第四話前編 幼馴染
私は外交官の勉強を始めました。
今までは淑女教育が中心のお勉強でした。
時々、イラ侯爵夫人に教わった侯爵夫人になるための心得はもう必要ありませんね。
今日からはとてもお勉強が過酷になるとお母様に言われました。自分で決めたなら弱音は許しませんと忠告されました。
外国語に文化や風習、歴史など覚えることがたくさんあります。
勉強することに不服はありません。
先生にもお父様たちにもよくしていただいております。
ただ一つだけ気になって仕方がありません。
どうして隣の机でニコラスが一緒に授業を受けていますの!?
先生はニコラスのことも聞いていたようです。この光景を不思議に思ってるのは私だけのようです。
イラ侯爵家は武門貴族。外交の勉強などいりません。しかもニコラス・イラは嫡男です。
おかしい。でもニコラスには聞けないのであとでお父様に聞きましょう。
ニコラスが時々視線をむけてきますが気にしません。時間は有限なので、教本を読みましょう。しっかり覚えないといけません。最終手段はオリビアと逃亡です。
今日の授業も終わったので、ニコラスに話しかけられる前に自室に帰りましょう。
追ってこないんですね。意外です。
こんなモヤモヤするときはお兄様に会いたいです。
寂しいことにお兄様は旅立ってしまいました。
今日からお父様達と3人での晩餐です。
「お父様、ニコラスが一緒に授業を受けるのはどうしてですか?」
「ニコラスが外交官の勉強をしたいから預かってほしいと頼まれたんだよ。」
「イラ侯爵家の嫡男が?」
「ニコラスの教育は一通り終わっていると。それにまだイラ家は誰が継ぐか決めてないそうだ」
「え?」
「リリーは鈍いわね。ニコラスはうちでリリーと一緒に働きたいって。」
「うちの跡取りはお兄様です。私は当主を目指す気はありません」
「わかってるわ。ニコラスも貴方と一緒にノエルを支えたいって。リリーが家にいたいなら自分が傍にいけばいいって格好良いわね」
「お父様?」
「私は断ったんだけど、負けた」
「イラ侯爵家とリリーが生まれた時から婚約させようとしたのに突然白紙にしたからよ。リリーには教えてなかったけどニコラスはずっとリリーと婚姻するって言われていたのかしらね」
苦笑されるお母様を見て、納得しました。
「洗脳ですね」
「リリー・・。」
お母様に悲しそうにみられてます。お父様はいつもの穏やかなお顔です。お父様のこのお顔を見たら、私の答えは正解だと思います。
お母様は私に気付かれたくなかったんでしょう・・。
ニコラスが洗脳されていたなんて・・。
このまま外交官の勉強をしながら私の傍にいるならばニコラスはイラ侯爵になれません。それは駄目です。彼はイラ侯爵に憧れてました。洗脳されて道を誤まるなんてあんまりです。
私は自分の運命は壊したくてもニコラスにまで干渉する気はありません。
「リリー、婚約の話は白紙だ。ただニコラスが外交官を目指すならうちとしては鍛えるだけだ。それはわかるかい?」
「はい」
私は不服そうな顔をしていたんでしょう。優しいお顔で言い聞かせるお父様の言葉に頷くしかできません。
外交官を望むものがいるならその育成はレトラ侯爵家の仕事です。
でも、やっぱりおかしい。あのニコラスが外交官を目指すなんて。そんなに洗脳がひどいんでしょうか。
イラ侯爵はそこまでしてお父様と自分の子供を結婚させたいという夢を叶えたいんでしょうか・・。
それともそこまで家の利があるのか…。
この婚約に家の利など私には見えません。
頭の中がぐるぐるします。
ニコラスと関わりたくないのに、全然うまくいきません。
翌日は授業に集中できませんでした。隣の席で穏やかな顔で授業を受けてるニコラスの頬をつねりたくなりました。やりませんよ。ただこのままだとお互いのためにいけません。
勉強に身が入らないなんてお母様に知られたらお説教です…。
授業が終わりました。
「ニコラス、時間をいただけますか?」
「いいよ。場所は」
「私の部屋でおねがいします」
言いたいことのありそうなニコラスの手を強引にとり、自室に戻り、お茶の用意が終わったところで人払いをしました。
「リリア、わかってる?」
私室に異性同士で人払いはマナー違反です。でも使用人がいるところでは話せません。使用人を信頼してるといっても、どう広まるかわかりません。これからする話は極秘です。
醜聞よりも優先すべきものがあります。私のニコラスと話す予定の内容もマナー違反だとわかってます。でも譲れません。
魔法で防音の結界をはります。
お茶を一口飲んで心を落ち着けます。ニコラスも諦めて私の正面のソファに座りました。
「わかってます。でも使用人がいるところでは話せません。貴方はなにを考えてるんですか?」
「リリアに言われたくない」
一理あります。私も彼のことを突き放して無視しました。でもそんなこと関係ありません。静かに睨みつけます。
「どうしてイラ侯爵家の嫡男が外交官なんて目指すんですか!?イラ侯爵家の跡取りがまだ決まってないって、すでに貴方に決まってましたよね?貴方は誰よりもイラ侯爵に憧れていたのに。天才って言われてるけど誰よりも努力していただけなのに、なんで」
涙が出てきました。ニコラスの努力をよく知ってます。みんな天才って言うけど違います。誰よりも努力してるだけです。期待に答えようと必死で倒れるまで訓練するニコラスを見てられなくて治癒魔法を覚えました。
黙っているニコラスをじっと睨みつけます。
感情に負けて冷静に話せません。
「泣くなよ」
「勝手に涙が出るんです。気にしないでください。冷静になってください。確かに貴方は私と結婚するって洗脳されていました。でも一番大事なことは自分で決めるべきです。」
「洗脳?」
「小さい頃から言い聞かせられたから、それを叶えなくてはいけないと思い込んでるだけです。将来イラ侯爵になるんですから結婚相手までお父様の命令に従わなくていいんです。貴方にとって大事なのはそこではないです。一番は夢をかなえてイラ侯爵になることでしょ?外交官になってお兄様を支えたいなんて考えは捨ててください。お兄様が素敵なのはわかりますが」
「リリア、落ち着け。別に洗脳されてないんだけど」
「洗脳されてる当人は洗脳とは気づきません。お父様には私から伝えておきます。話はそれだけです」
「俺、外交官を目指すけど」
「はい?」
涙を拭います。ニコラスの額に手を当てますが熱はないです。精神異常の回復魔法をかけます。
「正気だから。俺は外交官を目指すよ」
「私にお父様の跡を継いで立派な当主になりたいと言ったのは嘘だったんですか?」
「あの頃は本気だったよ。ただ事情がかわった」
「事情?」
「リリアが俺から離れたい理由を教えてくれたら話すよ」
私、ニコラスのことわかっているつもりでしたけど、全然わかりません。
ニコラスの強い瞳と睨み合います。どうしましょう。
どうすれば説得できるんでしょう。ニコラスが外交官になりたいなんて絶対におかしいです。洗脳を解く方法なんて習ってません。
お兄様助けてください!!




