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13話 帰らないとなるとお泊まりしかないですよね

 人は虐げられ、虐げられ続け、抗うことを覚える。

 人は抗い、抗い続け、後悔を覚える。

 人は後悔しないために、諦めることを覚える。

 人は諦めたとき、また後悔を覚える。

 人は後悔する。なにを選ぼうとも絶対になにかをとりこぼす。

 後悔しない選択肢は絶対に存在しない。

 人が人である限り、後悔は消えない。

 もし、あのとき違う選択を取っていたら、どんな風に後悔したのだろうか。なにをとりこぼすのだろうか。

 時間の無駄。そっと後悔。

 顔を上げて下を見る。また一人、後悔をした。




 理解するまでにたっぷりと時間を要し、やっと先生の言ったことを呑み込むことに成功。

 まだ本当じゃないという可能性もあります。先生に限ってそんなことがないってわかってるのが嫌ですね。


「本当……ですか……?」

「えぇ。本当よ」


 わかってはいます。いつかは帰らなきゃいけないのは理解してました。でも、そんな唐突になんて、どうして……


「本当にごめんなさい。でも、どうしても帰らないといけないの。理由は……言った方がいいかしら?」


 お母さん自らが頭を下げてくるほどの事態。どうやら今日で本当に終わりのようです。


「言わなくてもいいです。僕なんかに頭を下げないでください。何かが起こったっていうのは理解できましたから」


 今までが幸せだったんです。もともとは3週間くらいって言っていたにも関わらず1ヶ月もいることができたんです。

 先生とリュウガには感謝しかないです。


「レオ、帰っちゃうの?」

「……うん」


 アリアが心配そうにこっちを見てきています。

 そんな視線を向けられると別れがより悲しくなってしまいそうです。やめてほしい。

 アリアもちょっとは一緒にいたいって思ってくれてるのかな。それなら嬉しいけど。でも、もっと離れたくなくなる。

 先生やアリアの目に今の僕がどう映ってるかわからないけど、少なくとも、アリアに心配をかけるほどの状態なんでしょう。

 とめどなく悲しみが溢れてきます。立ち止まってるわけにもいかないのは事実ですけど。今くらいは、足踏みしていたい。


「ねぇ、レオニスは帰りたくないわよね?」

「当たり前です」


 さっきの雰囲気とは打って変わって明るい口調で当たり前のことを尋ねてきた先生。

 光明が差し込んだようです。


「それはどうして?」

「アリアと一緒にいたいから」


 わかりきったことをあえて聞いてくる。

 即答で以って返し、先生の意図を完全に理解。

 この人の子どもでよかったって心から思いました。あとはアリア次第です。


「アリアちゃん。レオニスはこう言ってるんだけど、アリアちゃんはどう?レオニスと一緒にいたい?」

「そ、それは……まだレオと一緒に飛べたわけじゃないし……」


 胸の鼓動がうるさいです。期待ですか?期待してるんですか?うるさいから黙ってください。

 全然おさまりそうにないです。緊張してるんですか?

 自分自身に問いかけても詮無い話ですが、問いかけずにはいられません。これが緊張ですか。或いは期待ですね。

 胸を押さえてアリアの方を注視する。微かに頬が赤いのは気のせいじゃないですよね。


「レオニスと一緒にいたくないの?」


 先生が追い討ちをかけてくれます。さすが先生です。是非アリアにYesを。

 先生の方を見ていたアリアがそっぽを向きました。可愛い。


「うぅ……そんなの、一緒にいたいに決まってるじゃん……」


 アリアが何か言ったっぽいですが、向いてる方向が反対なのでこっちまでは聞こえませんでした。

 一体なんて言ったんでしょうか?


「じゃあ決まりね。レオニスはここに残っていいわよ。アリアちゃんと一緒にいてあげなさい」

「……えっ!?き、聞こえてたんですか?」

「えぇ。ばっちりね」


 置いてく?え?それって、アリアと一緒にいてもいいってことですか?

 さすがシャルナ先生です。頼るべきは先生なんです。まだ幸せは続くようです。ありがとう先生。

 感涙に咽び泣きます。本当に先生の子どもでよかったです。

 そんな先生はアリアへと何か耳打ち。


「ねぇアリアちゃん。レオニスのこと、本当はどう思ってるの?」

「べ、別にどうも思ってないです!!」

「レオニスには絶対言わないわよ。だから正直に答えてくれると嬉しいんだけど」

「……嫌いなわけないじゃないですか」

「ほぉ、つまり?」

「す……いや、やっぱりまだわかんないです。この好きっていう想いがレオがわたしに対して想ってるような好きとは違う気がします。よくわかんないですけど……」

「そうなの。アリアちゃん。言っておくけど、レオニスはずっとあなたを好きでい続けるわ。何年、何十年経ってもね。その間にもしも、本当の意味でレオニスを好きになったなら、そのときは私のことお義母さんって呼んでね」

「それって……レオとけ、けけけ……そんなの恥ずかしすぎます!!」

「アリアちゃんってほんと可愛いわね。私たちは帰るけど、レオニスはここに残るから、レオニスのためにも一緒にいてあげてね」

「べ、別にわたしはレオと一緒にいたいわけじゃ……レオが残るって、どこで寝泊りするんですか?」

「安心して、リリアにはすでに許可はとってあるから」

「待ってください。わたし許可した覚えないです!!まだダメって言ったはずです!!」

「本当に今でもそう思ってるの?」

「……そ、それは、その」

「でもそうね。無理強いはできないし、レオニスも一緒に帰るしかないのかしら。ごめんねアリアちゃん。レオニスと会うの難しくなっちゃうけど、でもこれはレオニスの方が辛いかもしれないわね。アリアちゃんと会えないって言うことだけで最悪泣いちゃいそうだし、慰めるのが大変ね」

「…………りました」

「ごめん聞き取れなかったわ。なんて言ったの?」

「わかりました!!レオと一緒に暮らします!!それでレオが残ってくれるならそうします!!」


 ずっと黙って聞いてましたが、どうやら先生は僕の望みを叶えてくれたみたいです。

 最初こそ何を話してるのか全然わかりませんでしたが、途中からはアリアの声がしっかりと聞こえました。

 先生がこっちに振り返ってウインク。美しすぎるので頭を下げておきました。

 先生の動向を見て、アリアがはっ、としました。急速に顔が赤くなり、そっぽを向く。

 アリアの口から言い訳が出るよりも早く、先生が芽を摘みました。


「アリアちゃん。レオニスをよろしくね。お家のこと、教えてあげてね」


 アリアがふるふると顔を揺らしたあと、先生の方を向き、しっかりと頷きました。

 その後すぐに項垂れてしまいましたが。


「シャルナさんの手のひらで踊らされてる感覚がします……」

「そんなぁ。別に私はレオニスやアリアちゃんが幸せならそれでいいのよ?」

「……それがわかってるから余計たちが悪いんじゃないですか!」

「え?どういうこと?」

「なんでもないです!シャルナさんが意地悪っていうのがわかりました!!」

「えぇ!?ひどい!リリアの方が意地悪だと思うけど?」

「お母さんも意地悪ですが、シャルナさんも意地悪です」

「レオニスにはそんなこと言われたことないのに……」

「レオはシャルナさんのことを尊敬してるようですし、そんなことは言いません。でもわたしは言います」

「私はアリアちゃんに尊敬されてないってこと?」

「そ、そういうわけじゃ……そういうところが意地悪なんです!」

「本当にアリアちゃんって素直で可愛いわ。レオニスに対しては素直じゃないところもポイント高いしね」

「……」

「あ、やば。レオニス、ちょっとこっち来て」


 急にシャルナ先生から呼ばれましたが、何したんですかいったい。

 アリアがそっぽ向いて黙ってます。先生が怒らせたんですね。本当何したんですか。


「……何したんですか?」

「いやー、ちょっと怒らせちゃった」


 てへっ、みたいな仕草をしてますが、アリアの方が可愛いです。


「なんで僕を呼んだんですか?」

「アリアちゃんの機嫌治してあげて。私はちょっとリリアのとこ行ってくるから。じゃあね」

「あ、ちょっと」


 行ってしまいました。先生って風の魔法使えないと思うんですが、やたら速くないですか?

 にしても、言いたいことだけ言って、しかも無理難題まで押しつけてどっか行っちゃうなんてひどいです。

 それでいてしっかりとこっちの望みを叶えていくのがかっこいいんですけどね。

 とにかく、今はアリアの機嫌を直さないとですね。


「えっと、結局俺はアリアの家で暮らしていいの?」


 すいません疑念が勝ちました。聞いておきたかったんです。アリアの口から。


「……レオはそうしないと帰っちゃうんでしょ?」

「うん」

「なら、うちに来て。一緒に暮らそう?」


 シャルナ先生。ありがとうございました。

 あなたの子であるレオニスは、今幸せを感じております。産んでくれたことに深く感謝を。

 そして、アリアの説得をしてくれたことに深く感謝を。

 命は儚いものです。楽しい人生でした。

 死因は尊死です。アリアのセリフで幸せの許容量を大幅に超過。吐血により出血多量。

 いい人生でした。


「ごふっ!!」


 鮮血が溢れていきます。辺りがアリアと同じ紅に染まっていく気がして、そこで意識は途絶えました。

 すいませんおふざけが過ぎました。意識が途絶えたのは本当ですが、吐血はしてません。

 ごふっ!!っていうのはあれです。特に意味はないです。なんとなくやってみたかっただけです。

 よくよく考えたらダメです。アリアは優しいですから、無駄な心配をかけさせちゃいます。

 早く意識戻さないと。意図的にできるわけじゃないんですが。


「……!!……オ!!」


 アリアの声が聞こえた気がしましたが、ダメです。起きそうにありません。ちょっと寝てきますね。


 柔らかい感触。ほのかに鼻腔をくすぐる甘い香り。

 意識を取り戻した瞬間、ここが楽園であることを理解。

 アリアの太もも。アリアの太もも。アリアの……太もも!?

 え?え?え?え?理解が追いつかないんですけど?待って待って待って待って。

 これはあれですか?噂に聞く膝枕ってやつですか?やばいやばいやばいやばい。

 せっかく意識取り戻したのに、もう消えそう。

 目を開けると、上から心配そうに見下ろしているアリア。

 視線が交差して、心配がなくなり笑顔のアリア。破壊力が天元突破。


「やっと起きた!急に倒れるからびっくりしたじゃん!!」

「いや、あの、これはどういう状況?」

「お母さんが、誰かが倒れたときはこうするのがいいって言ってたから」


 リリアさんに最大限の感謝を。ありがとうございます。

 これはすごいです。ちょっとずっといていいですか?

 ダメです。僕が死にます。間違いないです。この柔らかさにこの香りは致死。

 でもちょっとだけ、もうちょっとだけここにいさせてください。


「これ、俺にだけしてほしい。他の人にしないでほしい」

「え?」


 勝手に口から飛び出た願望。

 嘘偽りは一切ない素直な願いですが、ちょっと何言ってるんですか?

 心からそうしてほしいって思うけど、無意識のうちに言うってどう言うことなんですか?

 これ僕の身体ですよ?勝手に操作しないでください。

 ちょっとだけ困った表情のアリア。

 数秒の硬直の後発された答えは、


「うん。レオにだけするようにするね」


 Yes!!!!

 よくやったぞ僕の願望。

 願うだけじゃ叶わないんですよ。やっぱ願いがあるなら口に出さないと。当たり前です。

 改めてアリアの回答を反芻。

 マジですか?ちょっと待って。待って待って。つまりそう言うことですよね。この膝枕は僕の僕だけのものってことでいいんですよね?

 この世界美しすぎやしませんか?

 独占権を手に入れてしまったのでアリアの太ももから脱出。

 もう少し堪能したかったけど、それをしたら死んでいたでしょう。間違いない。

 にしても、膝じゃなくて太ももの上に頭乗っけてるのに、なんで膝枕なんでしょうね。不思議です。

 そんなことはどうでもよくて、意識失う前のことを思い出しましょう。

 確か、アリアがやばいこと言った覚えが……

 同じ轍を踏むところでした。危ない。まずは深呼吸です。すーはー。落ち着いて覚悟をして挑めば怖くないです。

 ……あれは確かにやばいですね。本気出してよかったです。生半可な想いじゃ絶対意識吹っ飛んでました。

 「一緒に暮らそう?」って本当にアリアが言ったセリフですか?僕の脳内アリアちゃんが勝手に言ってるだけなんじゃないんですか?

 もう一回聞いてみていいですか?


「アリア、俺が意識失う前、なんて言ったの?」

「……聞いてなかったの?」

「うん。それどころじゃなかったから」

「そういえば、レオはなんで急に倒れたの?」


 しれっと話を逸らされました。なかなかです。

 少しだけ目線が外れたのを考えると、本当に言われたのかもしれない。

 言ってくれないっていうのもアリアが恥ずかしがってるからっていうのが一番可能性が高いですし、信憑性が増してきました。

 本人から聞くのはもういいです。今更ながら、本気で覚悟決めて聞いたとしても死ぬ気がしますしね。

 質問に質問で返されたので、更に質問で返しましょう。


「アリアはどうしてだと思う?」

「わたしが関わってるの?」


 アリアも僕のことを理解してきたようで何よりです。


「うん。もちろん」

「レオが意識失うこと……」


 アリアが顎に手を当てて思案。

 やがて何か思い当たったらしく、近づいて来ました。

 ちょっと前傾姿勢で上目遣い。

 それだけでも十分に破壊力がありますが、流石にそれは規格外だなって思いました。


「レオ、一緒に暮らそう?」


 やっぱりそうですよね。いくら覚悟決めようとも意識なんて簡単に吹っ飛ぶんです。


 ……この柔らかさにこの甘い香り。ここが楽園です。

 目を開けるとアリアと目が合いました。

 心配の中にちらつく小悪魔的微笑み。かわいいですが、やばい気がします。

 今後意図的にアリアがさっきみたいなことをしてきたら長く持たないです。

 精神に異常をきたしそうですね。


「レオが意識失うっていうのはわかったけど、なんで失っちゃったの?」

「アリアならわかるんじゃない?」


 とはいえ、アリアは恥ずかしがり屋ですからね。自ら墓穴を掘るなんてないと思います。

 リリアさんみたいにはならないはずです。あの人は結構意地悪なんです。


「……レオが、わたしのことを好きだから?」


 こういうことです。そっぽを向きながらこぼすアリア。可愛いです。


「うん。あとはアリアが可愛すぎたから」

「……」


 そっぽを向いて帰ってこないので、興味を引きます。

 横向きになって目の前にアリアのお腹。右手を顔より上に上げて、無理矢理に腰を抱きます。

 特に嫌がられることはないっぽい。

 今アリアがどんな表情をしてるのかはわかんないですけどね。


「え!?レオ、何してるの!?」

「アリアを抱きしめてる」

「そ、それはわかるけど!!なんで急に……」

「抱きしめたくなったから」

「だからって、さっきまだダメって言ったじゃん!!」


 そういえばそうでした。反省します。『まだ』ダメなんでした。

 まだまだ抱きしめていたいし、アリアの柔らかさを堪能していたいですが、渋々と言った感じで身体を起こします。


「ごめん。つい」

「つい、なんだ。どうしてもしたいなら、ちょっとくらいはしてあげてもいいけど……いや、やっぱまだ恥ずかしいからダメ」


 アリアが小声ですごい可愛いこと言ってます。やばいです。


「レオがわたしのことが好きなのは知ってるから、絶対答えるから、だから、まだ待っててほしいです……」


 しっかりとこっちを見据えてそんなことを言ってくれるアリア。

 丁寧な口調は恥ずかしさの現れでしょうか。可愛すぎます。


「うん。ずっと待ってるから」


 さすがにこの雰囲気は心に毒なので、変えます。速攻で変えさせていただきます。

 そもそもなんでこうなったんですか?

 ……全部先生のせいです。まさかこれを見越して?やっぱシャルナ先生ってすごい。


「ところで、結局俺はアリアの家で暮らせばいいの?」


 言って後悔。全く話の方向が変わってないです。大事故です。

 この話題のせいでさっきみたいなことになったのに、何も学んでません。二回も意識失ったとは思えない馬鹿さです。むしろ意識失ったから馬鹿になったのかもしれませんが。


「うん。あ、でもわたしの部屋に勝手に入っちゃダメだよ?」

「なんか見られたら嫌なものとかあるの?」

「え?そんなのないけど」

「それでも入っちゃダメ?」

「だって、恥ずかしいし……」


 やばい可愛い。

 本気ですか?本気で一緒に暮らしていいんですか?

 アリアと、同じ屋根の下で?毎日がえぶりでいだぁ!

 本格的に頭が狂い始めました。幸せの許容量をオーバーしたせいですね。


「でもそっか。アリアと同じ家で暮らすのか……幸せすぎるな」

「別にそんな大した家じゃないし、普通の家だから特別視しないでね?」

「重要なのはアリアが一緒ってところなんだけどね」

「……そういうことはさらっと言わないでほしいんだけど」


 そっぽ向いて小声でこぼしても僕の耳には届くんですけどね。

 アリアの声は小さくても拾えるんです。


「うん。アリアの準備が整ったら改めて全部伝えるから。つい出ちゃったのは見逃してください」

「つい、で出さないでほしいけど、嬉しくないわけじゃないし……」

「なるべく言わないように心がけるから。無意識下ではどうしようもないけど」


 アリアが頷くのを確認。

 二回も気絶したせいで空はすでに赤く色づいていて、あとは闇に染まるのを待つだけです。

 その前に帰らなければいけないので、そろそろアリアともお別れの時間ということです。

 結局今日、一緒に飛ぶことは出来ませんでしたね。

 でも、僕らにはまだまだ時間は残されていますから。ゆっくりと慣れていかなきゃですね。

 明日にはシャルナ先生は帰ってしまうので、今日が最後です。

 特に話し合うこともない気はしますが、とにかく家族水入らずですね。吸収はまぁ言わなくていっか。

 明日からはアリアの家で暮らすわけだし、リリアさんにも挨拶しておかないとですね。

 噂をすればなんとやら、気の抜けた声音が響きました。


「聞いたわよ〜。アリア、レオニスくんと一緒にいたいんですってね〜」


 アリアの顔が一気に赤くなり、声のした方向へと視線を向けてます。

 少しずれてる気がしなくもないですが、視線の先はリリアさんというより、シャルナ先生?


「アリアちゃんの機嫌はバッチリね。さすがレオニスよ」


 アリアの視線などものともせず、よくわからない賞賛を贈られました。

 何かはわかりませんが、アリアの今の機嫌がいいとは思えないのですが。


「やっぱりシャルナさんは意地悪です」

「ひどいわ。アリアちゃんが許可したのをリリアに伝えないと準備が捗らないじゃない」

「余計なことまで伝えてるじゃないですか!」

「え?余計なことってなにかしら?」

「そ、その、わたしがレオと一緒にいたいって言ったとか……」

「まさか、アリアちゃん、あれって嘘だったの?」

「そんなわけ!!……シャルナさんの意地悪」

「ちょっとシャルナ。うちのアリアをいじめいないでよね〜」

「ごめんなさいね。アリアちゃんが可愛くてつい」


 シャルナ先生ってすごいアリアのこと好きですよね。見てればわかります。

 確かにアリアは可愛いですからね。性格も天使ですし。完全無欠の可愛いの権化です。

 そりゃ先生だって虜になっちゃいますよ。それだけじゃない気もしますが。


「アリアはレオニスくんと一緒に暮らすって決めたのよね〜?じゃあ早く帰りましょう」

「え?どうして?」

「レオニスくんの使う部屋を掃除してあげないとだからね〜」

「今から?」

「えぇ。もちろんよ〜。今日はまだだけど、明日にはシャルナたちも帰っちゃうし、レオニスくんはうちに来るからね〜。アリアも、レオニスくんに汚い部屋を貸すのは嫌でしょ?」

「そりゃあそうだけど。だからって今からする必要はない気が……」

「そうよね。もっとレオニスくんと一緒にいたいわよね〜」

「そ、そんなこと一言も言ってない!!わかったから。帰るから」

「レオニスくんと一緒にいなくてもいいの?」

「リリアの方が意地悪じゃないかしら?」

「どっちも意地悪!!」


 アリアは先生とリリアさんに背中を向けて頬をぷくー。

 なんとなく心配なので近づいてみました。


「アリア、大丈夫?」

「ねぇレオ、わたしレオと一緒にいたい。レオと二人きりがいい」


 ???????

 頭の中疑問符だらけです。は?どういうこと?

 あまりの予想外さに意識も健在です。やったぜ。

 いやいやいやいや、そうじゃないです。この子急にどうしたんですか?こんなこと言う子じゃないですよね?

 驚愕を通り越してなんか恐怖を感じ始めています。後ろの方にいる二人に。

 びっくりしてる場合じゃないです。チャンスはものにした方がいいです。行動あるのみ。


「俺もアリアと二人きりがいい」


 どさくさに紛れて本音を吐露。

 今のアリアなら受け入れてくれるのでは?そもそもあっちから言ってきたことだし。

 これはやばい状況になってきました。理解が追いつきません。

 アリアは僕の言葉を聞き、少しだけ表情を変えて、こっちを見てきました。

 そして、差し出された小さな手。


「一緒に行こう?あの広い空へ」


 本能のままにアリアの手をにぎり頷く。

 これからどうなってしまうんでしょうか?期待と不安がない混ぜになってます。期待が九割を占めてますが。

 急速に辺りの風が集まり、包まれていく。

 ここでようやく理解が追いつき、急いで今後を描く。

 アリアの言ったことから察するに、描くべきは……

 やがて、風の吹く方向は徐々に変わっていく。外側から内側へと、そして上へと変化し、僕らの体が吹っ飛んでいった。

 手は繋いだまま、描いていた神法を具現。空中に停滞しました。


「リリアが怒らすから二人してどっか行っちゃったじゃない」

「私のせいじゃないわよ〜。シャルナが怒らせたからでしょ?」

「言ってもキリがないわ。私たち二人のせいよ」

「そうね〜。そうしましょう」

「にしても、あの二人が練習してたのって」

「飛行魔法ね〜。いや正確には神法かしら。まさかこんな短期間でできるようになるなんてね〜。びっくりしたわ」

「リリアは知ってたの?」

「もちろんよ〜。レオニスくんに初めて会ったときに飛ぶのを見たいって言われたからね〜。それにお互いの属性使えるみたいだし、アリアは飛びたいって昔から言ってたからね〜」

「私はなんも聞いてなかったんだけど……でもまぁ、確かにすごいわ。レオニスだけじゃなくてアリアちゃんも。飛行っていうのがどれくらい難しいのかわからないけど、やっぱり二人とも神子ってことなのね」

「神子っていうのがいいとは限らないけどね〜。同年代からは異質扱いされるから友達なんてできないし。本当に二人が出会ってくれてよかったわ〜」

「確かにそうね。失言だったわ。レオニスとアリアちゃん、これからどうするのかしら。私としてはアリアちゃんが娘になってくれるのが一番なんだけど」

「私もレオニスくんが息子になってくれたらいいんだけどね〜。時間の問題な気がするけどね」

「アリアちゃんのお母さん自らそんなこと言っちゃっていいの?」

「私が言わなくたってわかるでしょ〜?シャルナも女なんだし、アリアの思ってることくらい」

「まぁ、さっきアリアちゃんに直接聞いたからね。レオニスがアリアちゃんに対して想ってる好きとは違うって言ってたけど、すごく可愛かったわ」

「うちの子可愛いでしょ〜?」

「本当にね。是非うちに来てもらいたいわ」

「改めてレオニスくんが想いを伝えたら、間違いなくアリアはオッケーすると思うわ〜。素直になれるかどうかはわからないけど」

「レオニスだけに素直じゃないのも私的にはすごい好きだけどね」

「二人が幸せになるといいわね〜」

「そうね」


 シャルナ先生とリリアさんはすでに見えることはなく、ここには僕とアリアの二人きり。

 手を繋いで見据える先は沈んでいく夕陽。綺麗です。


「やっと、一緒に飛べたね」


 アリアがこっちを向いて満開の笑顔。可愛いを超越。でも今死ぬのは絶対にダメ。

 気を強く持って深呼吸。すーはー。よし、いける。

 覚悟を決めてアリアに笑い返す。


「うん。俺の夢が叶ったよ。アリアのおかげで」


 アリアの顔が赤くなっているのは夕陽のせいですね。間違いないです。


「レオがいたからわたしの夢は叶ったんだよ。ありがと。………き」


 最後の部分は口だけ動いて声がなかったんですけど、一体なんて言ったんでしょうか?

 もやもやがすごい。


「え?最後、なんて?」


 アリアは手を離し、自分の神法で飛行し、こっちを見ながら後退り。

 右手の人差し指を唇に当て、微笑む。


「秘密」


 なんかこのアリアおかしい。絶対おかしい。なにこれどうなってんの?すごい仕草があざとい。

 だが、それでいい!!

 急にアリアが硬直しました。

 夕陽に照らされ赤くなっていた頬は、もはや夕陽のせいには出来ないほどに真っ赤に染まり、肩はぷるぷると小刻みに震えていました。


「わ、わた、わたしが?今の、え?嘘。そんなの、やだ。恥ずかしすぎだから……」


 自身の身体を抱きぷるぷる震え始めたアリア。さすがに心配なので近寄ろうとした瞬間、震えが一切なくなり、アリアの神法が消えた。

 一瞬のうちになにが起きたのかを理解し、身体を上下反転させ空を蹴る。

 自由落下の速度を遥か上回り、余波を残しながら地面へと到着。

 後ろから驚きの声が二つあがるが、興味を示す暇もなく、空から落ちてくる一つの影を捉えて、描く。

 絶対に傷つけさせない。絶対に俺が守りきる。

 下から上へと吹き上がる威力の低い上昇気流。

 小さなそれは、一人の女の子を支えるには十分で、アリアは落下の勢いを殺され、下に構えていた俺の腕の中へと落ちてきた。

 無事でよかった。


「ちょっとレオニス!いきなりどうしたの?」

「すいませんちょっと緊急事態です」

「アリアが意識を失ったのね〜。見してもらうわよ?」


 すぐに駆け寄ってきた先生とリリアさん。

 リリアさんはアリアのそばに座り、顔を覗き込んだ。


「うん。極度の羞恥心で意識失ったんだと思うわ〜」

「どういうことですか?」

「私とシャルナがアリアのことからかいすぎちゃったから、一時的に無意識になったんじゃないかしら〜?よくわかんないけどね〜。レオニスくんはなんかアリアがいつもと違うと思わなかった?」

「確かにいつものアリアではなかったです。いつものアリアだったら絶対あんなこと言いませんし」

「レオニス、アリアちゃんになんて言われたの?」

「え?いや、なんも言われてないです」

「レオニスの顔が赤くなるようなことなのね」


 アリアを真似てそっぽを向きます。シャルナ先生は察しが良すぎるので相手にしてはいけないんです。


「じゃあ、私がアリア連れて帰るわね〜。レオニスくん、明日はどうするの?同じ時間でいいかしら〜?」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 リリアさんがアリアをおぶって帰るのを見届けた後、シャルナ先生と帰ることにしました。


「じゃあ私たちも帰りましょうか。長い間レオニスと会えないなんて悲しすぎるわ」

「そうですね。先生と会えないのは悲しいです」

「そうよね。だから、飛べるようになったら定期的に顔見せにきてね。アリアちゃんと一緒に」

「はい。そうします」


 目の前で飛んだから、飛ぶ練習してたのバレたんですね。でも確かにそうです。こことバアムがどのくらい離れてるのか知りませんが、徒歩で半日くらいしかかからないなら飛べばすぐな気がします。

 いくらでも会いたい放題ですね。悲しみがだいぶ薄れました。


「今日の夕飯は豪勢にしましょうか!」

「短い間ですがお別れですからね」


 先生とのお別れ会です。

 食事がそこまで必要なわけじゃないから飲食店というものが存在しているサラムはすごいです。

 大樹という観光スポットがあるからですね。間違いないです。

 先生と二人で食事をして、宿へと帰るとリュウガが待ち構えてました。


「シャルナから聞いてるとは思うが、俺たちは明日帰ることになった。レオニス、長い間俺と会えないけど、泣くなよ?アリアちゃんに恥ずかしいところ見せんじゃねえぞ?」


 そういえば、リュウガの存在を忘れてました。

「膝」とは通常腿の前面、即ち膝枕の際に頭を乗せる部分らしいので、太ももも実質膝ってことらしいですね。びっくりです

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