成長記録7 坊ちゃんの苦悩
ディーン視点
今日もお嬢様が坊ちゃんと遊ぶために訪ねてきた。
坊ちゃんと一緒に馬の世話をしている。坊ちゃんは最近機嫌が良かった。
「リリア、知ってる?」
「なに?」
「リリアは大人になったら俺のお嫁さんになるんだって」
「お嫁さん?」
「そう。将来のイラ侯爵夫人だって」
笑顔の坊ちゃんにお嬢様が首を横にふり馬の手入れをしている。
「知らない」
「父上とレトラ侯爵の約束なんだって。」
「ニコラスのお嫁さんになればお父様とお兄様のお役にたつ?」
「え?。ああ。勉強大変なら手伝うから頑張れよ」
「うん。リリーはお父様たちのためにがんばるよ」
坊ちゃんは拗ねた顔をした。坊ちゃんがお嬢様が婚約者候補と聞いて物凄く喜んでいた。
坊ちゃんがお嬢様を好きなのはイラ家の騎士の中では常識である。
お嬢様はニコニコと笑いながら洗い終わった馬に抱きついている。
「リリアは嫌なの?」
「わからない。でもお兄様みたいにお父様のお役にたちたい」
お嬢様にはまだ難しいようだ。でもお嬢様らしい答えと落胆している坊ちゃんには悪いけど笑いそうになった。
「リリアは誰が一番好き?」
お嬢様がきょとんとして馬から顔を上げて、指を折り数え始めた。
「お父様とお母様、お兄様、ポポ、お師匠様にニコラス、あと、」
「ポポ?」
「お庭に来る白い鳥。可愛いの。リリーの肩にのってくれるの。」
お嬢様が将来イラ侯爵夫人になるだろうというのはイラ家門では有名な話である。
坊ちゃんも喜んで何度か確認していた。ただお嬢様には難しかったみたいだ。お嬢様はレトラ侯爵家が大好きである。俗にいうブラコンでもある。坊ちゃんよりノエル様が好きなのは一目瞭然である。
イラ侯爵家は坊ちゃんの初恋を応援している。
「リリア、おやつにしましょう。今日はお庭にする?」
奥様の声にお嬢様が片付けをはじめた。
「はい。汚れてしまったのでお庭でおねがいします。」
「気にしなくていいのに。庭に用意するからいらっしゃい」
「ありがとうございます。片付けたらすぐに伺います。ね?ニコラス」
「ああ」
坊ちゃんは自分も誘われると思っていなかったのか慌てて片付けをはじめた。
奥様を待たせるわけにはいかないから片づけをかわり、二人を送り出すことにした。
***
ある日坊ちゃんが鳥を買ってきた。
坊ちゃんと一緒に来たお嬢様が、籠の中の大きい白い鳥を見ている。
「鳥、大きい!!」
目を輝かすお嬢様を見て、坊ちゃんは上機嫌に笑っている。
でもお嬢様が鳥を見に来たのは一度だけだった。その後はお嬢様は鳥に興味を示さず、お気に入りの仔馬の世話をしている。
「お嬢様、鳥は見に行かないんですか?」
「大きい鳥は私のポポを狙ってるの。だから近づかないの」
馬屋係の騎士とお嬢様の会話を坊ちゃんが静かに聞いている。
「もう、いらないな」
「え?」
「リリア、鳥をさばくの見たいって言ってたよな?」
「うん」
「見せてやるよ」
坊ちゃん、まさかあの鳥を捌くの!?
お嬢様に見せるの!?
「坊ちゃん、やめましょう。お嬢様には早いです。」
お嬢様が止める騎士をじっと見つめた。
「だめ?」
「駄目です。血がたくさん出ますよ。ポポが怖がって寄ってこなくなりますよ」
「それなら諦める。リリーはポポと遊びたい」
「坊ちゃん、お嬢様に見せるのは血抜きと毛をもいだ後の鳥の原型がわからない状態から教えてあげてください。きっと泣きますよ」
「わかった」
その日の賄いは鳥肉だった。翌朝、やっぱり坊ちゃんが買ってきた鳥はいなくなっていた。
坊ちゃんはお嬢様が遊びにこなくなると、動物を買ってくる。坊ちゃん、動物を買ってもお嬢様は来ませんよ。
会いに行ったほうが早いですよ。
しばらくして気づいたのか、お嬢様が欲しいと言った動物を買ってくるようになった。坊ちゃんなりに考えているのか、食用の動物を買ってくる。自分で世話した動物を躊躇なく捌けるのはすごいよな。坊ちゃんって、絶対に動物が好きではないよな。今の所は家でお嬢様のお気に入りは仔馬である。
***
おまけ
晩餐の席でイラ侯爵は無言で食事をしている息子を見た。
「ニコラス、私は将来リリアをイラ侯爵夫人に据えたいと思っている」
「あの子は騎士達にも評判がいいですものね。やっとレトラ侯爵との約束が。夢が叶いますね」
「ただあくまで私の希望だ。将来のイラ侯爵が望む娘がいて、相応しいならリリアでなくても構わない」
「旦那様!?」
イラ侯爵夫人は夫の言葉に批難の声をあげた。彼女はリリアが産まれた時から義娘になることを夢見ていた。ただイラ侯爵は時を重ねたことで、冷静になった。昔の自分の願いを息子に託すことに迷いがでた。
ニコラスはイラ侯爵家嫡男として申し分ない資質を持っていた。
「無理やり添い遂げさせるわけにはいかない。嫡男には選ぶ権利がある。令嬢は家の意が優先だがな」
ニコラスは言い合う両親の様子は気に留めず、もう一度確認することにした。
「リリアが俺の嫁に?」
真顔で自分を見る息子にイラ侯爵は苦笑した。
「その気がないなら、断ってもいい。内輪の約束だ」
「旦那様、ニコラスが駄目でもカイロスがいます。」
「父上、イラ侯爵になればリリアと結婚できるんですか?」
「そうよ。リリアは私の義娘よ」
「それならなります。イラ侯爵は俺が手に入れます。本当に二言はありませんか?」
イラ侯爵は妻の言葉に即答したニコラスに自分の心配が杞憂だと察した。
「カイロスにも渡しません。俺がリリアを妻にできるならなんでもします。」
「ニコラスが望むなら構わない。ただ当主を目指すなら厳しくなるが、」
「構いません。それにリリアがいいんです。俺は他の令嬢は煩わしいんです。従姉でさえも関わりたくない」
「まぁリリアと比べれば仕方ないわね。楽しみだわ。旦那様が戯言を言うので驚いたわ。でもさすが私の息子。きちんと捕まえなさい。私もリリアに教育はじめないと、楽しみだわ」
イラ侯爵はリリアを気に入っていた。ただ当主としての分別も持っていた。
ニコラスが妻と盛り上がっている様子を見ながら、そこまで惚れこんでいるとは思っていなかった。
この日からニコラスは今まで以上に真面目に取り組むようになった。
イラ侯爵はリリアのことを想像して惚る息子に檄を飛ばして徹底的にしごくことにした。




