第百四話 東国
嫌な予感は当たるものです。東国に出立するために迎えに来た護衛騎士を率いていたのはニコラスでした。ニコラスには留守番をしていて欲しかったのに・・。時間がないのでここで揉めるわけにはいきません。船に乗る手続きをおえて出航しました。東国までは船で一週間かかります。回復薬は十分に持ったので魔石を作ってお母様から借りた本を読んで過ごすことにしましょう。
「リリア、やめろ。そこまでだ」
ニコラスの声を聞いて魔石を作る手を止めました。
「部屋に勝手に入るのはどうかと」
「声は掛けたよ。返事がなかったから。」
「私は旅立つ前にどうしても会いたかったのにどこに行ってたんですか?」
ニコラスが嬉しそうな顔をしますが、私は怒っています。
「寂しかった?」
「護衛から外れて欲しくて説得するつもりだったのに」
「は?」
「危険だからお兄様の代わりに私の同行が許されました。だからニコラスにも来てほしく」
「危険性はリリアよりは俺の方が理解しているつもりだ。そんな危険な場所に俺なしで行くなんて許せるかよ。」
「死んだらどうするんですか」
「俺が一緒のほうが生存確率は上がる。それに父上が選んだ護衛に抜かりはない。リリアは自分の仕事に集中しろ。泣くなよ」
「泣いてません。なんで安全な場所にいるべき立場なのに」
「ノエルと俺だと立場が違う。それに危険と隣り合わせなのはどこでも変わらない。リリアもレトラ侯爵も守るから安心しろ。それにリリアの無茶を止められるのは俺だけだ」
「無茶しません」
「傍にいるから少し休め。眠って魔力を回復させろ」
もう船に乗ったのなら引き返せません。私は言葉に甘えて眠ることにしました。確かに少し疲れました。船旅は順調に進みました。あっという間に東国につきました。
お父様が入国手続きをしているので傍に控えます。東国の方は不思議な衣装を着ています。着物というらしいです。家の形も不思議です。屋根が藁で作られてるんですが雨漏りしないのでしょうか・・。言葉は通じることに安心します。さすがに城は藁ではないようです。石で造られてるんでしょうか。辺りを見回してはいけません。侯爵令嬢として優雅に見えるように過ごさないといけません。
私達は城に宿泊させていただくようです。この国のことは全然わからないので、歩いている間に概要を説明してほしかったです。案内するときに無言というのもどうかと思います。この国は皇帝陛下が治めているそうです。鎖国を解除してもまだ他国をあまり受け入れてないようです。
城に着いたとたんにそのまま謁見でした。埃を落として、着替えたかったのに・・。一応正装はしているので大丈夫です。お父様のエスコートで謁見の間に案内されます。
皇帝はお若いんですね。25歳位に見えます。肌の色が私達より濃く真黒な髪に黒い瞳。隣に控えているのは宰相でしょうか。
お父様と一緒に礼をしますが何も声がかけられません。しばらくするとお父様の声がきこえました。
「このたびはお招きいただきありがとうございます。国王陛下より勅使を命じられましたレトラと申します。娘にも挨拶をお許しくださいますか?」」
「リリア、挨拶しなさい」
お父様が教えてくれました。
「お初にお目にかかります。レトラ侯爵家長女リリア・レトラと申します。」
再度礼をして顔をあげます。
「そなたが・・。よい。もうさがれ。余の宮殿で勝手は許さん」
「かしこまりました。失礼しました」
礼をして退室します。案内された部屋に入ります。
勝手がわかりません。お父様は皇帝陛下とお話するために残られました。今日の予定がわかりません。侍女がいれてくれたお茶を飲みます。美味しい。
「大丈夫か?」
「勝手がわからないから疲れます。顔を上げるタイミングさえわかりませんでした。知らない国と交流するってやっぱり大変です。勝手なことはするなと釘をさされました」
突然、部屋の扉が開きました。ニコラスの背に庇われます。
「ようこそ。レトラ嬢」
麗しの侍従様です。入室許可を求めてください。殿下の侍従を務めてたならうちの国の常識は知ってますよね?言いたいことは我慢して笑顔で挨拶しないといけません。
「侍従様、ごきげんよう」
「第5皇子だ。本当に来たんだな」
「妹を救うために皇帝陛下を説得された皇子様に敬意を示して。断れる立場ではありませんでしたけど」
「行くか」
「いえ、私は父を待たなければいけません。この後の予定を聞かなければ動けません。皇帝陛下にも勝手なことは許さないと言われております。皇子様、」
「兄上・・。」
「恐れながら皇子様、情報をいただけませんか。東国の作法等が全くわかりません。挨拶の仕方も」
「皇帝陛下の気分次第。特に決まった作法などない」
「怖い国に来てしまいました。各国とは交流を深めるんですか」
「いや、悪魔の討伐のためだ。レトラ嬢達の訪問予定しかない」
めまいがしました。ニコラスに肩を支えられました。
「冒険者には声をかけたのか」
「ああ。高ランクのの冒険者に依頼と入国許可を出した。明日には来るだろう」
「明日・・・」
ニコラスが一瞬遠い目をして呟きました。
「まさか今、皇帝陛下とお父様は悪魔の討伐の話をしてるんですか!?」
「いや、ただ兄上が他国のことを知りたいらしい。この件がおわればまた鎖国かもしれないが」
はい!?恐ろしい言葉を聞きました。
「すぐに鎖国はやめてください。うちが失態したように思われます。せめて1年後くらいにしてください。お付き合いしましょうとは言いません、ただ対談した直後に鎖国なんて恐ろしいことしないでください。こっちは危険を犯すんです。一歩間違えれば死ぬんです。それなのに、こんな酷い」
泣きたくなりました。わけわからない顔をしないでほしい。
「進んで協力じゃないのか?」
「うちは外交の名家。こんなに大きい外交を失敗するわけにはいきません。せめて私達の働きにうちの国王陛下に感謝の手紙と復興のため他国と関わる余力がなくなったと表明してください。また鎖国を表明されたらうちの立場が危機です。長年培ってきたレトラの歴史に汚点なんて許せません」
「リリア、交渉はレトラ侯爵に任せよう。あの人ならなんとかするだろう。献上品が気に入るかもしれないし」
「レトラ嬢、権力とか家とか興味ないんじゃ」
皇族とはなんて理不尽な生き物なんでしょうか。
「ありますよ。私はレトラ家の誇りと歴史を汚すなんて許せません。あなたが討伐したら鎖国するって言うなら討伐しません」
「は?」
「申しわけありません。他国の民よりレトラ家の方が大切です。うちの汚点になるなら帰国して王位争いに完全勝利に導くだけです。魔導士は副業でレトラ侯爵令嬢が本業です。悪魔は自国に来たら対処を考えます」
「嘘だろう」
「本気ですよ。利用するだけ利用して誠意も返せない方とお付き合いする気はありません。自分たちにデメリットがないなら動きますよ。ただこんなデメリットだらけの仕打ちに耐えられません。どうぞ自分達で解決してください。私は貴方たちのために魔力切れで1週間眠る気が失せました」
「命より大切と」
捧げられることに慣れてる人間は困ります。非常識です。
皇族なのに、家の歴史や誇り、重みがわからないなんて。
「私達の一族が必死に守ってきたものです。レトラ領民のためなら捨てるのも仕方ありません。それ以外に捨てる理由はありません」
「俺がお前を脅しても?」
「殺したければどうぞ。私は生贄にされる前に自害します。」
「命よりも家が大事か」
「当然です。私はレトラ侯爵令嬢です。レトラ侯爵令嬢である私に魔導士の力を期待するなら対価をしめしてください。こちらは貴重な時間と命をかけるんです。誠意がないならお断りします」
「イラも同じ意見か」
「俺は護衛で来ています。レトラ侯爵とリリアの安全が最優先です。リリアが望まないなら討伐に付き合う義理もありません」
「俺の妹に犠牲になれと」
「貴方が妹が大切なように俺もリリアが大切なんです。本当は討伐なんて参加させたくありません。ただリリアが願うから付き合うんです。貴方の妹が生贄になってもこの国の皇族として生まれた宿命だ。ただリリアにはそんな宿命はない。無関係なリリアを危険な目に合わせるなら相応の対価を用意すべきだと思います。互いに友好国でもありません。俺達は外交のためにきました。東国と付き合うべきかの見極めに。傲慢に押し付けてくる国とは対等に取引できません。それなら国王陛下に付き合う価値はありませんと報告すればいいだけです。付き合い方を間違えれば簡単に戦争になります。」
「たった一人のために戦争が?うちは強い」
「わが国は戦争には不慣れです。ですが友好国が連合軍として支援してくれます。その中にはリリアが縁を紡いだ西の隣国もいます。勝ち目はないと思いますよ。」
ニコラス、脅し過ぎでは。
「また来る」
皇子様が退室していきました。
「ニコラス、あれは大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫だろう。明日には頭を下げてくるだろう。俺は明日討伐させようとしていた事実に驚きなんだけど」
「情報収集と手回しが必要です。すぐに鎖国はやめてもらわないといけません。討伐するにも準備がいります。セシル殿下よりも酷い方がいるなんて。王太子殿下に会いたい」
お父様は帰ってこなかったのでこのまま休むことにしました。晩餐には招待されなかったので食事は部屋に用意していただきました。セノンに会いたいです。はやく外交を終わらせて帰りたいです。




