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夢みる令嬢の悪あがき  作者: 夕鈴
番外編

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成長記録12 お嬢様の喧嘩 

リリア9歳。ディーン視点

今日は坊ちゃんの従姉にあたる伯爵令嬢が来ている。

令嬢の婚約者も一緒だ。婚約者は騎士らしい。奥様達に婚約の挨拶に訪問された。ただ奥様達は先約があると挨拶だけ受けてお茶には招待しなかった。

伯爵令嬢は奥様と1日過ごす予定だったため迎えは夕方に来るそうだ。奥さまは挨拶としか連絡がなかったため、わざわざ予定をあけていなかった。

暇を持て余した伯爵令嬢達は坊ちゃんの所に来た。


「ニコラス、貴方もう少し身なりに気をつかいなさいよ」


坊ちゃんは容姿を整えることに興味はない。服も全部奥様が用意している。時々口を出すのは奥様がお嬢様に送る服だけだ。


「貴方は顔は良いんだから、身なりを整えればもっと人気がでるわよ。ただでさえ侯爵家嫡男。社交界で貴公子を目指すのも夢じゃないわ」


剣の手入れをしている坊ちゃんの隣に座り令嬢が一人で話している。

坊ちゃんの無造作な髪をご令嬢がすきはじめた。

坊ちゃんは一瞬嫌そうな顔をして無心で剣の手入れをしている。最近、新しい剣を旦那様からもらったと喜んでいた。

令嬢に視線をむけずに手入れをしているのもどうかと思うが。


お嬢様が影からその様子をじっと見て、坊ちゃんに声をかけずに踵を返して行った。邪魔してはいけないと思ったんだろうか。

馬屋に行ったんだろうか。


坊ちゃんは令嬢を気にせず、立ち上がり訓練をはじめた。新しい剣がまだ手に馴染まないらしい。

坊ちゃんの様子を見て令嬢の婚約者が坊ちゃんに手合わせを申し込んだ。


その剣のままで構わないって、いやうちの坊ちゃん、強いですよ。

刃を落としてある訓練用の剣のほうが安全ですよ。

令嬢も止めてください。


坊ちゃんはこの令嬢が苦手だ。年上という理由で構ってくるのも、我儘に付き合わされるのも。侯爵家の嫡男を無理やり振り回す人間は中々いない。

坊ちゃんは手合わせを断ったのに令嬢が口を挟んだ。騎士同士のやりとりに部外者が口を挟むのはよくない。幼いお嬢様でさえやらない。

お嬢様が坊ちゃんに遊びに誘うのは手合わせが終わった後だし、ちゃんと状況を見て声をかけている。

お転婆なお嬢様だけど空気は読める。

しかも令嬢の婚約者も坊ちゃんをさりげなく挑発してる。

坊ちゃんに勝って自分の名を広めたいってことか。坊ちゃんは剣の天才と囁かれる。その坊ちゃんに勝てば箔がつく。もう少しで武術大会だからそんなことしなくても実力で示せばいいのに。

挑発も流していた坊ちゃんが令嬢の言葉に負けて手合わせを了承した。


手合わせがはじまったな。坊ちゃんは魔法を使わず剣だけでやるのか。

確かに、剣だけで十分な相手だ。坊ちゃんの速さについてこれてない。坊ちゃんは子供で小柄だから速さを武器に戦う。


「ニコラス、なにやってるのよ!!」


婚約者を転ばされて令嬢が声を張り上げた。婚約者の劣勢に坊ちゃんに罵声をあびせる声が響きわたった。

この程度で声をあげられても・・。続く罵声に坊ちゃんが剣を飛ばして終わらせようとした手を止めた。

坊ちゃんの従姉とはいえ無礼がすぎる。周りの騎士の目が冷たくなったことに気付いてないようだ。罵声やヤジをいれる奴もいる。それが許されるのはときと場合による。

イラ家の訓練場で御曹司である坊ちゃんに勝ちをゆずれと叫ぶことがどれだけ、屈辱的な申し出かわからないのだろうか。


「立場を考えなさい。」


ただどんなに不快でもここで口を出せる騎士はいない。この中では伯爵令嬢の身分が一番上だ。坊ちゃんも年上の従姉に逆らうことはしない。ただこのままわざと負けるもの俺としては面白くない。


「騎士の手合わせに口出しはいけません。年も身分も立場も関係ありません。」


一人だけいた。お嬢様の声が響いた。

歩いてきたお嬢様が令嬢の前で立ち止まり静かに見つめた。お嬢様の登場でピリピリしている騎士の空気が和らいだ。お嬢様がいれば大丈夫だろう。

令嬢がお嬢様をバカにした顔で睨んでいる。


「子供が何なのよ」

「イラ家門の騎士に勝負を挑んだんです。覚悟があってのことでしょう。子供に負けることが恥?それはご本人が受け止めるべきことです。貴方の声でニコラスに手を止めさせ、勝ちを譲るなんて両者にとって恥ずべきことです。情けでもらう勝ちなど潔く負けるよりよっぽど惨めです」


お嬢様が坊ちゃんを見た。坊ちゃんはお嬢様が見ているなら負けない。一部の騎士が笑った。坊ちゃんがわざと負けるのを見たくないのは俺だけじゃないようだ。


「イラの騎士は強くて格好良いんです。」


お嬢様の言葉に坊ちゃんの顔つきがかわった。立ち上がった相手の剣を適当にいなして悩んでいた様子が消えた。

坊ちゃんが自分を見る自信満々のお嬢様の笑顔に小さく笑った。手合わせしながらお嬢様達を見ているとは中々余裕があるな。

坊ちゃんが剣を飛ばした。相手の動きに切れがなくなったから余裕だよな。

坊ちゃんは礼をしてさっさと立ち去った。


「子供がでしゃばるんじゃないのよ。子供だからって無礼は許さないわ」


令嬢がお嬢様に眉を吊り上げて睨みつけている。背中に庇おうと駆け寄った坊ちゃんにお嬢様が首を横に振った。お嬢様はスカートの裾を掴んで礼をした。


「お初にお目にかかります。レトラ侯爵家リリア・レトラと申します。」


お嬢様を見て令嬢が茫然とした。たしかに簡素なワンピースを来たお嬢様は侯爵令嬢に見えない。


「確かに私は子供です。でも侯爵家のニコラスへの無礼を見過ごすことはできません。それ以前に騎士の誇りを傷つける行為をしたことを恥ずべきです」

「何を。ニコラスは私の従弟よ。身分なんて関係ないわ」

「年上の従姉という立場でニコラスに無理を強いろうとした方の言葉とは思えません。それに血縁とはいえ身分は絶対です。伯爵家が侯爵家に指図するなんて、許される行為ではありません。」


静かに話すお嬢様の肩を坊ちゃんが叩いた。


「リリア、いいよ。言っても無駄だ」

「ニコラス、令嬢のやり取りに口を出すのは」

「うちのことだから。行こうか」


不満そうなお嬢様の手を引いて、坊ちゃんが立ち去っていった。

お嬢様もちゃんとした侯爵令嬢なんだよな。一部の騎士がお嬢様を誇らしげに見ていた。確かにお嬢様は格好良かった。イラの騎士への激励に気合が入ったのか訓練を再開しはじめたな。


呆然と二人を見ていた令嬢が座り込んでいる婚約者に近づいた。まさか成人した大人が子供に言い負かされるとはな。

足を抱えている婚約者の様子に顔が青くなった。

騎士が救急箱を持って近づくと足が腫れていた。くじいたから動きの切れが悪かったのか。

騎士の手当をしようとする手を止められた。


「ニコラスを連れてきなさい。命令よ」


俺はため息をついて同僚の視線を受けて坊ちゃんをゆっくり呼びにいった。坊ちゃんは木陰に座り込んでお嬢様の差し入れを食べていた。俺の顔を見ると、嫌そうな顔をした。


坊ちゃんが立ち上がるとお嬢様が不思議そうな顔をした。すぐに戻ると言う言葉に首を振って坊ちゃんの腕を掴んだ。

坊ちゃんとお嬢様が訓練場に戻ると令嬢が坊ちゃんに掴みかかった。


「ニコラス、貴方の所為なんだから責任とりなさい」


坊ちゃんは足の腫れを見て、自分に望まれた役割に気付いたようだ。


「その手を離してください。責任ってなんですか?」


令嬢は侯爵令嬢のお嬢様の言葉は無視できない。坊ちゃんから手を離し言い聞かせるような顔でお嬢様を見た。


「貴方は知らなくてもニコラスは血族魔法が使えるの。手合わせで怪我をさせたら責任をとるべきよ」


お嬢様が坊ちゃんの腕を掴んで令嬢を睨みつけた。


「怪我は自己責任です。ニコラスの責任ではありません」

「私はニコラスの魔法を見てあげようと」

「貴方はニコラスのお師匠様ではないので余計なお世話です。」

「伯母様達に頼むわ」


お嬢様が悲しそうな顔をした。お嬢様は血族魔法の空蝉が嫌いだ。


「なんで、ニコラスやイラ侯爵夫人がかわりに痛みを引き受けるんですか」

「もうすぐ武術大会なのよ。それにこんな便利なものを使わないなんて愚かなことよ。子供には難しいかしら」

「なら自分で使えばいいんです」

「嫌よ。私は貴方と違って忙しいの。」


お嬢様が令嬢を睨んで、坊ちゃんの腕を離して足を抱えている婚約者の傍に座った。お嬢様は涙を拭って治癒魔法をかけはじめた。足の腫れや傷を全部治して静かに歩いてその場を後にした。


坊ちゃんが令嬢に冷笑を向けた。


「今まで面倒で従ってましたが、気が変わりました。伯爵家に正式に抗議させていただきます」

「ニコラス?」

「リリアはうちの両親のお気に入りです。うちは伯爵家が傘下から抜けても痛くありません。今後はうちに足を踏み入れないでください」

「なに言ってるのよ。」


いつもは反抗しない坊ちゃんの様子に令嬢が戸惑っている。

お嬢様、治療する時に泣いてたもんな。理由はわからないけど。この様子なら坊ちゃんはわかったんだろうな。


「母上の血縁とはいえ俺のほうが身分が高いので。さっさとお帰りください。別れの挨拶は不要です」

「伯母様は私のことを気に入っているのよ」

「母上は今日はリリアとお茶をしてましたよ。今日は用があるって言われませんでしたか。」


奥様の先約ってお嬢様だったのか・・。だから突然お嬢様が来ても坊ちゃんは驚かなかったのか。

令嬢は自分がお嬢様とのお茶のために無碍にされたと知って唖然としている。


「そんな・・」

「もう従姉として会うことはないでしょう。失礼します」


坊ちゃんの名前を呼ぶ令嬢を気にせず、坊ちゃんは馬屋に行ったけど中には進めなかった。

お嬢様が馬に顔を埋めていた。この馬と坊ちゃんは仲が悪い。


俺を見つけた同僚が苦笑している。


「リリア様は空蝉が嫌いで泣いてる。でも言ったらいけないって」

「まさか俺もあんなことになるとは思わなかったよ」

「ああなると泣き疲れるまで止まらないよな」

「坊ちゃんのところに返せないか」

「リリア様も強情だから。」


坊ちゃんはお嬢様の様子を見て、自分の腕を短剣で斬りつけた。


「リリア、怪我したんだけど治してくれないか」


お嬢様が馬から顔を離して、坊ちゃんの手から流れる血を見て顔を青くした。

慌てて駆け寄り坊ちゃんの手に治癒魔法をかけている。

坊ちゃん、この方法はよくありません。確かに馬からお嬢様は離れたけど。


治癒魔法が終わったお嬢様を坊ちゃんが抱きしめてゆっくりと背中を叩いた。

またお嬢様が泣きだした。


「リリーはあの人、きらい」

「もう来ないよ」

「ニコラスも会ったら嫌」

「もう会うことはないよ。」

「絶対に?」

「会っても話さないし近づかない」

「ちゃんとお断りする?ひどいこといっぱい」

「リリアがそんなに嫌がるならな」

「意地悪言う人にはリリーが怒る。だからイラの騎士、」


泣きじゃくって言葉がでないお嬢様を見て坊ちゃんが笑った。


「俺はイラの騎士として恥じない行動をする。それをリリアが望むなら」

「うん。リリーはイラの騎士が一番って知ってる。ニコラスは未来のイラ侯爵。」

「俺はイラの騎士である前にリリアの騎士だけどな」

「うん。リリーの騎士は誰よりも格好良い。だから貴族の汚い言葉なんて聞かないで。」


お嬢様は坊ちゃんに浴びせられた罵声を聞いてたのか。


「俺はあんな言葉で傷つかない。強いからな」


お嬢様が坊ちゃんを見て泣きながら笑い出した。


「ニコラスが強いの忘れてました。口出ししてごめんなさい」

「リリアだけなら許してやるよ。俺以外にはやるなよ」

「騎士達のことに口を出したりしません。」


坊ちゃんがお嬢様の手を引いて馬屋を出て行った。二人でのんびりするんだろうか。

二人を見ていた同僚が笑っている。


「坊ちゃんも最近はお嬢様をあやすのうまくなったな。」

「お嬢様を、おびき寄せる方法はやめてほしいけどな」


後日、令嬢の婚約者がお嬢様を紹介してほしいと旦那様に頼みにきた。治癒魔法を使えるお嬢様をいずれ自分の家に迎えいれたいと。坊ちゃんが手を回すまでもなく、伯爵令嬢達はうちに来ることはなくなった。

すでにレトラ侯爵家にもお断りをされたらしい。

令嬢の婚約者はお嬢様が自分を好いていると思ったらしい。

泣きそうな顔で治癒魔法をかけたお嬢様を見て勘違いしたらしい。お嬢様が泣きそうな顔をした理由は俺にはわからない。

でも治癒魔法目当てでお嬢様を娶りたいとは、自殺願望があるとしか思えない。

結局、従姉である伯爵令嬢との婚約は破棄された。


奥様は伯爵家との繫がりを切ってしまった。

一度婚約破棄すると、次の婚約者を見つけるのは大変らしい。

伯爵家が坊ちゃんとの婚約話を持ってきたのが絶縁の理由らしい。

傷物をうちの大事な嫡男に押し付けるなど恥を知りなさいと旦那様ではなく奥様がキレた。

奥様も坊ちゃんを大事に思っている。ただお嬢様が特別すぎるだけである。


そんな事があったとは知らずに坊ちゃんはお嬢様の膝で寝ている。

お嬢様は本から目を離して、坊ちゃんの頬を突っつきながら騎士達の訓練に目を向けている。

坊ちゃんにとって久々の穏やかな時間だ。

まさか翌年、お嬢様が倒れて坊ちゃんの世界が変わるなんて誰も予想もしていなかっただろう。

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