成長記録3 お嬢様と疫病
リリア5歳。ディーンの視点
レトラ侯爵領で疫病が流行しはじめた。その対応で追われるためお嬢様を預かってほしいとレトラ侯爵夫人がお嬢様を連れて来た。
ノエル様は陣頭指揮に向かわれた。レトラ侯爵はまだ帰国されていない。
レトラ侯爵夫人も侯爵が帰国次第、ノエル様のあとを追われるそうだ。
小さいお嬢様を連れていけないし、緊迫した屋敷に置いておくこともできないという判断らしい。
「お母様、リリーもお兄様のところに行きます。」
「リリアはまだお勉強が足りないから駄目よ」
「お手伝いできます」
「リリアはご飯作れないでしょ?迎えにくるまで良い子にしてて。ここでもお勉強できるようにしておくから」
「お母様」
「ごめんね。お母様も行かないといけないの。元気でね。リリアはレトラ侯爵令嬢でしょ?」
「お気をつけください。お帰りをお待ちしております」
「さすが私の自慢の娘。行ってくるわ。ニコラス、悪いけどリリアをよろしくね」
「はい。お気をつけて」
レトラ侯爵夫人が馬車に乗って去っていった。
「イラ侯爵夫人、よろしくお願いします」
「リリア、上手に挨拶できたわね。お勉強は明日からでいいからニコラスと遊んでらっしゃい」
「お勉強します。ご飯の作り方教えてください」
奥様がお嬢様を抱き上げた。
「わかったわ。じゃあお着換えしましょう」
「はい」
お嬢様が訓練着に着替えて、料理の勉強がはじまった。
いつもの天真爛漫さが嘘のように静かに過ごしている。
坊ちゃんは静かにお嬢様を見守っている。
お嬢様はレトラ侯爵夫人から出された課題をこなしながら、料理を、空いた時間に侍女の仕事を勉強している。
お嬢様がイラ侯爵家に来て1週間が過ぎた。疫病の収束がみられず、レトラ侯爵夫人もノエル様の支援に旅立たれた。
「坊ちゃん、お嬢様大丈夫ですか?」
「一人で生活できるのがノエルを追う条件だってさ」
「レトラ侯爵夫人・・・」
「厳しいよな。でも必死なリリアを止められない。あいつ泣きもしない」
お嬢様は訓練場にも顔を出さない。坊ちゃんに遊んでと言うこともない。
坊ちゃんは、珍しく加減しながら訓練をしている。お嬢様が来てからは一度も倒れていない。
いつものように坊ちゃんと訓練していると、騎士が駆けてきた。
あれ、あいつって・・。
「坊ちゃん、リリア様を見ませんでしたか!?」
「どうした?」
「お昼寝されてたんですが、お部屋にいらっしゃらないんです」
「護衛はどうした」
「よく眠られてたので」
「手の空いている騎士を集めて探せ。父上にも報告を。」
坊ちゃんが剣を持って駆けていくので追いかける。
お嬢様の行きそうなところを全て探してもいない。馬屋にも来ていない。
「リリア、まさか、外に、浚われた」
「坊ちゃん、落ち着いてください」
「なんで、突然」
今にも飛び出しそうな坊ちゃんの肩を掴む。
「ニコラス、落ち着きなさい」
「父上」
「見つかったよ。レトラ侯爵邸にいる。早馬が」
「あのバカ。迎えに行ってきます」
坊ちゃんは旦那様の声も聞かずに駆けていった。
俺は追うしかない。坊ちゃん、馬で行くの!?
怒ってる坊ちゃんを見て、お嬢様は大丈夫だろうか・・。
「リリア!!」
坊ちゃん、レトラ侯爵邸に駆けこまないで。
執事は坊ちゃんの態度は気にせず、頭をさげた。今さら、礼儀をとやかくは言わないか・・。
「ニコラス様、このたびはお嬢様が申しわけありません」
「こちらこそ預かっているのにすみません。リリアはどちらに。」
「ノエル様のお部屋に、ご案内します」
坊ちゃんの後についていくと、ベッドに丸まってるのがお嬢様だろうか。
坊ちゃんが布団を引きはがした。お嬢様が枕を抱えて丸くなっている。
「リリア、何してんの?」
坊ちゃんが怒ってるけど止めたほうがいいだろうか。執事も心配そうに見ている。
「リリア、黙っててもわからない。リリア」
「お兄様もみんな、死んじゃう。リリーも行きたい」
「今のリリアが行っても邪魔って言われただろう」
坊ちゃん!?言葉選んで。
「それにノエルは領民を死なせないために行ってるんだよ。」
「レトラ領はもうおわりって。」
「ノエルが行ってるのに?ノエルってバカだっけ」
「お兄様はバカじゃない。優秀だもん」
お嬢様が顔を上げた。
「その優秀なお兄様が行ってるんだから大丈夫だよ。レトラ家のみんなで病に勝つために戦ってるんだから。」
「リリーも」
「リリアの役目は待つことだ。ノエルがいつもリリアが待ってるからどこに行っても帰ってくるって言ってるだろ?お前のお兄様は約束を破るの?」
「破らない」
「必死に戦ってるお兄様が帰って来た時、今のリリアを見てどう思う?勝手に抜け出して、自分を信じない妹を」
「お兄様・・」
「泣いたり落ち込んでる暇があるなら行動しなよ。レトラ侯爵夫人の宿題は全部終わった?自分のやるべきことも投げ出して何してんの?」
「帰ってお勉強します。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
お嬢様がベッドから降りた。
「リリア、もう二度と勝手に抜け出すなよ。外は危険なんだ。」
「気をつけます。執事長、行ってきます。馬車の用意をお願い」
「お嬢様、ノエル様も奥様もご無事です。安心してください。もうすぐ旦那様も帰ってきますから」
お嬢様の馬車に並走してイラ侯爵邸に帰った。
「イラ侯爵、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「無事でよかったよ」
「失礼します」
お嬢様は静かにお勉強ばかりしている。
翌朝、お嬢様の目元にクマができていた。
「リリア、寝た?」
「おはようございます」
食事もほとんど召し上がられてない。
坊ちゃんの涼し気にお嬢様を見る顔が怖い。
「リリア、今日は休みだ」
「お勉強します」
「父上、リリア今日は休ませます。」
「お休みいりません」
坊ちゃんがお嬢様を担いで自室に向かった。
「降ろしてください」
お嬢様が暴れても離す様子はない。
俺、ついて行った方がいいのか・・。あの坊ちゃんは野放しにできないか・・。
「ノエルの代わりに俺と寝よう」
「お兄様のかわりはいません」
坊ちゃんがお嬢様と一緒にベッドに入ったけど、これから寝る?
今、朝食をすませたばかりだよな。
「リリア、今回は駄目だけど次は置いていかれないように学ぼう。」
「頑張れば役に立つかな」
「そうだな。俺もリリアも疫病についてなにも知らない。ノエルたちが何と戦ってるか知らないと、なにもできない。でもさ頑張りすぎて倒れたら駄目なんだよ。ノエルはリリアにいつもなんて言ってる?」
「リリーが笑えば元気になる。」
「リリアが元気でいるのが一番なんだよ」
「ニコラス、レトラ領は大丈夫?終わりじゃない?」
「大丈夫だよ。ノエルに任せればなんでも解決するだろ」
「うん。お兄様は凄いもの」
「だから、リリアは安心して待てばいい。お前の自慢のお兄様を」
「うん。ニコラス、お兄様帰ってくるまで一緒に寝てくれる?」
「いいよ。お休み」
お嬢様がスヤスヤと寝息をたてはじめた。
「ディーン」
見てるの気付かれている。
「リリアにレトラ領が終わるって言ったやつ調べて。あと発言に気をつけろと伝えろ」
お嬢様の頭を撫でてる優しい行動とは裏腹に坊ちゃんの声は冷たい。
坊ちゃんがついていればお嬢様が抜け出すことはないだろう。
疫病によりレトラ領がおわりというのは作物の話をしていたらしい。
みんな死んだというのは飼育していた鶏のこと。断片的に聞いたお嬢様が勘違いしたらしい。俺はどう報告すればいいんだろう。お嬢様から目を離した護衛騎士は旦那様の地獄の訓練を受けていた。
お嬢様は一生懸命勉強している。無茶すると坊ちゃんが止めてるから大丈夫だろう。
乗馬を教えてからは笑顔も戻ってきた。お嬢様の笑顔が戻って皆が安心した。お嬢様がお嫁に来るときは、号泣する奴が出そうだよな。




