成長記録8 お嬢様とお忍び
今日はお嬢様と坊ちゃんは市に来ている。
最近、料理に目覚めたお嬢様が材料を買いたいというお願いに坊ちゃんが折れた。
俺はまた隠れて護衛件記録係だ。
奥様が坊ちゃんとおそろいのローブをお嬢様用にオーダーメイドし坊ちゃんに渡していた。
お嬢様は自分のお忍びが奥様に知られていることを知らない。
今日も坊ちゃんの手を引いてふらふらと歩きまわっている。
人混みの中から出て来た坊ちゃんの隣にお嬢様はいなかった。
逸れたのか!?
坊ちゃんが慌ててあたりを見渡してる。
ただやっぱりお嬢様はいない。俺は坊ちゃんと合流することにした。
「坊ちゃん、詰め所に行きましょう」
「頼む。俺は」
「俺は護衛なんで別行動しませんよ」
坊ちゃんと一緒に詰め所に行き、小柄なローブの子供が迷子になったと伝えると騎士達も協力してくれた。
「あれ、大丈夫?」
「子供が囲まれてた。」
坊ちゃんが女性の腕を掴んだ。
坊ちゃん無礼ですよ。
「どこですか!?」
「路地の先」
真顔の坊ちゃんに詰め寄られた女性の言葉を聞いた途端に坊ちゃんが駆けだした。
「すみません。ありがとうございました」
戸惑う女性に坊ちゃんの代わりにお礼を伝えて追いかけた。
辿り着くと坊ちゃんは暴漢を倒して走り去っていた。目の前にはうずくまる少女がいた。本当はこの少女を保護すべきだが、そんな余裕はない。きっと誰かが保護するだろう。
市を一周してもお嬢様はいなかった。坊ちゃんが苛立ちを抑えきれずに木を殴った。
「リリ、どこ行ったんだよ」
「坊ちゃん、一度戻りますか。」
「リリ?ローブの女の子?」
後ろから聞こえる少年の声に振り向くと坊ちゃんが腕を掴んでいた。
「知ってるのか?」
「でもリリが探してるのはローブの男の子だけ。名前は」
「ラス」
「合ってるのかな」
坊ちゃんが少年に掴みかかった。この少年、怯えないのか。
今の坊ちゃんは俺には怖い。坊ちゃん、人に掴みかかってはいけないと後で教えよう。
「どこにいる?」
少年は坊ちゃんをしばらく見つめて頷いた。
「ついてきて。その人は駄目」
「わかった」
「坊ちゃん」
「ディーン」
「わかりました」
坊ちゃんが余計なことは話すなと視線で訴えるので俺は隠れてついていくことにした。
少年について進むと、スラムについた。
「ラス!!」
お嬢様が坊ちゃんに抱きついていた。坊ちゃんは泣きそうな顔をしていつもの顔に戻った。
さっきまでの冷たい空気が嘘のようだ。
「リリ、無事でよかった」
「お前がラスか。子供だけで来るとは感心しないな。」
背後から聞こえた声に離れようとするお嬢様を坊ちゃんが離さなかった。
お嬢様は首を傾げてにっこり笑って坊ちゃんの手を振り解いた。坊ちゃん、見惚れて力が緩んだのか・・。
お嬢様が男の腕を抱いた。
「親方が助けてくれたの。」
「ありがとうございます。リリがお世話になりました」
「親方、また来てもいい?」
「リリ、子供が来るのは危ない。今回は運がよかったが、」
「親方、ラスは凄く強いんです。だから大丈夫。今度はもっと気を付ける」
「危なくなれば俺の名前を出しな。」
「ありがとう。また遊んでください」
お嬢様と親しい男の様子に坊ちゃんの声が不機嫌になった。坊ちゃんが男からお嬢様を引きはがして肩を抱いている。
「リリ、説明」
「手をひかれて歩いてたら違う人だったの。急いできた道を戻ったらラスいなくて、そしたら知らない人に声をかけられて困ってたら親方が助けてくれたの」
「人攫いが多いからな。捕まらなくて良かったよ。自衛ができないなら来ない方がいい」
「ごめんなさい」
「リリ、今日はもう帰ろう。お礼はまた後日伺います」
「正気か。気をつけな」
男は怖がらせるために殺気を出しても怯えない二人に苦笑した。お嬢様は気付いていない。坊ちゃんは殺気に怯えるほどやわじゃない。
お嬢様は男に元気に手を振って別れた。
俺は隠れて二人の護衛を続ける。男に俺のことはバレていたけど察して知らない振りをしてくれているので甘えることにした。
お嬢様が無事に見つかってよかった。人攫いにあったらきっと血の雨が降っただろう・・。
まさかお嬢様がスラムの支配者である情報屋の親方と仲良くなるとは思わなかった。よくあんな強面の大人に保護される気になったよな。
噂は聞いたけど俺も親方を見るのは初めてだった。親方は表に姿を現さないと言われたいた。
「ニコラス、イラ侯爵に頼んだらリリーも強くなれるかな」
「え?」
「それとも騎士様たちのほうがいいかな」
「リリア、訓練したいの?」
「うん。親方のところに一人でも行けるようになりたい。」
坊ちゃんがお嬢様の言葉に驚いている。たぶん強くなってもお嬢様を坊ちゃんが一人でスラムに行かせるとは思えない。目を輝かせているお嬢様に坊ちゃんが折れたな。
「俺が教えるよ」
「ニコラスは忙しいから」
「俺は優秀だから平気だ」
「すごいな。そんなこと言えるようになりたいな」
「ちゃんと俺の言うこと聞けよ」
「うん。わかった」
それからお嬢様の訓練がはじまった。
坊ちゃんはお嬢様に自衛を少しずつ教えていった。お遊びみたいな訓練だった。
無理することが好きな坊ちゃんがお嬢様には無理をするなと説教している。お嬢様は坊ちゃんが無理をしていることは知っているけど、静かにお説教を聞いている。お転婆なお嬢様は時々坊ちゃんよりも大人びることがある。坊ちゃんのお説教にきょとんとしたと思えば真面目な顔を作っていた。
坊ちゃんはお嬢様に甘い。厳しいことは言わずに褒めながら指導している。坊ちゃんに褒められてお嬢様は嬉しそうに笑っている。ただお嬢様、その評価あてになりません。今、やってるのは初歩中の初歩です。全然一人前ではありません。どうせ坊ちゃんは自分が傍にいることを前提で教えているんだろう。坊ちゃんは訓練するためにお嬢様がよく訪れるから機嫌がいい。
「ディーン、また記録係か」
「ああ」
「お嬢様、ディーンのこと知らないんだろ?」
「顔を覚えられて警戒されたら困る」
「二人の結婚式はディーンは感動で号泣だろうか」
「しない。俺は記録係をいつになったら引退できるんだろう。もう護衛いらないだろ?」
「坊ちゃんは強いけど経験不足だから。まだまだ一人じゃ危ないだろう」
「お前も坊ちゃんには甘いよな。いつも問答無用で叩きのめすのに」
「未来のイラ侯爵には強くなっていただかないと。二人共目が離せないよな。そこは俺らが気をつけてやればいい。子供の成長を見守るのは大人の役目だ」
「記録係、変わるか?」
「俺はお嬢様のお友達だから無理だ。」
「馬屋係め。あの仔馬は結局お嬢様がのるんだろうか」
「俺には世話させてくれるけど、懐いてはくれない。坊ちゃんがこないだとうとう追い払われたよ。」
「坊ちゃんは馬と取り合ってんのか・・。こないだ鳥を買ってきたよな」
「お嬢様のためだろうな。レトラ侯爵家では動物を飼わせてくれないらしい。たぶんお嬢様が動物から離れずに勉強が疎かになることを心配してるんだろうな。馬屋もいれてもらえないって膨れてたよ」
「お前詳しすぎないか」
「仔馬も俺もお嬢様のお友達だからな。もう少し大きくなったらお師匠様と一緒に旅に出るらしいよ」
「お師匠様?」
「知らないのか。レトラ侯爵家に時々くるお兄さんに魔法を教わってるんだと。すごく綺麗な魔法を使うんだって」
「坊ちゃんが追いかけるかな。たぶんその話知らないよな」
「ディーンは大変だな」
「誰か代わってくれないかな。心労が・・・」
「特別手当でてるからいいじゃん。奥様のお気に入りの映像をとれば特別手当だろ?いつもディーンがもらってるだろ」
「俺は基準がわからない。こないだの自信作は専攻落ちした」
「お前だって狙ってるんじゃん。今月は俺がもらうけどな」
「お前、まさか」
「今回は自信作」
イラ侯爵夫人はお嬢様の映像を集めて鑑賞するのが趣味である。俺達も映像魔石を貸してもらえる。
お嬢様や坊ちゃんの映像をとり返却する。勝手に持ち出すと制裁を受ける。
定期的に鑑賞会が行われ、いいものには特別手当がでる。
ただ映像をとってることはお嬢様には秘密だ。見つかったら制裁が待っている。それなので参加者は少ない。もう少し、参加者が増えれば俺は記録係から解放されるかな・・。




