第百十話 悪あがき1
私は相変わらず社交と外交のお勉強で忙しいです。王宮では第二王子殿下のそばにいつも行儀見習いがいるそうです。ただ行儀見習いの少女は第二王子殿下以外にも親しい殿方が多いと令嬢達の不満を買っております。第二王子殿下のお気に入りに嫌がらせをする浅はかな方がいないことを祈るばかりです。
最近ニコラスがいません。イラ侯爵家に帰ったんでしょうか。思い悩んでいたのは外交官を目指すことについてでしょうか。成人したニコラスにはイラ侯爵家嫡男としてのお役目があります。今までずっと傍にいたことがおかしかったんです。
私は王宮でのお茶会も終わったのでそろそろ帰ります。そういえば最近、矢が降ってくることがなくなりました。
馬車を目指して歩いていると、聞きなれた声に足を止めます。
第二王子殿下とニコラスがいます。ニコラスが第二王子殿下と一緒にいるなんて初めて見ました。
「リリア、久しぶりだな」
「ごきげんよう。第二王子殿下。」
今日は行儀見習いは連れてないんですね。
「リリアもう一度だけ聞こう。私の手をとらないか」
「お戯れを」
「リリアの婚約者は私の専属護衛だが」
初耳です。どういうことですか。動揺をしてはいけません。視線をニコラスに送らないようにします。第二王子殿下に社交用の顔で向き合います。
「初めて知りました。第二王子殿下、婚約者をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「そうだな。ゆっくり話すがいい」
「殿下」
ニコラスが護衛任務を真っ当したいという顔をしてます。
「ニコラス、行け」
「リリア、邪魔するな」
「邪魔とは。どうして第二王子殿下の護衛をしてるんですか」
「俺の勝手だ」
これ以上は話したくないようなお顔ですね。
護衛をやめるなら一言挨拶くらいほしかったです。そうしたら私も声をかけることはありませんでしたよ。
「そちら側につくということですか。本気ですか?」
「わからないか?」
確認なんて不要でしたわ。真剣なお顔です。ニコラスは嘘をつきません。冗談も言いません。
「本気なんですね」
「第二王子殿下はリリアも迎え入れてくださるとおっしゃっている」
「私は第二王子殿下の手をとることはありません。やっぱりバカでしたわ。貴方が望むならいつでも婚約破棄してあげますわ。さようなら」
殿下の目がなければ、頬を思いっきりつねりました。
もう二度と顔も見たくありません。やっぱり強引にでも遠ざけておけばよかった。バカは私です。
「リリア、私に気にせずゆっくり話せ」
気遣うそぶりを見せる、殿下に微笑みかけます。
「いえ、もう話すことはありません。お時間いただきありがとうございます」
「悲しがるそぶりでも見せれば違うが」
「どうぞ、可愛げのあるお好きな方をお選びくださいませ。失礼します」
礼をして家に帰ることにしましょう。仲睦まじく話すニコラス達の声など聞こえません。
ニコラスが第二王子殿下の護衛になりました。私との婚約破棄は時間の問題でしょう。
いずれ離れるのはわかってました。これっぽっちも信じてなかったから大丈夫です。本当に。泣きたいのは気のせいです。自分の頬をおもいっきり叩いたから涙がこぼれたんです。痛かったからです。自己回復魔法を覚えてよかったです。顔の腫れも治せますから。深呼吸して気合を入れ直します。
アイ様の部屋に行きましょう。
「アイ様、ニコラスが第二王子殿下側になりました」
「リリア、大丈夫?」
「アイ様、大丈夫ですよ。」
「そう。」
「やっぱり運命には逆らえないのかな」
「もうやめる?」
心配そうに見るアイ様に笑顔を作ります。
「やめません。アイ様のお話にニコラスが死ぬお話はありましたか?」
「ニコラス様はリリアが関わらなければ死なないわ」
そうですか。王太子殿下は自分が勝っても第二王子派を処罰するなんてことはしない。
ニコラスは愛しい少女と一緒にいたいから第二王子殿下側を選んだんでしょうね。もう忘れましょう。痛い心は捨てればいいんです。
ニコラスはともかくイラ侯爵家が取り込まれるのはまずいです。
「なら、良かったです」
「ただニコラス様が第二王子派になるのはまずいの。」
「どうしてですか?」
「第一王子はニコラス様に暗殺されるわ。」
「嘘でしょ・・。」
「可能性の一つよ。オリビアも」
ニコラスに負けない相手・・。ニコラスが二人を殺すなんて信じられない。バカ。ニコラスは敵です。二人を傷つけないかなんてわかりません。でも傷つけるなんて許せません。
第二王子殿下についただけでも、この上ない裏切りですもの。手伝うなんて言葉を信じなければよかったです。
「側妃様が亡くなれば第一王子派の負けよ。側妃様の死は第一王子によるもの。それを仕立てあげるのは第二王子」
「自分の母親の死を?」
「ええ。第二王子は王位を手に入れるためには手段を選ばない。もともと母親に愛情を抱いていないわ。第二王子が心を傾けるのは少女だけ。もしくは」
「これからもニコラスのよう、少女に心を奪われる方が増えていくのでしょうか」
「可能性はあるわ」
「わかりました。ありがとうございます」
首にかけているペンダントは魅了魔法を防げるとニコラスは言っていました。
ニコラスは魅了魔法を警戒していました。
もし第二王子殿下側に魅了魔法の使い手がいればまずいです。
魅了されれば思考が奪われ術者の意のまま。使役魔法の一種ですもの。
自室に戻り引き出しから上皇様から頂いた魔法紙を出して、至急お会いしたいです。どこに行けばいいですかと書いて魔力をこめます。紙は消えたからきっと届いてますわ。
魔力の気配を感じ見上げると目の前に上皇様がいました。転移魔法でしょう。
「上皇様、突然申しわけありません」
「構わん。リリアが呼ぶなど初めてじゃ」
「上皇様いくつか相談があります。このペンダントより強い効果の魅了を防げるものはありませんか」
「リリア、セノンの力を使うか」
足元のセノンを見ます。セノンの力を利用したくない。でもそんなことは言ってはいられません。
「セノン、力を貸してくれる?」
「うん」
「ありがとう」
「セノン、リリアに力を送れ。送り方はわかるじゃろう?」
「うん」
体がぞくぞくして熱くなります。
「リリア、浄化魔法を意識して魔石を作ってみよ。純度は最大だ」
集中して魔石を作ります。
「そうじゃ。それにリリアとセノンの血を一滴たらし、持っていれば魅了魔法ははじけるだろう。セノンの力を使って浄化魔法を使えば魅了魔法は解呪できる。」
「ありがとうございます。上皇様、魔力のないものに最大の防御結界をはりたいんです。」
「ほれ。これを使えばよい。」
上皇様がポケットから魔石を三つくれました。上皇様はなんでも持っていますのね。さすがです。
「ありがとうございます。すみません」
「愛弟子のためじゃ。まだあるんじゃろ?」
「王家に解毒に優れた治癒魔導士を派遣していただけませんか」
「それはできん。解毒魔法だけでいいならすぐ仕込める。リリアの信頼できるものはここにおるか」
「すぐ呼んできます」
執事長がいました。
「執事長、エリとエルを借りても?」
「どうぞ」
「エリ、エルお願いがあります。きてください」
「リリ様?」
「二人に助けてほしいの。お願い」
「お任せください」
「なんでもやります」
いつも事情を聞かずに手を貸してくれる二人には感謝しかありません。
「上皇様、この二人です」
エルとエリを紹介すると上皇様がじっと見つめています。
「一晩預かるぞ」
「よろしくお願いします。二人共」
「リリ様、任せて」
「事情はわかりませんが、リリ様が望まれてることがわかれば十分です」
ニコラスはいなくても問題ありません。私には信頼できる人がちゃんといますもの。また涙が出そう。我慢して微笑みます。
「ありがとう」
上皇様と一緒に消えていく二人を見送ります。今さらですが一晩ですか!?いえ上皇様に不可能などありません。余計なことを考えている時間はありません。
次は、足元のセノンを抱き上げます。
「セノン、魔石たくさん作りたいの。痛いけどいいですか?」
「セノン、一緒?」
うん?どうしてそうなりました?
「もちろん。セノンと一緒にいるためよ。私ね死にたくないの。お願いします」
「頑張る」
「ありがとう」
セノンの力を借りて魔石を大量に作ります。出来た魔石に血をたらします。
回復薬を2本飲んだけど問題ない。でも今日はここまでです。
執事長にエル達を私付けで普段の業務から外してもらうことは了承をもらったので大丈夫です。
イラ侯爵夫妻、ライリー様、オリビアに面会依頼の手紙を出し休むことにしました。
やることはたくさんあります。倒れいる時間はないので、魔力切れだけは気をつけないといけません。
一週間も寝込んでいるわけにはいけません。
翌朝、上皇様がエル達を連れて現れました。
「リリア、解毒魔法は教えておいた。」
「ありがとうございます。」
「遠慮なく呼びなさい。これをやろう。無理はするな」
「ありがとうございます。お気をつけて」
消えていく上皇様を見送ります。一晩で二人に教えるなんてすごいです。
上皇様から受け取ったのは魔導書でしょうか。貴重な物でしょう。あとでゆっくり読みましょう。
「二人共ありがとうございます。この魔法を使って頼みたいことがあるの。あとで説明するから今日は休んでください。二人は私付きなので普段の業務からは外してあります。」
「「わかりました」」
疲れているだろう二人に休みを命じてこれからの準備をしなければいけません。
お父様とお母様には魔石を渡しました。お兄様達には帰国したら渡すことにしましょう。
朝食をすませたら出かける準備をしましょう。




