第百十八話 悪あがき9
私は王太子殿下と一緒に一時的に隣国に避難していました。王位争いが終わったので今日この国を発つ予定です。殿下に頼まれて最後のお使いに向かいました。
いつもの牧場に行きおば様に挨拶すると目を丸くして驚いています。
「あら?リリちゃん、今日は一人なの」
「はい。これ、いつもお世話になってるので、お礼です」
昨日、夜遅くまでかかって作ったお菓子とプリンを渡します。王太子殿下と一緒に包みました。
家事はできないのに、手先が器用な王太子殿下は包んだり飾るのが上手です。夜な夜なリボンの色んな種類の結び方を考案されてました。凝性なところがあるなんて知りませんでした。私は最後までつきあった所為か寝不足です。
本当はゆっくり寝ていたかったのに、朝早くからクレア様達が訪問されることが多いので、早起きの習慣は守られてます。
「ありがとう。嬉しいわ。いつも一緒にいる旦那様は?喧嘩したの?」
「喧嘩はしてません。」
「いつも一緒だからリリちゃん一人だと変な感じね。帰りは気をつけてね。これ二人で仲良く食べてね」
「ありがとうございます」
お世話になっている牧場のおば様にお礼を行って立ち去ります。今日発つことは言えません。
私と王太子殿下はクレア様に保護された駆け落ちした夫婦と思われています。
曖昧に頷いていたら勝手に設定が出来上がっていました。私達は兄妹には見えませんから仕方ありません。
帰路につくと村人に声をかけられ立ち止まりました。
「リリ、一人?」
「はい」
「せっかくだから遊びに行かないか」
「帰ります」
「たまには旦那以外もいいじゃないか」
「忙しいので、失礼します」
「付き合ってよ」
村の青年に腕をとられて、悩みます。遊んでる時間はないんです。
この人は王太子殿下が好きなのかよくじっと見惚れています。王太子殿下も端正な顔立ちなので男性でも見惚れる気持ちはわかります。殿下の話が聞きたいんでしょうが、今日は時間がありません。
「その手を離せ」
「関係ないだろ」
「離せ。」
私の腕を掴む手がニコラスに掴みあげられます。手が離れたので礼をして立ち去ることにしました。
いつからいたんでしょう。全然気づきませんでした。いつの間にかディーンが隣にいます。今まで後ろに控えていたから隣にいるのは違和感があります。私はディーンにどうすればいいかわかりません。
「お嬢様、坊ちゃんを許してあげてくださいよ」
「は?いえ、知りません」
「坊ちゃん、オリビア様に平手打ちされ、旦那様には鉄拳制裁をうけ、奥様にはお嬢様を連れて帰らなければ廃嫡って言われてるんです。お嬢様の願いの王太子殿下の勝利を叶えた一番の功労者なのに」
ニコラスは私のために動いていませんが、それは可哀想な気がしないでもありませんが…。
イラ侯爵夫妻にオリビア、何してるんですか。でもオリビアの平手打ちはきっと私の所為ですよね。
「どんな理由であれ一度切れた糸は戻りません」
「結べばいいんです。なにをムキになってるんですか」
「なってませんよ。」
「お嬢様への刺客が減ったのも坊ちゃんのおかげですよ」
「はい・・?刺客?」
「お嬢様は狙われてたんです。行儀見習いに嫌われてたでしょう?それにお嬢様がいなくなれば教会や神殿は王太子の派閥に組みこまれることはありません」
「ディーン、教会や神殿は争いには不可侵ですよ」
「表向きはです。でも国王陛下の承認は国民と神殿でしょう?王位争いでは神殿は味方につけたい重要な駒なんです。上皇様の愛弟子のリリ様は神官達にも人気です。リリ様が本気で呼びかければ神殿や教会も民の心も動きますよ。意味がわかりますか?癒しの巫女様?」
「癒しの巫女ってなんですか?」
「街では有名です。よく民に治癒魔法をかけてたでしょう?。市にお忍びで現れる癒しの巫女様。出会えたら幸運と。」
なんですか・・。そんなの知りません。全然お忍びになってません。
先ほどからディーンの話は知らないことばかりです。でも巫女のリリとしての王位争いに参加は許されませんでした。それは争いに関わることは巫女として禁忌です。
「市に行くときのお忍びの恰好をかえます」
「それは後で考えてください。坊ちゃんがお嬢様の説得もしくは始末は自身でつけると第二王子殿下に申し出たんです。第二王子殿下は坊ちゃんがお嬢様にご執心なのはご存知なので申し出を受けて刺客を送り込むのをやめたんです。お嬢様が坊ちゃんへの警戒を各家に呼びかけたので、第二王子殿下は坊ちゃんが自分の側になったと判断したようです。坊ちゃんはお嬢様のために動いてたんですよ。お嬢様くらい労わってくれませんか?さすがに可哀想です」
失笑です。そんなこと騙されません。
「ニコラスが私のため?ありえません。わざわざ嘘つかなくても、イラ侯爵夫人に廃嫡のことは考え直していただけないか相談しましょう。これが目的でしょう?」
「違います。嘘ではありません。坊ちゃんはお嬢様のために好きでもない動物を飼い、神官位をとり、単身で他国に旅立ち、はては敵の間者までしたんですよ。間者なんて下っ端にやらせればいいのに坊ちゃん自らですよ。坊ちゃんの人生を振り回してるんですからそろそろ責任をとってもよろしいかと」
「ディーン、やめろ。俺が勝手にしていることだ」
「坊ちゃん、その所為で俺が振り回されてるんです。いい加減落ち着いていただかないと困ります。振り回してるお嬢様も悪いですが、まずは言わなければいけないことがありますよね。今回の件はお嬢様だけに非があるとは言えません」
「悪かった。」
「お嬢様、謝ってるから許してあげてください。」
「うぅ・・・・」
頭をさげられると困ります。ディーンの言葉は信じられません。ニコラスが全部私のために動いてるように思えてしまいます。
「お嬢様いい加減認めたらいかがですか。怒ってるのって坊ちゃんをとられて妬いてるだけでしょ。お嬢様は俺が坊ちゃんと同じことをすれば労わって終わりでしょう。坊ちゃんだからそんなにムキになってるんですよ。」
ディーンが訳のわからないことを言っています。妬いて、ムキになってるなんてそんなことありえません。
「そんなことありません」
「お嬢様が坊ちゃんを好きなことなんて皆知ってるんですよ。両思いなんだからいいではありませんか」
「な、ちが、みんな!?」
「イラ侯爵家に行けば証拠の映像たくさんありますよ。セノンとの話も奥様に筒抜けです」
先ほどから処理できない言葉がかけられてます。私はニコラスのこと好きじゃない。いずれいなくなる幼馴染としか思ってない。それ以上の気持ちはありません。
必死に頭で情報を処理しようとするのに追いつきません。すごく重要なこと・・。
腕の中のセノンを見ます。
「映像?まって、セノン?義母様といつもなにを話したの」
「内緒」
「内緒にするならプリンはお預けです」
「プリン・・。ママはリリアとにこらすの話を教えてって。リリアがにこらす好きって教えたらプリンくれた。リリアの一番セノン、二番ニコラス、三番オリビア、」
何を言ってるの。そんな話をしたことありませんよ。してませんよね!?
私はプリンに負けて売られたんですか!?
「セノン、話すのやめて」
「セノン、続きを話せ」
「セノン、ディーン嫌い。いつもリリアの嫌いなえいぞうとってる」
「ディーン、あなたいつから・・」
「お嬢様、話を戻しましょう。俺がセノンと荷物を預かるので坊ちゃんと二人で話をしてください。」
「やだ。セノン、りりあと一緒」
「セノン、ママから預かってる土産はいらないのか」
「いく。リリア、セノン行ってきます」
「セノン、余計なことを話しちゃだめよ。いってらっしゃい」
セノンの願いでディーンに渡しました。
視線を感じて街道で話していることに気付きました。
移動しましょう。セノンが私よりイラ侯爵夫人が好きな気がするのは気にしてはいけません。
川場までくればさすがに人はいません。雰囲気に流されて歩いてきてしまいましたが、今さらですが何を話せばいいんでしょうか。
混乱してましたが、なんでニコラスと二人っきりになったんでしょう。ディーンと一緒に帰れば良かった・・。自分の迂闊さに後悔は止みません。今から引き返そうかな。ディーンの言葉に従う道理がありません。
「俺は二番か。俺の一番はリリアなのに」
この人は突然なにを言い出しますの・・。いつの間にか手をとられてるこの状況はなんですか。
「リリアが倒れてから7年たった。今、俺がリリアの隣にいるのは答えにならないか」
穏やかな顔をしているニコラスを睨みつけます。この状況でよくもそんなことが言えますね。
「いつも黙っていなくなる方のことなど信じられません」
「言えば、止めるだろう。傷つけてごめん。あの時はリリアを守るためにあれが最善だった。」
「別に傷ついていません。守ってほしいとも頼んでいません」
「バカ。どれだけ一緒にいたんだよ。リリアの顔を見ればわかるよ。さっさと片付けてリリアのところに帰ろうと思ってたのに、勝手に旅立つし…。足取り掴むのに一月もかかった。無事で良かったよ。なによりあの状況でリリアが出て来るとは思わなかった」
「間に合わなければギル様が殺されていましたわ」
「殺すつもりはなかった。ひどいことを言って剣をむけてごめん。」
「裏切ったんじゃ」
「俺がリリアの敵に回ることはないよ。何があっても」
「そんなの」
信じられませんと言葉にする前に手を強く引かれて抱きしめられました。
「離して」
「嫌。お帰り、リリア。それより決まった?」
「はい?」
「イラとレトラどっちを選ぶ?俺はレトラ侯爵家に婿入りがいいんだけど」
「な、私、ニコラスと結婚しません」
「レトラ侯爵に婚約破棄は許さないって言われたよな?それにリリアの条件は全部叶えただろう。前に神官やるかわりにお礼してくれるって言ったよな?俺、まだもらってないんだけど」
何年前のことですか。言われないので忘れてました。
「魔石ならいくらでも作ってあげますわ」
「魔石なんていらないよ。リリアとの子供がほしい。」
「な!?」
「婚姻してからでいいよ。他にも俺はリリアへの貸しが貯まってるよな?昔、市で殿下の護衛をしたときお礼にリリアの時間をくれるって言ったので覚えてる?」
「言いました」
「リリアの時間は俺のものだろ?」
「はい?」
「リリア約束は守らないとだろ?そろそろ観念しようか」
ニコラスの胸から顔を上げました。先ほどからすごい勢いで交渉されてます。
「時間ってそういうことですか!?私、予定を空ければいいのかとばかりに」
「確認せずに頷いたのはリリアだろ。覚悟は決まった?」
「覚悟って。こんな脅しみたいな」
「好きだ。」
「心が籠ってません。」
「リリアは俺が好きなんだからいいだろう」
「その自信はどこからくるんですか」
「セノン」
「セノン・・・。あの子はもう、なんで」
「俺の腕はリリアのものだよ。もういいだろ?」
悔しい。でもずっと引っかかってた棘のような痛みはもう感じない。
もし、ディーンの言葉が本当で、必死にニコラスが交渉するのが私と一緒にいるためなら・・。もう向けられることはないと思った優しい顔で見られてる。
恐る恐るニコラスの背に手を回します。
「こんなの全然雰囲気がありません。恋愛小説は苦手ですが、駄目なことはわかります」
「リリアが望むならやってもいいけど、気持ち悪いって騒ぐだろう。騎士の誓いやろうか?」
騎士が最愛の人に一生に一度だけおくる求愛の誓い。憧れるご令嬢もたくさんいます。
なにか大事なことを忘れていたような・・・。!?
「いりません。そういえば一月も探してたんですか?」
私は足取りを消すほど余裕がありませんでした。ディーンの言った通りならすぐに見つかったはずです。
「ああ。リリア達の乗った船は記録では沈没していた。ただリリアが乗って沈没なんてありえないだろ?情報を探ろうにも全然集まらなくて。巡礼の旅なのに教会にはリリの巡礼記録は残っていなかった。こっちが必死に情報を探してる時に隣国が貿易制限をかけてきた。その余波でリリアを探している余裕がなくなった。隣国への対応のために帰ってきた義姉上に状況を話したら全部クレア様の仕業と。リリアあてに3日に1度送られてきたクレア様の手紙が来てないのが証拠だって。手紙が来ないのはリリアが傍にいるからよって。レトラ侯爵も唖然としてたよ。義姉上がクレア様に手紙を送った翌日には貿易制限が解除された。あの家も義姉上が実家に問い合わせて調べてくれた。サン公爵は王太子殿下が生きていることを疑ってなかったからオリビア嬢は知っていたかもしれないけど」
ニコラスの話に私は力が抜けました。情報操作に貿易制限?
どれだけお父様達が大変だったんでしょうか。崩れそうになるのをしっかり抱きとめてくれる腕に安心します。
「クレア様、何をしてるのよ・・・」
「あれでも王太子妃だからな」
「帰る前にお説教しないといけません」
「帰ったらドレスを選ぼうな。リリアの誕生日に挙式だ」
「ニコラスと結婚しない」
「レトラ侯爵の命に従うんだろ?家はどうするか。それとも二人で逃げる?」
楽しそうな声に睨みつけます。茫然としている場合ではありません。
「バカ言わないでください。私はオリビアの幸せを見届けるんです」
「もう観念したんだろう」
「私、まだやりたいことがあるんです」
「なに?」
「私はニコラスの洗脳を解いて空蝉を封じます」
「リリアが傍で見張ってればいいだろう。」
ニコラスの胸を押して離れます。
「ディーンが死にそうって言いましたが全然元気です」
「落ち込んでる暇はないから。帰るか」
ニコラスに手を引かれます。すごく久しぶりな気がします。
悔しいけど昔からこの手は特別でした。
「そうですね。クレア様にお説教をしてギル様を無事に送り届けないといけません」
「なぁ、何もなかったんだよな?」
「何も?」
「男女で暮らせば色々あるだろ」
気まずい顔をしているニコラスに笑ってしまいます。
「ふふ、ギル様はお兄様みたいなものです。」
「まさかだけど、ノエルとしてるようなことをしてないよな。一緒に寝たり膝の上に乗ったり、寝る前に額に口づけされたり、おい、まさか」
膝に乗ったり、一緒に寝るくらいはしましたね。正直に話せばお説教されそうです。この顔の時は返答を間違えると長いお説教がはじまります。ニコラスの手を引いて家を目指します。余計なことは言わないのは一番です。
「さて帰りましょう!!私は今日はお兄様と寝ます」
「リリア、もう年頃なんだからやめようよ」
ニコラスはお兄様と仲よくなったようです。今さら私のお兄様のすばらしさに気付くなんて鈍い人です。お兄様は渡しません。
「羨ましいですか?」
「そうじゃなくて、俺がするからやめて。ノエルだって男なんだよ」
「兄妹です。それに私みたいな子供に欲情するような方はいません」
「もうほぼ大人だから。子供じゃないから」
なんで慌ててるのでしょうか。
「ニコラスだって私が目の前で着替えても気にしないでしょ?」
「いつも見ないように席を外すか背を向けてるだろう!!。」
「私はお姉様のような大きいお胸はありません」
「いや、そこじゃなくて、どうすれば・・。俺はお前のお姉様じゃなくてリリアを抱きたい。婚姻するまで我慢してるの察してくれ」
赤面しているニコラスに戸惑います。我慢?
「ニコラス、あなた」
「それ以上考えるな。絶対に間違ってるから。リリアの体はもう大人なんだよ。誰も子供として見ていない。」
「考えすぎです。」
「頭おかしいよ。本当に手を出されなくて良かったよ。まじ王太子殿下、すごい」
訳のわからないことをブツブツ言うニコラスの手を引いて帰りました。
家に帰るとお兄様が出立の準備をしてくれていました。
クレア様にはお手紙を書いて旅立つことにしました。
お会いすると出立できなくなるそうです。なぜかお兄様はオリビアが書いたクレア様宛の手紙も机に置いていました。
村の方々に挨拶できないのは心苦しいですがいつかこの国に来ることがあれば挨拶にきましょう。




