お墓参り
リリア視点
私はお墓参りに来ています。
ニコラスは留守番です。イラ家門の誇り高い騎士にお花をあげて祈りを捧げます。ここに来ることはニコラスには内緒です。
「ニコラスは覚えていると思うかい?」
イラ侯爵の声に顔をあげると暗い顔をしています。
ここは昔、ニコラスを守ってくれた騎士が眠ってます。イラ侯爵はここにくるといつも暗いお顔をします。
「わかりません。でも彼らの命は私が背負います。心を壊してしまうほど思い入れのある方々です。」
イラ侯爵は複雑そうな顔で見ています。
「ニコラスは優しいんです。もし眠る騎士達が忘れたことを恨むならその恨みごといただきましょう。ニコラスは前だけを見て進めばいいんです。」
「責任を感じるべきはリリアではない。」
イラ侯爵も優しい方です。昔の記憶を思い返します。
当時はわかりませんでした。義母様に見せてもらった映像に、血がいっぱいの中に見たことない顔のニコラスがいました。たくさんの血の怖さよりもニコラスの顔のほうが怖かったんです。イラ侯爵に抱きしめられても何も反応しないニコラス。いつもはニコラスはイラ侯爵に抱かれると照れ笑いをしてました。ニコラスの様子に溢れそうになる自分の涙が止まりました。私は倒れた騎士達の失われた命よりも、絶望した顔が悲しかった。
あんな顔をさせたくなかったんです。
しばらくはニコラスの瞳にはなにも映らなかった。頬を引っ張っても、意地悪言ってもニコラスは怒らなかった。いつもなら嗜めるのに。
あんなニコラスを見たのはあの時だけです。ニコラスは私の言葉に死にそうって言ったけど、その時もこんな顔してませんでした。
当時は気づかなかったけどニコラスにあんな顔をさせたことに怒っていたんだと思いますを。
まだ子供だったので…。
ニコラスの瞳に映りたくて必死でした。思い返せばあの時から特別だったのかもしれません。
心を壊してしまうなら、それはもらってあげようと思ったんです。
忘れられるのは悲しい。でも命をかけた騎士達が心を壊すならいらない。
貴族としての私は騎士達を讃えるけど、リリアは許せなかった。過去形じゃない。今でも私は許せません。
ニコラスを守ってくれたことは感謝してます。でも死んでしまったことは恨みます。
そんなことを言えばイラ侯爵の顔がさらに曇ってしまうことがわかります。
呼吸をするように嘘がつける自分に時々悲しくなります。こんなに汚い私があんなに綺麗な人の傍にいていいのでしょうか・・・。駄目って言われても離れる気はないんですけど。
でもイラ侯爵には嘘はつきたくないので、本当の気持ちは隠して、ごまかします。
領民を思い出して笑顔を浮かべます。
「ニコラスは私のことも大事な領民も守ってくれます。私は弱いのでニコラスのことを守れません。代わりに、ニコラスが見たくないものも傷つけた命は私が背負うってニコラスが領主代行を引き受けた時に決めました。」
騎士は守るためなら躊躇いなく殺します。
イラの騎士の話を思い出します。
ニコラスが私の騎士を名乗るなら、ニコラスが奪ったものを背負うのは私です。見せたくないからって、影で処理してることも知ってます。サアーダが調べてくれます。
サアーダに子供の時間はいらないと言われました。危ないことをしないという条件のもとで情報取集を頼んでます。4人の中ではサアーダが一番得意らしいです。
ニコラスは私の騎士を名乗るのに私の命令は聞きませんが。
困った騎士です・・。
「ニコラスは頼りになるか?」
「はい。民にも慕われています。嫡男のニコラスを婿にもらって申しわけありません」
「そうか。いや、あやつは甘やかして育ててしまったから・・。」
イラ侯爵がニコラスを甘やかしている様子は思いつきません。
訓練で血まみれにしていた記憶はありますが・・。私の見えない所で甘やかしていたんですかね・・。
「信頼できる騎士を託していただいて感謝しております。おかげでレトラ領はまた発展します」
「役に立っているなら良かったよ。いつになっても物騒だから気をつけなさい。」
イラ侯爵に送っていただいて家に帰ってきました。
ニコラスには会っていかないようです。
まだ仕事をしているので執務室に行きます。
「ただいま帰りました。」
「父上とのデートは楽しかった?」
ニコラスの同行は断りました。イラ侯爵がいるなら護衛はいりません。不満そうな顔ににっこり笑いかけます。
「はい。とても楽しかったです。」
「そうか・・」
大事なことを忘れてました。
「はい。ニコラス、1週間お仕事を代ります。イラ侯爵邸に帰ってください」
「は?」
「カイロス様が初陣ですって。」
「そんな時期か。俺の弟は強いし、しっかりやり遂げるから心配いらない」
「心配ではありませんか?」
「全く」
ニコラスが誇らしげな顔をしています。私には向けてくれない表情です。
信頼しているのがわかります。
「イラ侯爵を継ぐのはカイロス様ですか?」
「さぁな。でもあいつは俺より資質はあると思うよ。」
「複雑です」
私は誰よりもニコラスがふさわしいと思っていたのに。
「イラ侯爵家は安泰だよ」
「それなら私が見守りに行こうかな・・」
「リリアは手を出すから駄目だ。どんな状況でも自分の力で成し遂げることに意味がある。カイロスのこれからを考えるなら」
「他家のことは口に出しません。でもちょっと妬けます」
「妬ける?」
「私にはそんな顔を向けてくれません」
「お互いさまだろ?リリアだってノエルに向ける顔を俺には向けない。もう少し甘えてくれてもいいけど。」
腕を広げるニコラスに抱きつきます。私の行動に驚いたあと愛しそうに笑いました。
兄弟にだけ向ける顔があるのは仕方ありません。
私の言葉にコロコロ表情を変えるニコラスに笑ってしまいます。
この結末が正しいものかわかりません。でもニコラスを命をかけて守ってくれた騎士の方々、ニコラスの心は私が精一杯守ります。下を向くなら無理やり、顔をあげて上を向かせます。寂しいなら抱きしめます。前に進めなくなったら手を引きます。泣くなら涙を拭います。
一度捨てようとした私の誓いなんて信じてもらえないかもしれません。
でもこの人のためならなんでもします。だから暖かく見守ってあげてください。
「ニコラスは私の騎士で、私のものですか?」
「当然だろ」
想像通りの答えににっこり笑いかけます。
ニコラスは私のものです。連れていくのだけは絶対に許しません。でも絶望させるほど心に入り込むことも許しません。天国から後悔して見ててください。絶対に貴方達よりもニコラスの中で大きな存在になってみせます。でも、もしニコラスが受け止めることを選んだら悔しいけど傍で見守ります。でも絶対にニコラスは渡しません。ニコラスは腕の中で私が物騒なことを考えてるなんて全く気づきません。




