第百五話 東国
お父様は昨晩遅くまで皇帝陛下とお話されていたみたいです。朝食の席で謝罪されました。悪いのはお父様ではありません。ずっと解放してくれなかった皇帝陛下です。今日も呼ばれているそうです。お父様は私にゆっくり食べなさいと言い残して、皇帝陛下のもとに向かわれました。
朝食を食べていると皇子様がまた入ってきました。先触れと入室許可という文化はないようです。私は気にせず食事をします。
「レトラ嬢、昼には冒険者が集まる」
「ニコラス、お任せしてもいいですか。私は食事中です」
討伐についてはニコラスに任せることにしました。
ついてきてしまったものは仕方ありません。適任者に任せましょう。私は冒険者との関わり方も外国での討伐についてもわかりません。
浄化魔法を使うくらいしかできません。
「皇子様、その話はレトラ侯爵と皇帝陛下の許可はありますか?」
「ない」
「でしたら、お連れするわけには行きません。」
ニコラスが皇子様を追い出しました。私はお父様の命がなければ動くつもりはありません。皇帝陛下からお父様に協力の要請がありましたら動きます。自由に動きまわれないので私は部屋でぼんやりすることにしました。浄化の祝詞は覚えました。魔法陣も。ただ魔力をたくさん使うので練習できないことが悔やみです。お母様から借りた魔導書を読みます。知らない魔法ばかりですがどれも魔力を大量に使います。
「リリア、入るよ」
「はい、お父様」
「これを皇帝陛下から下賜された。後でニコラスと食べなさい」
お菓子かな。さすがお父様!!。包みは開けずに侍女に渡します。
「ありがとうございます。お父様、どうされました?」
「皇帝陛下から悪魔退治に魔導士としての力を貸してほしいと頼まれた。」
「わかりました。精一杯務めます」
「断ってもいい」
「私が受けた方が外交は有利に進みます。お父様、私は聖属性魔法なら一流の魔導士にも負けません。お任せください」
「無理ならすぐに逃げるんだよ。ニコラス、頼むよ。」
「かしこまりました」
「外交よりも優先すべきは生きることだ。無茶はやめなさい。討伐隊が会議をしているから参加してきなさい。リリア、ニコラスの傍を離れてはいけないよ」
「お父様、一人で平気です」
「リリア、それなら皇帝陛下の話は断るよ。護衛を連れていきなさい」
「わかりました」
ニコラスの顔を見て諦めました。やっぱり絶対についてきます。この責任感の塊が私を一人で行かせてくれるはずがありません。
侍女に案内され部屋の中に入るとクマのような男性と妖艶なご夫人がいました。討伐って3人だけ?皇子様もいました。
「やっと来たか」
「初めまして。遅れたのはそちらの皇子様の所為ですので苦言は皇子様にお願いします。魔導士のリリア・レトラと申します。」
「ニコラス、久しぶりだな」
クマのような男性がニコラスに手を振ってますが、知り合いなの?
「リリア、こちらはS級冒険者の大剣士と大魔導士だ。」
一番高ランクの冒険者様ですか。噂には聞いていましたが本当に実在するんですね。
「大剣士様、大魔導士様よろしくお願い致します」
「彼女がお姫様ね。ニコラス、お姫様を参加させていいの?足手まといはごめんよ」
「俺も参加させたくありません。ただ上皇様以外で彼女以上の聖属性魔法の使い手を俺は知りません」
「聖属性魔法!?」
「はい。浄化も治癒も解毒もリリアの十八番です。しかも無詠唱。聖属性魔法の上級魔導士です」
「なんと対悪魔には効果的な」
「あとの魔法は全然ですが。必死に習得して中級止まりです。」
「聖属性魔法の希少な使い手。しかも他の属性に嫌われる。聖の女神の愛し子。私達が足止めしてる間に彼女に浄化魔法をかけてもらえばいいわね。思ったよりも簡単な仕事ね」
ニコラス、今回は無詠唱では行いません。余計なことは言わないで欲しかったです。
「あの、高度な浄化魔法は発動まですごく時間がかかるんです。今回は魔法陣を書いて、詠唱して行いたいんです」
「魔法陣?」
大魔道士様に魔導書を見せます。見つめられてゾクゾクする方は初めてです。見かねたニコラスが間に入ってくれましたが、気合を入れ直して庇われた背中から抜け出します。
怖いけど、負けてはいけません。社交の顔を作ります。
「貴方、この魔法は魔力をものすごく使うのわかってる?」
「はい。浄化の後に魔力切れで眠ると思います。集中と魔力が切れれば失敗するのも。発動に魔力を大量に使うので1度失敗すれば2度目は使えません。発動さえすれば魔力をそそいで浄化魔法を使うだけです。私は浄化魔法は得意なので、魔力があるかぎりは魔法をかけ続けます」
「凄い自信だけど貴方は自分に剣が向けられても魔法陣に集中できるの?」
「私の護衛騎士は優秀です。私は信じて魔法を紡ぐだけです。」
大剣士様が笑い出しました。笑い声で机が揺れるってすごい迫力です。
「ニコラス、お前より姫さんのほうが度胸あるな。これはお前が必死になるな。こんなに信頼されたら答えないわけにはいかないな」
「俺は危険なことはさせたくないんですが」
「ニコラスとディーンがいるので問題ありません」
「陰険な魔導士が多い中気持ちが良い子ね。魔導士なのに杖を置いてくるのはいただけないけど」
「杖?」
「え?」
「俺達の国には杖の文化はありません」
「魔法陣、どうやって書くつもり?」
「木の枝でも拾って書けばいいかと」
残念なものを見る目で見つめられてます。
「ニコラス、この国は木の枝を拾うことは罪なんですか!?」
「リリア、一般的に魔導士は杖を持ち歩くものなんだ。杖を媒介に魔法を発動させるらしい」
「まさか、この子、杖も使わずに上級魔法を使うの・・・・。」
大魔導士様の動揺の意味がわかりません。
「姫さん気にするな。ニコラス、悪魔からの攻撃にはどう対処するんだ」
「魔法で相殺」
「お前の本業は剣士と魔導士どっちだ?」
「剣士」
「おい、ババア、仕事しろ。ニコラスの剣を魔剣にしろ。剣で魔法が切れたら楽だ。俺とババアで足止め。ただババアは悪魔は召還魔法を使えると言っている。せめてもう一人欲しいな。」
「魔法を剣で対処できるなら騎士を手配しますよ」
「弱い奴はいらん。せめてニコラス程度は戦える奴でなけりゃ足手まといだ」
ニコラス程度って…。
「剣の扱いだけなら俺より強い騎士が一人います。当日連れてきてます」
「この杖持ってみて」
大魔導士様に魔石のついた長い杖を渡されました。勝手に魔力が流れます。
「苦手な魔法を使ってみなさい」
氷魔法で氷を作ろうとすると、上から大量の氷が降ってきました。慌てて魔法をやめます。大魔導士様の目が獲物を見つけたようなギラギラした目になりました・・。
「ニコラス、お姫様を私に預けなさい。この子はいずれ」
「そういうの間に合ってるんで。リリアは師匠がいるので」
「なんでこんなに簡単に魔法が使えたんでしょうか」
「杖の力よ。杖は足りない部分を補ってくれる子もいるの。そうね、これを貸してあげるわ」
降ってきた杖をニコラスが受け止めてくれました。
「この子は魔力を増幅させるわ。これで魔法陣を書いて、魔法をつかいなさい。持ってるだけでも杖に魔力をためてくれるわ」
「ありがとうございます」
杖を持っても魔力を吸われる感じはありません。よくわかりませんが従いましょう。ニコラスが止めないなら従っていいということでしょう。私は座って作戦会議を聞くことにしました。私は浄化魔法を使えばいいだけです。大剣士様と大魔導士様、ニコラスが難しい話をしています。
ここのお茶は苦いけど、これはこれで美味しいです。甘いものがあればいいのにな。話し合いをしている大剣士様がお菓子をくれました。私はお礼を言っていただきました。美味しい。目の合ったニコラスが柔らかく笑いました。お菓子、うらやましかったんでしょうか。皇子様はいつの間にかいなくなっていました。私は杖に魔力を貯めながら、話が終わるのを待ってます。お茶会と違って会話がふられないのは安心です。久々に心穏やかなお茶の時間でした。漆黒の泉には明日の早朝に行くそうです。私は早く起きて禊をしたいけど、自由に出歩けません。禊は諦めましょう。今さらですが、悪魔の召喚者を探さなくていいんでしょうか・・。




