第百話 中編 重なる思惑
私はうっかり浚われてしまいました。犯人は眠らせたので一緒に浚われた子供達を連れて、歩いています。申しわけありませんが夜会でお世話になった侯爵邸を頼ろうと思います。一晩泊まらせてもらって帰ってから子供達の家を探しましょう。獣が出ないことだけを祈りながら足を進めます。馬車を降りた途端怯えずについてくるこの子達は中々度胸があります。泣き叫ばれても困るのでありがたいです。
「やっぱり駄目か」
木の上から笑い声が聞こえ、見上げるとにローブを着た男がいます。子供達に結界をはります。
「何か御用でしょうか?」
「まさか逃げ出すとは」
逃げ出す?。あの男達の仲間でしょうか・・。
木の上にいる怪しい男を見上げます。
「目的はお金ですか?」
「さぁ」
「私が邪魔なら殺せばいいのでは?浚って売りつけるとはいささか面倒では?」
味方ではないことはわかりました。風の刃をローブの男に放ちます。相殺されるということやっぱり魔導士。いくつか魔法を使いますが相殺されます。
「いたっ!?」
背中に痛みが走り振り返ると、無表情の少女に背中を刺されてました。ナイフを抜いて自己回復魔法で治癒したいけど・・。
「ごめんね。お姉ちゃん」
「まさか」
「愚かだね。自分だけ逃げれば良かったのに」
「この子達は浚われた子供じゃないんですか?」
「さぁ。」
愉快そうに話す男。
血を見て動揺する子供がいない。残念ながら仲間の可能性が高いです。まぁ奴隷として売られないならいいでしょう。彼の仲間なら保護する必要はありません。ナイフを抜かれないように少女の手を解きます。そういえば血には魔力が宿ると聞きました。詠唱があったような・・。子供の結界を解き、自身に結界をはります。ナイフを抜いて自己回復魔法をかけます。これは中々痛いし、気持ち悪いです。自己回復魔法ってこんな感触なんですね。傷は塞がりました。結界を解除し、子供達に再度結界をはります。これで結界からは抜けられないので邪魔することはないでしょう。
「我が血を代償に捧げる。血に惹かれし者よ。かのものを拘束せよ」
血がついたナイフを男に向かって投げます。なぜかナイフから黒い靄が見えます。
「嘘だろ」
黒い靄が男を拘束しました。この間に逃げましょう。
「3号、殺せ」
「あぁぁぁぁ」
子供の悲鳴に足を止めます。少女が他の子供にナイフを向けて刺してます。子供たちの結界を解除し、広範囲で、魔法を紡ぎます。
「我、癒しの女神に願い給う。かの者たちに癒しの眠りを与えんことを」
子供たちは眠るのに、肝心のナイフを持った少女だけは魔法が効きません。一番効いてほしかったのに。風魔法を放ちますが避けられます。あんなに動きが早い子は絶対に捕まえられません。
「ニコラス、魔法が効かない時はどうしますか」
「勝手に外に出るなと言っただろうが」
返事があるとは思いませんでした。セノンを抱えたニコラスが目の前にいました。
「ごめんなさい。あの少女を拘束してください。お礼は帰ったら言い値を払います」
セノンを受け取るとニコラスが少女を気絶させてました。やっぱり見えませんでした。
私は刺された子供に治癒魔法をかけていきます。セノンはローブの男をじっと見てますが気にしている場合ではありません。
「リリア、状況は」
「人攫いに会いました。ただ主犯はあのローブの方でしょう。魔導士です。もう少し進むと男が4人眠っています。子供たちは被害者なのか、仲間かは私にはわかりません」
「坊ちゃん、お嬢様!!」
ディーンが騎士達を連れて来てくれました。
「この先に男が4人、眠っている。捕えて牢にいれておけ。子供も捕えろ。自刃はさせるな」
騎士達が子供達を縄で縛っています。可哀想だけど仕方ありません。
「かしこまりました。坊ちゃん、お嬢様の背中が」
「背中?リリア!?」
「魔法で治したので平気です。コルセットを避けて刺すのはさすがです」
ドレスが避けてます。コルセットを避けてもらえたので脱げずにすみました。肩にかけられた上着をありがたく借ります。さりげなく優しいところは大人になっても変わりません。
「ありがたいけど、寒くありませんか?」
「着てて、頼むから」
ニコラスは何を慌てているのでしょう。主犯の男の前に行きます。
「さて、目的を教えてください」
「リリア、俺がやる」
「私を足止めするのに子供を傷つけたのは許せません。」
「なぜ闇魔法が、しかも俺が解けないなんて、お前の得意は聖属性魔法だろう。両方使える奴なんて」
捕えられても分析するなんて余裕ですね。
「知りません。血を媒介にする魔法なんて初めて使いました。私は闇属性の魔法は全く適性がありませんので」
「あの状況で」
信じられないという顔をされても・・。
「私は弱いんです。だから手段を選べません。貴方は私の魔法を相殺するので、それなりの力のある魔導士とお見受けします。私を売ってなにをしたかったんですか?邪魔ならいくらでも殺せたでしょ?」
戸惑う男の顔を覗きこみます。この瞳の色って。男のローブのフードを脱がします。顔は違うけど、瞳の色は同じ。
「第二王子殿下の麗しの侍従様がどうしてこんなことをしたんですか?」
「!?」
当たりです。驚いた顔が答えです。わかりやすい。
「なぜ」
「瞳の色です。こんなに艶やかな黒い瞳を持つのはあの方だけです。この綺麗な瞳でご令嬢を魅了してるのはいささか困りますが」
王太子殿下の変装の黒い瞳はここまで艷やかではありません。
「綺麗だと?」
「はい。じっと見てると吸い込まれそうになります。」
「リリア、代わる。尋問は俺がする。報告は明日するよ」
私の目の前に割り込んできたニコラスを睨んで腕を掴んで横に押しのけます。
「嫌です。これは私の問題です。当事者の私がすべきです。東国で何をして欲しいんですか?」
「は?」
いつも笑顔の麗しの侍従って演技ですね。この方性格悪いと思います。この人を馬鹿にしたような顔で見るのは間違いなく。社交用の笑顔で微笑みます。
「取引です。私にできることなら叶えます。そのかわり、ご令嬢達を誘惑するのをやめてください。貴方にその気がないなら関わらないでください」
「リリア、待て。こいつは裁かれる。そんなことする必要ない」
ニコラスにしては鈍いです。ちょっと静かにしてほしいです。
「ニコラス、彼は第二王子殿下のお気に入りです。きっと裁かれません。それなら取引するほうが賢明です」
「お前の好きな王太子殿下の味方になれとは言わないのか」
「脅して作った味方など信用できません。そんな汚いことをしなくても賢明な者は自ずと跪きます。私の敬愛する殿下は」
「人気取りをしているのに」
この人を馬鹿にしている顔を映像におさめれば令嬢の恋は冷めたりしませんかね。
人気取りと真の味方の増やしは違います。こんな怪しい侍従を王太子殿下の傍に置きたくありません。オリビアにも近づけたくありません。
「殿下は時間がありません。かわりに働くのは臣下の務めです。貴方だって第二王子殿下の味方をしてるならわかるでしょ?」
「俺は取引してるだけだ。あいつが王位につかないと、俺の願いは敵わない。」
「私と取引しましょう。この王位争いから手を引いてください。魔法で人の心を操るのは禁忌です。」
「わかってたのか」
「いえ、なんとなくです。私の友達が貴方のことで気に病んでいるんです。友達の心配事は排除します」
「そんな理由でか・・。どこまで賭けられる?」
「リリア、安易なことは言うな」
隣から聞こえる言葉は無視します。
「事情によります。ただ犯罪には手を貸しません」
「なぁ、拘束しながら取引もないだろう」
「残念ながらどうすれば解除できるかわかりません」
「は?」
「それに私の魔法を相殺するほど優れた魔導士を自由にするなんてできません」
「甘くてバカなご令嬢じゃないのかよ」
「失礼ですね。私は優秀ではありません。でもこれ以上浅はかなことをして怒らせるわけにはいきません。また自由な生活への道が遠ざかりました。失礼しました。これは私事です。」
「俺の国にある漆黒の泉の浄化。それさえ解決するなら俺はこの国にいる理由はない」
「わかりました。できるかはわかりませんが力を尽くします。場所を教えてください」
「正気か!?」
私を連れ浚って売り飛ばすより現実的です。
「私は浄化は得意です。でも準備が必要です。ニコラス、今の私の状況は?」
「極秘で探した。派閥の夜会で同派閥の人間が行方不明はまずいだろう。」
気遣いに感謝します。うちの派閥の夜会で問題は起こせません。
「ありがとうございます。彼はどうしましょうか」
「家で預かる。魔封じの牢に入れておく」
「そんな場所があるんですね・・」
私はイラ侯爵家に牢があることも知りませんでした。ローブ姿の侍従をディーンに預けて屋敷に帰ることにしました。お姉様にお説教を受け、お兄様に悲しそうに諭されて悲しいです。確かに迂闊なことをしました。でもニコラスからお説教がないのは意外です。一番怒ると思っていました。
部屋に送ってもらうとニコラスに頭を下げられました。
「悪かった」
「うん?」
「お前の傍を離れた。」
迂闊なことをしたのは私です。ニコラスの肩に手を当てて頭をあげます。
「謝る必要なんてありません。イラ侯爵嫡男としての社交も大事な役目です。見つけてくれてありがとうございます。」
「次は隣にいて。心配で社交も手につかない」
「大丈夫ですよ。今回だけです。もうこんなことはありません」
「常に間に合うなんて保証はない」
ニコラスは風魔法でレトラ侯爵邸まで飛んで、セノンを連れて私を追いかけるなんて無茶をしたそうです。しかもイラ侯爵家から騎士をを連れて、風魔法で馬を疾走させるなんて。馬車で半日かかる道を2時間で駆けるなんてありえません。おかげで助かったんですが・・。
でも護衛騎士としてのプライドを傷つけたかもしれません。後悔している顔を見て悲しくなります。私が迂闊なことをしなければこんな顔をさせずにすんだのに・・。
「私の護衛騎士は誰よりも優秀です。もし次があれば私は信じて待ってます。だから大丈夫なんです」
「バカ、リリア」
「バカはニコラスです。間に合わないなんて情けないこと言わないでください。お詫びにそろそろ魔封じをやめるようにお母様を説得してください」
「無理だろうな。今回の件でさらに怒られるだろう」
「人命救助優先です。まさか騙されるとは思いもしませんでした。次は気をつけます。やっぱり転移魔法を覚えたい」
あきれた顔をしてますが、先ほどの顔よりマシです。人の髪をくしゃくしゃにしないで欲しいですが今回は見逃しましょう。
その夜はそのまま休み、翌日お茶会に参加した後イラ侯爵邸に向かいました。麗しの侍従とお話しないといけません。やることが多くて大変です。ニコラスは会わせたくないようですがお願いしました。この取引は成功させないといけません。オリビア、私がなんとかするから安心してくださいね。




