成長記録14 決意
今日は坊ちゃんの訓練をお嬢様が静かに見ていた。
「最近、ニコラス忙しそうだね」
「そうですね。坊ちゃん、頑張ってますね」
「リリーも負けないように頑張らないと」
「何を頑張るんですか?」
「内緒」
お嬢様はお気に入りの騎士と楽しそうに話している。坊ちゃんはそろそろ止めた方がいいな。
「坊ちゃん、お嬢様来てますよ。根を詰めすぎです。休憩したらいかがですか?」
坊ちゃんがお嬢様に視線を向けて剣を持ったまま近づいていった。
「リリア、来てたのか」
「はい。イラ侯爵夫人にお呼ばれした帰りです。差し入れ持ってきました」
「お茶いれてくれるか?」
「うん。違った。はい。」
坊ちゃんがおかしそうに笑ってお嬢様に手を差し伸べた。
二人は手を繋いで庭園に行くのか。最近花が見頃だもんな。
「言葉遣いの勉強大変そうだな」
「普段から慣れないといけませんから」
「リリアがご令嬢みたいだな」
「私はレトラ侯爵令嬢です」
坊ちゃんはお嬢様が淹れたお茶と差し入れを上機嫌で召し上がっている。
坊ちゃんは、美味しそうにお茶を飲むお嬢様をじっと見つめて真剣な顔をした。
「俺さ、イラ侯爵を目指そうと思うんだ」
お嬢様がきょとんとして、肩を震わせて笑い出した。
「真剣な顔で何を言うのかと思えば。私は将来のイラ侯爵はニコラスだと疑ったことはありません」
「え?」
「ニコラスがイラ侯爵に憧れているのは知ってます。それにどんな時も諦めずに立ち上がる姿はイラの騎士そのものです。イラ侯爵夫人の教えてくださるイラの騎士の話を聞いて思い浮かぶのはニコラスです」
お嬢様は坊ちゃんの真剣な決意表明を笑い飛ばした。
「俺は立派なイラ侯爵を目指す。ただ一人の騎士としてはリリアの騎士になりたい」
「どうしたんですか?ニコラスらしくありません。」
「嫌?」
「私がニコラスを嫌がることなんてありえません。私の騎士はニコラスだけですもの。違いますの?」
「違わない。絶対に譲らないから」
「はい。頑張ってください。」
にっこり笑うお嬢様に坊ちゃんが満足げに笑ったな。
お嬢様、意味わかってないよな。坊ちゃんは自分の言葉を受け入れられたことが嬉しそうだけど、伝わってないことわかってるんだろうか・・。
イラ家門の求婚だけど・・。まぁ坊ちゃんが幸せそうだからいいか。
***
訓練場に侯爵令息が突然訪ねてきた。
「ニコラス・イラに手合わせを申し込みたい」
騎士が坊ちゃんを呼びに行った。あいにく旦那様は留守である。
「どうされましたか?」
「手合わせを頼みたい。俺が勝ったら譲れ」
「譲れとは?」
「リリア・レトラ嬢から手を引けと言っている」
「理由をお伺いしても?」
「私は彼女に騎士の誓いを捧げたい。ただ彼女はすでに自身の騎士を決めていると。私の誓いは受け取らないと頑なに拒まれる。彼女の幻想を壊せしたい。名の知れていない騎士など彼女に不要」
逆恨みだ。お嬢様に振られたのか。だからって坊ちゃんに手合わせに挑むのは間違っている。
「受けても構いませんが。俺が勝ったらもうリリアに近づかないで頂けますか?」
「構わない。そのかわり私が勝ったら彼女から手を引いてもらおう」
「わかりました。準備の時間をいただけますか?」
「ああ」
俺は必要ないと思ったけど、受けるのか。
坊ちゃんが上着を脱いで準備運動始めたな。訓練着に着替えないんだな。
確かこの後視察の予定があったよな。間に合うんだろうか・・。
坊ちゃん達の手合わせがはじまった。呆気なく坊ちゃんが勝利していた。
「約束通り、もう近づかないでください」
手合わせの終わった坊ちゃんの上着をお嬢様がいつの間にか抱えていた。
「リリア、早いな」
「イラ侯爵夫人が手が空かないので視察を頼まれましたので、迎えにきました。着替えますか?」
「汚れてないからこのままでいい。」
お嬢様が坊ちゃんに上着を着せている。
「まさか視察の前に訓練してるとは思いませんでした」
「リリアの騎士として強くならないとだからな」
「さすが次期イラ侯爵です。ニコラス、視察が早く終わったら市に寄ってもいいですか?」
「いいよ。俺がついていれば危険はないからな」
「さすがニコラスです。もう用はよろしいのですか?」
「終わった。行くか」
奥様はイラ侯爵領の視察をお嬢様に任せたんですか!?
まだ二人は婚約していない。素直に頷くお嬢様の知らない所で外堀が埋められている。
そして、年下の坊ちゃんに負けて、親しい二人の様子を悔しそうに見ている男にかける言葉がわからない。しかも坊ちゃんはあえて騎士や守るなどの言葉を強調しながらお嬢様との仲を見せつけている。
同僚が奥様を呼びに走った。奥様は察したのか侯爵子息を丁重にお見送りをしてくださった。
「リリア、騎士にしてくださいってよく言われる?」
「最近流行っているみたいですよ。でも私は危険な場所にいきませんし、ふざけて頷いたらご令嬢の嫉妬や妄想に巻き込まれることが怖いので丁重にお断りしてます。恋愛小説でそんなシーンがあるそうです。全く興味ありませんが。」
「しつこく付き纏われてないか?」
「はい。大丈夫ですよ。」
「俺の名前出していいから」
「ニコラスを巻き込むわけにはいきません。」
坊ちゃんが驚いた顔をしている。坊ちゃんが倒した男はお嬢様に言われて来たんじゃなかったのか。
「いつもどうやって断ってんの?」
「丁重にお断りして、駄目でしたら、私はもう騎士はいますのでお受けできませんと。小説ではたった一人の騎士を持つことが美徳とされています。皆様、そういえば察して引いてくれます。まぁ何人もの申し出を受けるご令嬢もいらっしゃいますが。最近は男性も小説の虜なんですね。」
苦笑しているお嬢様を複雑な顔で坊ちゃんが見ている。
「ニコラスもご令嬢に囁きますの?」
「しないから」
「早く落ち着くといいですね。遊びとはいえ付き合わされるのは疲れます」
坊ちゃんの機嫌が悪くなったな。お嬢様は視察の帰りに市によりご機嫌だった。
坊ちゃんはお嬢様に無理やり串焼きを食べさせられ照れくさそうに笑っていた。お嬢様は坊ちゃんの機嫌をとるのがうまい。
翌日から坊ちゃんはお嬢様に声をかけている男達に手合わせを申し込みに出かけた。
お嬢様と坊ちゃんは仲が良い。ただ坊ちゃんの望む関係になるにはまだまだ日が遠そうだ。




