第二十九話 辺境の村5
私は疫病の救援部隊のひとりとして隣国の辺境の村に来てます。
私の仕事は解毒魔法と子供たちに勉強を教えることです。
なぜ疫病にかかった病人に解毒魔法が効果があるのかはわかりません。
その辺りは第二王子殿下にお任せしてあります。他国の人間が口を出していいことではありません。
さすがにここに来て一月も経つと生活に慣れが出てきます。
「ディーン、ちょっと飽きてきました」
「お嬢様」
「私、解毒魔法の腕はきっと上がりましたわ。異国の料理のお勉強をしたかったのに、この国の料理はいまいちです」
「遊びに来たんではないので我慢してください」
「わかってます。行きましょう」
集会所で病人に解毒魔法をかけます。熱も高熱ではなくなってきています。
起こせば自分で食事をとれます。
まだ体がだるくて話す余力はないようです。今は休養第一です。
たぶん弱い毒草を長期間食べ続けてこうなったんですよね。村長夫人が持ってくるお料理は毒入りですもの。これは本当は疫病じゃない。
「お嬢様、」
ぼんやりしていたらディーンに抱き上げられてました。
周りに煙が舞ってます。焦げ臭い。
火ですか!?なんで周りが燃えてますの!?
全員で避難は間に合いません。助かるためにできるのは一つだけ。
「火、消さないと」
風の結界で集会所を覆います。火元もわからないので、このまま水に願いをこめて大量の水を降らせます。
頑張れ、私。風邪ひいて熱が上がったらごめんなさい。
「お嬢様、もう大丈夫です。おやめください」
ディーンの声に目を開けて魔法をやめます。周囲も自分も水浸しです。ディーンがマントを被せてくれたおかげでディーンほど濡れてませんが・・。火は消えました。よかった。ポケットに入れてある回復薬を飲みます。
風に祈りをこめて暖かい風で乾かします。こんなものかな。
「ディーン、おろしてください。病人の様子を看ないと。」
「今日は駄目です。帰りましょう。あとは第二王子殿下にお任せしましょう」
ディーンの顔を見ると、うん。これはだめです。従うしかなさそうです。
この村に来てディーンは頑固なことを知りました。普段は自由にさせてくれるのに絶対に譲ってくれない時があります。ニコラスみたい。元気かな。こんなに会わないの初めてです。
私は大人しくディーンに抱き上げられたまま目を閉じ意識を手放しました。
魔力を使いすぎた自覚はあります。2属性の魔法を同時に使うのは非常に魔力を消耗するので仕方ありません。それに私、風と水の魔法はそんなに得意ではありません。
争う声に目を開けます。起きて辺りを見回すと部屋にはディーンがいません。
声は第二王子殿下のお部屋からです。
「そろそろ現実を見ていただけませんか。答えはほぼ出ているんでしょう」
「ディーン、さすがに言葉がすぎる」
「うちのお嬢様が火事に巻き込まれた。しかも必死でお嬢様が癒した病人も全員焼け死ぬところでした」
よくわかりませんが、うちのディーンの無礼はわかります。
ノックをして部屋に入ります。入室許可を待っている場合ではありません。
「失礼します。ディーン、第二王子殿下に失礼よ。第二王子殿下申しわけありませんでした。ディーンには私が厳しく言って聞かせます」
「リリ、病人たちは落ち着いた。後は任せて先に戻れ」
「恐れながら殿下、私はお友達との約束は必ず守ります。第二王子殿下と一緒にここを発ちます」
「気付いてるんだろう?」
クレア様と約束したんです。この方は何を怖気づいてるんでしょうか・・。
危ないことなんてこの村に来る時から覚悟してました。それに危険な場所に他国とはいえ王族を残していくなんて、レトラ侯爵令嬢としてできません。逃げるくらいなら最初から志願しません。
「危険があることは承知してます。私はここで、できることをするだけです」
「正気か?」
「事情があると思います。他国の問題に干渉する気はありません。ただ他国とはいえ王族の殿下を残して帰るなんてレトラ侯爵令嬢として絶対にできません。また我が国に亡命を希望する子がいるなら受け入れます。」
「殿下、どうせ一人で悩んでも決められないならリリ様に頼ったらいかがですか?きっと殿下より聡明ですよ」
「そうそう。うじうじ悩んでも時間の無駄。調べればわかることでしょ。リリ様も知りたいですよね?」
「全く興味はありません。」
「え?家の国の内情知りたいでしょ?」
「必要な情報はお父様が集めてます。個人的に知りたいのはこの国の内戦と戦争の予定くらいです。」
「侯爵令嬢だよな・・・」
「リリを他のご令嬢と一緒にするな」
第二王子殿下の臣下の視線が痛いです。
でも、顔に話を聞いてほしいと書いてあります。
「失礼ですね。でも、高貴な方の愚痴には慣れているので弱音くらいは聞き流してあげます。」
しばらくすると第二王子殿下が顔をあげました。
「兄上は正妃の子だが、俺は側妃の子だ。母上は男爵家出身だから継承第一位は兄上だ。兄上は婚姻され公爵家より妃を迎えている。ただ兄上は男爵令嬢に御執心なんだ。」
とてもくだらない予感がします。
「そんな時に第一王子妃である義姉上とクレアがお茶会で喧嘩になった。クレアの一番になりたいという発言を聞いた義姉上は俺が王位を望んでいるんではないかと勘違いされて」
そこで黙らないでください。沈黙が続きます。
「第一王子妃を慕う殿方に暗殺されそうになっているなんてことはありませんよね」
護衛騎士の方の沈黙が痛い。殿下、目をそらさないでください。
冗談だったのに。ありえません。
「クレア様を連れて謝罪に行けばそれで終わりますよね?」
「クレアは何が悪いかわかっていない」
「それはわかっていただかないといけません。それに第二王子妃になるなら第一王子妃と仲良くしないといけませんよ。第二王子夫妻の恭順の姿勢は必要です。辺境地の領主になるにしても」
パチパチパチ。
護衛騎士に拍手される意味がわかりません。
「さすが、リリ様。ほら殿下、クレア様を甘やかしてばっかりではいけません。」
「リリ、俺か兄上の側妃にならないか」
睨みつけます。不敬で責められても構いません。
「お断りします。クレア様と第一王子妃殿下の仲裁役なんて嫌です。私は外交官になります」
「リリと一緒にいれたらクレアも喜ぶ」
「クレア様は私の素を知りません。そのうち飽きて離れていきます」
「リリはクレアの好みだから大丈夫だ。大事にするから」
訳のわからないことを言う第二王子殿下に握られた手を振り払います。不敬罪でも構いません。お世話係として大事にすると言われて喜ぶ令嬢はいません。
「妃という名のお世話係なんてごめんです。それにクレア様は側妃を受け入れられる器があるとは思えません。どなたの所為とは申しませんが」
「恐れながら殿下、うちのお嬢様には恐ろしい後ろ盾がいますので、側妃にするんなら戦争を覚悟してください」
「ディーン!?」
「お嬢様、隣国に側妃として嫁ぐなどレトラ侯爵家が許すと思いますか?イラ侯爵家とサン公爵家も反対されると思いますよ」
「確かにお兄様やオリビアは反対しそうです。イラ侯爵はお父様との約束にそこまで拘ってるのかしら・・・」
「お嬢様・・・」
「その憐れんだ視線をやめてください。ディーン、口出しは不要です。第二王子殿下、冗談も終わりにしましょう。それで、なにを望んでるんですか?」
「冗談って・・。君の愛犬を第一王子妃に譲ってくれないか?」
「はい?」
「リリの愛犬に認められる妃を兄上は尊重せざるおえない。もしくはクレアとの仲を取り持ってくれるか」
それで解決するとは思えません。それにセノンを託しても、第一王子妃殿下が大事にされるとは思えません。将来の王妃になる方なら後ろ盾も十分なはず。男爵令嬢に夢中でないがしろにされるなら男爵令嬢に働きかけるべきです。クレア様の恭順の姿勢も必要ですが。
私は聞き流すと言いました。力になるなんて言ってません。最大限の譲歩はしましょう。
「それは私の愛犬の意思に任せます。クレア様とはお話してから決めます。」
「リリ様、お願いします」
そんな護衛騎士の方々に縋るような目で見られても困ります。
この国の貴族ってポンコツばかりなんですか!?
私、力を貸すなんて一言も言ってませんよ!?
愚痴を聞き流すだけって。なんでこの国の方って私の言葉を聞いてくれないんでしょうか。
オリビアに会いたい。この際王太子殿下でもいいです。王太子殿下は弱っても自分から押し付けてくることは絶対にしませんでした。第二王子殿下も命じるけど、私に丸投げすることはありませんでした。
お父様、隣国の貴族のポンコツぶりにリリーは心が折れそうです。




