閑話 ニコラスの悪あがき 前編
悪あがきのニコラス視点
最近、リリアを狙う刺客が増えた。
俺はサン公爵に頼まれたことがある。王宮で第二王子殿下のお気に入りの行儀見習いに声をかけられ親しくする振りをした。行儀見習いがリリアに近づかないように気をつけていた。リリアは鈍いから俺があえて会う機会を潰していることに気付いていない。時々リリアのいない所で行儀見習いと話す日々が続き、しばらくすると第二王子殿下の護衛になれと引き合わされた。行儀見習いが殿下の護衛を推薦することも受け入れる殿下も意味がわからない。
サン公爵の頼みを聞くためには丁度いいけど。ただ代償が・・。でもこれで躊躇って守れなかったら本末転倒だ。
「ニコラス、お前彼女に惚れてるか」
「将来王妃となる方に懸想する気はありません」
「俺の味方についたのはリリアのためか?」
引き合わされた第二王子殿下に探るように見られている。聡明な人だから隠しても無駄だろう。近づいたの目的があったから。サン公爵が俺に声をかけたのは本当の目的を隠して近づくのに俺ほど丁度良い人間はいないから。
世間では俺は婚約者に惚れ込んでいる愚かな御曹司だからな。王家よりリリアを優先していることは否定しない。
「はい。取引しませんか」
「リリアか、いつ気づいた?」
「なんのことか。」
「とぼけるか」
「リリアの命をくださるなら俺は殿下の手を取りましょう」
「リリアのために手を汚すか。まぁいいだろう。お前が私の手駒でいる限りリリアには手をださない。しくじったらリリアを殺す」
「俺が貴方の手駒でいる限りはリリアに刺客は送りませんか?」
「お前の働き次第だ。様子見の間は引かせてやろう」
「かしこまりました」
これでリリアは安全か。最近はレトラ侯爵邸にまで押し入ろうとしたやつらがいるからな。レトラ侯爵邸には騎士を手配しているから大丈夫だろう。それにもしリリアになにかあればセノンが守るだろう。
これで殿下がリリアに刺客を送ってる証拠が手に入った。本命はこっちじゃないけど。
第二王子殿下は俺の手を取るほど人出不足なのだろうか。
俺は第二王子殿下の護衛を引き受けた。護衛は行儀見習いの提案だが…。第二王子殿下は行儀見習いに惚れてるようには見えないが彼女の言葉に従っている。俺的には俺なんか必要ないと言って貰えればサン公爵へのいい訳をしてリリアのもとに帰れたのに。ついつい自分の欲望に忠実に動きたくなってしまう。
でも第二王子殿下が俺を専属護衛にする意図が見えない。
リリアが俺が敵に回ったから警戒してほしいと派閥に呼びかけたおかげで、第二王子殿下が本気で俺が家を捨てたと思ったみたいだ。リリアに会いたいけど、会えば傷つけるからできる限り避けた。元気そうに過ごしている姿を横目に見て安心したけど。リリアがエルとエリを王宮に送り込んできた。二人は俺に近づかないように命じられてるようだ。エリには悲しそうに見つめられ、エルには睨まれた。リリア以外に嫌われてもなんともないけど。エルよりエリの視線の方が心に刺さるのは気のせいだ。
ある晩、第二王子殿下に呼び出された。
「ニコラス、わかっているな?」
嫌な予感がする。
「俺に何を望まれますか?」
「今夜だ」
「今夜とは?」
察しの悪い俺に第二王子殿下が苛立っている。俺は気づかないふりをする。
「兄上を村の外れにおびき出してある。」
「王太子殿下には護衛がいます。」
「必ず一人で行く。撒き餌も用意したからな。ニコラスは見届けるだけでいい。ただ奴らがしくじるようなら・・・」
沈黙が続いた。了承の返事はしない。
「どうすればいいんですか?」
「殺せ」
「まさか、王太子殿下をですか?」
「ああ。兄上には王はつとまらない」
「さすがにやりすぎではありませんか?殺すなんて」
「邪魔なんだ。優秀な私が選ばれないのはおかしい。父上は兄上を選んだ。ただ先に産まれたというだけで。母上も私を止めるんだ。王位を継ぐのは私ではないと。力ある貴族も兄上につく。でも彼女は私が絶対に王位に継ぐと言うんだ。力があれば全て手に入る。私が王になれば全てが覆される。優秀な私を認めない者たちが頭を垂れる。邪魔者は排除すべきだ。手配はすんでいる。お前は見届ければいい。これに映像を取ってこい。しくじったらお前が殺せ。命令だ。出て行け」
投げられる映像魔石を受け取る。俺も監視されてるんだよな。隠れてるけど気配でわかる。証拠映像は手に入ったけど最後まで気は抜けない。
俺は駆けてくる気配に視線を向けた。
あれはエル?
隠れて王宮を走っているな。
エルを追いかける兵に体当たりする。
「おい」
「すみません。痛みますか?」
「貴方は、大丈夫です。申しわけありません」
「念のため医務室に行きましょう。お連れ様も」
嫌がる兵の腕を掴んで医務室に連れていく。貴族の俺に無礼はできないからな。エルはこれでうまく逃げられるだろう。
「側妃様が」
「医務官、急げ」
エルが走っていた理由はこれか・・。レトラ侯爵家に行ったな。無事に着くといいけど。ここに送りこむなら安全策はとられてるか。リリアがなんの守りもなくエル達を王宮に送ることはないよな。リリアは臣下の安全は絶対に手抜きはしない。さて、俺は村の外れに行くか。
村の外れに行くと王太子殿下が本当に一人で暴漢に囲まれていた。
王太子殿下は慌てているようだ。どうするかな。俺の後ろに隠れているのが王太子殿下の殺害を命じられた暗殺部隊だよな。
様子を見るか。
この程度の暴漢なら王太子殿下なら追い払えるだろう。あの人武術の筋がいいから。
ただ焦ってるのか動きがおかしい。斬られたけど致命傷ではないから平気か。これで後ろの暗殺部隊が引くといいけど、そう簡単にはいかないよな。もう少し見守るか。
俺は聞こえてくる声に頭を抱えた。リリアが巫女服姿で現れた。
暴漢がリリアに剣を向けると巫女服の魔法陣による雷撃がおこった。暴漢は倒れたけど、後ろの暗殺部隊をどうするかだよな。
リリアが王太子殿下を治療している。まずいな。後ろで暗殺部隊が動く気配を感じてゆっくりとした風魔法の刃をリリアの足元目指して放つ。
リリアが結界をはったな。王太子殿下がリリアを抱きしめてるのはこの際見逃そう。
ディーン、どこ行ってるんだよ・・。俺が離れたから、父上はリリアにディーンをつけていたはずだ。
暗殺部隊が動く前に俺が動くしかないか。
この人数の相手は二人にはできないよな。殿下もリリアを庇いながら戦うなんて無理だろうな。
剣を構えてリリア達の前に姿を表すことにした。
俺の姿を見たリリアが泣きそうな顔をした。
「私の前で剣を向ける意味わかってるんですか?」
「雷撃だろ?よけれるから問題ない。お前は俺には敵わない。どけよ」
睨みつけてくるリリアに心が折れそう。でもここでしくじればリリアも殺される。
あの暗殺部隊をリリア達を守りながら俺一人で相手にするのは荷が重い。それに映像とってるしな・・。本当にあの部隊だけかもわからないからな。俺は第二王子殿下に信頼されてないから。あの方が信頼している人物はいるんだろうか・・。
「どきません」
「邪魔するなら殺すけど」
「殿下を殺す理由はなんですか?」
「命じられたから」
「家を裏切ってまですることなんですか」
「リリアには関係ないだろ」
リリアが剣を構えて結界から出てきた。リリアが魔法を使ったけど光が降り注ぐだけ。一瞬泣きそうな顔をしたリリアが真剣な顔をして睨んできた。あんな顔させたくないのに。
「私のこと殺さないって言いませんでした?」
「さぁな。」
「やっぱり変わりません。もう絶対に信じません。」
もう絶対に信じないってどういうことだよ。もともと俺のこと信じてないのに・・・。
「お嬢様、勝手に行かないでください」
ディーン、来るのが遅い。
「ディーン、リリアを捕えろ」
「ディーン、ニコラスを捕えてください」
斬りかかってくるディーンの剣を受け止める。
「ディーン、どういうことだ」
「坊ちゃん、それは俺が聞きたいです。俺の主はお嬢様です」
「俺に勝てると」
「お嬢様、お逃げください。俺は大丈夫なんで」
リリアが王太子殿下を連れて逃げたな。ディーンと斬り合いながら魔法で暗殺部隊の進路を妨害する。
「坊ちゃん・・」
ディーンに視線で目配せすると伝わったみたいだな。
派手に戦いながら暗殺部隊を倒していく。暗殺部隊の全員を戦闘不能にしたのを確認してディーンの攻撃にわざと当たって気絶した振りをする。
2時間くらい寝たふりをして動き出す。馬の後を追うと王太子殿下の血がついた上着が投げてあった。
上着を拾い、途中で捕まえたウサギの血をかけてさらに血まみれにする。これなら死んだと思うかな。
第二王子殿下のもとにゆっくりと向かった。
「ニコラス、うまくいったか」
「これを」
映像魔石と血まみれの上着を見せる。
「兄上は逃げたか」
「あの傷だとそう長くはもたないでしょう」
「リリアがいる」
「リリアの魔法はあの傷には効きません。俺も満身創痍なので休ませていただいていいでしょうか?」
「御苦労だった」
俺はイラ侯爵邸に帰った。
「ニコラス!!」
怪我はしてないけど、こんなにボロボロの服で帰って来た息子を平手打ちする母親ってどうなんだろう。
「母上、これを父上に。内密にサン公爵に渡してください。王太子殿下とリリアの暗殺未遂の証言が入ってます」
「貴方、まさか」
「ニコラス・イラは怪我で療養中でお願いします。ラスとしてリリを追いかけます」
父上が降りてきた。
「ニコラス、待ちなさい。それは許さん。謹慎だ。ディーンがいるから大丈夫だろう」
俺の取った映像を見た父上に制裁を受けた。父上はサン公爵家に行った。
俺はできることもないので眠ることにした。
ごめん、リリア。でももう大丈夫だ。やっと自由に出歩けるよ。
母上に起こされ目が覚めると夕方だった。
邸にはサン公爵が訪ねていた。
「ニコラス、ご苦労だったな。殿下は無事か?」
「はい。リリアがいればあの傷は治ります。」
「そうか。ゆっくりと休みなさい。報酬に希望はあるか?」
「リリアの安全を。」
「本当に君はリリアが大切なんだな。後は私達に任せて迎えにいってきなさい。」
「それは」
「イラ侯爵には許可をとってやろう。ご苦労だった。ニコラスの役目は終わりだ。」
「ありがとうございます。失礼します」
サン公爵が言うなら俺の謹慎は解けるだろう。
身を隠しているだろうリリアを向かいに行くか。
怒ってるよな。謝るしかないか。出かける用意をしているとディーンが飛び込んで来た。
「坊ちゃん、すみません、お嬢様が見つかりません」
「は?」
「お嬢様が馬を預けた教会までは足取りは掴めてます。神官は極秘と何も話しません。念のため近くの港に人をやって探らせてます」
あのバカ。教会で隠れていると思ったのに。
船の出港記録を探るか。巫女が乗ってる船ならすぐに見つかるだろう。
出航記録を調べるならレトラ侯爵家の許可が必要だ。レトラ侯爵邸に行くとレトラ侯爵夫人に捕まった。
「ニコラス、良かったわ。貴方を借りようとしてたの」
「どうしました?」
「隣国が貿易制限をかけてきたわ。人手がたりないの。手伝いなさい。うちのバカ娘はこんな時にいないなんて。帰ったらお仕置きよ」
「俺、リリアを迎えに」
「あの子は大丈夫よ。殿下を連れてるなら危ないことはしないわ。しくじったらあの子の嫌がる神殿に放り込むわ。旦那様、一人、人手を確保したわ」
これは逃げられない。ディーンにリリアの捜索させるしかない。神官ラスの紹介状を持たせて、教会に行けば話を聞けるだろう。リリア、頼むから無事でいろよ。
やっぱりサン公爵の頼みで間者なんてやるんじゃなかった・・・。
俺はレトラ侯爵と一緒に外交官のラスとして駆け回った。外交官がこんなに大変だとは思わなかった。
リリアが姿を消して3週間たった頃にミリア様が帰ってきた。
レトラ侯爵夫人は心配いらないというのに、リリアの消息が掴めない。探しにいきたいのに開放されない。初めて外交の勉強をしたことを後悔した。
「ニコラス、お疲れ様、話は聞いたわ。」
「おかえりなさい。ミリア様」
「今までのように義姉上でいいわ。この騒ぎはすぐにおさまるわ。リリアは無事よ」
優雅に微笑む理由がわからない。
レトラ侯爵家はリリアへの信頼あつすぎる。無事かどうかわからないのに。今の俺は情けない顔してるんだろうな。
「どうしてですか?」
「この貿易制限の主犯はクレアよ。クレアはリリアと一緒にいるためならこれくらいやるわ。明後日には解除されてるから安心して」
ミリア様の言葉通り、貿易制限は解除された。
俺はリリアを探しにいきたい。ただ目の前には見たことのないほど怒っているレトラ侯爵夫人がいる。
「あの子は何をしているの!?外交官の娘が外交を壊してどうするのよ。」
「義母様、落ち着いてください。リリアもわざとでは」
「帰ってきたら神殿に放り込むわ。レトラ侯爵家の恥よ」
「それはさすがに」
「リリとして飛び出したんだから、リリとして生きればいいわ。旦那様がなんと言おうと許さないわ」
「義母様、」
「レトラ侯爵令嬢として自覚が足りないわ。」
「レトラ侯爵夫人」
「ミリアみなさい。ニコラスさえも呆れてるわ。あんな嫁もらっても困るでしょう?」
冷たい視線に反射的に頷きそうになる自分に気付いて慌てて首を横に振った。
父上より怖いかもしれない・・。
「いります。ほしいです。リリアが嫌がらないなら俺はリリアと結婚したいです」
「ニコラス、あんなバカ娘を…。」
「俺はずっとリリアが好きでした。許させるなら俺は添い遂げたいです。」
「義母様、外交官のラスは優秀と聞きました。リリアとニコラスを二人で置いておけば大丈夫ですよ。ニコラス、リリアのこと制御できるわよね?」
断ればリリアは神殿行きだよな。
「はい。お任せください」
「安心してください。ニコラスが生涯面倒を見てくれます」
「ニコラス、本当にリリアでいいの?」
「はい。」
「リリアの誕生日に婚姻よ。リリアの意志は聞かないわ。旦那様には私が文句を言わせないわ。ニコラス悪いけどノエルを呼び戻すから一緒にバカ娘を迎えに行って。ニコラスにリリアをあげるわ。あの子が嫌がるなら既成事実でも構わないわ。あのバカ娘」
「ニコラス、ここは私に任せて行ってらっしゃい。式の準備は、こっちで進めるけど早めに戻ってね。リリアはたぶんここにいるわ。」
ミリア様から紙を受取り、イラ侯爵邸に帰って準備をすることにした。
この流れで結婚って本気なんだろうか・・。
たぶんリリアは嫌がるけど。物凄く拒絶されるよな・・。
***
俺は準備のためにイラ侯爵邸に戻り、両親に事情を説明した。
「リリアを連れて戻らないと廃嫡よ。あんな顔をさせて」
母上が冷たい空気を発している。
「ニコラス、ディーンを連れて行け。あと、これ」
父上から魔封じの袋を渡される。中には魔石が入っている。
「もしニコラスが王子に空蝉を命じられたら渡してほしいとリリアから預かった。極秘にしてほしいと」
中の魔石を取り出すと輝いている。
「どんな怪我も治ると。最後の餞別だと」
リリアの最大純度の魔石よりも輝いている。たぶんこれは特上級の魔法で作られた。ただこのレベルの魔法が使えると、国か神殿のお抱え魔導士にならないといけない。リリアはお抱え魔導士になりたくないから、聖属性の魔法を極めるのをやめた。最後の餞別って。俺に渡して利用されると思わなかったんだろうか・・・。
「父上、これは受け取れません。最後じゃないので」
魔石を父上に返して両親に見送られ、港に向かうとレトラ侯爵夫人が用意した船の前にオリビア嬢とノエルがいた。
「ニコラス様、動かないでください」
パチン。容赦なく平手打ちをされた。
サン公爵令嬢の平手打ちをくらうのは俺くらいだろう。
「事情は知っています。でもリリアの友人としては許せません。2度目はありませんから覚悟してください。リリアを連れ戻したらこの件は水に流して差し上げます」
俺の言葉は聞かずにオリビア嬢は踵をかえしていった。
ノエルに複雑な顔で見られてる。
「ニコラス、謝罪はいらない。」
「は?」
「ミリアと母上には逆らえない。迎えに行こうか」
俺はノエルには心身ともに再起不能にされると覚悟していたのに。あのシスコンが報復なし?具合が悪いわけじゃないよな…。逆に怖いんだけど。俺達が船に乗り込むと出港した。




