第八十四話 厄介事
庭に出るとポポが降りてきました。
小さいときから遊びにくる白い鳩です。私の肩にとまるのが可愛いんです。
「ポポ、久しぶりね」
頭を撫でると嬉しそうに鳴きます。
ただポポはセノンと仲が悪いんです。セノンはニコラスが抱いてます。
「セノン、ポポって鳩か?」
「ポポは風。」
「神獣ってよくいるのか?」
「神獣はよくわからない。でもまりょくを持ってる子はいっぱいいる。ここは魔力がおいしいから寄ってくる」
「美味しい?」
「うん。リリアとノエルとお母様の魔力は美味しい。」
「あれは魔力を食べてるのか?」
「うん。ポポはお母様が一番好き。でもあんまり会えないから似てるリリアと遊んでる。ポポが食べ過ぎるとセノンの分なくなるから追い払うの」
「魔力を食べるとどうなる?」
「かわらないよ。無意識に体からあふれ出てる魔力は自由に食べれるの。でもあふれでる魔力がなくなったら食べられない。セノンはリリアに魔力ちょうだいっていえばなくなっても食べれるけど。」
「体に自然にあふれる出る魔力がなくなれば、意図的に魔力を送らないと食べれないってこと?」
「うん。強い子は無理やり魔力を奪えるけど、リリアは契約したからセノン以外は無理やりはできない」
「シロとよくリリアが昼寝してたのは」
「シロはリリアの魔力が好きでよく食べてたって。セノンの勝ち。シロの負け」
「お前さ、性格悪いよな」
「わかんない。ニコラス、離して、ポポじゃま」
「リリア、セノンが呼んでるけどどうする?」
「ポポ、もう行くの?そっか。またね」
ポポが飛び立っていきました。
また遊びにくるかな。いつの間にか足元にいるセノンを抱き上げます。
「リリア」
庭を歩いているとニコラスが真剣な顔をしています。
背に庇われ、ニコラスが短剣を構えて投げました。
「きゃあ!?」
聞き覚えがあるような声がしました。
剣を抜こうとするニコラスの手を握ります。
「ニコラス、嫌な予感がするけど、たぶん命の危険はありません」
茂みを覗くと嫌な予感があたりました。
「こんなこと言いたくないんですが、先触れもなく、人の家の庭に隠れているのはどういうことなんですか、クレア様」
「リリア、あの、事情が」
ローブを着て泣きそうな顔のクレア様にひるんではいけません。
「私、クレア様がうちの国に来るなんて聞いてないんですが、きちんとした手続きをとってきたんですか?」
「陛下には許可をもらってあるわ」
「どうやってここまで来たんですか」
「貿易船に隠れて乗って、その後は、馬車でここまで。」
「なんで、そんな危険なことしたんですか!?セシル殿下はどこ!?」
「殿下には内緒」
「王太子妃ともあろう方がなにを考えてるんですか!?」
「だって、」
「リリア、落ち着いて、こんなことするなんてきっと事情があるんだよ」
ニコラスに抑え込まれてます。殴りかかったりしませんよ。
「止めないでください。きちんと教えないと駄目です。隣国では王太子妃が行方不明、」
「これ」
クレア様から差し出された手紙をみると、国王陛下からの滞在許可書。
驚いて息をのんだのは仕方ありません。ニコラスにも見せます。同じ外交官の勉強をしているので、意味はわかると思います。
「ニコラス、これおかしくありません?」
「ん?」
「なんで、堂々とではなく、お忍びで来させるんですか?これって極秘で訪問するときに使われるものですよね」
読んでいたニコラスの顔が真剣になりました。
「今日に限って誰もいないよな。説教してる場合じゃないな。リリア、今日の予定はどうする」
「事情を聞いてからです。場合によってはお断りしないといけません。クレア様、中にどうぞ」
「リリア、怒ってない?」
「事情によります。」
不安そうなクレア様をサロンに案内します。
お茶とお菓子と軽食を用意しました。クレア様が食事をされているか怪しいので・・。
人払いしてあるのでクレア様とニコラスとセノンだけです。
「どうされたんですか?」
「殿下の生母の側妃様は男爵家出身なの。正妃様が殿下はふさわしくないって」
意味がわかりません。王にふさわしくないってことですか?。
「でも今、王位継承権があるのはセシル第二王子殿下だけですよね?」
「うん。でも男爵家出身の国王は前代未聞なんだって。だから確かな後ろ盾と功績がないと駄目って」
一人しかいないならそんなことを言ってられません。国王陛下が新たなお子をという選択肢もありますが・・。
嫌な予感がします。
「その話はセシル殿下はご存知ですか?」
「わからない。国王陛下は正妃様の言葉は正論だと」
やっぱりおかしい。王太子の位を授けたのに今更そんなこと言うはずはない。
隣国は継承権のある王子はたった1人、王位争いをする相手もいないはず。
後ろ盾といえば婚姻・・。
クレア様を側妃にして力のある家から正妃を迎えるってこと?
「クレア様は国王陛下に何を言われました?」
「殿下のために励みなさい。お友達に相談してみなさいってこの手紙をもらったの。私のお友達はリリアだけだから」
お友達が私だけって言葉にさらに不安を覚えましたが、あとです。
まず、それで船に乗って訪ねてくる行動力がある意味凄いです。
クレア様にだけ話すなんておかしい。功績を求めるならセシル殿下に言うべきです。
妃殿下に求めることではありません。他の貴族を掌握しろならまだわかりますが・・・。
「クレア様、この国に来ることは誰かに話しました?」
「話してない」
「エクリ公爵家に連絡をいれます。」
「駄目。陛下に極秘って」
「はい?」
「王家のことをお父様には話してはいけませんって」
それなら、尚更他国の私に相談を許すほうがまずいですわ。
なんで、生家に話せないことを他国の私に相談しろって言ったんでしょう。
陛下がクレア様の交友関係を把握してないはずがない。輿入れ前に徹底的に調べられるものですが。
やっぱり嫌な予感しかしないんですが。
隣国で突然王太子妃が行方不明って恐ろしいことがおこってないといいんですが・・・。
「クレア様、私、どうしても今日は予定が調整できないんです。帰ってきたらゆっくりお話しましょう。滞在中はうちに泊まってください」
「リリア?」
「夜には帰りますのでセノンとお留守番しててくれますか?」
「あきれてる?」
不安に揺れるクレア様の瞳に笑いかけます。私の不安は気付かせてはいけません。たぶん一番不安なのはクレア様です。
「久しぶりにお会いできて嬉しいです。ご無事でよかった」
「リリア」
抱きついてくるクレア様を抱きしめながら、今後のことを考えます。
クレア様を客室に案内して、部屋を出ます。クレア様のことはエルとエリにお世話を頼みました。
セノンもクレア様に預けます。異国で独りぼっちは寂しいですから。
無事にここまでたどり着いたのが奇跡です。
「ニコラス、」
「わかってる。護衛騎士を何人かつける。」
「ありがとうございます。ディーンも貸してください。顔見知りがいる方が安心です」
ギルバート王太子殿下に至急で謁見したいと使いを出しました。
ミリアお姉様に非常事態なので帰ってきてくださいとお手紙も出しました。お父様とお母様は大仕事に行っているので頼れません。へたに事情をお知らせすることはできません。
「ニコラス、私、嫌な予感がずっとしてるんです」
「リリアは俺が守るから心配するな」
「隣国の王族って信頼できないんです」
「あんな目にあって信頼できたらまずいだろう」
「私はどうしてもセシル殿下に新しい正妃をあてがえって言われてるような気がしてならなかったんです。セシル殿下はクレア様を大事にしてるからそんなことできません。ああ見えて優しい人だから」
抱き寄せされる腕に甘えます。
「あの王は油断できない。だってあの第一王子の父親だろ?」
「結婚式、幸せそうだったのに。なんで・・」
「リリア、泣かせてやりたいけど、これから王宮に行くから我慢して」
泣いてる場合じゃありません。ゆっくりと息を吸って吐きます。
出かける準備をして馬車に乗り込みます。
王太子殿下が時間を作ってくださるので王宮に向かいます。
執務室に案内されました。
「リリア、礼は良いよ。どうした」
「突然申しわけありません。恐れながら人払いをお願いしたいんですが」
人払いをしてもらいましたが念の為に結界をはります。
クレア様の話を説明すると穏やかな笑みが消えました。最近は王太子殿下も素直になったのか、時々作り笑いをやめてくれます。
「殿下、この紙の裏にクレア様がうちに滞在していることが書いてあります」
「暗号か。リリア達は仲がいいよな。表に私が手紙を書いてセシル殿下に届けてもらえばいいのか」
「ただ昔、手紙を差し止められたことがあるので。」
「隣国の陛下は隠したいんだろうな。そこは私がなんとかしてあげるよ」
「隣国の王家を思い出すとうちの王太子殿下のすばらしさにうっかりときめきそうになります」
「期待に答えないとだな。情報は極秘で集めさせよう。」
「殿下、クレア様をうちが誘拐したことになりませんか?」
「隣国の国王陛下は読めないからね。私は当分王宮にいるから、困ったら相談においで。ニコラス」
「イラ侯爵家の名にかけて御身をお守りします」
「頼むよ。隣国の王太子妃は無事に帰さないといけないから」
セシル殿下への連絡は王太子殿下が請け負ってくださいました。
あとはミリアお姉様が帰ってくるまで待つしかありません。
「ニコラスどうしよう。お母様がいないから私は社交に出なければいけません。でもクレア様を一人にできません」
「セノンと一緒に母上に預けるか。うちの方が安全だろ」
「あのクレア様を預けて大丈夫?」
「ああ。朝、出かける前に家に送って、帰りに迎えに行けばいいだろう」
「ごめんなさい。」
「バカ。母上はお前を可愛がってるから大丈夫だよ。それにレトラ侯爵にも留守の間はリリアを任されている。騎士もあり余ってるから心配いらない」
私はクレア様のことはイラ侯爵夫人を頼ることにしました。
最初は不安そうだったクレア様もイラ侯爵家に迎えに行くと顔が明るくなっていて良かったです。
私には社交をこなしながらお姉様待つという選択肢しかわかりません。
お姉様、早く帰って来てください。
ニコラスが一緒にいてくれてここまでありがたいと思ったのは、はじめてです。
お父様、リリーは一人でお留守番もできなくてごめんなさい。




