアですから。
ただ、時間はゼラファルムのおかげでかなり稼げた。
左手に持っている神剣へと、僅かながらに少しずつ送っていた神力も、少ないとはいえない量になってきた。
これでもまだ、目の前の魔の王には全然足りないだろうけど。
臨戦態勢の状況から、不意にかけられる声。
「さっきのは一体なんだったんだ?俺が感じたのは一瞬だが、間違いなく風属性の何かがここにあった。お前の両親は何もんだ?」
さすがに風属性のを使ったのはバレました。甘く見すぎてました。
「お望みの回答は持ち合わせてないです。お母さんがイエレンのアルス家で、父はアカーシャ生まれです」
「ますます不可解だな。レオニス、はっきり聞くが、お前は風属性を使えるのか?」
ここでどう答えるかが、今後に相当関わってくるはずだ。
まだ信頼できるわけでもない目の前の男に、俺の切り札を言っていいのか。いや、ありえない。
心の中では整理がついている。いう必要性は皆無だ。
しかし、言わなかった場合、今後飛行が使えなくなる。
竜種から止められたとはいえ、竜種はミドラ上空にしかいない。他の三つの地なら自由に飛べる。
ここで言わなかった場合、その自由は消える。一切魔王の前で飛ぶことは不可能。魔族の前ですら飛べない。
一長一短。だけど、すでに心は決まってる。
風属性は見せない。もう一度、アリアに会うまでは。
「使えないです。イエレン生まれイエレン育ちの土属性の神子ですので」
「だろうな。さっきのは気のせいか。まぁいい。今度こそ再開するぞ」
右手を向け合う意味っていうのを昔先生から聞いた覚えがある。
相手への敬意。そしてなによりも、駆け引きの強要。
戦いにおいて重要なのは、単純な力の差。そしてそれ以上の力の使い方、つまりは技量の差。
対魔族の訓練の際に用いられていた始め方が、今や常識的になっていったらしい。
相手よりも先に神法、或いは魔法を使用することももちろん許されている。そもそもタイミングなどはなから決まっていない。
使う魔法に関しては一番最初期の初級魔法と決められているが、それ以外に制約は一切ない。
初級魔法とはいえども、神力容量や加護、そして想いによって威力は変わる。
最初の撃ち合いで勝負が決まることも稀にあったそうだ。
さっきの撃ち合いでは、俺の方が早く神法を使った。
しかし、ほぼ同時に魔王も神法を使ってきた。
たまたまタイミングが重なったと考えたら気が楽だが、そうもいかない。何せ相手は魔王なのだ。
タイミングによる駆け引きは不可能。
では威力はどうだったか。
先の一合で、俺はかなりの威力を込めたと自負している。
少なくとも、初級魔法を模してるとは誰がどう見ても思えないはずだ。
しかし、威力は拮抗。衝突の際に発生した光から、その威力は押して知れる。
威力による駆け引きも不可能。
ではどうすればいいのか?
別の神法を放つというのは論外。効果的かもしれないが、相手への敬意が一切失われることになる。
複数の神法を同時に放つことも同じ理由で論外。
すでに相手の技量はなんとなく把握できている。
戦い続ければ、やがてこちらが力尽きることは火を見るよりも明らか。
神剣以外では倒せないこともなんとなくだが理解できる。
この最初の一手で、なるべく神剣から意識を遠ざけておきたい。そのための駆け引きが必要になってくる。
しかし、先も言った通り、定められたルールの中で出来ることはほぼない。
一つだけ、俺の持ってるアドバンテージを除けば、だけど。
俺の周りにはすでに具現している神法がある。
ゼラファルムのせいだし、もうすでに具現してるからノーカンでしょ。間違いない。
とは言ったものの、それこそ同時に放ってしまえば、それは立派な反則なので、同時には使わない。
魔王がどのくらい一気に神法を発動させることができるかわからない。
俺の限界がどのくらいなのかも全くわからない。
賭けるには信憑性が一切足りていないが、今ある神法がなきゃそもそも賭けることすらできないのだから、このチャンスを使わない手はない。
失敗したならそれでいい。そのときは神剣に全て託せばいい。
よし、いくぞ。
全く同じタイミングで二種類の神法が衝突。閃光が迸り、全てが白く染まる。
もうすでに俺の周りに弾丸は浮いてない。始まりの合図と同時に魔王の周りへと移動させておいた。
まだ動いていない。神法も発動させていない。
その隙に、俺は描く。複数の願いを一つ一つ丁寧に具現化していく。
その数は四つ。多いのか少ないのかはわからないが、これが限界だった。
すでにあるのも含めて五つ。その全てが中級、下手すれば上級魔法に匹敵するほどの威力を持った神法。
未だに魔王が一切動いていないことを音だけで確認し、全ての神法を同時に放った。
瞬間、激しい音とともに、周囲の温度が一気に上昇した。
魔王の属性は水と火。恐れていたのはそっちじゃない。少しだけ笑みが溢れる。
半端な温度じゃ俺の神法は打ち消せない。そして高温であれば、岩は溶け、読んで字の如く溶岩となる。
以前の俺の神法ならば、温度の上昇とともに消滅していたが、時が経ちすぎている。
神法同士の接触した感覚が伝わってくる。しかし、消滅した神法は未だにゼロ。
三つの神法に関しては火に当たってすらいない。
少しずつ地面が濡れてきた。それは、水の神法が使われた証拠。
水属性に対して土属性は相性がいいとは言えない。
圧倒的な勢いを持った水に対して岩は砕かれ、最終的には砂になる。
風属性を使ってしまえばどんなに勢いが強かろうと吹き飛ばすことが可能なのだが、使わないと決めた以上それは不可能。
火に当たっていなかった三つの神法のうち二つの神法が消滅した。
もう悠長に後ろで静観しているわけにはいかない。
戦いが始まって一分も経っていないが、もう大詰めだ。
足を踏み出すたびにぴちゃっという音が鳴り、波紋が広がっていく。
さっきよりも水嵩が増しているのが、新たな新法の起動を裏付けている。
もう残ってる神法は溶岩と化した二つだけになっていた。
しかし、その二つがあれば十分だ。
迂闊に水神法をかければ、一瞬のうちに水が蒸発し、最悪爆発する。
かといって火属性をやったところで消滅させる温度までいくのはどうあがいても不可能だ。
距離を詰めるために風の神法を使い、徐々に温度が上昇していくのを感じながら、炎柱を目で捉えられるほどの距離まで到達した。
未だに二つの神法が残っている。消える気配はない。
なら、もう終わりにしよう。
『神剣・ドラガリア』
名前を唱え、始まってからずっと左手に握っていた神剣を両手で持つ。
僅かな神力を長い間ずっと送ってきたその神剣は、心なしかさっきよりも重い気がした。
神法の感覚を確認し、ゆっくりと両手を上にあげる。
そして、腕に神力を込めながら、神速で振り下ろした。
半端じゃない衝撃が腕から伝わってきて、身体が少しだけ後方に飛ぶ。
残っていた二つの神法も一瞬にして呑まれ、消滅していった。
破壊音が鳴り響く中、視界が徐々に回復してきて、ようやく当たりの状況を把握。
神剣による剣閃が魔王へと直撃している。あの一撃を耐えることはいかに魔王といえど不可能だったようだ。
勝った。魔王に勝った。
時間にして約一分間の戦いは俺の勝利で幕を閉じた。
「レオニス。合格だ。お前は十分に強えよ」
突如背後から聞こえた声に、振り向く間もないまま俺の意識は消えていった。
目を覚ますと、そこはアリアの膝の上でした。なんてことはなく、普通に魔王の部屋の地べたでした。
意識を失う前のことを思い出し、無意識のうちに疑問が出る。
「どうして……?」
「どうして。か。お前は俺の使える属性を二つだと思っていただろ?だからだ」
だからって。属性が二つじゃないってどういうことだってばよ。
まさか三つ?いやでも……
「三つの属性、土か風のどちらかの神法を使ったとしても、あの状況で僕の神剣の一撃を凌ぐのは不可能のはずです」
「甘いな。そもそも、神法の属性というのは、この世界にいる神の数だけある。アカーシャ、ミドラ、イエレン、そしてオルバス。お前が知っているのはこの四柱だけだろ?前提が間違ってるんだ。この世界にはもう一柱だけ神が存在している。その加護を受けた地がここゼルドラだ。覚えておけ。ここの属性は聖属性だ」
そんなのずるじゃん。知らない属性出てくるとか聞いてないです。
「どういう技を使ったんですか?」
「聖属性は何かを出したりすることはできない。出来ることはただ一つ、束縛だ」
ずる。束縛って、動けないってことですよね?せこいです。
吸収とか譲渡も同じ手合いな気がするからなんとも言えないんですけどね。
「聖属性で神剣の一撃を束縛して、その間に僕の背後に回って一撃で意識を刈りとったってことですか……なるほど。勝てる気がしないです」
「聖属性なんて見せるつもりなかったんだけどな。流石に予想外だったぜ。その小ささでよくもまぁそこまで仕上げたもんだな。そういや、その神剣は誰が作ったんだ。そんな業物そうそう手に入るもんじゃねぇぞ」
褒められましたけど、そんなに嬉しくないですね。神剣が褒められるのはすごい嬉しいんですけど。
「お母さんとリュウガです。アルラトス家の神剣です」
「いい親を持ったな。大切にしろよ」
「言われなくても、大切ですよ。アリアの次に」
ガウラさんはあぁ言ってたけど、魔王様も案外悪い人じゃないのかもしれない。
「それにしても、本当に強かったな。イエレンだともっと強くなるってことだろ?頼もしい限りだな。アカーシャやオルバスは俺がいれば問題ない。イエレンもレオニスがいれば大丈夫だろ。となると、あとはミドラか。まぁ、当てはあるし余裕だな」
勝手に自己完結してますけど、そうですよね。僕ら世界征服するんですよね。緊張してきました。
「よし。レオニス、今日はここで寝ろ。空き部屋があるから勝手に使っていいぞ。詳しい話は魔族も交えて明日することにする」
「あ、はい」
ここで寝泊りしていいとか好待遇じゃないですか。もう嫌だったんですよ、あの硬い簡易ベッド。
背中痛くないなんて最高ですね。
「俺の名前はフォグナだ。魔族からは魔王としか呼ばれねぇからな。お前だけでも名前で呼んでくれ。同じ人だからな」
笑顔でそんなこと言われたら断りづらいんですけど。
断る理由もないからいいんですけどね。
「はい。よろしくお願いします。フォグナさん」
「よろしくな。レオニス」
差し出されたフォグナさんの手をしっかりと握り、真の意味でここに契約は完了した。
「……お前は対象から外してやるよ。お前だけはな」
言ってる意味がさっぱりよくわかりませんでしたが、小声で言っていたことなので、こっちにわからせる気なんて一切ない発言でしょうし、深く意識する必要もないですね。
別れの挨拶を交わすことなく、そのまま魔王の部屋を出ることにしました。
まだ外は明るかったですが、四階の端っこの空き部屋を陣取り、念願のベッドへとダイブしました。
ふかふかです。アリアのお家を思い出します。
アリアのベッドで寝たこともあったっけ?あれはすごかった……アリア大好き。
ノックもなしに扉が開かれ、ゼラファルムが入ってきました。ノックくらいしてくださいよ。
隣も空き部屋だったんですが、しれっとゼラファルムが居座ってました。
「どうだった?魔王の力は」
大方予想はついてましたが、やはりその話ですか。
あまり乗り気ではありませんでしたが、勝負の行方と聖属性について、ゼラファルムに言い、ゼラファルムは驚愕しながらも納得して出て行きました。
ゼラファルムもいなくなったことですし、存分にふかふかのベッドを堪能します。
今日疲れましたし、もう寝てもいいですよね。
眠気もないわけではなかったので、外の明るさに構わず、そのまま意識を手放すことにしました。
寝てる最中に流れた涙は誰の目にも映ることのなく、消えていった。
神法に感覚があるのは強くなった証です。アリアにその片鱗があったので一緒に特訓した成果です。アリア大好き




