成長記録11 お嬢様の保護者
リリア8歳。ディーン視点
坊ちゃんが今日は王宮に行きたいと言うので、王宮騎士団の訓練場に向かった。お嬢様がお茶会に参加しているので、一緒に帰るつもりなんだろう。最近はお嬢様が社交に忙しいため、うちには来ない。坊ちゃんが会いに行くことを覚えたことに俺は安心している。さすがに今日は冷える。坊ちゃんもお嬢様も風邪をひかないから頑丈だよな。
坊ちゃんは騎士団の騎士には負けない。うちでは時々負けるけど。王宮騎士団の騎士相手に負けなしなのは師匠の俺としては鼻が高い。訓練を終えて、坊ちゃんはお嬢様の迎えにサロンに向かう途中で令嬢達が集まってるのに、足を止めた。坊ちゃんの視線は池だ。坊ちゃんが駆け出した。
「リリア!?」
焦った坊ちゃんの声にお嬢様が池の中から顔をあげた。
令嬢達が坊ちゃんを見て焦った顔をしている。
「何してんの!?上がってこい」
「簪を落としたんだって。探してって頼まれたんです。」
「いいから、あがれ」
「公爵令嬢の命令には逆らえません」
この寒い中、池に飛び込めと。
坊ちゃんが池に入ってお嬢様を無理矢理連れ出した。
躊躇わずに冷たい池に入る坊ちゃんもどうかと思うけど。
「バカ!?こんな寒い中、」
「降ろして、」
坊ちゃんの腕の中でお嬢様が暴れている。
「なにごとかしら?」
「もう帰ったのではなかったんですか!?」
サン公爵令嬢の登場に周りの令嬢たちの顔色が悪くなった。後ろにはお嬢様の侍女がいる。呼びに行ったのか。あの状況をおさめられる人物は限られている。
「リリア、何があったの?」
びしょ濡れのお嬢様をサン公爵令嬢がハンカチで拭いている。
「公爵令嬢が大切な簪を落としたので探してほしいって」
「断らなかったの?」
「上位の方の命令には逆らえません。お母様との約束を破りましたが、逆らうことはいけないと教えていただきました。」
お嬢様が断ったことに俺は安心した。寒い中池に飛び込みさせるなんて、令嬢の悪意に引く。一歩間違えれば命の危険を伴うことがわからないのだろうか。
サン公爵令嬢が笑った。
「リリア、簪のことはもういいわ。この件は私が預かります。リリアはニコラス様と帰りなさい。命令よ。皆様、そのご令嬢の簪を探してください。上位のものの命令は絶対。リリアにやらせたんならできますよね?」
「オリビア?」
お嬢様はわけがわからず首をかしげている。サン公爵令嬢が池に腕輪を投げた。
「私の腕輪も探してください。見つかるまでは帰しません。覚悟してくださいませ」
サン公爵令嬢が優雅に笑っている。この寒い中令嬢に池に入らせるのか。坊ちゃんがお嬢様を抱き上げたまま令嬢達に背をむけた。飛び込むのを拒んでいる令嬢達に強風が襲って、令嬢達が池に落ちた。坊ちゃん、魔法を使いましたね…。この池は深くないから大丈夫だろう。坊ちゃんは令嬢達の助けを求める声を無視して、後にした。
「リリア、寒くないか?」
いつの間にか坊ちゃんが服を乾かしたみたいだ。
「寒い。」
お嬢様の侍女が外套をお嬢様にかけた。
「ニコラス、歩けます」
「くっついてるほうが暖かいよ。今度、無茶なこと言われたら、オリビア嬢か大人を呼ぶんだよ」
「駄目です。頑張ります」
お嬢様は風邪を引いて寝込んでしまった。初めての風邪に苦しむお嬢様に坊ちゃんとサン公爵令嬢がキレた。
「リリー、死んじゃうのかな」
伸ばされたお嬢様の手を握る坊ちゃんの笑顔が怖かった。
ノエル様も外国から帰国されて、恐ろしい作戦会議が開かれていた。三人の親は放任なのか好きにさせるらしい。お嬢様に意地悪をした令嬢達は婚約破棄と謹慎。そしてその生家は事業にことごとく失敗。時々、自然災害も起こるらしい。あげく生家の令息達は子供に手合わせで重傷をおわされたらしい。
令嬢達がレトラ侯爵家に謝罪に来ても、門前払いをされたらしい。坊ちゃんは定期的にご令嬢達の家の訓練に参加に行っている。そして、お嬢様に命令をした公爵家は加護を失ったらしい。闇の祝福が贈られたと噂されている。
完治したお嬢様が、話を聞いてサン公爵令嬢と坊ちゃんが起こしたと気づいたのか、イラ侯爵家に駆け込んできた。お嬢様はノエル様の関与は気付かなかった。三人の中で一番打撃を与えたのはノエル様である。
「ニコラス!!」
「リリア、もう治ったか?」
穏やかな坊ちゃんの様子にきょとんとしたあと、首を横に降って坊ちゃんを睨みつけた。残念ながら全然こわくないけど。
「うん。違います。ご令嬢の家に嫌がらせしてるって本当ですか!?」
「知らない」
「謝罪の手紙に反省してるからもう許してくださいと。ニコラスもうやめてください。令嬢同士の揉め事に殿方が介入するなんて非常識です」
「リリア、俺は本当に知らないよ。ただ訓練で色んな家を訪ねてたからなにか勘違いされたのだろうか。俺は介入してないよ。他家で手合わせするのはいつものことだ。」
「え?もう許してというのはニコラスとオリビアのことじゃないの?」
「ごめんな。俺にはわからない」
「こちらこそ疑ってごめんなさい」
お嬢様が申し訳なさそうか顔をした。
坊ちゃん騙してませんか…。
「気にするな。風邪が治って良かったよ。今度からはどんな理由でも一人で池に入るなよ」
「お母様に怒られました。社交は難しいです」
「快気祝いに出かけるか」
「本当?」
嬉しそうな顔をするお嬢様は気づいていない。坊ちゃんが話をごまかしたこと。これから市に行くんだろうか。そういえば坊ちゃんがお嬢様の喜びそうな店を見つけていたよな。
お嬢様の保護者は怖いよな。後日、お嬢様は坊ちゃんにサン公爵令嬢の様子を相談にきた。坊ちゃんはお嬢様を宥めて、サン公爵令嬢が好きに動けるように誘導した。
お嬢様、坊ちゃんに相談するのやめたほうがいいと思いますよ。
俺はお嬢様と関わらないことにしようと決めた。お嬢様に何があればサン公爵令嬢と坊ちゃんが動く。自分の命を危険にさらすのは避けたい。




