成長記録4 お嬢様の嫌いなもの
リリア6歳。ディーン視点
俺は今日も坊ちゃんの護衛と記録係をしている。お嬢様は馬に乗れるようになったので、駆けている。心配なのは、お嬢様の声で馬の速度が上がってるんだけど、手綱を握ってられるんだろうか。お嬢様、手を離しちゃいけません。やっぱり。落ちたよな。坊ちゃんが駆け寄ったから大丈夫か。
「リリア!?」
「できるかなと思ったんだけど」
「怪我は?」
「頭打ってないよ。ちゃんと上手に落りれたよ。受け身とれたよ」
お嬢様が褒めてほしそうだけど、残念ながら誰も褒めてくれません。
「リリア、あれは落ちたというんだ。まず両手で手綱を持つと教えたよな」
「ニコラスもお兄様も片手」
「経験が違う。」
「この子ならできると思ったの」
「失敗すれば大怪我するからやめろ」
「次も上手に」
「次落ちたらうちでは乗馬禁止」
「そんな」
「当然だ。リリア、足みせて」
「怪我してないよ」
お嬢様が坊ちゃんから目をそらした。坊ちゃんが無理やりお嬢様のズボンを捲った。坊ちゃん、まだ子供だからいいけど、大人になってやったらまずいですからね。
騎士が救急箱を持ってきた。さすがお嬢様のお友達を名乗る騎士。行動が早い。
「リリア?」
お嬢様の顔が真っ青になった。坊ちゃんに怒られると気づいたのか。お嬢様、気付くの遅いですよ。
「ニコラス、大丈夫。やだ、消毒嫌い」
お嬢様は傷を洗うのと消毒するのが嫌いだ。お転婆なお嬢様が転んで怪我をするのはよくある。お嬢様の傷口に水をかけようとする坊ちゃんを涙目で睨んでいる。坊ちゃんは泣きそうなお嬢様に弱い。
「俺はまだ使えないしな。母上に傷をもらってもらう?」
「もらう?」
「俺はまだ練習中だから使えないけど、人の傷を体にうつせる母上の一族にしか使えない魔法があるんだ。もう少しすれば俺がもらってやれるんだけど」
坊ちゃん、そんなことに一族の秘術を使うの・・。お嬢様がきょとんとしている。
「なんで、練習してるの」
「使えたら便利だろう」
「リリーはリリーの代わりにニコラスが痛いのは嫌。便利じゃない。そんなの嫌」
お嬢様が泣きだした。坊ちゃんは驚いている。お嬢様がなんで泣くかわかんないんだろうな。
お嬢様は泣きながら坊ちゃんの手から道具をとって、手当をはじめた。いつもは嫌がるのに、見かねた騎士がお嬢様の手当をかわった。
「お嬢様、泣きやんでください」
「だって、ニコラスが」
「坊ちゃんのは冗談です。」
「ニコラスは嘘つかないよ」
「魔法があるのは本当です。」
「どうしてそんなひどくて悲しい魔法の練習するの?」
「ひどくて悲しい?」
「だって、なんで他の人の傷をもらうの?」
「大人の事情です。」
「それならリリーもニコラスも大人にならない。ニコラスやイラ侯爵夫人が痛いの嫌だもん」
何世代か前に王の傷を自分にうつし名誉ある死をむかえた術師がいた。空蝉を使える一族は重宝される。誰もが自分が一番だ。坊ちゃんも王家に求められたら躊躇わずに使えと教えられてる。自分が傷をもらうことへの疑問は持っていない。だからこんな簡単に提案したんだろう。訳のわからないという顔をしている。
「リリア、自分が痛いよりいいだろう?」
「リリーが痛いほうがいい。だってリリーが悪いんだもん。悪いことしてないニコラスが痛いのはおかしい。そんな魔法、なくなっちゃえばいい」
「お嬢様、この魔法は奥様の一族が長い年月をかけて、伝え続けた魔法です。奥様の一族の歴史を」
「ごめんなさい。でもリリーは嫌。」
「お嬢様、それは思っても口にださないでください。自分の一族のことを悪く言われたら嫌でしょ?魔法のことも内緒ですよ」
お嬢様は家族が大好きだ。しかもレトラ一族への憧れも強い。奥様の一族を侮辱していることに気付いて、しまったという顔をした。
「うん。言わない。我慢する。ニコラス、ごめんなさい」
「坊ちゃんは、考えごとするみたいです。俺と馬を片付けに行きましょう。手綱はちゃんと両手で持ってくださいね」
「うん。ごめんなさい」
「わかればいいんです。」
坊ちゃんを放っておいて二人は馬の所に行った。たぶんお嬢様の涙はあいつがおさめるだろう。俺によろしくなと言われても。でもまだ坊ちゃんも子供なんだよな。お嬢様たちが離れていったので、呆然としている坊ちゃんに近づく。
「坊ちゃん、大丈夫ですか?」
「なんであんなに嫌がるの?」
「お嬢様も一緒です。坊ちゃんがお嬢様に痛い思いをさせたくないようにお嬢様も坊ちゃんに痛い思いをさせたくないんです」
「リリアは痛いの嫌だろ?」
「それ以上に嫌なんですよ。」
「あんなに便利なのにひどくて悲しい魔法って」
「逆ならどうですか?お嬢様が空蝉を使えて、王家のために使役して亡くなったら名誉ある死と快く受け入れられますか。」
「無理。」
「お嬢様が他人の傷で傷だらけになったのを、見ていられます?」
「母上は」
「考え方はそれぞれです。でも空蝉を便利な魔法じゃなくて悲しい魔法というお嬢様ならきっと安心してイラ家門はついていきたいと思いますよ」
「なんで?」
「騎士の命を使い捨てにする夫人より命を大事にしてくれる夫人の方がいいでしょ?お嬢様なら俺達が生き残るために足掻いてくれますよ。生き汚いイラ家門嫡男の奥方として俺は喜んでお迎えしますよ」
「うちはリリアが好きすぎるだろう・・」
「坊ちゃんが他のご令嬢を連れて来るなら、それでも構いません」
「無理だろうな。」
「自分よりも坊ちゃんが大事と迷いなくいえる方は早々いませんよね。坊ちゃんもお嬢様のほうが大事だから丁度いいのか」
「俺はノエルに負けてるけどな」
「頑張ってください。お嬢様を追いかけないんですか?」
坊ちゃんはお嬢様を追いかけていった。坊ちゃんがお嬢様を好きなのは一目瞭然。ただお嬢様の特別になれる日は遠いんだろうな。この後から坊ちゃんの好敵手が現れはじめる。まさか、俺も巻き込まれるとは思わなかった。




