12話 今日中に一緒に飛びたかったです
少女が目指すもの……
それは果てのない蒼い世界……
今の俺たちに神力容量という概念はほとんど存在しない。
新法で神力が枯渇するなんてことはありえないし、神力が足りなくて神法が撃てないというのもほぼほぼありえない。
何故なら、大地や大気から神力を吸収できるから。神力が枯渇しそうなら勝手に身体が神力を求め吸収をする。また、やばい神法を撃つ前とかは事前に神力を吸っておくことも可能だ。
自身の神力容量の限界を超える量の神力を消費する神法であれば話は別だが、神子の神力容量を超える神法を撃てるだけの想いと願いが今あるとは思えない。
神力が全ての世界で、無尽蔵の神力を手に入れた俺たちは最強だった。
証明していいですか?アリアといれば俺最強なんですよ?
アリアと出会ってから約1ヶ月ほど、アリアはもうすっかり神力の操作が板についてきて、神法だけではなく身体能力の補強も可能となっていた。
基礎が身につけば、そこからは一瞬で、初級や中級の風魔法をすぐに習得し神法で扱えるようになり、初級の土魔法でさえも使えるようになっていた。
一つ一つの技を丁寧に身体に慣れさせたおかげで、時間はかかってしまったが神法の絶対的優位点である速さに磨きがかかっていた。
あと残すところは飛ぶことのみ。風の上級はリリアさんに見せてもらわないと再現はできないですから。
というわけで飛行実験を開始したわけですが、実験は失敗に終わりました。
アリアの周りを風が渦巻いて、辺りに暴風が巻き起こる。
圧倒的風量で土塊が宙へと舞い始める。
やがて、風の吹く方向は徐々に変わっていく。外側から内側へと、そして上へと変化し、アリアの体が吹っ飛んでいった。
「き、きゃあああぁぁぁぁ—————」
驚愕の悲鳴も瞬く間に聞こえなくなるほどまでの速度で空へと打ち出されたアリアを見て、一瞬にして身体が動く。
動揺が出る前に全てを描く。それは一つの光景。
その光景を現実にするべく、風の奔流が一筋の光となって空へと飛んでいった。
未だに上へと上昇している紅き姫君を見つけ、より速く上へと駆け、追い越す。
振り返り、風を起こして下からの衝撃を相殺。勢いの消えた姫をそっと抱き抱えることに成功。
描いた景色はすでに実現されている。抱えられた紅き姫が無事ならそれでいい。
「アリア、無事?」
「うん。レオがいてくれたから……」
あの速さで空へと打ち上げられるのは怖かったのか、アリアは俺の背中へと腕を回してきた。少しだけ震えてる。
しっかりと抱きしめ返す。別にアリアの匂いとかを堪能してるわけじゃないです。
え?ちょっと待って?僕今アリアから抱きしめられてる?やばいやばい待って待って待って。心落ち着けないと。深呼吸深呼吸。すーはー
さっきは焦ってたからなんか全然理解できてなかったけど、よくよく考えたらまずいですよ。これは持たないかもしれません。
僕の熱なのかアリアの熱なのかわかりませんが、やけに身体が熱いですし、これは本当にまずいかもしれません。
ダメです。ここで意識を失ったら神法が解けて地面へと真っ逆さまです。アリアを危険な目に合わせられるわけないでしょ。
今更ながら気づいたんですけど、自分なんで飛んでるんですか?アリアを守りたいがために必死だったとはいえ、どうして?え?
これが愛の力というやつですね。間違いないです。アリアへの想いを力に変えたんです。神法は想いの力ですから。
「ありがと。すごく……怖かった……」
「アリアが無事でよかったよ」
少しだけ背中に回された手に力がこもったような気がして、大ダメージ。
意識がなくなる前に降りることにしましょう。意識なくなったら洒落になりませんからね。
腕の中から視線を外しながら下を眺める。地面が遠すぎてよく見えません。
大樹ですらそこらへんの木と同等、或いはそれよりも小さく見えます。これは確かに怖いです。
まだ少し震えているアリアの紅い髪をそっと撫でてみます。安心させるためであって、それ以外の意味合いはありません。アリアの髪に触れたいだなんて、そんなこといつも思ってるから今更です。問題大アリでしたね。
特に嫌がられることもなく、存分にアリアを堪能し(撫でただけです)ゆっくりと下降することにした。
「……ん?……え!?なんでレオが飛んでるの?」
少し落ち着いたのか、今更になって状況を把握し、素朴な疑問を漏らすアリア。非常にかわいいです。
驚いたせいか、顔がバッと上に向き、しっかりと目が合いました。その目には困惑がいっぱいです。
「えーっと、アリアを助けたかったから飛べたんだと思う。神法は想いの力だからね。誰よりもアリアのこと強く思ってたからできたんだよ。きっと」
「……そんな気はしてたし覚悟もできてたけど、そんな自信満々に言われるとやっぱ恥ずかしい」
合っていた目がすぐに逸らされました。最近は恥じらう姿を見ることも少なかったので久しぶりに見れてよかったです。別に狙ったわけではないですし、なにに恥ずかしがってるのかもよくわかりませんが。
逸らされたアリアから溢れた一言を逃すほど、僕は難聴ではないですよ?
「ありがと。こんなわたしを好きでいてくれて……そしてごめんね。いまだに答えられなくて……」
「礼を言うのはこっちだよ。こんな俺と1ヶ月も一緒にいてくれてありがとう」
「き、聞こえてたの!?」
もちろん頷きます。それはもう大仰に頷いてみせます。
「なんで、なんでそんな……嫌い」
急に嫌いって言われました。嫌いって言われました!!
え……?なんで……?
「……」
「あ……ごめん。嘘だから。嫌いじゃないから。嫌いなわけないから」
やば、本気で意識消えかけたかも。精神ダメージが強すぎる嘘はやめてほしいです。アリアなら許せるけどね。
「……よかった」
「本当にごめん。恥ずかしかっただけだけだから。レオのこと嫌いになれるわけないから」
え?なにこの子えぐかわいいんですけど。意識消えちゃいそうなんですけど。
「その、さ。早く降りよう?」
「あ、うん」
危うく失いかけましたが、なんとか意識を取り戻して、アリアと抱き合った状態のまま、アリアと抱き合ったまま!!地面へと着地。
数分とはいえ、離れていた地面に戻り、足の裏から感じる熱を少しだけ吸収。大地の方が慣れてるから吸いやすいんです。
ずっと腕の中に収まっていたアリアは、足が地面につくなりすぐに距離をとってきた。あからさまに離れられるとちょっと傷つきますが、ずっとくっついてる意味はないですからね。嬉しいけど恥ずかしいですし。
「助けてくれてありがとね。レオがいてくれてよかった」
「アリアを助けない選択肢なんてないから。たとえ死ぬようなことがあっても、アリアだけは絶対に助けるよ」
「それはダメ。レオも生きてなきゃ助かったなんて言えないから」
「そっか。なら死なないよ。絶対にね」
「うん。生きていこうね」
「生きていこうね」ですか。本人は平然としてるし、深い意味はないのかもしれないけど、でも期待はしてもいいですよね。
でもごめん。口では絶対なんて軽々しく言えるけど、本当にアリアの身に危険が迫れば、迷いなく命は捧げるから。
そういえば一個だけ、聞いておきたいことがあったんだった。
「アリア、手ぇ繋いでくれない?」
「え?うん。いいけど……」
理由も聞かずに頷いてくれるとか信頼されてるってことでいいんでしょうか?すごい嬉しいです。
右手を前に差し出して待っていると、おずおずとアリアの右手が近づいてきました。
アリアの方を見ると顔は赤く染まっていて、そっぽを向いていました。
お互いの右手が触れ合い、離さないという意思のもとがっちりと握ります。
アリアの温もりを感じれてすごい幸せです。って、それはどうでもいいです。どうでもよくないですけどね。
「えっと、なんで手繋いだの?」
「あったかい。アリアの体温以外にも、たくさんの熱が伝わってくる気がする」
この熱は間違いなく神力の熱。アリアの体内の神力の熱、或いは僕の体内の神力の熱。
どちらにせよ、神法を使っていない今の状態で手のひらに神力が漏れ出るなんてことは神力の制御ができる人ではありえない。
出会ったばかりのアリアでさえ漏れ出てなかったんだから、今のアリアが制御を怠るはずがない。
僕の神力が漏れ出るということも意識がある今ならありえないはずだ。
大気の神力の熱という可能性もなくはないが、人の中の神力の方が熱い。だから可能性は低い。
なら何故、アリア或いは僕の神力の熱を感じれるのか?
はっきりしたことはわからないが、間違いなく鍵を握っているのは神力の吸収のはず。
試しにアリアから吸収してみることにしましょう。あ、待って。アリアに吸ってもらった方がいいかも。倦怠感ありそうだし。
「アリア、俺の手に対して吸収してみて」
「え?どうして?」
「なんとなく」
「あ、そうなの。いつもみたいな感じで普通に吸えばいいの?」
アリアの問いに頷き返し、ただアリアへと神力を渡すことだけを考える。
アリアが失敗するとは微塵も思ってないが、念のために渡す神力は切り離しておく。全神力吸われたら動けなくなっちゃいますしね。
少量の神力はすぐに消え去り、握られた手の熱が冷めた気がした。
アリアの方へと視線を向けると、自身の手を見て驚愕してました。
「レオ、疲れてない?」
「え?全然大丈夫だよ。神力もほとんど吸われてないし。ちゃんと吸収できた?」
「え!?ほとんど吸えてないって、絶対嘘。確かに全然吸った気はしなかったけど、すごくいっぱい神力きたよ?」
「それ本当に俺の神力?他の神力だったりしない?」
「この温かさは風じゃないよ。熱量がいつもと違いすぎるから」
ちょっと謎が深まった気がします。どういうことですか?
今まで人から吸ったことはなかったので詳しいことはわかりませんが、もしかしなくても神力の吸収って吸った量がそのまま入ってくるわけじゃないのかも。
……だとしたら最強じゃないか?本当に最強レベルの能力な気がしてきました。
「俺も吸ってみていい?」
「レオからもらったおかげでいっぱい神力あるからいくらでも吸っていいよ?」
「じゃあお言葉に甘えて」
いまだに繋がったままの手に意識を向けて….って、待って。繋がってるよ?まだ手繋がってるよ?
アリアの熱が直に伝わってきてる……意識失いかけました。
僕はいったいなぜ、こんな幸福な状況をもっと堪能しなかったんでしょうか?おばかさんです。許せません。
心を入れ替えて存分に堪能することにします。にぎにぎ。
アリアがまだ?みたいな目でこっちを見てくるのでここまでにしようと思います。でももうちょっとだけ。
アリアが目を閉じました。待つというよりはむしろあっちから送ろうとしている?
とにかくいつものように吸収してみようと思います。意識を集中し……
身体の中に熱いものが入ってきているのがわかります。この感覚どっかで感じたような気がします。どこだったでしょうか。
いや、そんなことよりも僕はまだ吸収してないんですが。いったいなんでアリアの神力がきたのでしょうか?しかも結構いっぱい。
「アリア、神力減った?」
「うん。少しだけ」
「さっき目を閉じてたけど、何考えてたの?」
「レオに神力あげないとって想ってたけど、それがどうしたの?」
「俺、アリアから吸収してない」
「え……?」
疑問が増えた気がします。少量の神力を吸って多量の神力を得ていたというのはこの際一旦全部捨ておきましょう。
どこで神力の量が変わったのかはわかりませんが、アリアから神力を受け取ったのは確かなんです。
浮かび上がってくるのが神法という可能性。
アリアが直前に目を閉じて、思ったことが神法として世界に具現したというのが一番可能性としては高いが、他人に神力を与える。しかもその神力を大きくしながらなんて、神法によって実現できるのだろうか?
「さっきの時と同じこと想ってくれない?」
「うん。わかった」
アリアはすぐに目を閉じて、今神力を渡すことを考えてるはず。本当に可能ならもうそろそろ……
思った通りですね。アリアの熱が入ってきます。
本当に神法なんでしょうか?僕にも使えるんでしょうか?
「やっぱり。アリアの神力が入ってきた」
「私もちょっとだけ神力減ったよ」
「じゃあ俺からも渡してみるね」
アリアに倣って目を閉じて、神力がアリアの方へと入っていくのを描いてみます。アリアは描きません。あくまで神力が流れる様を描くだけです。アリアなんて描いたら意識保てないでしょう?
想いによって量が増えるのかわかりませんが、なんとなく強く想ってみます。
アリアのことを想えばいいだけですから、威力の上昇なんて余裕なんですよ。
どうやら渡ったっぽいです。少し神力が減りました。さっきもらった分全部ですね。
「んっ……」
アリアから少し吐息が漏れましたが、待ってください。なんですか今の?ちょっと本当マジでこの人やばいです。
いや、本当殺す気ですか?えげつないです。無理無理ライフもうゼロよ。
なんていうかさ、直球に言うとさ、すごくさ、興奮しました。いや仕方なくない?実際アリアも悪いじゃないですか。ちょっとこう息遣いが色っぽいって言うかなんていうか。
とにかく、アリアかわいい。
「熱すぎだから……」
「あ、ごめん」
「送ってこられた神力も多いし……」
「さっきもらった分全部返したんだけど」
「え?さっき全然神力減ってないのに、こんなに増えちゃったの?でもそっか。さっきの感覚からだと妥当なのかも」
なんとなくだがアリアの雰囲気からすると想いによって送る神力の量は変わらないのかな?多分だけど。
想いが反映されてるのは熱さ。これは間違いない。だから特に想ったり願ったりしなくていいのかもです。というかそっちの方がいいですね。
とりあえず、僕からも送ることができたということは神法でいいのかもしれない。もしかしたら魔法でもあるのかもしれないけどそれはシャルナ先生に聞けばいいでしょう。
完全に話が脱線した気がしますが、アリアから吸収したかったんですよ。そうです。まだ違うと決まったわけじゃないんですから、確かめないと。
アリアが吸ったと同時にこっちも送ったというのが正しい気もしますが、本当に吸収がすごい能力な場合もありますからね。そもそも大地とかから神力吸える時点で十分にすごい能力ですが。
「えっと、完全に話逸れちゃったけど改めて吸うね?」
「うん。何も考えないでおくね」
もう吸収も慣れたものです。
繋がった手に集中して、手から伝ってくる熱が全身に広がってく。あったかい。
吸った量としては、さっき渡した分くらいだけど、どのくらいアリアは減ったのかな?
手から視線を離し、アリアの方を見ると小首を傾げられました。その仕草かわいいな。
「どうしたの?吸っていいよ?」
「もう吸ったけど」
「え?全然吸われた気しなかった……」
どうやら吸収というのは元のものを増加させて自身に与えるみたいです。これは強いです。
どのくらいの上昇率なのかはわかりませんが、強いことに変わりはないですね。
欲を言うなら上昇せずにそのまま吸収するっていうのもやってみたいですね。自分の尺度で測っていたら相手への妨害へは使えなさそうですしね。
練習したらできるかもですし、リュウガにでも手伝ってもらおうかな?あ、そういえば先生にまだ吸収のこと言ってなかった気がする。
「もう吸わなくてもいいの?」
「うん。疑問も晴れたし大丈夫だよ」
結局なんで神力が漏れ出ていたのかはわからずじまいでしたが、いろいろ他にもわかったので結果的にはよかったでしょう。
寄り道はそのくらいにして、そろそろ本気でアリアと飛ぼうと思います。
長く繋がっていた手が離れるのはすごく心苦しいですが。
「さて、俺の試したかったことはこれくらいにして……アリア、あんな怖い思いをしても飛びたいってまだ思う?」
「……うん。確かに怖かったし、一人じゃきっともういいやってなってたけど、わたしにはレオがいるから。レオがいれば怖くないよ」
アリアの言葉が胸に刺さります。一つ一つがクリティカルヒットです。喜びで泣きそう。
絶対なにがなんでも一緒に飛んでやりますからね。決意新たにってやつです。
「わかった。絶対飛ぼうね」
アリアに微笑み、返ってきたのは笑顔の頷き。かわいいです。天元突破してます。
「さっきはなにを描いたの?」
「1ヶ月前のお母さんの飛んでる姿」
「確かに、実際目で見たものを自身で再現するっていうのが一番効率良いもんね。それであの威力が出ちゃったの?」
「あと、レオと一緒に飛ぶ光景も……」
だんだんと小声になって、顔も赤くなっていくアリア。
僕は聞き逃すほど耳が悪くはないのです。聞き逃した方がよかったかもしれませんが。
聞きました?神法っていうのは想いの力なんです。より強く想えば想うほど威力は増すんです!と、言うことは、アリアも一緒に飛びたいって、強く!強く想っているってことですよね!!
いやもうほんと好き。大好き。
でも言葉には出しません。その時が来たら、今までの想いも全部一気に伝えたいですから。
だから感謝だけにしておきます。
「ありがとう。一緒に飛びたいって想ってくれて」
「わたしのばか。レオの耳のよさはさっき理解したはずなのに、また……いや別に聞かれても悪いことはないし、一緒に飛びたいのは本心だから恥ずかしがることでもないけど、あぁダメやっぱ恥ずかしいよ」
「えーっと、俺としては嬉しい限りなんだけど、飛びたいって想いが強すぎて吹っ飛んだっていうのが妥当な気がする。もしくは、最終的には俺が支える形で一緒に飛んだわけだから、それが実現したかのどっちかだね。どちらにしても飛びたいって想いが強かったからそうなったわけだし、リリアさんの姿だけを描いてみれば?」
「レオが一回飛んでみてよ、それ描くから」
無理難題をふっかけられました。
さっき飛べたのはあくまでまぐれです。ただアリアを助けたかっただけですから。
もう一回やれと言われてできたら苦労しないんですが。
「わかった。多分できないと思うから期待しないでね」
「レオならできるよ。頑張って」
できます。確信です。間違いなくできます。
アリアから激励をもらってできなければ一生の恥です。もうお嫁に行けないレベルです。はなからお嫁には行きませんが。
アリアの期待の眼差しに対してしっかりと頷き、先の感覚を思い出す。
ただアリアを助けようという想いが具現したあのときとは違う。
今は、ただアリアを助けようという想いで具現した技を具現させたいという想いで技を具現させようとしている。
自分で言っててなに言ってるのかわからないけど、つまりはあのときを再現するだけ。
なら描くものは決まってる。
それは、自分自身。
アリアと一緒に空にいたあのときを描けばいいだけだ。そうアリアと一緒にいた……
アリア。アリア。アリア。アリア。アリア。アリア。
…………
空へと弾丸が打ち上がる。
発射点は衝撃で吹き飛び、小さな穴ができていた。
近くにいた紅い少女はあまりの衝撃に顔を覆いながらも、空を見上げた。
その先にいるのは中空の風を完全に従えた、少女とあまり大きさの変わらない一人の少年。
少年は悠然と空へと浮かび、空中から少女へと微笑みかけた。
「できたよ。アリア」
とは言ったものの、実際僕が何かをしたわけではなく、ただただ意識が吹っ飛んだだけなんですけどね。
迂闊でした。アリアを描いてしまうとは。しかも自分に抱きついてる状態のアリアとか、さすがに耐えれるわけないです。考えなくてもわかるはずなのに。
考えなしの行動でした。今後は気をつけます。
まったく。アリアの破壊力はなによりも僕が理解しているというのに。猛省します。
「……すごい。飛び上がる瞬間見えなかったよ」
「ごめん。できたっていうのは嘘。さっきの飛んだ時のこと描いちゃってさ、その、アリアと空中で抱き合ってたの思い出して意識吹っ飛んだ」
「意識吹っ飛んでもできちゃうんだ……」
ちょっとだけ今アリアがむくれたような気がします。嫉妬かな?かわいい。
二度飛んでみてちょっとわかったかもしれないですね。飛行について。
飛ぶという原理については簡単で、断続的に足や手、あるいは他の部分から風を出すことで空中に止まっている。たったそれだけ。
しかし、地面から宙に飛び立つときにそれらとは比べ物にならないほどの風量が必要になる。つまり二つの工程に分かれているというわけだ。
魔法の場合、リリアさんがやっていたのを見るに、言霊に二つのプロセスを両方組み込んでいたんだと思う。飛翔と飛行。
飛翔する際に使うのはだいたい真ん中レベルの中級魔法くらいの神力。飛行は初級魔法を連続で唱えてるようなものだ。
だから、願いだけでも発動できたのだろう。上級は定められた語句と願いがあってようやく言霊が成立しますからね。
さっきのアリアは飛翔だけを神法で発動させてしまったがためにぶっ飛んでいったんだと思う。
空中で神法を発動することも確かに可能だが、恐ろしい速度で自身が空に投げ出され、冷静に神法を使える人などそうそういるわけない。
概要さえわかってしまえば、あとはそれを具現化するだけです。アリアなら一瞬で覚えられるはずです。僕もですが。
「よし、アリア。もう大丈夫。完全に意図して飛んだわけじゃないけど、今ので飛行については理解したから。今日中には飛べるよ」
「ほんと!?さすがレオだね!どうすればいいの?」
アリアの飛びたいって気持ちがすごく伝わってきます。絶対飛ばせてあげるから。ダメだったら抱っこで連れてく。
「飛ぶためには二つの工程があって、一つ目は地面から宙に浮くこと、二つ目が空中に停滞すること。さっきアリアは一つ目の方に全部の想いが乗っかっちゃって、吹っ飛んでったと思うんだよ。だから、一回で二つのことを同時にするんじゃなくて、まずは一つ一つを分けて神法を使ってみよう」
「宙に浮く神法と、停滞する神法を別々に使えばいいってこと?」
「うん。そういうこと。宙に浮く神法はさっき見たいなのでよくって、いや、威力はもっと抑えなきゃダメだけどね。停滞する神法は、ずーっと風を足とか手から出してる感じかな」
「わかった。試してみるね」
「失敗しても絶対助けるから、安心してね」
そんな笑顔を向けられたらさすがに惚れちゃいそうです。すでに惚れてますが。
完全に安心しきってるようでよかったです。僕の心は大いに荒れてますけどね。
アリアが目を閉じる。
まずは飛翔から。さっきは風量がぶっとんでたけど、今回は普通。とは言ってもアリアの普通だからかなり風は荒れてますが。
やがて、風の吹く方向は徐々に変わっていく。外側から内側へと、そして上へと変化し、アリアの体がさっきとは段違いの勢いで吹っ飛んでいった。もちろん弱いという意味で。
アリアにもしものことがあったときのために自身も飛翔の準備。絶対に守るって決めたのだから。
アリアの姿はかなり小さくなり、そして一瞬の停滞。
すでに飛翔は終わっていて、あとは落下するか停滞するかのどちらか。
空を見上げて時が流れる。
一切変化しないアリアの姿に一つの確信を覚え、自身も描いていたものを具現。空へと舞う。
高度を上げ、アリアの元へとたどり着き、その場に停滞してるアリアに声をかけた。
「アリア、動くときは風の方向を変えればいいだけだよ。上に行くのは風量の調節が難しいけど、下に行くにはちょっと威力を弱めるだけだから。やってみて?」
「う、うん」
飛行についてはなんも言ってないのを思い出しました。迂闊でした。
あやうくずっと空中で固まってたかもしれないです。許せませんね。アリアを困らせるなんて。
すいませんでした。深く反省しております。
アリアはすいーっと体を傾けて横に移動。手をぶんぶん振ってすごく楽しそうです。危なっかしいですが。
ずっと憧れていた場所でしょうから。連れてこれてよかったです。上から目線で言えるほど自分は飛行がうまくできませんけどね。
「すごい、わたし……飛んでる……!!」
遥か下にある遠い地面を見て、アリアが感動の声を上げる。
飛んでいるという感覚にも慣れてきたのか、傾けていた姿勢を完全に倒し、横向きの状態のまますいーっと移動してます。
手がさっきよりも左右に振られていて、興奮を表してるみたいです。
アリアがスカートを履いてなくてよかったです。割とマジで。意識吹っ飛んでましたね。間違いなく。よかったよかった。
アリアの適応能力は目を見張るものがあって、ものの数分すいすいしてただけで、飛行を理解したみたいです。
アリアに追随するように、体を倒して並行飛行。これが夢にまで見た世界ですか。
普段暮らしている世界を上空から俯瞰し、ころころ表情を変えるアリアを堪能。
アリアも視線に気づき、目と目がDate。互いに少しの間硬直。
やがて、アリアが頬を染めて顔を背けた。少し残念な気もしますが……僕はしっかりと見てしまいました。
躊躇いがちに差し出されたアリアの手を……
「レオ、一緒に飛ぼ?」
そっぽを向いたまま、そんなことを言ってきてくれるアリアに完全に射止められました。
もう無理です。当機は墜落します……
全身から力が抜ける感覚。これはマジでやばいやつだ。自身がゆっくりと下降していくのがわかる。
ゆっくりだったのはほんの一瞬で、自由落下タイムへと移行します。
差し出した手がいまだに塞がらないことに疑問を抱いたアリアがこっちを向いて、表情を変え、一瞬のうちに追いつかれました。
アリアにしっかりと抱き留められ、ここが楽園だと再確認。
意識失うのは洒落になんないですね。改めて思いました。
「レオ!!しっかりして!!」
「ごめん。もう大丈夫だよ。一瞬本気で意識が消えただけだから」
あ、これアリアに本気で心配されてる。というかアリア若干涙目に……ごめん無理。
「全然大丈夫じゃないじゃん!!はやく、地面に戻らないと……!!」
アリアが僕のために奮闘してくれてます。それが一番くるんです。一番ダメージでかいんです。
まだアリアは横にしか動いてなかったから、下降するのは初めてのはず。
下に行くのは横に行くのとは訳が違ってくる。神法によって常に出されている浮遊するための風の威力を下げなければいけない。
なんらかの間違いで神法ごと解いてしまえば、晴れて自由落下タイムに突入する。
地面に当たる前にもう一度神法を使うことができれば、勢いが殺され、優雅に着地できるのだが、焦った状態でうまく使えるかはわからない。
だからこそ、安全に少しだけ威力を下げ、ゆっくりと下降する必要があるのだが、アリアにできるのか?
などと言いつつも内心では安心しきっている。何故かって?ここはアリアの胸の中。まだ成長途中の未熟なバディーが堪能できているのだ。
つまり、はっきり言って死んでもいい。すいません嫌です。もっとアリアと一緒にいたいです。
そもそも、アリアが失敗するという可能性はゼロ。全くない。アリアは風の神子ですから。
徐々に高度が下がっていく感覚。アリアに抱きしめられながら、一緒に降りていきます。
不意に聞こえる鼓動の音。
明らかに速度の速いその鼓動は安心しきっている人では絶対にありえない。
アリアの音から、アリアの感情が伝わってくる。それは焦り。一刻も早く僕の安全を確保したいという想い。
アリアの想いとは裏腹に、下降する速度はあまりにも遅かった。
さすがに、もう甘えてはいられない。
僕なんかがアリアに心配をかけていいはずがない。
「ごめん。アリア、もう本当に大丈夫だから。そんな焦って降りなくてもいいよ?」
「ダメ!!さっきもそう言って大丈夫じゃなかった!!だからレオは降りるまでわたしの中にいて!!」
「わたしの中に」ですか。それはちょっとダメですね。許容できません。
いや、すごく幸せで光栄なことなんですけどね。でもダメです。
「わかった。降りるまではこのままでいる。でも本当に大丈夫だから焦らないでね?それと……」
しっかりとアリアの背中に腕を回し、抱きしめ返してやりました。
確かにアリアから抱きしめられるだけというのも幸せですが、アリアを抱きしめるのはあれなんです。とてつもなく幸せなんです。柔らかいし、いい匂いするし、なによりも、
「……!!」
恥じらうアリアが最高にかわいいですからね。
アリアの顔が赤く染まり、音が少し速まった?焦らなくていいって言ったんですが、アリアの想いに感動です。大好き。
ちなみにですが、僕の音はさっきとは打って変わってすごく速いです。まぁ、アリア抱きしめたらそりゃあね。胸も高鳴りますよ。
お互い抱き合ったまま、抱き合ったまま!!ゆっくりと降りました。
結局、本当の意味で一緒に飛ぶことはできなかったですね。もう一回やればいい話ですが。
「その、どうしてレオがわたしを抱きしめたの?」
至極真っ当な質問だと思います。あの状況において、僕がアリアを抱きしめる必要性というのは皆無でしたから。
ならわざわざ無駄な理由を付けるのは愚かというものです。ただ正直に言えばいいだけなのですから。
「溢れ出る愛」
「……え!?」
アリアが驚いてこっちを見てきました。驚いた顔も可愛いです。
なに言ってんの?みたいな表情をしてるので、しっかり説明します。説明は大事です。
「アリアへの想いが行動として現れた結果、抱きしめてしまいました」
「レオはわたしを抱きしめたかったってこと?」
頬を赤くしながらも聞いてくるアリアに、頷きで以って返す。
顔を背けて小声でぽつり。
「そ、それなら言ってくれればいいのに……あんな状況で急にだなんて、絶対間違ってるよ……」
「ごめん。緊迫した状況であんなことしたのは本当にごめん。それでえーっと、言ったら抱きしめていいの?」
アリアが顔を抑えて頭をふりふり。すごいかわいいんですけど。
「同じ轍を踏みすぎだよ……わたしのばかぁ……」
一人で苦悩してるっぽいです。なんでかはわかりませんが。
ちょっと待ったらアリアが復活しました。顔はさっきよりも赤い気がします。
「その、言ってもまだ抱きしめるとかなし!!そういうのはもっと仲良くなってからじゃないとダメ!!」
「ねぇアリア。抱きしめていい?」
「……ダメ」
本当にダメみたいです。『まだ』ダメみたいです。気長に待とうと思います。
アリアが僕のことをどれくらい想っているのかは全然想像もつきませんが、願わくばアリアと将来を添い遂げられますように。と、大地に宿ってるであろう神様へと祈っておきます。
御供物は神力でいいですか?って言っても渡せないんですけどね。
不意に足の方へと熱が収束していく感覚がしました。
時間にして一瞬。熱が消えていきました。どういうことですか?
まぁいいや。とにかくアリアとずっと一緒にいられますように。お願いします神様。
祈っていると、アリアが声をあげました。視線を辿ると、そこにはシャルナ先生の姿。
少しだけバツの悪そうな顔。何かあったんでしょうか?
「レオニス、本当に急で悪いんだけど……」
いつもならアリアに対して挨拶をする先生が、挨拶も省いて伝えるほど重要なことって一体なんなのでしょうか?何故か嫌な予感がします。
「明日には帰らないといけなくなったわ」
……神様なんて嫌い。
勿忘草の花言葉は
『私を忘れないで』と『真実の愛』です。
勿忘草は英語にするとForget Me Not です。
興味ない?あ、はい。




