10話 命名しちゃいます
願いと代償は常に表裏一体。何かを得れば何かを失い、何かを失えば何かを得る。
その願いを掴み取った少年はなにを失うのか……
一番大切なものを失った少女はなにを得るのか……
それっぽいことを言いましたが、全く関係ないです。すいません。
そもそも一番大切なものを失った少女って誰ですかまったく。
アリアは守りますよ。絶対に守り抜きます。なにがあるかはわからないですから。この世界には魔王なるものがいるみたいですしね。
シャルナ先生は完全に硬直して、リュウガは地面に倒れています。
どうやら風の神法は衝撃的すぎたみたいです。自分にはよくわからないですが。
倒れてるリュウガがかわいそうなので、土の神法で無理矢理起こしてあげます。これが優しさです。
「……ごめん聞き取れなかったわ。もう一回言ってくれない?」
衝撃のあまり確認されました。やっぱり二属性の神法を使えるっていうのはやばいことなんですね。先生がここまでびっくりするなんて。
「風の神法を使えるようになりました」
「……本当に言ってる?」
信じてもらえないので実際に見せてみることにします。まだ慣れてはいませんが。
未だに放心しているリュウガに対してそっと描いてみます。なににしましょうか?
肌を撫でるようなそよ風でいいです。
瞬きの間にリュウガの表情が変わりました。驚愕以外の何ものでもないです。
リュウガの表情を見てシャルナ先生は怪訝そうに目を細めました。
「シャルナ、マジかもしれん。今イレギュラーな風が吹いた」
「なんでリュウガにだけ?」
まだ疑念は晴れないっぽいです。リュウガは信頼されてないですね。まったく。
シャルナ先生にも同じ風を送ることにします。一回瞬き。
表情はまったく変化せず、硬直しています。あの先生がですよ。なんかすごく優越感です。
「……どうやったの?」
必然の疑問ですね。でも、実際僕も理解してないんですよね。変わったことがあったとすれば、大気から神力を吸収できるようになったことですが、それもなんでできるようになったかわかんないですし、できるようになったのは……
無意識にうちに手が唇を触れてました。思い出したらダメです。偶然だったとはいえ、幸せの許容量が超過しちゃいますから。
でも、だとしたら、神法を使えるようになったのって……いやいやいや、さすがにそんなわけないです。
それ以外に思い当たるものがないのも事実なんですが、でもでも、やっぱりそんなわけないと思うんです。
「なんか顔赤い気するけど大丈夫?」
「……大丈夫です。なんら問題ないです。風の神法は、なんか気づいたらできるようになってました」
赤いのを指摘されるのはさすがに恥ずかしいです。先生からの視線から逃れるべくリュウガの方へと目を向けましたが、リュウガは未だに驚いた表情のままでした。
その顔のままこっちを見ないでほしいです。笑っちゃいそうです。
「気づいたらって……神子じゃないから私にはよくわかんないけど、二属性の神法だなんて普通はありえないのよ?」
「そうなんですか?」
「対魔組織でも聞いたことなんてなかったし、この世界に数人いるかいないかのレベルだと思うわ」
身近にもう一人二属性使える人がいるのですが、伝えた方がいいかもしれませんね。
「アリアも土と風の二属性の神法を使えますよ」
「……嘘でしょ?」
先生は一流の魔法使いですし、やっぱり驚きは大きいと思います。先生ですら二属性使えないですからね。
「針がずばばばばってするやつを目の前で使ってました」
「中級まで使えるの!?……リリアさんの子なだけあるわ」
意外な名前が出ました。先生とリリアさんが知り合いだったのは驚きです。
「リリアさんと知り合いなんですか?」
「レオニスこそなんで知ってるの?」
「さっき会ってきたので」
「そうなんだ。アリアちゃんとの仲も順調そうね。私たちは今朝会って意気投合したのよ」
「あぁ、だから今朝外にいたんですね」
「あーうん。そうね」
なんで外にいたのか疑問でしたが、解けましたね。リリアさんと意気投合したのは納得です。二人ともすごいですからね。
「それにしても、二人とも二属性使えるなんて本当にすごいわね。しかもお互いの属性だなんて、偶然とは思えないわ。本当に急にできるようになったの?二人でなんかしたんじゃない?」
鋭すぎます。さすが先生なのですが、ちょっと困ります。でも実際なんでできるようになったのかわからないのは事実ですし、あれは絶対関係ないですから……明日アリアに聞くことにします。
「なんも思い当たることはないです。アリアを驚かせる神法を描いたら風の神法が使えました」
「そんな曖昧な願いで使えるなんて、神法は羨ましいわ。そういえば、レオニスさっき顔赤くして唇触ってなかった?」
無意識だったとはいえ、自身の行いを呪うことにします。隙を晒すのはアリアの前だけにしたいと思います。先生の前での隙はさすがに致命傷でした。
「なんのことかわかんないです」
「ねぇレオニスー、なんで唇なんて抑えてたの?」
先生の追求にしどろもどろしてると、後ろから肩にぽん。振り返るとリュウガが肩に手を置いてました。
ぐっと反対の手でサムズアップ。
「レオニス、よくやった!」
なにに対して言ってるんですかこの人は。さっきまですごい顔してたじゃないですか。いきなりどうしたんですか。
「なんの話ですか?」
「ん?お前、アリアちゃんと仲が進展したんじゃないのか?」
今の話からどうしてこうなるのかさっぱりわかりません。リュウガの頭の中はどうなってるんですかまったく。
「いったい、どういう解釈をしたらその発想に至るんですか?まだ会ってから全然時間も経ってないですし」
「でも、会ってから全然時間は経ってないけどレオニスはアリアちゃんのことが好きなんでしょ?」
先生まで入ってくるのは驚きですが、答えの出た質問をしてきているのがもっと驚きです。
「当たり前です」
「さすが俺の息子だ。まったく迷いがない」
「アリアちゃんも満更でもないんじゃないかしら?」
先生が言ってくれると本当にそんな気がします。満更でもないなんてそんなの嬉しすぎるんですけど。
「まだ帰らないから、頑張ってアリアちゃんとの仲を深めてね」
「なんかわかんないこととか、必要なこととかあったらなんでも聞いてくれよ」
「ありがとうございます。頑張りますね。あ、リュウガに聞いておきたいんですが、僕の神剣は作ってくれるんですよね?」
「おう、心配しなくても鋭意制作中だ」
「ありがとうございます。神剣ができたら、神剣同士で真剣勝負しましょう」
「神剣使ったら更に差が広がりそうだが、そのときは受けて立つぜ」
図らずも、リュウガによって話題が変わったおかげで、先生からの追及を逃れました。よくやったぞリュウガ。
「よろしくお願いしますね。師匠」
「……」
敬意を込めた師匠という呼称ですが、リュウガはなぜかなにも言ってくれませんでした。リュウガなら喜ぶと思ったんですが、失敗だったかな?
「よかったわね。リュウガ」
「シャルナ、俺らの息子ってマジですごいと思わないか?」
「そうねー」
二人がなにか話してますが、なにを話してるかわかりませんでした。多分リュウガが栓のない話をしてるんでしょう。間違いないですね。
僕の目が間違ってなければ、二人ともどことなく上機嫌な気がします。言葉選びは成功だったかもしれないですね。
さっきも言いましたが、話題もアリアから神剣へと変わりましたし、完璧ですね。よくやった数分前の自分。
「レオニス、ちょっと先急ぎ過ぎな気がしなくもないが、神剣の名前って考えてるか?」
「いえ、そんなすぐ完成するようなものでもないですしまだですが」
「そうかそうか。ちゃんと考えておけよ?思いつかなかったら俺も一緒に考えてやるからな」
「はい。参考までに、リュウガの神剣の名前を教えてください」
「俺の神剣の名前はドラグレン。シャルナと出会った後に打った剣だ」
ドラグレンだそうです。シャルナ先生と会った後ということですから、先生要素を名前に入れているということです。間違いなくイエレンですね。
リュウガのことですから、自分の名前を入れるはずです。だからドラゴンなんですね。
ドラゴンとイエレンでドラグレン。安直ですがいい名前だと思います。
僕の剣の場合、作るのはリュウガなわけですから、リュウガの名前は使おうと思います。
ドラゴン、そして……
名前決まりました。
「なるほど。今更ですけど、名前をつけることに意味はあるんですか?」
「そういえば言ってなかったな。神剣っていうのはただ単に戦うためだけにある道具じゃない。所有者の神力を内部に浸透させて使うものだ。わかりやすく言うなら一心同体ってことだ」
一心同体ですか。もう絶対あの名前にします。確定事項です。
「名前をつけると、その名前自体が言霊になって、神力機構を発動するトリガーになる。そして、想いの具現、神力の塊たる言霊と名前を同一化することによって神力が浸透するようになるというわけだ。常に持ってれば神力は浸透していくが、時間がかかりすぎるからな。そんなもんか?名前をつける意味って」
説明が省かれていなかったかを先生に確認するリュウガ。もっと自信を持ってほしいです。
「あとはそうね。名前があった方が想いが込めやすいからっていうのもあるんじゃない?リュウガはしてないけど、対魔組織では好きな人の名前を剣につけてる人とかいたし」
納得です。神法や魔法は想いの力ですから、言霊に込める想いが強ければ強いほど威力はあがっていくんです。神力容量という絶対値は存在しますが……
神剣の神力機構というのは作成者によって大きく変わるようですが、リュウガは神力の濃縮と解放です。
濃縮は所有者の任意でいつでも行うことができて、解放の時に言霊を使うらしいです。言霊を使わなくても解放できるようですが、想いという力が乗らないため、威力は落ちるとのこと。
言霊を名前にすることで威力はよりあがるということですね。その名前への想いが強ければ強いほどに。
「いや、シャルナって直接入れると恥ずかしかったからイエレンにしただけだから」
「リュウガに羞恥心なんてあったんだ。にしても、ふーん。ドラグレンねー」
「シャルナって入れるの難しかったんです。ごめんなさい」
「ドラゴンにこだわりすぎるからでしょう?まぁかっこ悪くないからいいけど」
「誠に申し訳ございませんでした」
わかりやすい上下関係図です。見てください。この遜っているリュウガの姿を。シャルナ先生の方が位が高いのは当たり前ですが。
「レオニスはアリアちゃんの名前を剣につけるのかしら?」
「当たり前です……」
先生から聞かれるとなんででしょう、すごく恥ずかしいです。
いつになく小声になってしまいました。
「ねぇリュウガ聞いた?当たり前ですって。ねぇリュウガ」
「本当に申し訳ございません」
「嘘よ。別に怒ってないから顔上げて?」
「マジ?」
「えぇ。別にそんなんで怒るほど重い女じゃないし、リュウガの想いはわかってるから」
「シャルナって結構意地悪だよな」
「え?なんかいった?」
ちょっとびっくりしました。というかかなりびっくりしました。リュウガはいったい何を言ったんですか。こっちまで石飛んできたじゃないですか。
先生の笑顔が怖いです。あれはしちゃいけない顔です。
「いや、なにも言ってない」
「ふーん」
「レオニスは結局なんて名前にするんだ?」
あからさまな話題転換です。僕を利用しないで欲しいんですが。
名前は決まってますが、今言う必要ってあるんですか?
「今言わなきゃダメですか?」
「あ、私も気になる」
「別に言わなくてもいいが……」
シャルナ先生の方をちらちら見ないでください。不可抗力ですか。
我がアルラトス家というのは、シャルナ先生が最高権力者なのです。男は絶対服従です。
シャルナ先生の機嫌を取るのが我ら男たちの役目というわけです。ということを先生に言ったら間違いなく怒られますね。
リュウガが勝手に決めたルールです。ですが従わないわけにもいきません。先生は絶対ですから。
「リュウガが作ってくれるので、リュウガの名前も引き継ごうと思います。だから……」
『神剣・ドラガリア』
急に神力が抜けた気がしました。すでに言霊として機能したということでしょうか?よくわかんないです。
シャルナ先生の後ろの紙が一瞬揺れたような気がしますが、気のせいでしょう。
「ドラガリア……うん。いい名前ね」
「俺の名前まで入れてくれるなんて……」
先生のお墨付きをもらいました。よかったです。
リュウガはなんか感動してるんでしょうか?名前を入れられたのがそんなに嬉しかったのでしょうか。まぁよかったです。
「ドラガリアは私たちが責任持って作るから任せてね。レオニス」
「あぁ、この世界で一番の神剣にしてやるからな。大船に乗った気持ちで待ってな」
シャルナ先生も神剣製作に携わるかのような口調でしたが、どういうことでしょうか。
先生も関わってるならリュウガの名前じゃなくて先生の名前をつけるべきだったかもしれません。まだわからないですが。
「先生も神剣作ってくれるんですか?」
「神力機構はリュウガはできないからね」
納得です。内部は先生が、外はリュウガが作ってくれるんですね。
ということはドラグレンも二人で作ったのでしょうか?仲のいい両親です。
でも二人が作ってくれるなら、やっぱりリュウガじゃなくてシャルナ先生かアルラトスの名前を入れるべきでした。今更変えるようなことはしませんが。
「なるほど。それじゃあ僕の剣をよろしくお願いしますね。師匠、先生!」
「えぇ!」
「あぁ!」
えいえいおぉ!でいうことなしです。
神剣の話を長々としたせいで、窓の外は暗くなってます。きっとそろそろ夕食の時間ですね。
神力で補えるから食事はさほど必要ではないのですが、美味しい料理に舌鼓を打つというのは幸せなことなのです。
ちょうどいいタイミングで、リュウガのお腹がなりました。普段から神力を回しておけば絶対なることはないのですが、今は旅行中ですし、羽目を外すのはいいことだと思います。
この旅行がいつまでかはわかりませんが、できればずっと続いて欲しいです。せめてアリアと一緒に飛べるまでは。
「そういえば、結局レオニスはアリアちゃんとどんなことして風の神法使えるようになったの?」
どうやら食事はまだのようです……




