閑話 結婚式1
ニコラス視点
リリアの願いで婚姻の儀式はレトラ領の教会で行うことになった。リリアは細々とやりたいと言ってたけど、本当に細々とできるのだろうか。義母上が「どんなことになっても儀式をやり遂げる覚悟があるならレトラ領の教会でやってもいいわ。王都じゃなくて後悔しないのね?」という言葉にリリアは頷いた。あっさり許可がもらえたことを喜ぶリリアを横に俺は嫌な予感がした。
リリアの誕生日まであと一月。大急ぎで準備を進めていた。
「ニコラス、同派閥の皆様が招待状を欲しいって。細々とした式でも参列したいって」
「悪い。俺も招待状をよこせと友人や騎士に言われてる」
俺とリリアは慌てて招待状を作り始めた。リリアは必要ないと言うけど念の為王太子殿下の分も用意した。オリビア嬢が参列するならあの方も来るだろう。王太子殿下も自由な方だから。領民と身内だけの細々とした式の予定がどんどん話が大きくなっている。
さすがに一月後の招待状を郵送するのは無礼だから、招待客には招待状を配りに回った。ただでさえ時間がないのに。でもリリアが楽しそうだからいいか。目を輝かせて準備しているリリアは昔のリリアみたいだ。
俺は想定してたけど王太子殿下に呼び出されたリリアは不思議な顔をしていた。
「ごきげんよう。ギル様。」
「リリア、ニコラス、何か忘れてない?」
「おやつのクッキーです」
リリアが朝、焼いたクッキーを渡した。
手作りクッキーを躊躇いなく受け取る二人の様子に複雑だ。
「リリアの料理は久々だな。ありがたくいただくけど他には?」
「ギル様、わかりずらいです。意地悪しないでご用件を教えてください」
「オリビアに渡して、私にはないの?」
拗ねた顔の王太子殿下にリリアが首を傾げた。仕方ないか。俺は招待状を殿下に渡した。
「ニコラス!?殿下、レトラ領で細々とやるものなので」
「どんな式でも喜んで参列させてもらうよ。一度兄妹になった仲だからな」
「御身にお気をつけください。期待しないでください。ちんけな式ですわ」
「用はそれだけだよ」
退室して帰ることにした。王太子殿下に招待状を催促されたと知られたら義母上が怒りそうなので黙っていることにしよう。
リリアは気分転換にレトラ領の視察に行っている。孤児院を抜け出してきたオリが一緒だから護衛はいらないだろう。俺は手伝いに来てくれている義母上のとこに向かうことにした。
「義母上、相談が」
「どうぞ」
俺は記事を見せた。俺とリリアの儀式のことが平民向けの記事にされて号外で配られてるのをサーファが持って来てくれた。俺は孤児院を抜け出すことには目を瞑ることにした。
「こんな記事が号外されまして。空席には領民も受け入れるって話も乗っており、あの教会で参列者は納まるんでしょうか」
「たぶん神官や騎士、他領の民も来るわね。やっぱり野外でやるしかないわね」
「野外ですか?」
「リリアもニコラスも一部の神官達に人気でしょ?せっかくだから上皇様と神官達に会場を作らせましょう。儀式は上皇様がするって張り切ってるしね。当日までリリアには内緒よ」
「え?」
「最初に約束したでしょ?王都でやれば貴族だけの儀式ですんだのに。領地で領民と細々と行いたいって言うんだもの。こうなることを想定できなかったお仕置きよ」
レトラ侯爵夫人は時々物凄く厳しい。笑顔で怖いことを言う。レトラ侯爵夫人が初恋の父上は知ってるんだろうか・・。
「あの子は領民と招待客へのおもてなしを考えてるけど、全然量が足りないわ。リリアは顔が広いもの。それに貴族の儀式に参加なんて中々できないから興味本位で見に来る民もいるだろうし、大規模なものになるわ」
「すみません。俺が気付いて止めるべきでした」
「いいのよ。リリアの自業自得。足りない分は追加しておくわ。」
「よろしくお願いします」
当日、大丈夫だろうか。
俺は口止めされたが、気にしている余裕はなかった。
結婚準備が1月って忙しすぎた。
***
儀式の3日前からレトラ領に泊まる予定だったため馬でリリアとレトラ領に向かうと本邸に向かう道に民が集まっていた。もしかして移動することを知られていたのか?
「リリア様、お帰りなさい」
「ただいま帰りました」
自分の馬の手綱を護衛に任せ、リリアの馬に乗り移ると歓声が沸き上がった。リリアの愛馬は相乗りならリリア以外も乗せてくれるらしい。興奮したリリアが落馬しないように気をつけないと。
「ニコラス?」
「手綱は俺が持つ」
「もう落ちません」
残念ながら全く信用できないから。
「リリ様!!」
手を振る子供にリリアがニコニコと手を振っている。さすがにここで喧嘩したらまずいと思ったのか、俺への非難の言葉は止まった。
「リリ様、お花!!」
「ありがとう。部屋に飾りますね」
「リリア様、あとでうちの店にも来てください」
「式まで忙しいので、落ち着いたら伺います」
「リリ様、お式、僕も行くね」
「ありがとう。楽しみに待ってるわ」
「ニコラス様、リリア様とお幸せに」
「ありがとう。今日は失礼させてくれ。まだ準備が終わってないんだ」
「手伝いがほしけりゃいいな」
「必要になったらお願いします」
レトラ領は時々訪れていたので顔見知りも多い。リリアほど好かれてないけどな。
馬を進めて本邸に辿り着いた。想定の時間よりも2倍かかった。
式の当日、窓の外には本邸の周りを民が囲んでいた。暴動かと警戒したけど服装を見て違うとわかった。
「ニコラス!!」
リリアが飛び込んできた。
「外、人がいっぱい、おめでとうって」
夜着のままバルコニーに出たのか・・。朝の挨拶をして笑顔で手を振って来たんだろうな。
「どうしよう。教会小さい。皆、入れない」
不安そうなリリアを抱きしめる。
「一応、第二案を義母上が用意してくださっているから大丈夫だよ。」
「大丈夫?」
「ああ。着替えて食事に行こう。そのまま出歩くと怒られるよ」
「大変!?ありがとうございます」
リリアが俺の腕から飛び出して速足で戻っていった。食事をすませて、準備をはじめた。俺はそんなに時間がかからないけど。義母上の予想通り野外での儀式だった。リリアが動揺するから早めに出立して馬車の中で宥めることを決めた。外の領民はノエルが出て、移動するように声をかけていた。ノエルと義姉上が民の誘導等は引き受けてくれていた。
リリアの支度が終わったと呼ばれると部屋にはオリビア嬢がいた。
「おめでとうございます。ニコラス様」
「ニコラス、オリビアがわざわざ早く来てくれました。髪結ってくれました。あとこの花の飾りも」
リリアはオリビア嬢が大好きだ。今日くらい邪魔しないで欲しかった。リリアの髪には小さい花の髪飾りが散りばめられている。
「ありがとうございます。リリア、似合ってるよ。よかったな」
「うん。嬉しい」
「また後でね」
オリビア嬢を見送り、俺達も移動することにした。馬車の中でリリアが首を傾げている。まぁ大広場に行くとは思わないよな・・。
馬車から見える人の数にリリアが固まった。
「人、いっぱい。嘘」
「リリア、やることは変わらない。」
「こんなに来るとは・・」
「レトラ侯爵家で準備してあるから大丈夫だよ。なにがあってもフォローしてやる」
「想定外です」
「リリアの想定内になったことがあった?」
「よく考えると全然ありませんでした」
「こんなにたくさんの人に祝福してもらえるなんて幸せだな。せっかくだから演説でもしようか?」
「やめてください」
「冗談だよ。俺の傍にいれば怖いものなんてないんだろう?」
「はい」
「じゃあ、儀式は頑張れるか?」
リリアがコクンと頷いた。御者に時間と呼ばれてリリアをエスコートして降りた。案内のままに歩いていくとリリアの視線が止まり、震え出した。視線の先には隣国の王太子妃がいた。
「リリア、義姉上がいるから大丈夫だ。式が終わったら話にいこう。今はレトラ領民優先だろう?領民の笑顔が見たくてここですること決めたんだろう?」
リリアの震えが止まって、歩き出した。多広場の中心に祈りの間ができていた。全部魔法で作られている。義母上の目論見通りになった。ヴェールの下で驚いているだろうリリアに笑えてくる。
儀式は滞りなく終わった。
大変なのはここからだ。リリアと一緒に挨拶周りだった。リリアは俺のものだと牽制しないといけない。
ヴェールをとったリリアが祝福してくれる招待客に笑顔でお礼を言っている。今さらだけど、リリアは俺との婚姻を喜んでいるんだろうか・・。
隣国の王太子妃殿下は義姉上に任せた。これ以上余計なことを言われてもたまらない。
「リリア様、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「リリア様、ニコラス様お幸せに」
笑顔のリリアが可愛い。お日様みたいな笑顔を見ると嫌なことが吹き飛ぶ。最近は寂しそうに笑うこともなくなった。この笑顔を守るためならなんでもする。領民にはリリアとの仲を見せつけるか。やっと捕まえた。長かった。
「ニコラス!?」
リリアの背中に顔を埋める俺にリリアが慌てている。領民から視線を俺に移して心配している姿に笑いが止まらない。こんなにたくさんリリアの大好きな人がいるのにリリアの視線を独り占め。本当の意味で独り占めするために、仕事するか。リリアを抱き上げると歓声が響き渡った。二人っきりになるまでやることは山積みだ。




