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夢みる令嬢の悪あがき  作者: 夕鈴
番外編

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お騒がせ夫婦 前編

ニコラス視点

セシル王太子殿下とクレア様がレトラ領に滞在している。

隣国からレトラ領に亡命を希望する者がいるので、受け入れの相談だった。

そして、一時的に騎士の訓練の申し出も。

正しい手続きで来たから追い返せなかった。

使者で済ませて欲しかった。わざわざ王族が訪問する内容ではない。

そして、俺はこの王子をリリアに近づけたくなかった。リリアはありえないというが、この男は絶対にリリアに惚れている。クレア様に恋い焦がれているというがリリアへの視線が語っている。自分に向けらる好意に鈍い。

リリアはクレア様の相手をしている。

なんで、リリアがクレア様と一緒に眠ることになったのかわからない。俺のリリアを返してほしい。

そして、俺は恋敵とその護衛と一緒に酒を飲んでいる現状も。

立場的に断れないから仕方ないけど。


「リリアは外交官になるんじゃなかったのか?」


王子は不満そうな顔でこぼされた。

他国の内情に首を突っ込むのはよくないけど、隠すほどでもないからいいか。


「本人はその気でしたが、レトラ侯爵に命じられればうなずくしかありません」

「領主代行はニコラスだろうが。リリアが外交官として働けばいいんじゃないか」


王子の思惑通り、大使として派遣させる気は絶対にない。ノエルも俺も隣国のリリアへの仕打ちを生涯許さない。

まずリリアが自国からほとんど出れなくなった原因という自覚がほしい。弟に咎はないとリリアは言うけど、俺は納得できない。しかも二度だ。未遂でも許せるものではない。リリアは気にしないと言うけど、ギルバート王太子殿下に自分のことは捨て置いてと言う前の悲しそうな顔をさせた時点で重罪だ。

まぁその辺は俺がしっかりすればいいか。


「どこかの国で散々危険な目にあったので、リリアは俺なしだと外国には行けません。あんなことがなければ、リリアが外交官で俺が補佐官でずっと一緒にいられたんですけどね」

「お前、性格悪いよな」

「リリアも知ってますよ。」


でも俺は目の前の王子も性格は褒められたものではないと思う。


「ニコラス様、質問が」

「なにか?」

「どうやってリリア様を落としたんですか?」


護衛の質問の意図がわからない。


「知りません」

「は?」


せっかくだから自慢するか。王子にリリアを諦めてもらえるように。ネタはたくさんあるしな。


「リリアはあんまり言葉にしません。ただ昔から特別だったって言ってくれます。好いてくれてるのは知ってますが、何がきっかけかわかりません」

「口説いたりしなかったのか?」


王子はリリアが隣国に滞在していた頃も口説いてたんだろうな。リリアが鈍くてよかったよ。


「あいつ恋愛小説が嫌いなんですよ。そのての雰囲気だすと、嫌がります。自分の気持ちは言いましたよ。直球以外通じないんで。信じてもらえるまで、何度も。気が遠くなるほど」

「捨てられるって言ってたもんな」


よく事情を知ってるよな。


「その思い込みに苦労させられました。でもあいつが俺の隣で笑っているだけで、苦労なんて吹き飛ぶんです。」

「幼馴染なんだよな?」

「はい。」

「婚約する前から好きだったのか?」


男にこの手の話を詳しく聞かれるのは初めてだ。

普通は好きな女の馴れ初めなんて知りたくない。


「はい。俺がリリアの婚約者候補と聞いて、嬉しかったですよ。どんな手段でも手に入れるって決めました」

「いつから好きだったんですか?」

「昔の記憶過ぎてわかりません。俺はずっとリリアと過ごしていたので、リリア以外の令嬢に会ったときですかね。自分を当然のように振り回す従姉や媚びてくる令嬢を見て、いかにリリアが可愛くて居心地の良い存在か身に沁みました。リリアを邪魔だと思ったことなかったんです。ただ従姉がくると、邪魔だから早く帰ってほしいって思ったんですよね。他の女が泣いても、どうでもいいけど、リリアが泣くと泣き止んでほしくてなんでも叶えてやりたくなるんですよ。うまく説明できませんね」

「リリアは泣くのか?」


リリアが泣くことは、なぜか周りは意外そうに言う。


「昔はよく泣いてましたよ。今も時々泣きますが。」

「どんな時に?」

「大体は自分ではどうにもできない時ですかね。自分のためより人のために泣いてます。こないだは孤児が我儘言ったことに感動して泣いてましたよ」


先程から何を聞きたいんだろうか。


「なんで、俺じゃ駄目だったんだろうか」


リリアのいう駄目な王族の意味がよくわかった。

これは外交問題だ。

人によっては妻をよこせと言われていると勘違いする。まず人の妻を未練がましく思わないでほしい。せめて口には出さないでほしい。王族だろうと渡す気はないけど。


「リリアって、物凄く手がかかるんです。木の上から飛び降りるし、怪しい奴にすぐ近づくし、悪魔の討伐に乗り出すし、暗殺者を臣下におこうとするし、多分目を放したらすぐ死ぬと思うんですよ。まだまだ色々ありますが守れる自信はありますか?」


目の前の二人が遠い目をして黙り込んだ。ノエルならともかく、この王子にリリアを守れるとは思えない。今思うと隣国で殿下との一月を無事に過ごせたのは奇跡もしれない。うちの殿下がマトモだったおかげか。


「俺はリリアの側にいるためなら手段を選びません。」


「殿下、甲斐性ないから無理ですよ。ニコラス様はリリア様よりしっかりされてます。いつもリリア様にフォローされる殿下では太刀打ちできません。冗談はここまでにして、本題に入りましょうか」


リリアより抜けてたら貴族としてまずいと思う。そういえば、この王子はいつもリリアに助けられてたな…。

まず前振りが長すぎないか。

目の前の王子が言いづらそうにしている理由はなんだろうか。リリアが頭にお花が咲いてる人達だから常識通じないって言ってたよな。王子がグラスの酒を一気に飲み干した。


「リリアに手を出したか?」


剣を向けたことはあるけど、斬りかかってはいない。


「俺はリリアを殴ったりしませんよ」

「そっちじゃなくて…。し、初夜は」

「すませましたが」


王子が固まり、護衛騎士が笑っている。

どうせならリリアと一緒に酒を飲みたかった。酒を飲ますと甘えるリリアは可愛いからな。邪魔者が帰ったら二人で一杯やるかな。


「どうやって」


女の抱き方を知らないわけじゃないよな…。

気まずそうだけど、俺が教えんの?

文化の違いか?

いや、おかしいだろ。


「殿下、質問の意図がわからないんですが」

「うちの殿下はクレア様に手を出せないんです」


は?

目の前のにいるのは成人した男である。

俺は凝視してしまった。男が気まずそうに身を縮める姿は気持ち悪い。たとえ顔がよくても。

婚姻して数年たつよな。病気なのか?


「媚薬を贈りましょうか?できれば、リリアの治癒魔法は使わせたくないんですが」


治癒魔法で治るのか?それなら上皇様に頼もう。

リリアにそんな治療させたくない。考えるだけで俺のリリアが汚れる。仕方ないって諦めた顔してリリアが治療している様子が脳裏に浮かんだ。


「誤解ですよ。怯えられるのが怖くて手を出せないんです」


護衛の言葉に一安心した。リリアが汚れなくてすんだ。

気持ちはわかるけど、引いた。リリアが関与しないなら些細なことだ。

まず、最愛の妻が隣にいて、数年も手を出せないってやっぱり病気なんじゃ…。


「一度、医務官に見ていただいたほうが」

「幼馴染に手を出すのに躊躇わなかったのか!?」


声を荒げて言うほどのことではない。

リリアの気持ちが分からない時に手を出したのは反省している。一度目は不可抗力、二度目は抑えがきかなかった。でも拒否されなかったし。そのあと全く気にしてなかったのは複雑だったけど。

ここでは言わないけど。

 

「婚姻するまで、必死に我慢してましたから。儀式の後は抱き潰しましたよ。」


信じられないような顔で見られても、当然の権利だ。


「怯えられたら」


本気で怯えたら手は出せない。

でもリリアが俺に怯えたことは一度だけ。熱から目覚めて拒絶された時だけだ。間者のときは悲しみと怒りだったしな。



「そしたら優しく宥めますよ。婚姻したら、子供を求められます。抱かれる覚悟なく嫁ぐ令嬢なんていません」

「クレアは違うんだよ。それにあいつには俺だけだ・・。」



「よくわかりませんが、婚姻しても、手を出されないほうが不安になりませんか?抱きたくないなら、側室を娶ればいいではありませんか。リリアは絶対に渡しませんが」


俺、興味ないし関わりたくないんだけど。

埒があかないから、寝てるだろう適任者呼ぶかな。

リリアを返してもらおう。義姉上がいないのが非常に残念だ。


「失礼しますね」


侍女を連れて、リリアのもとに行く。

クレア様と眠っているリリアを抱きあげる。

一度、俺たちの部屋に戻って、ソファに寝かせてローブを着せる。


「リリア、起きて」


きょとんとしているリリアが可愛い。あいつらがいなければ、至福の時間なのに。


「ニコラス?」

「ごめんな。頼みがあるんだ」

「なに?」

「頭が痛くなることなんだけど」


事情を話すとリリアの顔が困惑して俺の頬に手をあてて見つめた。手を出したい。


「酔ってるの?」

「残念ながら、全然酔えない」


リリアを連れて戻ると、王子に睨まれた。女の気持ちなんて、俺にはわからない。まず自国で解決してほしい。

リリアが王子を睨み付けて仁王立ちしている。


「恐れながらセシル様、お世継ぎ作りは大事な仕事です。むしろ、クレア様の立場を想うなら早々に世継ぎを作るべきです。子を産めない妃は惨めですのよ。妃という立場で殿下を泣いて拒まれるなら、クレア様に王太子妃としての器が足りません。側近が諌めるべきです。ただ貴方のクレア様に手を出さないことが、どれだけひどいことかも自覚なさいませ」


騎士が拍手をしている。

その行為はリリアに睨まれた。まぁリリアの気持ちはよくわかる。


「セシル様の側近もしっかり諌めてくださいませ。」


拍手が止んだ。


「抱かれるの怖くないのか?」


リリアが呆れた顔をしている。


「嫁いだ時点で覚悟は決めてます。妻としては抱かれないほうが困ります。私がクレア様なら一服盛ってでも既成事実を作ります。」

「一服盛って?」

「私はしてませんよ。違う、もう嫌」


自分のこぼした言葉に気づいて赤面しているリリアを抱き寄せる。それは恥ずかしいよな。俺の胸に顔を埋めている。寝起きだから、人前でも素直に甘えるな。


「もういいですか?俺はリリアの意見に同意します。」

「リリア、幼いころから知った相手に抱かれるのは」


それは女性に直接聞くのはどうかと思う。

俺のリリアは鈍くても恥じらいは持っている。


「私はニコラスの妻です。ニコラスになら、もうだめ、やだ、もどっていいかな」


潤んだ瞳で見つめるリリアが可愛い。二人っきりじゃないことが非常に残念だ。


「殿下、無粋ですよ。幸せそうです。どう見ても不満も怯えもないですよ」



「人は変わります。でも私はニコラスが手を離さないなら、どんなニコラスでも側にいます。それに子供の頃よりも断然素敵ですもの。セシル様、変化を受けいれるのも中々愉快なものですよ。いい加減に痴話喧嘩は自国で解決できるようになってくださいませ」


赤面した顔で王子を睨んでリリアは部屋から出ていった。

残念ながら全く怖くなかった。

王子に不満そうに見られている。


「ニコラス、意地が悪すぎないか?」

「はい?」

「リリアに話せないから、話したのに」


リリアと二人っきりでそんな話をされたら俺は迷いなく斬るけど。


「俺はリリアに話すなとは言われませんでしたので、気づきませんでした。解決しました?」

「殿下…。」

「やはり病気なんでは?時々手を出したくなる瞬間はないんですか?」

「よくわからない」

「あとで、媚薬を贈りますよ。俺はもういいですか?」

「リリアもだが、冷たくないか?」

「この場にいるだけでも譲歩してますよ。」

「ギルバート殿下にもその態度なのか?」

「うちの殿下は手がかかりませんから。それに俺よりもいつもリリアが話してます。」


俺は放っておいて部屋に戻ることにした。

寝室に行くとリリアが眠っていた。抱き寄せるとくっついてくるのが堪らない。俺達よりも早く結ばれたのに、この幸せを知らないとは同情する。お騒がせ夫婦がさっさと帰国してくれることを祈ろう。

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