閑話 ニコラスの悪あがき 後編
俺はリリア達を迎えにいくために隣国行きの船に乗るとディーンに肩を叩かれた。
「坊ちゃん、俺は味方ですから」
「リリアが主だろ?」
「旦那様より坊ちゃんに従えと」
「拒絶されるだろうな。俺、保てるかな」
「頑張ってください」
迎えにいけるのはいいんだけど、不安が胸をしめる。あの時の俺へのリリアの顔を思い出すと後悔したくなる。でもあの時はあれが一番最善だと思ったんだけど、傷つけたよな・・・。
心身共に守るって、体を守っても心を傷つけたよな。顔見た瞬間に泣かれたらどうしよう・・。
気遣うようなディーンの視線にどう反応すればいいかわからない。
そして無言のノエルが怖い。いつもの毒舌が恋しくなる日が来るとは思わなかった。
***
上陸したので俺達はノエルに手続きを任せて先にリリアのもとを目指した。
馬で駆けて、教えられた家の呼び鈴をならすとリリアが出てきて、扉を閉めた。
あいつ、確認もせず扉を開けて明らかにまずい!って顔してたけど、危機管理大丈夫なのか…。無事でよかったけど。
「坊ちゃん、行きますよ」
ディーンがいつの間にか鍵を開けていた。
ディーンに続いて中に入るとリリアが王太子殿下を必死に起こしている。
1月以上もずっと二人っきりか・・。
「随分仲がいいんだな」
リリアが俺を睨んでいる。全く話を聞かない。
王太子殿下がリリアを抱き上げて宥めて椅子に座らした。宥めるの俺の役目だったのに。リリアからの絶対零度の視線にすでに心が折れそう…。やっぱりノエルの妹だ。人の心をえぐるのがノエルそっくりだ。
リリアがお茶を出してきた。
俺とディーンの分しか用意されていない。絶対に何か仕込んであるよな。
王太子殿下には親しみのこもった視線を向けるのに俺には冷たい視線のままか。文句を言いながらも殿下の食事を用意してるし。俺の立ち位置だったのに。
迎えにきたことを話しても全く信じて貰えない。
王太子殿下とリリアの親密さに目を背けたくなる。
また呼び鈴がなったので、リリアが出て行った。たぶんノエルだろう。
お前さ確認せずに扉開けるのどうなの・・。
王太子殿下に心配そうな顔で覗かれている。殿下も表情が豊かになったよな。リリアとの生活の所為だろうか。今さらだけど、あの女の言う通りだな。王位争いに負けてリリアと亡命って・・。俺は殿下の愛しい少女はリリアじゃないかと警戒してたけど。リリアは全くわかってなかった。
「ニコラス、大丈夫か?」
「殿下がご無事で良かったです」
「ああ。悪いけどゆっくりさせてもらったよ。ご苦労だった。まぁ頑張れ。リリア、戻って来ないな」
詳しい説明をしてないけど、きっとわかってるんだろうな。
王太子殿下がリリアを呼びに行った。聞こえてくるノエルとリリアの話が心に突き刺さる。この上なく嫌われている。過去、リリアがここまで人を嫌うことはあっただろうか。
「坊ちゃん」
「記憶から抹消したいほどって」
「死にそうですね」
「断ればよかった。ノエルの毒舌って優しかったんだな」
「坊ちゃん!?お嬢様!!」
ディーンがリリアを呼び戻しに行った。俺には冷たいのに王太子殿下となんで抱き合ってるんだよ。さっきから色んな意味で心がえぐられ続ける。
ノエルも交えて、国で起こったことを説明した。
淹れ直したお茶をリリアが持ってきた。たぶん大丈夫だろうけど怖いから手を出さない。
事の顛末を話終えると、今まで探るように見ていたリリアが俺から視線を外して全く見ない。
マジでどうしよう。
王太子殿下がリリアにお使いを頼んで出て行った。
「ニコラス、リリアを追いかけてくれないか。私の嫁ってことになってるけど、人気があるんだよ。」
「嫁!?」
「気づいたら勘違いされてた」
「坊ちゃん、行きますよ。殿下の命令です。ノエル様のほうが適任とか言わないでください」
俺はディーンに連れられてリリアを追いかけた。追いかけてもどうすればいいのか・・。
教わった道を歩くとリリアが男に腕を掴まれていた。
離せと言っても聞かない男の手を摘み上げる。
「折られたくなかったら去れ」
睨むと男は逃げて行った。
いつの間にかディーンがリリアと話してる。無表情のリリアの表情が戻ってきた。
リリアがいつもの感じに戻ってきたな。俺の名前を呼んでることに安心した。
ムキになるか・・。確かに、リリアはあんまり根に持つタイプじゃない。
ディーンの言葉に目を丸くしたり、怒ったりいそがしいな。
ディーン、明らかに私情が混ざってるけど。振り回すのやめろって、それはお前の仕事だから。
俺を盗られて拗ねてるって、マジなの!?リリアの顔が赤くなったけど気づいてないんだろうな。
セノンとの話は聞いてたけど、俺は二番か…。オリビア嬢に勝っただけでもいいか…。ディーンのおかげで気持ちは浮上した。
リリアを説得する。たぶんこの感じならもう大丈夫だ。
ディーン達が帰って行ったのでリリアのあとについていく。
川場について、気まずそうに水面を見つめるリリアに声をかける。
「俺は二番か。俺の一番はリリアなのに」
驚いた顔をするリリアの手を握る。
「リリアが倒れてから7年たった。今、俺がリリアの隣にいるのは答えにならないか」
睨んでるな。絶対零度の視線じゃないからいいか。ここで笑ったら怒るよな。
「いつも黙っていなくなる人のことなど信じられません」
「言えば、止めるだろう。傷つけてごめん。あの時はリリアを守るためにあれが最善だった。」
「別に傷ついていません。守ってほしいとも頼んでいません」
意地っ張り。あの時泣きそうな顔してたのに。
「バカ。どれだけ一緒にいたんだよ。リリアの顔を見ればわかるよ。さっさと片付けてリリアのところに帰ろうと思ってたのに、勝手に旅立つし…。足取り掴むのに一月もかかった。無事で良かったよ。言い訳みたいだけどあの状況でリリアが出て来るとは思わなかった」
「間に合わなければギル様が殺されていました」
リリアがそう思うのも仕方ないか…。それに剣を向けたのは事実だから。
「殺すつもりはなかった。ひどいことを言って剣をむけてごめん。」
「裏切ったんじゃ」
リリアの声が震えて、泣きそうだ。
ごめんな。信じて貰えるまでずっと言い続けるから。
「俺がリリアの敵に回ることはないよ。何があっても」
「そんなの・・・」
迷子のような虚ろな目をしたリリアの腕をひいて抱きしめる。
リリアは言葉よりも体のほうが素直だから。
「離して」
言葉と違って俺の腕の中で静かにしているリリアに安堵する。拒絶されなくてよかった。
「嫌。お帰り、リリア。それより決まった?」
「はい?」
首を傾げるリリアに笑いかける。
そろそろ本気で説得するか。生死の境を彷徨って目覚めてからのリリアは素直じゃない。行動と言動がちぐはぐなんだよな。
「イラとレトラどっちを選ぶ?俺はレトラ侯爵家に婿入りがいいんだけど」
今さら、レトラ侯爵夫人がうちに嫁入りで納得してもらえるかわからないとは言わない。
「な、私、ニコラスと結婚しません」
泣きそうな様子はなくなったな。いつものリリアだ。
「レトラ侯爵に婚約破棄は許さないって言われたよな?それにリリアの条件は全部叶えただろう。前に神官やるかわりにお礼してくれるって言ったよな?俺、まだもらってないんだけど」
「魔石ならいくらでも作ってあげます」
甘いよな。きちんと言葉で確認してから頷かないと。敢えて言わなかった俺が言える言葉じゃないけど。
リリアの自分への脇の甘さのおかげである意味助かってるけどな。
「魔石なんていらないよ。リリアとの子供がほしい。」
「な!?」
赤面しているリリアが可愛い。悪いけどまだまだ交渉材料はあるからな。
「婚姻してからでいいよ。他にも俺はリリアへの貸しが貯まってる。まずは昔、市で殿下の護衛をしたときお礼にリリアの時間をくれるって言ったの覚えてる?」
「言いました」
「リリアの時間は俺のものだろ?」
「はい?」
「リリア約束は守らないとだろ?そろそろ観念しようか」
目を閉じて考えこんでいたリリアが目を大きく開けて俺を見た。
「時間ってそういうことですか!?私、予定を空ければいいのかとばかりに」
「確認せずに頷いたのはリリアだろ。覚悟は決まった?」
「覚悟って。こんな脅しみたいな」
頬を膨らませて子供みたいだな。
「好きだ。」
「心が籠ってません。」
本気で言ってるのに伝わらないんだよな。
「リリアは俺が好きなんだからいいだろう」
「その自信はどこからくるんですか」
「セノン」
「セノン・・・。あの子はもう、なんで」
さすがに、リリアの膝の上で寝てるのに話し声が聞こえたら起きるから。教える気はないけど。
いつか俺の顔を見て言ってほしいとは思うけど。
「俺の腕はリリアのものだよ。もういいだろ?」
リリアが嬉しそうに笑ったけど無自覚だよな。
リリアの手が背中に回った。もう大丈夫だな。
「こんなの全然雰囲気がありません。恋愛小説は苦手ですが、駄目なことはわかります」
リリアは恋愛小説が苦手だ。リリアが望むなら幾らでも雰囲気作って言うけど嫌がるよな。
相変わらず雰囲気を壊してリリアが見つからなかった話を聞きたいらしい。手を出す気はないからいいけどさ・・・・。
説明するとクレア様に怒りはじめた。
クレア様のことでレトラ侯爵夫人が激怒してることは気づかないんだろうか…。
義姉上が宥めてくださっていることを祈ろう。きっとレトラ侯爵夫人が怒っていることを伝えたら帰りたくないって言うから黙ってよう・・。
「帰ったらドレスを選ぼうな。リリアの誕生日に挙式だ」
「ニコラスと結婚しない」
リリア、たぶんお前に残されてるのは俺と結婚するか神殿行きだけだ。言わないけど。
「レトラ侯爵の命に従うんだろ?家はどうするか。それとも二人で逃げる?」
「バカ言わないでください。私はオリビアの幸せを見届けるんです」
「もう観念したんだろう」
「私、まだやりたいことがあるんです」
「なに?」
「私はニコラスの洗脳を解いて空蝉を封じます」
まだ言ってるのか…。封じられたら困るし、洗脳されてないから解けるはずがない。
「リリアが傍で見張ってればいいだろう。」
とりあえずリリアが俺のところに帰ってきてくれるならなんでもいい。
リリアが俺の腕から離れて、睨んでくる。今のリリアが睨んでも可愛いだけなのに。
「ディーンが死にそうって言いましたが全然元気です」
かなり心がえぐられたけどな。でも何があっても捕まえるって決めてるから。リリアの手をとって戻ることにした。繋いだ手が解かれないことに安心する。俺は平静を装っているけど、拒絶は怖い。
リリアと殿下の間に何もなくて良かった。
リリアの情緒が欠落していたことに安堵する日が来るとは思わなかった。リリアと一緒に帰ると殿下は穏やかに笑っていた。俺は殿下がリリアを好いてると思ってたのは勘違いだったんだろうか・・。ノエルのことは義母上に相談しよう。レトラに婿入りするのはいいけど、住む場所は別がいいよな。ノエルが帰ってくるたびにリリアがべったり離れなくなるから。義姉上も微笑ましく見てるし。
帰国したらまた忙しくなるよな。
リリアが傍にいないと平穏だけど、物足りない。
***
「あんなに頑張ったのに無駄だったなんて」
帰国して義母上に怒られたリリアが落ち込んでいた。抱き寄せると体を預けるリリアに安心する。俺の心の傷はいつになったら完治するんだろう。
俺まで怒ったらさすがに可哀想だよな。リリアなりに必死だったんだろうし。まぁ失策感は否めないけど。リリアって必死に考えて動くといつも空回りするんだよな。目が離せない。リリアの頭を撫でると気持ちよさそうに目を閉じる。猫みたいだ。
「殿下が楽しかったって。貴重な体験できたって喜んでたよ。俺は心配で狂いそうだったけど。」
「無駄じゃない?」
心細げに見上げてくるリリアが愛しい。俺だけはリリアの努力を認めてやるか。
「頑張ったな。殿下が笑顔で帰国したのはリリアの成果だ。それに保護してくれたクレア様達との絆もリリアが作ったものだ」
出国しないほうが良かったことは口には出さない。義母上に言われてわかってるだろうから。
嬉しそうに笑うリリアに安心する。倒れる前のリリアみたいだ。
「うん。頑張った」
「後悔してほしいのは俺と離れようとしたことだけだ」
「え?」
「まぁ離さないけど。心は痛かった」
「本当に?」
「ああ。お前に拒絶されないことに心底安心する」
「信じられません」
「素直じゃないな」
「本当に婚姻するんですか?」
リリアが言いそうな言葉を先に口にする。
「もちろん。後悔しないよ」
俺の胸に顔を埋めたリリアが顔をあげてじっと見つめてきた。
おねだりされるの久々だな。
「お母様が王都の教会を予約してくれました。でもできればレトラ領の教会であげたいの。」
「リリアの好きな領民に祝福されたい?」
「うん。親族と自由参加の領民で。エルやネス達も。立派じゃなくていいんです。でもニコラスのお式だから立派じゃないと駄目?」
「リリアの好きでいいよ」
「ありがとう」
俺の言葉で簡単に笑顔を見せるリリアに安心する。距離をおきたいとも離れてとも言われない。傍にいられることがこんなに尊いことなんて昔の俺は知らなかった。これからも傍にいて守ってやりたいと思うのはリリアだけだろうな。




