閑話 ニコラスの決意2
ディーン視点
第17話のあとのお話。
坊ちゃんが目を据わらせて帰ってきた。
なぜか坊ちゃんの周りの空気が冷たい。
数カ月前はお嬢様が高熱で生死の境をさまよい、抜け殻状態だった。
目覚めたら坊ちゃんとの婚約は嫌と言われて、落ち込んでいた。いつも遊びに来ていたお嬢様がイラ侯爵邸に来なくなった。
お嫁にいきたくないというお嬢様の願いを叶えるべくお嬢様と一緒に外交官の勉強をはじめてから機嫌が落ち着いていた。イラ家の御曹司が外交官の勉強をしているなんて誰も思わないよな・・。
今日も倒れるまで剣を振るうんだろうか・・。昔と違って坊ちゃんは強くなったから、気絶させて止めることもできないんだよな・・。
「ディーン、来い。父上、母上お願いが」
嫌な予感がする。坊ちゃん怒ってるよな。
お嬢様と喧嘩したんだろうか・・。
坊ちゃんの様子に旦那様の眉間に皺が寄った。
「ニコラス、どうした?リリアと喧嘩したか?」
思ったことは俺と同じみたいだ。
旦那様は情緒不安定な坊ちゃんを隠れて心配していた。
「リリアが願いを叶えてくれる相手と婚姻したいそうです」
「願い?」
「他国とのつながりが欲しいと。俺は旅に出てきていいですか?」
「本気なのか?」
「欲しい物のためなら手段を選ばないものでしょ」
真剣な顔の旦那様とは裏腹に奥様は楽しそうに笑っている。
「ニコラス、外国を渡り歩くの?」
「はい。ついでに修行もしてきます。リリアの願いを叶えて、強くなれる。」
「止めても行くか」
「止めるんですか?」
「行くのはいいけど、一度レトラ侯爵夫人に挨拶しなさい。貴方がいない間にリリアの婚約者の席が埋まらないようにしないと。それに手続きも必要でしょ。ちゃんと準備を進めてから行くのよ」
奥様が許可を出すんですか!?
俺も一緒に行くのかな。
「わかりました。」
「ディーンは連れていくか?」
最近は坊ちゃんが強くなったから護衛についてないけど危険な場所に行くならどこまでも、お供しますよ。俺は坊ちゃんの師匠で護衛だから。
「ディーンにはリリアの護衛を任せます。俺の護衛はいりません。」
「え?」
俺は坊ちゃんの顔を見た。聞き間違いだろうか。
「護衛つきでリリアの願いを叶えるなんて情けない。俺は自分の力で成し遂げたいです。」
坊ちゃんの言葉に旦那様が誇らしげに見ている。坊ちゃんも成長したな。
感心している俺を坊ちゃんが静かに見た。
「うちの騎士の中で一番リリアのことに詳しいのディーンだろう?リリアが自分で怪我する分にはいいよ。ただ他人に怪我させないようにしろよ。無茶させるなよ。あんなに俺達の映像とってたんだからわかるよな?」
やっぱり気づいてたか…。時々視線を感じたからな・・。
「坊ちゃん、気付いて」
「まぁな。いない間も記録しといて。映像魔石でいいから。帰ったら確認するから。あと男は近づけるなよ。」
注文が多い…。
「坊ちゃん・・・」
「リリアは来月から隣国に滞在するらしい。危険な目に合わせたら覚悟しろよ。」
「そうね。ニコラスがいない間はディーンに任せましょう。旦那様、いいでしょ?」
「ああ。構わないが、ニコラス本気で行くのか?」
「はい。今の俺では材料が足りません。リリアを追い詰めるために集めてきます。あのわからずやに思い知らせます」
坊ちゃん、お嬢様に怒ってんのか。
追い詰めるって…。小ウサギがオオカミに追われる様子が脳裏によぎった。お嬢様、逃げ切れるかな…。
「可愛いリリアを手に入れるためなら必要よね。レトラ侯爵も婚姻するまで相当の苦労をしてましたし、」
奥様がさらに楽しそうな顔になった。やっぱり坊ちゃん一人で行くのか。
奥様だけ温度差が違う。
「ニコラス、ちゃんと生きて帰ってくるんだろうな」
「もちろんです。回復用の魔石もしっかり持っていきます。俺はリリアにもらった聖属性の魔石もたくさんあります。目的のためには手段は選びません。」
「旦那様、貴方の子どもですよ。誰よりも生き汚い。どんな手を使っても生きて帰ってくるわ。それにリリアが好きなのは努力する子よ。自分のために足掻いたニコラスを選ばないような子じゃないわ。私たちの願いのためにも。ニコラス、帰ってこなければ許さないから」
奥様はお嬢様中心に生きてる気がしてならない。
「もちろんです。リリアのことだけお願いします」
「リリアには話さないの」
「はい。止められるのが目に見えてます。あのわからずやには実力行使します。きっと俺がいなくなっても気づかないでしょう」
「あんなに仲がよかったのに」
「いつまでもお互い子供ではいられません。言葉で言っても駄目なら行動あるのみです。なにに怯えているかはわかりません。騎士なら心身ともに守るべきでしょ?」
「いつの間にか立派になって。わかったわ。」
「気がすむまで行ってこいとは言いたいが、17歳までには戻ってこい。目的が叶わなくても。それ以上の時間はやれん。」
「ありがとうございます。父上」
「お前も大事な息子だ。定期的に報告はしなさい。」
「はい」
これで坊ちゃんの旅立ちが決まった。
「坊ちゃん、いいんですか?」
「ああ」
「怒りで我を忘れてませんか」
「否定はしない。でも無理やり傍にいるだけじゃ駄目だから。リリアに信じてもらうには強引につきつけるしかないんだ」
坊ちゃんも頑固なんだよな。
強引ってことはわかっているのか・・。
「わかりました。」
「リリアを頼む。無茶しないように。俺は慰めてやれないから」
「精一杯お守りします」
「思いついたら止めても進むから油断するなよ。傷つけられないように、あいつは自分の事はおざなりだから」
「努力します。精一杯坊ちゃんの代わりにお守りしますよ。だからちゃんと帰ってきてください」
「頼む」
「いつも命令するのに。らしくないですよ。そんな情けなくて大丈夫ですか?」
「ディーン、命令だ。リリアを守り抜け。男も近づけるな」
「そうですよ。自信満々でえらそうなのが坊ちゃんです」
「俺の魔石を渡しとく。リリアに必要な時に渡して。リリアに渡すと絶対に使うタイミングを間違えるからディーンの判断で使わせろ」
坊ちゃんから魔石を受け取った。
数日後坊ちゃんは旅立った。
俺は坊ちゃんが帰ってくるまでお嬢様をお守りしよう。
護衛任務はずっとついていたし、大丈夫だろう。
ただお嬢様の護衛が坊ちゃんの護衛以上に大変だとこの時の俺は知らなかった。




